淫獄都市ブルース   作:ハイカラさんかれあ

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前回までの 淫獄都市ブルース<深者の章>

魔界からの『門』により魔族や異能の犯罪者たちが巣食う『魔都』へと変貌した東京湾の海上10km地点に存在する人工島、通称『東京キングダム』
そこに住む元対魔忍の美少年秋もときは、超一流の人捜し屋でもあった。
ある日、助手の井河さくらが第二の魔都『アミダハラ』で単独の人探しの依頼を行い消息を絶った。
さくらの行方を探すもときに謎の生物たちが襲いかかるが操る妖糸が弾かれてしまい……!


淫獄都市ブルース<深者の章 後編>(長編)

もときは迫り来く魚人が大きく異形たる口を開くのを凝視した、そこから見えるのはこの世のすべての生物を憎み冒涜し嘲笑せしめんとするような漆黒の意思を感じる牙と深淵に通ずるような消化器官へと続く虚無の穴であった。

 

常人ならその名状しがたい恐怖に身も心も捉えられ明確な死を与えられる前に狂死しそうな光景に、もときはいつも通りに屈託のないのんびりな声で告げた。

 

「口を大きく開けるのはやめた方がいいよ、はしたない」

 

魚人の姿はグロテスクだったが、忌々しいことに全体的な輪郭は人間によく似ていた。水かきのある手足、驚くほど大きくてたるんだ唇、ギョロッとしたガラスのような目玉、その他、見るだけで吐き気がする特徴にもかかわらずだ。

 

だがその生物の異端と呼べる形状の頭部は内側から裂け、噴出した血霧は大地に染み込んだ、ぶつからぬようにもときが少し体をずらすと体はその脇をそのまま勢いで通りすぎ床にばたりと倒れこむ。

 

「――さすがに体内までは粘液はないみたいだね」

 

あらゆる者を嘲笑するかのように大きく開けられた口内から妖糸を侵入させ斬り裂いたなどと、即死した魚人は想像すら出来なかったであろう。

 

視線をあげると仲間を殺された為か呻くように身体を這いずり回るような低く響くような怒声を上げている。

 

「さてどうするか」

 

仲間を血祭にあげた若者は凄惨な光景の中でも可憐に咲く美しい華だった、その残酷なまでの美しさに骨がらみ緊縛されたかのように、魚人達は聞くに堪えない地の底へ誘うような奇声をあげてはいるが攻めてこない。

 

そのまま部屋の空間を自身の病的な青ざめた肌の色に染めんと入ってきた魚人達ともときを囲むようにして陣形を整えていた。

広い部屋とはいえ、さすがにもときと魚人十数名が入ると狭い。

 

糸の探知によるとこれ以上の援軍はいないようなので一網打尽といきたいところだが……。

先程の魚人のように都合よく全員大きく口を開けてはくれないだろう。

 

見るもの全てが言いようもなく脅迫的で恐ろしく混じりけのない恐るべき戦慄に襲われ、大抵はショックのために狂気へ目覚めさせてしまうような異形の存在たちはもときを殺戮すべく一斉に四方から飛び込んできた。

 

黒衣の影は高く舞い上がり天井に到達すると、落ちる方向を変えて出入り口の方に降り立つとそのまま矢のように建物から出るべく全力で飛びだした。

 

当然そのまま見過ごすはずもなく魚人達は同じく出入り口に向かって追いかけてくる。

一足早く出入り口に到達したもときは手を一瞬霞んで見える速度で振ると建物から外に出た。

そして少し遅れて魚人が出入り口に足を踏み入れた瞬間に下半身が爆ぜた。

 

糸砦(いととりで)

 

妖糸を周囲に張り巡らし糸の結界を張る技である。

それに触れた相手はさながら無謀にも砦に攻め込んだ相手が防衛隊に苛烈な猛攻を加えられるように、糸による斬撃の嵐により斬り裂かれる。

 

単一の斬撃は粘液で防げても数を劇的に増した複数の斬撃なら粘液を弾き飛ばして斬撃が通るともときは読んだがどうやら賭けには勝ったようだ。

 

