幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
御陵衛士
三月十日。昨年孝明天皇が崩御したことにより、御陵衛士が結成された。役割としては名の通り、孝明天皇の陵を守ることである。勤皇倒幕の思想を持つ伊東を筆頭に同じ志の仲間が集い、新選組から引き抜く形で分派された。それには史実通り藤堂と斎藤がついていく。千香は行き詰まったこの状況にどうすべきかと頭を悩ませていた。
あのとき藤堂の口からはっきりと聞いてしまった言葉が、ずっと頭から離れない。
「沖田さんのご飯、持って行かんと。 」
それでも仕事は仕事だ。自分のするべきことはこなさなければ。膳に器を乗せていき、一人分の食事を整える。ただでさえ病で気分が優れないのに自分まで笑顔じゃないと沖田に良くないと気持ちを切り替え、沖田の部屋へと向かった。
「沖田さん、千香です。朝餉持って来ました。 」
「どうぞ。 」
沖田は布団から半身を起こして千香を出迎えた。今日はどことなく顔色が良くない様な気がする。部屋に入り、膳を置くと千香も腰を下ろした。
「...私が、平助にあんなことを言ったから、伊東について行こうと決心したのでしょうか。 」
虚無感に包まれた顔で蒲団の上の強く拳を握りしめた。
「あんな、ことって。 」
「千香さんをもっと思いやる様言ったんです。もしそれが出来なければ、私が容赦なく奪うと。 」
沖田の言葉に驚きつつも、思考を働かせ。
「じゃあ、その時点で既に伊東から御陵衛士に誘われとった、ということですか。 」
仮にもしそうだとしても千香は納得がいかなかった。沖田の言葉がそうさせたという決定的な理由にはなり得ないからだ。何がそうさせたのだろうか。
「恐らく、ですが。この先ずっと危険がつきまとう自分よりも、病に伏している私のそばにいる方が千香さんを危ない目に遭わせることは無いと考えたのかもしれません。 」
「平助...。あほじゃ。何も言うてくれんかったら、分からんだろがね。 」
どうして話してくれなかったのかと、千香の胸中が悔しさで溢れかえった。
「平助は武士として、志を貫きたいと思ったのでしょう。自分の信じる人のそばで。けれどそのために、貴方まで巻き込むわけにはいかない。いくら先のことを知っていても、貴方は
「武、士...。志。ほうよね。この時代の人は皆ほうなんよね。分かってはおったけど、それを成し遂げるために私が邪魔になるとは思てませんでした。所詮どこまでいっても
理不尽な理由で殺されたりするのは、とても辛くて悲しいことだけれど。自分の信じた道を命を賭して進んでいく姿こそ、この時代の自分が憧れ恋い焦がれたものだった。ただひたすらに真っ直ぐで、主君に忠義を尽くす。思い返せば最初はそんな姿に憧れた。
「平助の気持ちを尊重して、ここは身を引く方が良え女になれるかもしれませんね。...ほんまは、私の時代やったらこななことあり得んけど、平助のためやったら私、物分かりの良え女になろ思います。 」
「千香さん...。泣いても良いんですよ。 」
沖田が千香に優しく声をかけた。自分は藤堂の代わりにはなれないけれど、逃げ場所になることは出来るからだ。
「ううん。もう、泣かん。私これからもっとせないかんことあるし、泣いてやかおれんのんです。いい加減、沖田さんに甘えとってもいかんし。 」
その場に似つかわしくない晴れ晴れとした顔で、千香は微笑む。辛さを隠す様なものではなく、心からの笑顔で。
「本当にそれで良いんですか。今ならまだ間に合いますよ。 」
あまりにも潔さ良すぎる千香に、沖田は語気が強くなる。
「良んです。元々私は、この時代の人やないし、平助にも会うことは無かったはずなんです。ほやのに、会えて、その上想いが通じて。もうそれだけで、十分です。平助の進む道に私が邪魔なら、喜んで退けてもらいます。 」
「でも、良いんですか。平助、今年の霜月に死んでしまうのでしょう。今離れては...。 」
二人を引き離してはいけない。沖田は心のどこかで感じていた。それなのに、自分も千香に好意を持ってしまった。言うまいと気持ちを抑えていたが、それも堪え切れず仕舞いで。平助に千香を奪うと言ったのは、軽い気持ちだった。あの言葉が、二人を引き離す決め手になるとは思ってもみなかった。
「それは...。そんときになってみんと、分かりません。でもとりあえずは斎藤さんが一緒に居るし、大丈夫やと思います。 」
ああ違う。これは、吹っ切れたときの顔では無い。こんなにも清らかな表情をするのは、あのときしかない。武士だからこそ分かる。沖田は確信した。
千香は、死ぬ気だと。