幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
朝餉の片付けをしながらふと思う。今頃皆お花畑か。御所の中の名前にしちゃ可愛い。八月十八日の政変で、壬生浪士組は御所内のお花畑という場所を守ったとされている。長州藩が攻め入らず引き返したため、戦いこそはしなかったが、出動命令が出てから一刻ほどで全隊士を揃え、統率力を示したことにより、容保公より『新選組』という名前を賜る。しかし同時に、素行の悪さが目立つ芹沢たちを暗殺せよとの命も下った。何かを手に入れるためには、代償が必要なのだろうか。最近此処に通うようになった梅のことを思う。まだ数える程しか話したことは無いが、とても人柄が良いということには違いなく。本で読む程度なら可哀想だと思えるが、実際に体験してみるとどうもこうも遣る瀬無い気持ちが千香の胸を支配していた。
食器を洗い終え、手拭いで手を拭く。芹沢を好きになっただけで、どうして死ななくてはならないのだろうか。こうなるのは梅の運命とでも言うのか。けれども、そんな言葉で片付けられるほど人の命は軽く無いのだ。千香は深い溜息を吐いた。
「千香ちゃん、 」
「にぎゃ! 」
急に背後から話しかけられたため、変な声が出てしまった。
「かんにんな。 」
...声の主は梅だった。丁度千香が頭を悩ませていた人物が現れたため目を見開く。
「お、お梅さんでしたか。驚いた。どうしたんですか? 」
梅は厨房を挟んだ部屋の畳に腰掛け、足をぶらぶらさせて視線を落としている。
「いやあ。昼が過ぎた思うたら、芹沢せんせたち出て行きはったやろ?なんや、戦いに行くて聞いたけど、せやったら、せんせらが居らん間、うちずっと一人で待たなあかん思たら、えろう不安になってきて。 」
ぽつり、ぽつりと梅は話す。
「誰か居らんかなとおもて、おくどさんに来たら、千香ちゃんが居ったから、暫く話し相手になってもらお思うて! 」
必至に笑顔を作っているが、芹沢の安否が不安なのがちらちらと伺えた。千香は梅の隣に腰を下ろし、励ましの言葉をかけた。
「芹沢さんなら大丈夫ですよ!だって、浪士組の筆頭局長ですよ! 」
梅に対して、本で読む限りもっと大人のイメージを持っていた千香は、こんなに可愛らしい人だったのだと描かれていない歴史の裏側に少し嬉しい発見をした。
「せやったら、ええんやけどね。 」
それでも梅の心は晴れること無く、ますます顔の陰りが濃くなっていく。それになんとか出来ないものかと、千香は、は、と思いついて。
「そうだお梅さん。お守り作りませんか?この先も壬生浪士組は、戦い続けると思いますし、その時に心を込めたお守りを渡しておけば、私たちもきっと皆さんの戦う力になれますよ。想いは届きます。 」
「お守り?どんなの? 」
千香の言葉にパッと顔を上げる梅。
「組紐です。本来なら絹の糸を使うんですけど、お守りなら刺繍糸で充分作れますよ! 」
「てことは、刺繍糸を編むんやね。難しそう。うちに出来るやろか。 」
「出来ますよ!私も一緒に作りますし。 」
そう言うと千香は、部屋へと上がり、裁縫道具から色とりどりの糸を取り出した。
「何色で編みますか?いろんな編み方がありますが、大体一つ仕上げるのに六本から十二本で作れますよ。 」
色鮮やかな橙や露草などの色の糸を取って梅に見せた。すると梅も部屋へ上がってきて、座って顔を綻ばせた。
「さよか。せやったらうちまずは六本で作ってみる。 」
梅が手にしたのは、黒と橙色。
「それ、芹沢さんから連想して選んだんですか? 」
にこりと笑いながら、千香は梅に投げかける。
「せや。せんせは、ほんとはお天道様みたいにあったかいええ人やけど、手荒いことせな組を守れんことがぎょうさんあるさかい、せんせにぴったりや思て、この色選んだんよ。 」
梅は少し頬を赤らめながらも、しっかりと芹沢について話す。陰と陽。相反する、いつだって隣り合わせの存在。それを併せ持つのが芹沢だと。千香は新選組をイメージして、浅葱色と赤と白を選んだ。
「ふふ。お梅さんは本当に芹沢さんのことが好きなんですね。...では、早速始めましょう。先ずはこの糸を此処に掛けて。 」
「出来たで。次はどないするん? 」
初めて作るとは思えないほど手際良く編んでいく梅を見て千香は、前に経験があるのではないかと思うくらい、見事な出来栄えに仕上げていった。そのまま一刻程編み続け、二人とも組紐を完成させた。
「おおきに。ほんにおおきに千香ちゃん。芹沢せんせ喜んでくれるやろか。 」
梅は顔を綻ばせ、編み上がった組紐を見つめる。
「勿論です!好きな人から貰う物ならきっと何でも嬉しいですよ!愛情こもってますから! 」
こうして話すうちに、梅の内面を知り、笑顔を失いたく無いと思い始める千香。しかし、千香が何か一つでも歴史を変えてしまえば亀裂を生み、それが現代にまで影響し得ない。千香は梅と芹沢を救いたいと思う気持ちをグッと堪えた。意識せず険しい顔をしてしまっていたのか、梅が心配そうな表情を浮かべているのに気付いて。
「千香ちゃん?大丈夫?具合でも悪なった? 」
「いいえ!何でもありませんよ!さて、夕餉の献立でも考えようかな。 」
「せやったら、ええんよ。うちも一緒に考えてもええ?せんせが元気出るもんがええなあ。 」
瞳を輝かせて、梅は立ち上がった。
「なら、今日は元気が出るものを夕餉に作りましょうか。お梅さんも手伝ってくれますか? 」
「勿論や! 」
そして、梅と千香は夕餉の材料を買いに出掛けた。