再び仲間がやられたことに足をとめた異貌の群を背に建物の外まで出ることに成功したもときは再び糸を使いそのまま建物を切断した。

 

土台となる柱と壁を斜めに斬られた建物は一瞬そのまま横に滑ると重力に従い崩れ落ち、中の怪物たちを巻き込み激しい音と埃を撒き散らし倒壊した。

 

それを離れた場所まで全力で走って出た汗を拭ったハンカチを、今度は土埃が入らぬように口元を押さえることに使用していたもときはあることに気づく。

 

「しまった」

 

その瞬間のもときの顔を見たものがいたのなら苦渋の選択を迫られた政治家が身を切るような思いで決断したかのように、苦痛と後悔に歪んだ表情であったと証言するだろう。

 

「米連のキャンプグッズを持ち出すの忘れてた」

 

今回の出張は依頼ではないため支出しかないので、少しでも出費を補填するために後で売る予定だったがいまや魚人たちと共に瓦礫の下であった。

 

「……切り替えていこう、相手は多分「ダゴン秘密教団」」

 

あの魚人たちは深き者(Deep ones)とよばれる存在だ。

 

予見者H・P・ラブクラフトが1936年に小説という形で発表した『インスマスの影(The Shadow Over Innsmouth)』というタイトルの資料に詳細がある。

 

その正体は異星から来た邪神の一柱である旧支配者クトゥルフの眷属(奉仕種族)だ。

主に海底で生活している存在だが彼らの長である父なるダゴンと母なるヒュドラ、そして海底に沈んだ古代都市ルルイエに封印された、あらゆる水棲動物の支配者、大いなるクトゥルフを崇拝すると同時に彼に仕え、必要とあらば、どんな用向きにもすぐに応じるための「ダゴン秘密教団」と言われる組織を作っている。

 

深き者と人間が交配して生まれる混血の存在が確認されているため、もしかしたら生殖目的でさくらが拐われたのだろうか?

 

「ないな」

 

捕まったのなら母体として使われる可能性は高いがそれを目的にする可能性は低いだろう。

 

「ダゴン秘密教団」の活動原理は奉仕者を増やし、将来的な敵を取り除くため人間を味方に着けることである。

この方法として金に似た金属で作られた奇妙な宝飾品や魚の大漁を約束し、見返りに人間との交配を契約させている。

 

『インスマスの影』の主人公の祖父であるマシュー・オーベッド船長がインスマスの住民に拘束されると「ダゴン秘密教団」と協力関係を結ぶことに同意し子供を作らせ彼を解放している。

その末に生まれたのが『インスマスの影』の主人公だ。

 

「行方不明者が「教団」に関わってしまい協力を拒み口封じに、その人物の足取りをさくらが調べて「教団」に関わってしまい――こんなところかな?」

 

教団はクトゥルフの存在を敵となる勢力から隠すことも目的にしている。

深き者の存在について暗示したとされる『ダゴン』でも最後の場面で目撃者に対する追討が行われたことが仄めかされた。

『あぁ、窓に! 窓に!』の一文は有名である。

インスマスに立ち寄った住民が行方不明になるのも、口封じのためだ。

 

「――けど、さくらがこの程度の相手にやられるかな?」

 

糸による斬撃が主体のもときと深き者たちとは相性が悪いとはいえ数が揃っても工夫次第で倒せる相手だ。

 

相手の影を槍のようにして攻撃したり、影鰐で噛み砕く、影で縛り拘束するなどの多彩な手段を持つ影遁の使い手であるさくらの方が深き者たちに対しては相性がいい。

 

忍法は消耗が激しく相手の数が多かろうが、深き者たち程度ではどうにかなる可能性は低い、大人verより弱いがさくらはあれでも対魔忍屈指の実力者なのだ。

 

他の敵か別のなにかがあると考えたほうが無難だろう、案外あっさり毒や薬でやられた可能性も否定できないのが対魔忍なのだがしかしそれにしても………。

 

「負けてエロいとされるのが対魔忍の常とはいえ単独行動任せたらすぐコレかぁ……」

 

もしもさくらが「教団」に捕まっていたらアヘ顔で魚人と家族計画している可能性があること思い至りもときは少しげんなりした。

敗北して敵に調教されるのは対魔忍世界の様式美である。

 

