幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜   作:秋藤冨美

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現代『いま』を生きるということ

御墓参りから帰ってきてから、千香は幾分か晴れやかな気持ちになっていた。別れる寸前に、自分のことは忘れて欲しいとは言ったものの。無縁仏になってまで、少しでも自分の側に居ようとしてくれたことが分かったし、純粋に嬉しかった。しかし、生前に強い想いを残して逝くと来世にもそれが反映されるということを前に聞いたことがある。

 

「覚えとったら辛いけん、忘れて欲しいって言うたけど。もしかしたら、既に生まれ変わっとんのに忘れてない、とかいうこと無いよ、ね。 」

 

夏特有のかんかん照りの気持ち良い陽気の中で、ぴたりと洗濯物を干す手を止め。

 

「いや、でも。生まれ変わっとったとしてもよ。この時代とも言い切れんし。...考えんとこ。 」

 

辛いのは自分だけで良い。胸の奥にそっと仕舞っておけば、誰にも気付かれないし、誰にも話す必要は無い。これから先、この話をするのは近しい人間だけで充分だ。歴史の中では埋もれてしまっても、あの日々は自分の胸の中で生き続けるのだから。

 

「よし。干せたね。今日は一段と姉ちゃん洗濯もん多いけど...。まあ頑張りよる証拠やし、許したろ。さて、晩御飯の買い物でも行こか。 」

 

姉は保育士をしていて、長時間働いているので着替える回数が多い。この時期ならプールもあるので、更に洗濯物が増えるのは必然である。自分も将来こうなるのかとほんの少し溜め息を吐く。

千香は洗濯かごを室内に戻し、財布とエコバッグを持ってスーパーへと出かけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日のメニューは夏バテ防止のために豚の生姜焼きにしようと思い、精肉コーナーへと足を運んだ。今日豚肉は広告の品というだけあって、残り1パック。これは逃せないと手を伸ばすと、丁度同じタイミングで誰かが手を伸ばし、手が触れてしまった。

 

「あ...。すみません。どうぞ。 」

 

この場合はいつも相手に譲っている。今日は買う日ではなかったのだと思うようにして。しかし今日はいつもと違っていた。相手がそれを断ったのだ。

 

「いえ。貴方の方が先だったと思いますし、買って下さい。僕が別のメニューにしたら良い話ですし。 」

 

その声は、忘れようとも忘れることの出来ない人の声で。聞き間違えようの無い、声。

千香は、声の主を恐る恐る見た。するとばちりと目が合って。顔も間違いない。けれど、きっと他人の空似だ。

 

「す、すみません。それじゃあ。 」

 

気まずさからその場から離れようと踵を返すと、手首を掴まれ。

 

「待って、下さい。貴方、千香、さんですか?俺のこと分かりますよね。 」

 

「い、いえ。人違いです。離して下さい! 」

 

予感が的中してしまった。

 

「俺、実は前世の記憶っていうやつがあるみたいで。信じられないと思いますけど、その記憶の中に貴方が出てきたんです。 」

 

青年は千香を掴む手を離し、千香を自分の方へ向けた。

 

「はっきりとは見えなくて。でもそれを思い出す度に胸が苦しくなるんです。とても大切なことを忘れている様な、そんな気がして。 」

 

「...ここで話しよったら、いなげな人らやと思われます。家近いんで、良かったらそこで話しましょう。 」

 

自分たちが好奇の目に晒されつつあるのに気づき、千香は青年を自分の家へと促した。

 

「見ず知らずの俺を家に上げてくれるんですか?ご家族もいらっしゃると思いますし、悪いですよ。 」

 

「家には今誰も居りませんし、もし貴方が変なことしたらそれこそ平助が化けて出ると思います。 」

 

「...分かりました。 」

 

半ば強制に近い形で千香に納得させられ、青年は引きずられる様にして千香の家へと連れて行かれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「麦茶しかありませんけど、どうぞ。 」

 

「...ありがとうございます。 」

 

見たところ千香と歳もあまり変わらない。それに顔は同じでも、藤堂より大分大人びて良識ある青年だと思えた。麦茶を一口飲んでグラスを机に置くと、氷がカランという音を立て。意識がぼうっと遠くなりかけたときに、青年が口を開いた。

 

「俺藤原、魁に虎って書いて魁虎(かいと)って言います。高三です。」

 

色々組み合わさった名前だな、と内心微笑ましく思いつつ千香も名乗った。

 

「知ってると思うけど。私は、森宮千香です。大学一年生です。高校生なんね。一番楽しいときじゃね。 」

 

「え!?大学生なんですか!てっきり歳下だと思いました。 」

 

「私、前に言うたはずなんやけど。 」

 

覚えていないのか、と少しムッとしてしまう。

 

「最近なんです。前世の記憶ってやつが見える様になったのは。それも部分的なので、分からないことの方が多いと思います。 」

 

「ほうなんね。厄介やね。 」

 

「でも、千香さんのことを凄く好きだったことは覚えています。 」

 

気持ちというものは、例えその器が無くなろうとも消えることはないのだろう。しかし時にそれは、人の運命さえも変えてしまう程の危険を孕んでいる。折角今の世に生を受けたのに、記憶のせいでこの青年の人生を縛り付けてしまうのならば。思い出すべきでは無い。自分の人生は誰かに決められるものではないから。

 

「...思い出さんで良えよ。その記憶は。何年か経った後に、ふと思い返して何だったんだろって思うのが一番よ。 」

 

ピ、とエアコンのスイッチを切り、千香は立ち上がった。

 

「私、今からせないかんことあるけん、魁虎君帰ってくれんで。悪いけど。 」

 

「...俺、この記憶が見えたのって何か意味があるんだと思うんです。東京に居た俺が、愛媛に転校することになったのも。幼い頃に父が出て行ったのも。俺が、藤堂平助の生まれ変わりってやつだからじゃないかって、 」

 

「この世にはね、知らんほうが幸せなこともあるんよ。 」

 

魁虎の言葉を遮り、千香は静かに諭した。

 

「俺、諦めませんから。また来ます。 」

 

魁虎は勢い良く立ち上がり、玄関へと向かって行った。視界の端に映った表情は、哀しみを含んでいる様に思え。

 

「...もう、来んとって欲しいわ。魁虎君には、現代(いま)を生きて欲しい。お願いやけん平助、魁虎君を縛り付けんといて。 」

 

バタンと玄関の戸が閉まる音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※いなげ=変な

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