ダンゲロス/IF 作:餅男
──?
「僕がですか? そんな事はないでしょう。日々、頭の痛い事だらけですよ」
──。
「……元気過ぎるくらいですよ。あの馬鹿は、相変わらず“番長”を名乗ってグループ拡大に勤しんでいるようです」
──。
「嬉しそ……っ!? 父さん、からかわないで下さい!」
──?
「そ、それは……そうですが、昔の話です」
──。
「……その必要はないでしょう。あいつには既に今の仲間がいる。それは、僕も同じです。信頼に足りる仲間が」
──?
「まさか、そんな事は有り得ません」
──。
「『それでも』? そうですね。その時は……」
「……長、会長!」
「ン……ん、んん……?」
私立希望崎学園生徒会長・ド正義卓也は自分に呼びかける少女の声で眼を開いた。どうやら、少し椅子に身を任せようとしただけで微睡に引き込まれたらしい。
少しずれかけていた眼鏡を直し襟足の髪の跳ね具合が整ったままである事を確認すると、数秒もかからずド正義は完全に意識を覚醒させた。自分に用事があって訪れたのであろう、眼前で心配そうにこちらを見詰める右目を髪で隠した少女、歪み崎絶子に声をかける。
「歪み崎くんか……すまない、少し眠ってしまっていたようだ」
「大丈夫ですか、会長? ここ最近、色々と大変だとは思いますけどちゃんと休まないと」
「分かっている。とはいえ……明日の一連の“行事”だけは滞りなく遂行しなくてはならない。それが終われば、多少は僕も休めるだろう」
「………」
“行事”という言葉に対し、絶子は僅かに表情を曇らせた。明日は二学期の始業式の日であり──同時に、番長グループNo.3であった「口舌院言葉」を激辛カレーによって頭蓋爆破させた罪により、生徒会役員「架神恭介」が特一級極刑に処される日でもある。
身体を足元から5㎝刻みで鋸引きされてゆく特一級極刑は、他のモラルの低い魔人生徒への見せしめの意味もあるとはいえ凄惨極まる処刑である。自身の能力によって健全な精神を持つに至った絶子にとっては直視も難しいであろう。
ド正義は椅子から立ち上がり、窓から見える夕方の学園を見下ろした。夢の島に造られた直径数kmの巨大学園は地上三階の会長室からでは見渡せない広さだ。
──あの時、自分は父になんと答えただろうか。
父・ド正義克也が大学の研究室で殺される数日前の、最後の親子の会話。
それをド正義は、どうしても思い出せなかった。
ダンゲロス/IF 第一話 気付き
私立希望崎学園、通称「戦闘破壊学園ダンゲロス」。
数年前に発生した“魔人”及び一般生徒含む百八十名の死者を出した凄惨な学内抗争の後、誰かによって作られた警句の看板「この先DANGEROUS! 命の保証なし!」を地元の不良が読み間違えた事から広まったこの通称は、畏怖と嫌悪を込められて囁かれる。
普通の人間が何かしらのトリガーで覚醒する事で突如誕生する“魔人”。常人を超越した身体能力を有し、常軌を逸した様々な能力を操る彼ら彼女らを快く受け入れる程に一般社会は寛容ではない。
“魔人”となった者はコミュニティから疎外され、誹謗され、時として実力行使を伴う排斥を受ける。多感であり、良くも悪くも行動の抑制が効かない学生のコミュニティであれば尚の事である。昨日まで気持ち良い関係を築けていた友人や教師や恋人が、“魔人”となった途端に爆発する汚物を見るかのような視線を向けてくるのだ。それは時によって死よりも残酷である。
そんな彼ら、彼女らが中学を卒業して流れ着く場所、それが希望崎学園である。
細かい経緯は割愛するが、様々な紆余曲折を経て現在の希望崎学園には全校生徒600名の中に100名を超える魔人を抱えている。普通の学校で一学年に1~2人、一般的に治安が悪いとされる学園でも一学年に10人前後、全校で30人居れば多い方である事を考えると破格の数字であり、それが更に進学を考える魔人を呼び集める構図となっている。