1、

 

「あら遅かったのね?」

「ええ、まあ」

 

屋敷の方に荷物を持って移動したもときは部屋に荷物をおいて部屋に備え付けのシャワーで戦いの汗と埃を落としたら少々食事の時間が過ぎてしまった。

 

「準備はできてますので席でお待ちになって」

 

席につくと、部屋に誰か入ってきた。

余分な肉が腐り落ちて骨と肉が薄く張り付いている歩く屍体(ゾンビ)かと思うような容姿の持ち主であった。

 

「ほぅ……。」

 

見るものの精気を奪い取るような強い眼光が、こちらを見て緩みその口から切なげな溜息が漏れた。

 

「客人はとんでもない美形と聞いたが、これほどとは……儂の若い頃にそっくりじゃ」

「え?」「え?」「え?」「はぁ」

 

左から館の主人の声に思わず声がでた奥方、執事、使用人、そして返答に困ったもときである。

周囲の反応に気にせず館の主人は話を続けた。

 

「儂がこの館の主、藤曲 佐兵衛(ふじまがり さべえ)じゃ。 たまの客人じゃ、我が家のつもりでゆっくりくつろいでゆきなさい」

「はい、ありがとうございます」

 

そういってしばし出された料理に舌鼓を打つ、実は変な材料だったり食べたりしたら異形の仲間入りする黄泉戸喫(ヨモツヘグイ)的な食べ物かと*1戦々恐々していたが、見たことのない食材というわけでなく普通の魚介類で作られた美味しいだけの料理だった。

 

しばらく無言で食事を楽しんでいたが、食事が終わりに近づき調査のこともあるのでいろいろと聞き出そうと話をした。

情報屋にこの家のことは色々聞いていたが、他愛のない話に混じってちらほらと現在の警備など内情を探るような話題を振った。

 

「そういえば屋敷の大きさの割には防犯設備とか見かけないですけど大丈夫なんですか?」

「ああ、何分古い屋敷を買ったものでな。 改修にも人手が必要じゃがあまり家に他人を入れたくなくてなぁ……。 代わりに用心棒を雇っておる」

「用心棒?」

 

潜入に気付いていなかったけど大丈夫なのだろうか?

 

「用心棒のオーク、東郷じゃ」

「オーク……東郷?」

 

え、誰? やだ、誰なの怖い……。

 

「仕事か、要件を聞こうか」

 

壁に寄りかかって葉巻を煙らせながらM4カービンライフルを担いだオークがそこにいた。

 

「要件も何も、お前護衛の仕事サボってアミダハラの娼館行って朝帰りだったのバレとるぞ減給じゃ」

 

ふー、と煙を吐きながら天を仰いだ。

 

「新人の女の子が入ると聞いてつい……、はじめての客になれたんだが初々しくて、最高だった」

「アンダー13の異名を持つ、ロリコンじゃからなコイツ」

「大丈夫なんですか?」

 

いろいろと不安しか残らない、そもそも護衛が主人ほっといて娼館通いってどうなのよ?

クビにしないのが不思議でならない。

 

「銃の腕だけは確かなんじゃがなぁ……、娼館狂いなのが玉に瑕じゃ」

「性欲持て余してクライアントの関係者に手を出すよりマシだと思って……」

 

某背後に立たせないスナイパーのように仕事前に娼館に寄る習慣があるようだ、さすがに本物は仕事サボってまでいかないが。

 

「ロリ巨乳こそ至高じゃないか?」

「巨乳がロリなんでジャンル的にはロリじゃなくて巨乳の範疇だと思うが」

「それは違う! ロリっ子が他の子よりも発育が良くてコンプレックスもってるのがいいんじゃないか!」

「おまえこの話題になると急に早口になるよな」

 

もときはゆきかぜがいたら貧乳ロリ扱いで守備範囲内なのかなーと失礼なことを考えながら二人の漫才を見ていた。

 

こんな猥談を話している佐兵衛老だが、魔科医の技術を持つ現代のモロー博士*2の異名を持つマッドサイエンティストだ。

 

