淫獄都市ブルース   作:ハイカラさんかれあ

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前回までの淫獄都市ブルース<深者の章 後編>

「あぁ、恐ろしい、(おぞ)ましい、信じられない! 早くここから出るんだ、できるなら急げ! 他のものは全部ほっといて外に出ろ、君が助かるにはそれしかない! 言うことをきけ、理由は聞くな!」
「何があったんだ、しっかりしろ! 今行く!」

地底に続く伝線の受話器からまくしたてるような友人の声に私は地底に向かおうとして、強い言葉で制止されました。

「やめろ! 君には理解できない! もう手遅れだ、自業自得だよ。 誰であれ、できることはない! 早く、間に合う内に逃げろ! 急げ! 無駄なんだよ君は行かなきゃ……二人より一人のほうがましだ…ほとんど詰んだ……それをこれ以上辛いものにしないでくれ……糞ったれ、命がけで逃げろ……時間を無駄にするな…これまでだ、お前には……もう会えないな」

ここで友の(ささ)くような声は叫びへと(ふく)れ上がり、叫びは次第に万古(ばんこ)の恐怖を伴う絶叫(ぜっきょう)になったのです。

「呪われろ、この地獄のものども――魔軍め――ああ神様!? 逃げろ! 逃げるんだ! 逃げてくれぇぇぇッ!」

この後、沈黙が訪れました。
どれほど私は長い時間呆然(ぼうぜん)としたまま座っていたかわかりません。
しかし、しばらくして受話器からもう一度カチッという音が聞こえ、私は耳をすませました。
再び呼びかけました。

「おい! 聞こえているのか! 返事をしろ――そこにいるのか?」

これに応えてあれが聞こえました。
なんと言いましょうか、その声は、深く、(うつ)ろで、膠質(こうしつ)で、(はる)けく、地上のものでなく、非人間的で、肉体を離れていたとでもいいましょうか? 

私の記憶はそれで終わりで、私の話もそれで終わりです。
私は最初の数語を聞いてそのまま意識を失い、病院で目覚めるまでの間、何も判らない状態になっていたからです。


それは言いました。


<深者の章 後編>「莫迦(ばか)め、対魔忍要素(おまえの友)は死んだわ!」






▼元ネタ H.P.ラヴクラフト著「ランドルフ・カーターの陳述」

というわけで、対魔忍クロスなのにまったく対魔忍要素がなかった
<深者の章 後編>のつづきはーじめーるよー 


淫獄都市ブルース<深者の章 後編2>(長編)

「この世にあんな綺麗な子がいるなんて……」

 

妖艶な館の美女が目を閉じるともときの月や華もかくやという美貌が思い浮かんだ。

振りほどこうとしても脳裏に焼き付いた顔を忘れることはできずに脳裏の片隅にとりあえずおいておくことにした。

男女問わずもときの顔を見た者がかかる軽度の症状である。

 

「亜門さん」

「はい、奥様」

 

(いわお)と見間違う筋肉の塊のような二mある巨漢が亡国の王族に仕え続ける忠臣の如き誠実さと鋼の意志を感じさせる声で応じた。

 

「あの人はいま何を?」

「いつも通りに」

 

その言葉に幽冥の淵に立つ様な心境で深い後悔や侮蔑を含む暗色の吐息が漏れる。

 

「夢をみれないものは世の中に多いけれども、起きたまま醒めない夢を見続けることに比べればずっと幸せかもしれないわね」

「……奥様」

「ねえ――亜門さん?」

 

底冷えするような眼で巨漢を見煽った。

 

「あの……、何か?」

 

巨漢の使用人、亜門は気丈な母親の前に出た悪戯っ子のように大きな身体を縮ませた。

 

「前から気になっていたことを、はっきり伝えましょう」

「は、はいっ」

 

妖艶な美女からの圧に亜門は絶望の感情が心の臓を握りしめるのを感じた。

 

「あなたは――私のこと好き?」

 

静かな声だった。

亜門をわずかな間きょとんとさせたのはその言葉の内容よりも、その声にこもった情感と空間の静けさであった。

 

「お、奥様――そ、そんな……」

 

何かを言おうとして、じっと自分をみつめる眼差しに硬直した。

凝視するその美しい視線の送り主の口許にふと翳がよぎる。

それは哀しみに似ていた。

いつからこの冷厳な美女は使用人が自分に向けている感情に気づいたのだろうか?