ある者は周囲からの迫害から逃れるために、またある者は覚醒と共に芽生えた凶暴性を振るうために、またあるいは広範囲破壊系や大量殺戮系、当人の自覚なく発動する自動発動系などの危険すぎる能力に目覚めもはや希望崎以外の選択肢が残っていなかったために、彼らは希望崎の門を叩く。
そして──その学内は、存外平和であった。
かの悪法、学校敷地内の治外法権を認める「学園自治法」により、通常の学校であれば魔人は暴れ放題。それが“番長グループ”などを作れば実質その学園を掌握したようなもので、強盗傷害、殺人にレイプなど何でもありのディストピアと化すところである。
では、何故ダンゲロスはそうなっていないのか? これは、極めて繊細なパワーバランスによる均衡が保たれている事に依る。
生徒会長・ド正義卓也を中心とした魔人集団「生徒会」と、番長・
──否、正しくは「続いていた」と表現すべきだろうか。
両者の関係は、本年(2010年)初夏の頃から急速に悪化していた。
学内最強の魔人剣士にして番長グループNo.2である白金翔一郎の剣道部部長引退強要に伴う、強権的な剣道部の廃部。
更にそれによって生まれた軋轢を修復するために企画された生徒会・番長グループ合同レクリエーション「お楽しみ会」で起きた口舌院言葉の爆死事件。
立て続けに起きたこれらの事件は番長グループ側に「生徒会が本格的に番長グループを潰しに来た」と思わせるには十分であり、また学内最強のカウンター能力者にして穏健派として両組織の関係を取りなしてきた口舌院が死んだ事で「これを好機として番長グループの殲滅を行うべき」という生徒会タカ派の声も抑えきれなくなりつつあった。
その先に予測されるのは最悪の事態──どちらかが全員死亡するまで何日でも続けられる、正式な手続きの元に行われる全面戦争「ハルマゲドン」。
ハルマゲドンだけは回避せねばならない。そのために、言葉爆殺事件の実行犯を特一級校則違反者として容赦なく処刑することでどうにか落とし所としたいというのが今のド正義の思惑であり、最も頭の痛い懸案であった。
「それで……ただ僕を起こしに来た訳でもないだろう、歪み崎くん。何か報告でも?」
「あ! いえ、その……地下牢獄の架神くんに、面会希望の要望を“されている方”が……」
ド正義の問いかけに、絶子は用件を思い出したのか改めて背筋を伸ばして言った。
「……架神に?」
生徒会「元」役員・架神恭介(三年)。彼の人となりを一言で表すならば“直情径行の馬鹿”という言葉が最も適切だろう。
ド正義がまだ組織としての生徒会を本格的に旗揚げする以前、旧番長グループ(邪賢王が先代番長を殺す前に学園を支配していた魔人グループ)に脅されて毒入りカレーを作らされていたのを救ったのが彼である。
「ド正義、俺はこれからお前の為にカレーを作るぜ!」
救助された時、彼は泣きながらそう言うとその場で生ド正義への助力を決意した。なので生徒会では古参勢に含まれ、それなりに人望もあるべきなのだが──残念なことに、彼の性格には多大な問題があった。
本人は先を見通した策略家ポジションを気取っているようなのだが、その思考は短絡的にして性格は極めて直情的。後先考えず「敵」と認識した相手には周囲が困惑する程の敵意を剥き出しにして悪口雑言を撒き散らす。まあ、有体に言えばトラブルメーカーである。
そういった性格もあり、生徒会発足からのメンバーの割に同期からの評価は非常に低く、役員とはいえ重要なポジションにも置かれる事はなかった。
ただ、視線だけでカレーの辛さを自在に調節できる自身の能力「サドンデスソース」を活用するためにか彼のカレー作りの腕前は高く、それを周囲に振る舞う事も多々あり、また見かたによっては豪放磊落とも取れる架神の姿に尊敬を抱く下級生もいたようである。
ただ、絶子は「されている方」と言った。生徒会の1、2年が面会希望をしてきたならば彼女は「要望を『してきた生徒が』」と言うはずだ。つまり、面会希望をしてきたのは少なくとも絶子より立場が上の人間という事になる。
