ダンゲロス/IF   作:餅男

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第十話 “転校生”

 海から陽が昇り、朝焼けの光が港町を照らす。

 希望崎大橋を自転車で、バイクで、あるいは徒歩で渡る幾人もの生徒の姿が見られるが、まだ早朝という事もありピーク時に比べればその数は少ない。

 

 巨大な敷地を誇るダンゲロスだが、意外にも全寮制ではない。無断で寝泊まりをしている者も居るが、多くの生徒は普通に自宅から登校している。

 故に大橋周辺には、そういった学生向けの店も多い。行き帰りの生徒の腹を満たすファーストフード店や制服・体操着・水着などを扱う服飾店、昔ながらの文房具屋などだ。

 その一軒、『魔人OK』と書かれた立ち食いソバ屋に二人の学生の姿があった。

 

「……いよいよだな」

 

 一人はライオンを思わせる、ライダースーツに身を包んだ大男。大盛りの肉ソバに更にコロッケを乗せたものをガツガツと咀嚼している。

 生徒会役員の一人である鈴藤啓太(りんどうけいた)、通称“リンドウ”。能力は脚力のみで亜音速までの超加速走行を可能とする「フラクタ」。

 

「ああ」

 

 もう一人の学生は、何故か眼を閉じたまま月見ニシンソバを食べる細面の青年。よく見れば、その周囲には悪趣味なマスコットめいた二つの眼球が浮いている。店には他の客も居るが、特に気にする事も無く其々が注文したソバやうどんを食べている。魔人社会において“眼球が浮いている”程度であれば珍しくもないからだ。

 番長グループの一人“夜夢アキラ”。能力は超硬度の眼球を操る「アイ・スクリーム」。

 

「ハルマゲドン決定の知らせを聞いた時、お前に果たし状を送るつもりだった」

 

 七味をかけつつ夜夢が言った。

 

「お前が香魚を連れて生徒会に行ったことを、俺はまだ許せてはいない」

「女々しい奴だ。この二年で同じ問答を何回繰り返す?」

 

 肉を口に放り込みつつリンドウが答える。

 

「リンドウ……香魚が、自分の能力をどれだけ呪わしく思っているか知らないお前ではあるまい」

 

 ニシンを箸でほぐしつつ夜夢が更に尋ねる。

 夜夢とリンドウ、そして生徒会役員の友釣香魚。この三人は中学を同じとする友人であった。

 

「生徒会の役員として彼女は今も能力によって不良魔人を殺している。それが彼女のトラウマを掘り返す事になると何故分からん?」

「彼女はそれに満足している。今まで呪わしいものでしかなかった能力が、他人の役に立つ事にな。お前は今の香魚を知らないからそう言ってるだけだ」

 

 友釣香魚、彼女は集団レイプ魔に襲われ処女を奪われた際に彼らへの憎しみから「災玉」に覚醒した、いわば不可抗力的に覚醒した魔人である。

 しかし、覚醒の要因はどうあれ世間は魔人は魔人として無情に扱う。香魚はまるでレイプ魔を誘っては殺す快楽殺人者のように報道され、その日まで友人だったはずの女子たちからは陰惨ないじめを受けた。

 そのいじめから香魚を守ったのがリンドウと夜夢であった。中学に入る前から魔人に覚醒していた二人は彼女の友人となり、その悪名により香魚を周囲から守ったのだ。

 そんな三人が、魔人学園と呼ばれるダンゲロスへの進学を決意したのは当然とも言えた。しかし、ここで三人の岐路に亀裂が走る。リンドウは香魚を生徒会に加入させる事を提案。反対する夜夢は番長グループへの加入を提案したが、香魚は考えた末に生徒会を選んだのだ。

 

「邪賢王さんは能力を使わせずとも彼女を肯定し、迎え入れてくれる。それだけの度量がある人だ」

「それであの悪臭塗れの番長小屋に通わせるのか? お前も随分身勝手だな」

「……!」

「夜夢……正直、俺もこのハルマゲドンをいい機会と思いお前を殺すつもりでいた」

「お前もか、俺もだ」

 

 夜夢とリンドウは揃って丼を持ち上げ、汁を啜った。

 

 

「「……だが、香魚に危害が及ぶとなれば話は別だ」」

 

 

 二人の声は完全に一致した。

 

「!?」

「……ククッ」

 

 少し照れを見せた夜夢に、リンドウは愉快そうに笑った。

 

「俺も香魚も既にテロリストだ。卒業したら、どっかに身を隠さなくちゃならんだろう。その時は夜夢……お前が香魚を守ってくれ。俺みたいな大男が一緒では目立って叶わんからな」

 

 最後の肉を頬張り終え、リンドウが言う。

 夜夢は少し笑い、残していた卵をツルンと呑み込むと答えた。

 

「馬鹿を言うな。その時は……三人一緒だ」

「……そうか」

 

 店の前を通る人が多くなってきたようだ。そろそろ登校のピークである。

 

「「ごちそうさま」」

 

 二人は同時にツユを飲み干すと、同時に丼を置いた。

 ハルマゲドン開戦まで、あと11時間である。

 

 

 

 ダンゲロス/IF  第十話 “転校生”

 

 

 

 日中は平常通りに授業が行われた。

 しかしながら、ハルマゲドンが今夜19時から行われる事は既に全学生が知るところである。授業中もどこか緊張感が流れ、普段ならばひそひそと囁かれる授業中の生徒同士の会話も交わされない。