 

「――二度と私をそのような視線で見ることは許しません、いいわね?」

「は、はい」

「ではお行きなさい、私は主人のもとに行きます呼ぶまで来ては行けません」

「しょ、承知しました」

 

巨体を直立不動のまま石像のように固まる亜門に背を向け歩き出す。

ふと窓の外の月を見る、雲のない月はほぼ真円に近い。

満月まであと僅かであった。

 

1、

 

藤曲 佐兵衛(ふじまがり さべえ) 館の主人 マッドサイエンティスト

藤曲 美沙子(ふじまがり みさこ)  佐兵衛の妻 妖艶な美女

山岡(やまおか) 執事カエル顔 細身長身

亜門(あもん) 使用人 巨漢 奥方付き

毒島(ぶすじま) 使用人 小柄 小太り カエル顔 旦那付き

東郷(とうごう) 用心棒 オーク 娼館狂い ロリ巨乳萌え

 

なにやら約一名やたら濃いのがいるが、館の住人はこの六名である。

館の大きさの割に維持する人員が執事と使用人合わせ三人は少ないと思うが、情報屋の話によると何度か館で求人があり働き手が出入りしていたがいつしか館に訪れる者はいなくなったそうだ。

 

アミダハラに近い場所という特殊な場所な為、ロクな人員がこなかったので人が入れ替わり続け人間嫌いの佐兵衛が見知らぬ人間の頻繁な出入りを嫌ったのか、それとも何か他に理由があったのかはわからない。

 

(案外なんらかの秘密がバレないように信用できる人間以外を排除したのかな)

 

もしこの仮説があっているならもときは相手からすると敵しかいない場所にわざわざ来た哀れな獲物でしかないはずだが、一切の恐れを抱いていないかのようにその歩みは澱みなかった。

 

(聞いた話によると主人は生物を改造してるという話だから実験室や研究室があるはずだけど……)

 

カエル顔の使用人、毒島から笑顔で交渉し鍵を借りて地下まで来たのはいいが、掃除道具と植木道具などの物置になっているだけで特に怪しいものはなかった。

 

「んー…と」

 

探り糸で探ってみると壁の奥に空間がある。

どこかに隠し部屋があるのは確かであるが入り口はここにはないようだ、どうやってその隠し部屋に行くかが問題だ。

さくらがどこかに捕らえられている内は強引に壁を妖糸で切り裂いていくわけにもいくまい。

思案にふけるもときの美しい顔が唐突にあがった。

 

こちらに向かって向かって黒い布が飛びかかってきたが白銀の一閃で切り裂くと、空中でバラバラに布が散乱し空間にノイズのようなものが走り周囲が闇に閉ざされた。

もときが周囲に糸を伸ばすと底なし沼に足を踏み入れたかのようにただただ深く広く沈んで行くような手応えが返ってきた。

 

「やられたね、これは幻術か空間操作か……」

 

もときが気付いた瞬間に術中に落とす手腕から相当な手練れに違いない。

――さて、どうする?

