幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
「おーい!魁虎!何処いっきょん、て。えええええ!!!おいお前らこっち来てみいや! 」
急に姿を消した魁虎を探しに来たのであろう男子生徒がこの光景を見るなり、他の部員を呼びに走って行った。
「魁虎君、とりあえず離れよや。 」
こういうのは他の人に見せつけるものでは無いと思い、身体を離そうとするも。余計にがっちりと抱き込まれた。
「これからは、俺のこと魁虎って呼んで下さい。俺も千香って呼びますから。敬語もやめますね。 」
「え、そなに急に言われても。 」
「やっと逢えたんだから、おあずけなんてやめてくれよ。 」
耳元で少し低い声で囁かれ。強張っていた身体の力が抜けてしまった。
「ほんまじゃ!!魁虎、お前その女誰ぞ? 」
先程の男子生徒が他の部員を連れて戻って来た。一瞬でその場が騒々しくなり、廊下中にがやがやと声が響き渡る。すると魁虎はそれに気分を良くしたのかにやりと笑い。
「俺の将来の結婚相手。世界中何処探したって、こんなに良い
魁虎が照れるのを冷やかそうと企んでいたのが、あまりにも潔くしかも予想の上をいく答えだったので、部員たちは固まってしまった。千香もまさか、結婚というキーワードが出てくるとは思ってもおらず。一気に顔に熱が集まった。
「ませとるなあ、魁虎?しかもまた千香とか、お前の一途さには感心すら覚えるわ。 」
いつここへ来たのか、部員たちの後ろに群を抜いて高い背丈の男が立っていた。その顔、その声。忘れるはずもない。
「原田、さん。...ここに居ったとか、知らんかった。 」
「俺はやっぱり伊予が好きでな、何度生まれ変わっても伊予に生まれたい。 」
原田もまた、前世の記憶を持ったまま生まれ変わったのだろう。くしゃりと笑う笑顔が、あの頃と寸分たりとも違わなかった。
「...ほんでも、松山がえんやろ。 」
「まあ、ほうじゃけど。 」
「松山だけが、伊予やないもん! 」
「...ムードぶち壊し。 」
魁虎は千香を抱き上げ、踵を返した。
「原田先生。千香と話あるんで、今日はここで失礼します。 」
「まあ今日は特別に許したろ。積もる話やろうし、ゆっくりしてこい。 」
魁虎は原田への抵抗心の現れなのか返事も返さず、微妙な空気の空間を後にした。
「荷物取ってくる。 」
「う、うん。 」
まるで壊れ物を扱うかの様に優しく下に下されたかと思うと、魁虎は部室へと向かって行った。千香は一体自分はどういう状況に置かれているのだろうか、と頭を働かせるも。
「お待たせ。じゃあ行こうか。 」
魁虎は右肩に荷物をかけ、左手でがっちり千香の手を握った。
「...えと、何処行くん? 」
「俺の家。 」
「!?私、友達と一緒に来とるけん、急に居らんなったら心配する思う。 」
「じゃあ連絡入れとけば大丈夫。こう言っちゃなんだけど。一緒に居ないということは、友達は千香より先生とか後輩を取ったっていうことだろ。 」
以前とは打って変わって、魁虎は本音をさらりと言ってのけた。やはり色々なしがらみが無くなり生きる時代が変わると、自分の考えを言うことも躊躇することも無いのだろうか。
「うっ。ほうじゃけど。 」
「じゃあ、決まり。家に母さん居るから、紹介するよ。 」
「え...。随分と急やね。お母さんのご都合悪なかろか。 」
「ずっと前から、記憶が見え始めたときから千香のことは話してあるから大丈夫。さ、行こうか。 」
千香の歩幅に合わせる様にして、魁虎は歩き始めた。
「ただいま。 」
言われるがままについて行くと、眼前には高級そうなマンションがそびえ立ち。オートロックを解除して、エレベーターで五階まで登ってきた。そうして魁虎が鍵を開け、千香もそれに続いたが。
「お、お邪魔します。 」
まさかこんなことになるとは予想だにしておらず。手土産も何も用意出来ていないことに焦りを覚えた。本来ならば、こういうシチュエーションでは訪ねる側が何か手土産を持参するのが筋だろう。しかし道中魁虎は千香の訴えに耳を貸さず、気にしなくて良いと言うばかりだった。ならばせめて失礼の無いように努めようと胸中で密かに誓った。