幕末・浪漫千香〜どんな時代でも、幸せになれる〜 作:秋藤冨美
「貴方が、千香さんね。ようやく逢えたわ。 」
魁虎の母は、いかにも洗練された雰囲気をまとっている。きらきらと眩しく、直視も難しい。女優ではないかと錯覚してしまうほど整った顔立ちで、優しく微笑んでいる。こんな人と自分の様な人間が顔を合わせても良いのだろうか、などと卑屈になってしまう。千香は出された紅茶に目線を落としつつ、柔く笑い返した。一体何を話せば良いのやら。その様子を見かねてか、魁虎が千香に助け船を出した。
「母さん、千香は極端に臆病で自分に自信が持てないところがある。今も母さんに萎縮してしまっているのかも。 」
「あら。そんなに怖がらないでくださいな。ここは貴方の家だと思ってくれて良いのよ。 」
魁虎の母はふふ、と口元に手を当て上品に笑う。千香はそれで引け目よりも、疑問の方が勝り。
「...どうしてそんなに優しくして下さるんですか。今日初めて会ったのに。 」
「それはね...。この子が三つの頃からかしら。自分は藤堂平助だって言い始めたの。最初は怖かったんだけど、そういう話もあるってことをどこかで聞いて。でも成長していくにつれて言わなくなるらしいってことも知ったの。でもね。 」
魁虎の母がゆっくり瞬きをして。その何気無い動作の麗しさに千香は思わず息を飲んだ。
「五歳になっても、小学校へ上がっても、ずっと言い続けてて。それどころか、記憶が見え始めたなんて言うのよ。...千香さんのこともずっと探したいって言っててね。息子の大切な子は、私にとっても大切な子よ。 」
「でも魁虎君はまだ高校生ですし、これから色んなことを経験するわけで、私のことなんて忘れてしまいますよ。もっと魅力的な女の子が目の前に現れたなら。 」
先程は大丈夫だと思ったが、やはり魁虎の母を前にすると心のまま、思うままに言葉を吐くことは出来ない。自分が歳上な分、発言に責任を持たないといけないし、魁虎には自由に自分に縛られることなく生きて欲しいと思うからこそ。
「...もっと自分を大切になさい。貴方は、藤原魁虎って言う一人の
魁虎の母の瞳が潤んだように見えた。机の上に置かれた手も固く握られ、震えている。ふと目線を上げると、棚の上に魁虎によく似た男性の写真が飾られており。隣に座っている魁虎は、目線を下げ困った様に笑っている。
「...ごめんなさい。どうしても私のせいで、魁虎君の将来の選択肢を狭めてしまう気がしてしまって。 」
「貴方は、本当はどうしたいの。魁虎はずっと貴方を探していて、一緒に居たいと思っているわ。...人生は一度きりよ。何かの弾みで離れてしまえば、もう二度と会えなくなることもあるのよ。 」
「私は...、出来ることなら魁虎君と一緒に居たいです。でも、私のせいで魁虎君を縛り付けたくない。 」
「縛り付けられないよ。俺は、自分の意志で千香と一緒に居ようと思っているんだから。...俺さ、大学は東京にしようと思っているんだ。英語を深く学びたくて。だから。 」
魁虎は千香の手を取った。
「前は果たせなかった夫婦になるっていう約束、今度こそ実現したい。 」
「私は、魁虎の選ぶ道なら全力で応援したいと思っているわ。...だから千香さん。貴方にも幸せになって欲しいの。 」
二人ともどうしてこんなにも、卑屈で自身の無い自分に優しくしてくれるのだろう。千香は涙をぼろぼろ流してしまった。
「お母さ、ん、ありがと、ッございます。 」
「あー!!洗濯物干さないかんけど遅刻するー!! 」
千香はばたばたと支度を整えていたが、洗濯機の中を見てしまい頭を抱えた。
「今日は俺の方が出勤遅いから、やっとくよ。 」
リビングで朝食を摂っていた魁虎が、声をかけた。
「ありがとう!行ってきます! 」
「いってらっしゃい。 」
バタン。
あれから数年が経ち。二人とも大学を卒業してすぐに結婚した。千香は保育士になり、魁虎は通訳案内士となった。お互いまだまだ仕事に慣れておらず、毎日が慌ただしく過ぎていく。ゆっくり話をする時間も取れないが、一緒に居られるだけで嬉しい。
「さあて。今日は晴れだし、よく乾くな。 」
魁虎は朝食を済ませると、洗い物を済ませベランダに洗濯物を干し始めた。
「原田さんや俺以外の人も、記憶が残ったままなんだろうか。いつか会えると良いなあ。...千香は沖田さんには、会って欲しく無いけど。...よし。俺も支度して行くか。 」
洗濯かごを中へ入れ、ベランダの鍵を閉める。その他の戸締りを確認し、姿見の前で背筋を伸ばすと鞄を持ち家を出た。
以上で、幕末・浪漫千香~どんな時代でも、幸せになれる~完結でございます。
次回作の参考にさせて頂きたいので、このお話を読み終わってお時間のある方は、感想を書いて下さると嬉しいです!飛び上がります!