 

やせっぽちとでぶのカエル顔をした従者達が術中に落ちたもときを本に囲まれた部屋で眺めていた。

執事と使用人は常軌を逸した美貌の少年を自分達の掌で好きに扱えるという事実に興奮を隠せなかった。

 

「へへっ、こんな綺麗な人間がいるとは凄えなァ世の広さってやつはよ!」

「まったくだ、それを好きな様に嬲れるとはこの仕事に就いて役得だ」

 

顔は心を映す鏡とはよくいったもので昼間の客人に丁寧な対応をした二人は薄皮ひとつ剥がせば、顔と同じく爬虫類じみた幼稚で残忍な本性が隠れていた。

もっとも顔に関しては天上の住人も酔いしれる美貌の持ち主である少年が外面に釣り合う内面を持っているか疑わしくもあるのだが……。

 

「しかしこいつ異空間に閉じ込めてものんきにあくびしてやがる、図太いのか鈍いのか」

 

透視術を使う使用人は、接触によって透視したものを相手に伝える、彼は執事の肩に触れていた。

渦中の人物であるもときは敵地で絶対絶命の窮地(きゅうち)かつ助けが来る見込みもない状況だというのに、世間知らずの良家の子息然とした態度を崩していなかった。

 

もし今の状況を知った第三者がその姿を見たのなら夜に煌めく月のように暗闇の中で黒衣でありながら漆黒に染まるどころか、眩く輝く世にも美しいその白い(かお)を傷つけることができる存在は同じ美しさの持ち主だけだと確信しているからに違いないと言ったかもしれない。

もとき以上に美しい存在がこの館にいないのは確かであった。

 

「このままじゃつまんねぇ、少しばかり遊んでやってくれ」

「おう」

 

そういうと片手に持っていた本を開き執事の眼がギラリと怪しく(うごめ)く。

そして透視術による視界の中で眠そうにしていたもときが違和感を感じたのかピクリと反応した。

術により閉ざされた世界の中で不可視の炎がもときの身体を干上がらせ、夏場の熱せられたアスファルトの上で干からびた蚯蚓(ミミズ)の様な姿になるであろう光景に二人は胸を躍らせる。

 

「が、がぁあぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」

「おい、どうした!?」

 

突然執事が眼を手で押さえたが次々と滝のように血が溢れ執事は絞るように長い長い絶叫を上げると倒れた。

あまりの使用人が光景にしばし言葉を失い呆然とすると、部屋の扉がガチャと音を立てて開かれた。

 

「こんばんは」

 

扉を開けた人物は先程まで術により異空間に居た秋もときであった。

 

「貴様どうやって……何故ここが!?」

「本業は人探しでね、命を狙った襲撃者を探すのは得意中の得意さ」

 

視線を向けると長身のカエル顔の執事は目や鼻や口などの体中の穴という穴から出る鮮血で紅に染まっていた。

 

「知り合いの医者に防御術を頼んだけどえげつないな」

 

もときは健康診断のついでに魔術師たちの巣窟であるアミダハラに寄ることもあるだろうから、Dr.メフィストに魔術対策をお願いしていた。

もときに対して攻撃呪文を仕掛けたことによりカウンターとしてメフィストの防御魔術が発動し術者である執事の肉体を蹂躙したのである。

そして術が破られたことにより異空間から脱出できたのだ。

 

随分と足元を見た料金をメフィストに取られたが効果は抜群だったようだ。

術者の場所を特定する探知術もおまけに頼んだので居場所にすぐ駆けつけられたということはわざわざ口にしなかった。

 

「さて色々と話してもらおうか」

「お、俺をどうする気だ!?」

「うーん、とりあえず命を狙われたから腕一本かな。 有益な情報を話せば減刑も考慮するかも」

 

のほほんとした顔でそんな恐ろしいことを言い出した。

沈黙すると、骨まで食い込むような激痛に失神して数瞬後に同じ痛みで覚醒した。

気が狂いそうな痛みでも気が狂わず、痛みを与えるのを止めると先程までの激痛が幻だったかのように消え去る神業とよぶべきもときの技倆(ぎりょう)であった。

 

「わ、わかった聞きたいことは全部話す」

「正直なのはいいこと」

 