「……駄目だ、相手が誰であれ許可できない」
絶子の顔にまっすぐ視線を向けつつ、ド正義は僅かの沈黙の後に答えた。
「特一級極刑を受刑する罪人は『学園の綱紀を大きく揺るがし、その生存そのものが害悪である』と認定された者となっている。感受性の強い者が面談した場合、悪影響を及ぼす可能性もある」
「それは、まあ、分かりますけど……」
絶子の顔には困惑が浮かんでいる。ド正義はその表情から「面会希望者」がそれで引き下がってくれる相手ではない事を理解した。
ド正義は大きくため息をつくと、彼女に尋ねた。
「歪み崎くん、一体誰が、あの架神と面談したいと言ってきたんだ?」
絶子はそう聞かれ、おずおずと答えた。
「……校長先生です」
「………」
もう一度、ド正義は大きくため息をついた。
『ド正義くーん!』
直後、ドアの外から若い女性の陽気な声が聞こえてきた。分厚い生徒会室のドアを通して届くという事は相当に大きな声で言っているはずだ。
どんどんどん。
続けてドアを叩く音。
『ド正義くーん! 聞こえてますかー!?』
「………」
「………」
ド正義と絶子は無言で顔を見合わせた。ド正義は大きく肩を落とし、絶子は苦笑を浮かべる。
どんどんどんどん。
またドアを叩く音。さっきより一回多い。
『ドーせーいーぎーくーん!』
「……歪み崎くん、開けてくれ」
「は、はい」
このまま放置していれば声の大きさとドアを叩く回数が増えるばかりだろう。魔人生徒の攻撃にも耐える材質の扉だが、一般人である“彼女”の拳を痛めさせる訳にもいくまい。
ド正義の指示に絶子は頷くとぱたぱたとドアに近づき、観音開きの扉の片側を開けた。
「ド正義く……ひゃあっ!?」
扉の向こうの人物は、丁度そちら側を叩こうとしていたようだった。振り上げた小さな拳が宙を切り、その勢いのままコテンと部屋に転がり込む。
流石に転んでしまうとは思っていなかったド正義は、慌ててその人物に声をかけた。
「だ、大丈夫ですか、先生!?」
「いたたた……ド正義くん、開けるなら開けるって言ってよぉ……」
どうやら鼻を打ったらしい。少し赤くなった鼻先をさすりつつ、身長150㎝ちょっとの小柄な身体をスーツで包んだその女性、希望崎学園校長・黒川メイは答えた。
黒川メイ、27歳。今年度から就任してきた校長歴5ヶ月の新校長であり、一般人。
ウェーブのかかった長い髪と、どこか「着せられた」感のあるスーツ姿。そして小柄な割に出ている所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる均整の取れたプロポーションが特徴の、男子生徒を中心に人気を博している校長だ(ちなみにその“人気”はオナペット的な意味も含む)。
「そんなに叩く事も無いでしょうに……ええっと、それで校長。歪み崎くんから伺いましたが、地下の罪人と面会したいと?」
「こらっ、ド正義くん。『罪人』じゃなくって『架神くん』でしょ?」
なるべく淡々と尋ねるド正義に対し、メイはちょっと頬を膨らませつつド正義を見上げて言った。せわしなく表情や行動が変わる様は、どこか小動物を思わせる。
「……罪人は罪人です。確かに『彼』は長年に渡り生徒会に尽力してくれましたが、現校則上から見ても明確な殺意による殺人を行った以上、許されるものではありません」
日頃から生徒会の予算支援などに協力的な校長とはいえ、そこを譲る訳にはいかない。ド正義は凛とした表情で彼女に言った。
「……うぅ」
理路整然と正論を言われ、むくれつつもメイは一旦引き下がった。だが、一応は校長としての矜持があるのだろう。ひと呼吸置いてから再度ド正義に訴えかけてきた。
「……ねえ、ド正義くん? 確かに架神くんが口舌院さんを殺したのは事実だとしても、それは生徒会を、ひいては番長グループに悩まされていたド正義を思っての事なんでしょ? 処刑は避けられないにしても、せめてもうちょっと痛くない刑にしてあげられないかな?」