彼の逸脱行為は魔科医の技術を入手する前は単なる奇行であったが暗黒の偏執狂へと移行したことにより人々は恐れ嘆いている。

その偏執狂ぶりは、殺人的傾向と、精神の内容におけるあからさまに奇妙な変化とを含んでいた。

 

それは『魔界の門』が近いこのアミダハラの目と鼻の先にある場所で現れる様々な奇怪な生物は『門』の影響ではなくこの老人が生み出し破棄しているのではないかという噂が立つほどである。

 

「あなた、仲がよいのは結構だけどゲストをほっておかないでくださる?」

「いえ、見てるだけで楽しいですから」

 

糸を纏わせて色々探りたいところだが、さくらという人質がいるという状況のため佐兵衛に気付かれるリスクは避けるべきか……?

少なくともさくらに巻いた糸をどうやってか処理できる手合いなので下手をうつと色々面倒である。

 

(行方不明の身内に影響があるかもしれないから色々打てない手があるって不便だなー)

 

普段ならそういうリスクも含めての依頼と割り切るのだがそういうわけにもいかないよなーと内心ため息を付いた。

 

「男装してる中性的な子が胸がだんだん大きくなって女性的な自分に悩むとかもいい……」

「コンプレックス系の巨乳ばっかじゃなー」

「思春期の性に翻弄される女子が好きだけどやっぱスタイルが良いほうが嬉しい、カレーは美味いがカツカレーはもっと美味いしラーメンもチャーシュー麺のほうがいい的な」

「――薬でロリになった大人の女性というのはどうかな?」

 

なんとなく話題に乗ってみた。

 

『ッ!?』

 

話している二人の顔が、万有引力の存在に気付いたアイザック・ニュートンのような驚愕に染まった。

 

「また新たな爆弾をぶっこんできたな!」

「できる……!? 顔がいいだけの男じゃないな、逆転の発想だ! 少女から大人になるというあたりまえの葛藤もいいが、大人から少女に変わるという特殊なシチュエーションでの葛藤! ……いいぞぉ、とてもいい!」

「男って……」

 

そんなこんなで表向きは賑やかな会食は終了した。

 

 

「さて、探索タイムだ」

 

ちゃんと許可をとって堂々と館を探索することになった。

館の主人夫婦に顔はともかくそういうところは年相応だと微笑ましい顔をされたがまあ問題ない。

(あの反応からすると、『何も知らない』か『若造が調べた程度ではわからない様にしている』……だな)

 

もう夜なので許可があっても一時間程度が限界だろう、それ以上はさすがに怪しまれる。

「客室に隠し部屋はなし…」

 

客室から催眠ガスが出てそのまま隠し部屋へ拉致とかいう、パターンではないらしい。

 

「では本命の地下にゴー! ……いつも影の中にいるさくらに話しかけてるせいか独り言が多くて困るな」

 

頰をかきながら、さっさと見つけようと探索の二回目を始めた。

 

淫獄都市ブルース<深者の章 後編 2>へ続く

*1
黄泉の国の食べ物を口にして黄泉の国の住人なること。 異邦の食べ物を食べその土地の住人になることを受け入れる儀式をさす。 転じて人外の食べ物を食べると人外になるのを受け入れるという意味もある。

*2
モロー博士の島の登場人物、高名な生理学者。 生体解剖などを行なったとして学界を追放され、孤島で動物に人間の遺伝子を注入し、獣人を作り出して育てる研究を続けている。




正直短いですが、あんまり時間かけすぎてもなんですので中途半端ですが投稿します。
投稿に遅れたのは年末で仕事が忙しくて執筆時間をとれなかったのと、ようやくとれた休みに体調を崩してしまい熱が40度程でて最終的に病院で点滴うったりして休日がまるまる潰れたため投稿に時間がかかりました。


決して参考資料を探して興味を持った同人ゲームのBLACKS●ULSが面白くて執筆をサボってたわけじゃないんです隊長、俺を信じてください!
言い訳はこの辺にして、ではまた次回。
ところで対魔忍RPGのガチャが相変わらず渋いですね10連で全部Rのひまわりチュライ……。

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