死体のように顔を白くする使用人に、にこりと微笑むもとき。

その笑顔をみて白かった顔色が赤く染まった、直前の出来事やその後に訪れる運命さえ忘れる凄烈な秋もときの美しさは正に魔性であった。

 

2、

 

「で、なんで僕を狙ったんだ誰かに頼まれた? それとも個人的理由?」

 

単純に考えれば刺客として雇われたというのが有力だが何分(なにぶん)この顔である。

自分の預かり知らぬところで勝手に味方になる者もいれば敵になる者も多い。

超絶美形の転生者やって嫌になるほど見にしみた経験則の一つである。

 

「そ、それは……、ぎゃッ! 個人的理由です綺麗な顔を苦痛で歪めたいとか思ってすいませんでした!」

「あぁ、そう」

 

主人に頼まれたとかなら話が早かったのだが。

 

「じゃあ次、この写真の女の子にそこでぶっ倒れてる山岡さんが反応してたけど心当たりは?」

 

懐からさくらが写っている写真を取り出してみせる。

 

「は、はい……。 数日前に旦那様が、研究室に運べと言われて山岡と二人で運びました!」

「ふーん」

 

ようやく有益な情報が出た、やはりこの館にいるらしい。

 

「で、その研究室って何処にある?」

「そ、それは、……グェッ! い、言えないそれだけは!?」

 

骨まで食い込む苦痛を与えても答えないところを見ると、佐兵衛の恐ろしさは魔王のように骨身に染みているようだ。

……まあ、そんな事は知ったことではないので妖糸を使い情報を引き出そうとして、背筋に悪寒が走りその場から後ろに飛ぶ。

 

「え」

 

毒島の頭が次の瞬間なくなり僅かな血が飛び散った。

一体何が起きたのかを確認する前に狭い場所で正体不明の相手に戦闘するのはまずいと判断し、書庫の窓を糸で開けてすぐさま外に飛び出すと遅れて轟音が鳴り壊れた本棚の破片や破れた本の頁が書庫から屋敷の外に散乱した。

糸を使い着地すると振り返ることなく庭の戦闘に適した広い場所まで走り出す。

 

 

開けた場所に到達してようやく振り返ると、なにもいない。

しかし再び悪寒を感じて横に飛ぶと『なにか』がもときの横をよぎった。

なにかが腐ったような臭いに顔をしかめる。

視線を後ろに向けると地面をもの凄い勢いで蹴ったであろう足跡だけが残っていた。

 

「動きが速い、面倒な……」

 

襲撃者は未だもときの視界に入らず、周囲を飛び跳ねる音だけがその存在を示していた。

こういう敵は狭いところに追い込み攻撃場所を限定して倒すのがセオリーだが、さすがにこの速度からすると逃げるより早く相手に攻撃されるであろう。

 

「書庫の窓に『糸砦』でもやっとくべきだったなー」

 

咄嗟に逃げることを優先してそこまで頭が回らなかったことを反省する。

気持ちを切り替えて眼の前の敵(もっとも目にも留まらぬ相手だが)に備えて周囲に糸を張り巡らせる。

 

ババババババババッ

戦闘態勢を整えたもときの背後(、、)から銃声が鳴り響いた。

銃声から弾薬が5.56x45mm NATO弾だともときが理解する。

そして打ち込まれた弾丸が全弾(、、)命中すると『なにか』が地面に倒れる音と共に銃声を轟かせたであろう人物が現れた。

 

「あなたは……ポルノ13」

「待て、変なアダ名をつけるな」

 

この館の用心棒オーク、東郷であった。

 

淫獄都市ブルース<深者の章 後編3>へ続く




クリスマスにポルノ13とかいうアホなネタをかきあげた作者がいるらしい……
そう、私です。 速さを重視して前回と同じく短めです儂の後編は108式まであるぞ!
というわけでクリスマスに対魔忍が出ない対魔忍クロスを投下しますメリークリスマス!
……いやそろそろ出しますよ(目逸らし)

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