「無理に決まっているでしょう。ただでさえ下手人が生徒会の身内ということで、番長グループからの印象は最悪です。一等落とした電気椅子ですら、彼等は納得しないかもしれない」
呆れ混じりにド正義は答えた。明るく天真爛漫なのは人柄としては良いのだろうが、どうもこの校長は事態の深刻さを理解していない。
「そう……そうよね……」
メイはそう言うと、しゅんと落ち込んでしまった。正しいのはド正義側の筈なのだが、何故か罪悪感がこみ上げてくる。
「分かったわ。処刑の裁量については生徒会に一任していますし、先生からどうこう言える事じゃないものね……それなら、架神くんとの面会だけは許してもらえないかな?」
「……お言葉ですが先生、何故彼に会おうと?」
生徒会として多少の接点があったとはいえ、そこまで彼女と架神は親しい間柄だったろうか。そう思うド正義に、当たり前のようにメイは答えた。
「何故って……当然でしょ? 校長として、明日処刑される架神くんに最後の挨拶と、あとカレーのお礼をしておきたいの」
「カレーの?」
「ほら、私がここに赴任してきて一ヶ月くらいの頃に、生徒会のみんなで歓迎のカレーバイキングをやってくれたじゃない」
「ああ……」
そう言われてド正義は思い出した。
魔人への嫌悪感も露わに生徒会の活動に対して否定的だった前校長に比べ、メイは魔人学生への理解もあり、生徒会予算の捻出などにも協力的だった。そこで五月頃、赴任一ヶ月のお祝いも兼ねて彼女の歓迎会を生徒会でやろうという話になったのだ。
その準備に際し彼女の好物がカレーと聞き、腕を振るったのが架神だった。ゲストが可愛い年上という事もあり、彼の張り切り具合は見事なものだった。何処からか高級な具材を用意して、正統派の欧風カレーやインドカレーに始まり、スープカレーにホワイトカレー、マッサマンカレー等々を一人で全て作ったのだ。ド正義もそれには感心したが、うっかり最初に食べたのがマカナウ・カレーだったのが少しトラウマになった。ちなみにマカナウとは蛙の事である。
「ねえド正義くん、お願い。5分でいいから架神くんに会わせて? 本当にちょっと、お別れを言うだけだから……」
そう言うとメイは上目遣いにド正義を見た。
身長差ゆえにド正義は彼女を見下ろす格好になったが、その際に彼女の大きく盛り上がった胸元からブラのフリルが僅かに見えた。
「ンッ! ンンッ!」
「ド、ド正義くん?」
思わずド正義は咳払いをしつつ視線を逸らした。
(黒……なのか……)
苛烈なまでの厳格さで周囲から尊敬を集めるド正義ではあるが、18才の思春期真っ只中を謳歌する少年である事も事実である。下着が見えれば思わず目で追ってしまうし、童貞も卒業している(“ある生徒”の存在により、ここ二年半の間で男子生徒の童貞率は大幅に低下している)。
「……分かりました。地下階の生徒会分室にいる者に、僕が面会の許可を出したと伝えてください。ただし、面会時間は5分でお願いします」
「ありがとう、ド正義くん!」
ド正義の言葉にメイはぱっと表情を明るくすると、嬉しそうにド正義の手を握った。柔らかく暖かいメイの小さな手の感触が伝わってきて、少しド正義の脈拍が速まった。
やがて、メイは手を離すとぺこりと頭を下げ、生徒会室を退室していった。途中で「きゃあっ!?」という声が聞こえたあたり、また廊下で転んだのだろう。
「……ふぅ」
「お疲れ様です、会長」
「全くだよ。あの人には困ったものだ」
大きく息をつき、ド正義は会長用のチェアに腰かけた。扉の近くで様子を伺っていた絶子からの労いの声に頷き返す。
絶子はどうもあの校長が苦手のようであった。ド正義にはどうにもピンと来ないが、女性だからこそ分かるものがあるのかもしれない。
「とりあえず、私も今日の分の仕事は終わりましたから帰りますけど……会長、本当に無理はしないでくださいね?」
「ああ。分かっているとも」
