幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
三月二七日。この日、近藤らと別行動をとっていた伊東らが帰って来た。この時伊東は、長州側の人間などを仲間にすべく画策していたとされている。ならば何故そういうことに不利な新選組に入ったのだろうと千香は心底疑問に思った。
「な、なるべく会いたないし、平助も近づけん様にせないかんね。 」
たすきがけを済ませ、ほっかむりを頭に被せると千香は掃除に取りかかった。久しぶりに自分の部屋の姿見を拭いていると、島田髷に結った髪が見え、小さく微笑む。
ここに来たときから今までずっとポニーテールで過ごしていた。けれども、近藤や土方などから女がずっとその髪型でいるのは妙だと言われ、良い機会だと思い元々興味のあった島田髷に髪結いに頼んで結ってもらった。なんだかこれでようやく、この時代の人間らしい外見になったのかもしれない、鏡を覗き込んで襟元を正した。
しかし嫌な予感というのは当たるもので。縁側で丁度藤堂と話している伊東と会ってしまった。
「あ、えと。お茶、持ってきますね。 」
なるべく目線を合わせない様に、そそくさと厨房へと向かった。
「綺麗になったものですね。千香さん。 」
千香の後ろ背を見ながら、伊東が呟いた。
「そうですよね!元々綺麗だったけど、髪をきちんと結えば、より一層...。 」
藤堂はにへにへと頬を緩ませた。
「ああ、前に見たときは総髪だったね。 」
「こほん!...ところで、広島はどうでしたか? 」
未だに緩みきっている顔もそのままに、話題を変えようと藤堂は伊東に話を振った。それにクスリと笑いながらも、伊東は応じる。
「思ったよりも、賛同する人が居なかったよ。 」
「やはり新選組というのが、足枷になっているんでしょうか。 」
「そうだろう。意見自体にはそうでないと感じたからね。 」
「伊東先生はこんなにも素晴らしいのに!新選組だからって、言うのはどうもいけません! 」
厨房から帰って来た千香は、伊東たちの話に顔を少し歪めた。
「...お茶をお持ちしました。 」
「すまないね。ありがとう。 」
「ありがとう...って千香!何暗い顔してんだよ!いつもみたいに笑ってくれよ! 」
茶を受け取りながら、藤堂は千香を肘で小突いた。少しの沈黙の後。口を開いたかと思うと、
「...無理よ。いっつも笑顔で居れる訳無かろがね! 」
千香は湯呑みを乗せていた盆をダン!と両手で床に叩きつける様に置いて、立ち上がった。まるで見せつけるかの様に藤堂と親しく話されると、千香は激しい苛立ちを覚えた。それに気づかない藤堂にも、伊東と藤堂を引き離すことができない自分の無力さにも。
「折角
「ち、千香?待ってくれよ! 」
藤堂の言葉を最後まで聞くことなく、千香は踵を返して女中部屋へと去って行った。
「お国言葉が、出てしまっていますねえ。 」
伊東は千香の後ろ背を見遣って含み笑いをし、静かに茶を啜った。
「伊東先生。千香のあの態度、何故だと思いますか?昨日まで普通だったのに。 」
「女心というのは繊細なものなんだよ。藤堂君。些細なことで心が揺れたりもする。 」
「はあ。そうなんですか?俺、そういうことにはてんで鈍いからなあ。後で謝りに行かないと。 」
藤堂は腕を組みながらううむと唸った。
「もう既に、藤堂君は私の手の内に居るというのに。無駄な足掻きをする気ですかね。感情を露わにすればするほど、滑稽だ。 」
「伊東先生?今何か言いましたか? 」
「いいえ。何も。 」
伊東はまた、静かに茶を啜った。