幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
木箱の蓋が開くと、和綴じされた一冊の冊子が顔を覗かせた。だいぶ色褪せていて、書かれてから多くの年月が経っていることが読み取れる。為吉は冊子を取り出し、千香へと差し出した。
「これは、曾祖父はんがどこにも公表せいなんだ手記です。あの子母澤寛が来たときも見せなかった物です。八木家の人間の者しか見ることが出来ません。 」
「そんな物見してもろて、良んですか。私は部外者なのに。 」
「良えんです。恐らく曾祖父は貴方がいつかここに来ることを知って、これを残したのでしょう。伝えなければならへん何やがあったさかいはないかと思います。 」
「...はい。拝見させていただきます。 」
千香は恐る恐る為吉から冊子を受け取り、ゆっくりと最初のページをめくった。
その中身は毎回、回想録の様に綴られており。明治の世になってから書かれたものだろうか。時勢の移り変わりが甚しく、最後のほうになると日清日露戦争についての記述がある。しかしその時々で、千香はまだ来ないとも記されていた。
「あの...。私、為三郎君に未来から来たなんてこと言うてなかったはずなのに、この手記ではどしてか、私が未来から来たことを知っとるみたいです。為吉さん、どしてか分かりますか。 」
冊子から顔を上げ、為吉に尋ねる。
「貴方、山南敬助を知っていますか。戊辰戦争後に、山南が八木邸を訪れたんです。その時に曾祖父はんが一〇〇何年か後に千香はんがここへ来るから、事の顛末を伝えて欲しいと頼まれたと言うていました。 」
「山南さん、生きとったんですね! 」
思わぬ名前が飛び出し、千香は瞳を潤ませた。長期休暇が出た後は、色々あって手紙を出すのも憚られたのでその後を知る術がなかったのだ。
「近藤、土方の墓は永倉新八と斎藤一と山南敬助が建てたと言われております。 」
上手く言葉が見つからず、千香は溢れてきた涙を拭いながら大きく頷いた。
「その手記の最後に、山南から貴方へ宛てた手紙が入っています。 」
為吉が手記を指差し。
「恐らく、藤堂平助について書いてあるのではないでしょうか。 」
「平助の、こと。 」
千香は手記の最後のページに挟み込まれた手紙を見つけ、ゆっくりと開いた。
「為吉さん。ほんまにお世話になりました。私、為吉さんに会えて良かったです。八木邸を、手記を残してくれとってありがとうございました。 」
「きっと貴方に手記を渡すのが、私の役目やったさかいしょう。そないなら、気を付けてお帰り下さい。またいつでも来て下さい。待っていますよ。 」
「はい。また、来ますね。 」
店の扉の前で為吉に深く頭を下げると、一度も振り返らず、ホテルへと歩き始めた。
「曾祖父はん、やっと千香はんが来ましたよ。これで漸く、藤堂はんを見つけられます。 」
もう見えなくなりそうな程遠い千香の後ろ姿を見つめて、為吉は涙ぐみながら微笑んだ。