再度の念押しをしてくる絶子に、ド正義は少し無理をして微笑みを浮かべた。
おそらくそれが無理したものである事には気付いているのだろう。絶子はド正義の微笑みに苦笑で返した。
「本当、どうなってるんでしょうね? 今年に入ってから何だか嫌な感じの事件が急に増えてきて……まるで、呪いでもかけられてるみたいです」
「歪み崎くん、冗談でもそういう事を言うものではないぞ? 社会では、組織運営を妨害する能力を持った魔人サラリーマンを非公式に抱えている大企業もあると言うからな」
「少しは調子が戻ったみたいですね、会長」
「……明日は忙しくなるぞ、今日はこれで帰り給え」
「はい、分かりました! 失礼します!」
彼女の気遣いに内心で感謝しつつ、ド正義は絶子の退室を促した。元気よく返事を残し、絶子は生徒会室から出ていった。
「………」
静寂を取り戻した生徒会室の中、ド正義は椅子に腰かけつつ漫然と考えた。
「……本当に、何故なのだろうな」
誰に言うともでもなく呟く。
絶子の言う通り、今年に入ってから番長グループとの関係が急激に悪化してきたのは事実だ。去年、ド正義が「新校則」と称した全生徒の生殺与奪を実質上掌握する「学園総私刑化計画」の雛型を提案した時でさえ、口舌院などが緩衝役になってくれたとはいえここまで険悪な状況にはならなかった。
そして今の状況は、ド正義としても決して望んだものではないのだ。
ド正義は眼鏡の奥の瞳を閉じた。ここ数ヶ月の事を思い返す。何かがおかしくなってきている。何かが。
では──この数ヶ月で、何かそうなり得る要因があっただろうか?
「………?」
それは、“ちょっとした”違和感だった。
「いや……それは無いだろう」
自分の頭に浮かんだ発想を、自分で否定しようとする。
今年度に入ってから生徒会に参入した生徒に、数十人の魔人を操作できるような能力者はいなかった。それ以外で学園にとって大きな変化があったと言えば──校長の急遽の交代。それくらいだ。
だから校長が怪しい? 馬鹿げた短絡的な発想だ。ド正義は自分の思いつきの浅はかさを内心で笑い飛ばそうとした。
「いや……無い……筈だ」
だが、何故か笑い飛ばせない。
考えてみれば今年に入ってからの番長グループとの関係悪化の発端は、メイが生徒会名義で剣道部の取り潰しをした事だ。確かに彼女に番長グループの危険性を(下手に近づけさせない為に)語った事はあったし、そこからの善意であると解釈もできよう。しかし、何故わざわざ生徒会の名を使う必要があった?
「………」
口説院言葉が死んだお楽しみ会もそうだ。あれは確か──彼女が企画立案し、生徒会からの歩み寄りという名目で実施された。
何故──『魔人に理解ある校長』は、仲介人にすらならず、裏方に徹した? 第三者として彼女が立っていれば、もっと開催の交渉は円滑に進んだはずだ。
何より、何故企画立案者がそのお楽しみ会に全く姿を見せなかった?
「……何を考えている、僕は」
お前は疲れている。だから善意で動いている校長すら疑わしく見えているだけだ。ド正義卓也。
内心からそう言ってくる声。それをド正義自身も信じたいと思った。
だが、最初は小さな違和感であったそれはド正義の中で少し大きさを増し、軽く笑い飛ばせるものではなくなっていた。
本当に──彼女は、生徒会のために、魔人のために働いてくれているのだろうか?
「………!」
ド正義は、瞳を閉じたまま拳を握った。
世の中は、“ちょっと”の積み重ねで出来ている。
“ちょっと”の勇気、“ちょっと”の誤解、“ちょっと”の努力、“ちょっと”の優しさ、“ちょっと”の行き違い。様々な人の“ちょっと”が積み重なり、世界は動いてゆく。良い方向にも、悪い方向にも。
これは、そんな可能性のひとつの物語。
あの時、彼が“ちょっと”用心深かったならば? “ちょっと”冷静になれたならば? “ちょっと”先を予測できたならば?
そんな“ちょっと”から枝分かれしただけの“ちょっとした”物語だ。