 やがて昼休みを過ぎ、午後の授業を終え、放課後となる。

 

『……全生徒にお知らせ致します。本日19時より学園公認抗争『ハルマゲドン』が開始します。参加されない生徒の皆さんは、早めに帰りましょう。ハルマゲドン期間中は学校に再度入ることはできなくなります。机の中の教科書や、食べ残し、宿題などを忘れず持ち帰りましょう』

 

 ホームルームを終え、校内放送が流れるとそれを待たずに生徒たちは一斉に鞄を手に教室を出始めた。下手に残って生徒会や番長グループの行動に巻き込まれては冗談ではない。

 

「やれやれ、あと2、3時間あるってのに余裕が無いもんだ……」

 

 そんな生徒の流れとは逆に緩やかに歩く男がひとり。

 番長グループの構成員にして隠れ魔人であるヴァーミリオン海我は、逃げるように下校してゆく生徒たちを見ながら言った。

 やがてその足は美術室の前で止まり、海我はその戸を開けた。

 

「……あン?」

「あれ、ヴァーミリオン先輩?」

 

 美術部としての活動は既に昨日で休止している。誰もいないはずの美術室でカンバスに筆を走らせる少年の姿に、海我は思わず声をあげた。

 その少年、両性院男女にとっても自分以外が誰か来るのは予想外だったのだろう。きょとんとした表情でこちらを見ている。

 

「何やってんだ、両性院? 今日からハルマゲドンだってのに」

「あの……絵を忘れて取りにきただけだったんですけど、描き直したいところが出てきて。まだ余裕もあるから大丈夫かなって」

「呑気だな、お前も……」

 

 呆れつつ海我は美術室に入った。見てみれば、先日モデルになってくれた天音沙希の肖像画である。彼女は男女とは幼馴染と聞くし、絵を描くにしてもこだわりがあるのだろう。

 

「先輩こそ、どうしたんですか?」

「ん? ああ、まあな」

 

 言葉を濁しつつ海我は答えた。何とも困った事になった。『あの絵』をとりあえず番長小屋まで持っていこうと思っていたのだが、そのためには一度表面を隠している布を取り、イーゼルから外してから再度かけ直さなくてはならない。

 

「(……今の時間ならまだ下校中だろうし、大丈夫か)」

 

 しばらく考えたのち、海我はそう結論づけると男女の様子を見た。再び絵の方に集中しているようだ。気付かれないように進めようと、海我は自身が描いた『あの絵』の布を取った。

 

「………!?」

 

 海我の動きが止まった。信じがたいものを見るように、自身が描いたはずの絵の『現状』を確認する。

 それまでののんびりした口調から一転した緊迫した様子で、海我は男女に言った。

 

「おい、両性院」

「え? は、はい?」

「お前と、この前のモデルの天音さんとは幼馴染だったよな? 連絡先とかは交換してるか?」

「さ、沙希の……ですか? はい、分かりますけど……」

「すぐに連絡してみてくれ。俺は別のところに連絡する」

「え? え?」

「急げ!」

 

 突然の要請に男女は混乱したようだが、海我の真剣な声に押されるように携帯を取り出した。

 海我自身も自分の携帯を取り出し、番号を押す。電脳魔人「xx」からの盗聴を防ぐために内々の連絡に携帯は使わないのが番長グループの約束なのだが、この緊急時では仕方ない。

 数度のコール音の後、相手が出た。発信欄の名前は「ヒロシマ」。

 

『どうしたんじゃ、海我?』

「邪賢王、こんな時にすまないが……厄介事が起きた。去年のミス・ダンゲロスに選ばれた天音沙希を覚えているか?」

『ああ、覚えとるわい。「あの日」の事じゃったからな』

「その天音沙希だが……どうも面倒ごとに巻き込まれたようだ。教員の長谷部と、あと何人かの知らない顔に拉致されている」

『……!?』

「とりあえず映像を送るが、今から『絵』を持って番長小屋へ行く。生徒会と協力するってんなら、そっちにも連絡しておいてくれ」

『わ、分かった! 手は回しておくわい』

 

 緊張した声で邪賢王は電話を切った。それを待っていた男女が焦りも露わに海我に言う。

 

「駄目です、先輩……沙希には繋がらないし、自宅にも戻ってないって!」

「畜生、やっぱりか……!」

「沙希に、沙希に何かあったんですか!?」

 

 男女は食いつかんばかりの勢いで海我に尋ねた。彼からすれば全く状況は分かっていないのだ。焦るのも当然だろう。

 海我にとっては自分が魔人である事をバラすのと同じであり抵抗はあったが、男女の様子を前にそうも言えなかった。

 

「……男女、そこの俺の絵を見ろ」

「絵?」

 

 指で示された『あの絵』に男女が歩み寄る。

 

「……これは!?」

 

 その絵には、見知らぬ場所で拘束されている沙希と、それを囲む数人の男女が描かれていた。

 

 

 

「みんな、揃っているな?」

 

 ──同時刻、生徒会長室。

 

 長机に整然と座る──夢見崎アルパのように半分寝ている者もいるが──生徒会役員たちを見渡してド正義は言った。その顔には未だに包帯が巻かれたままだ。

 横に座る赤蝮が、目の見えない彼を補うように言う。

 

「ハルマゲドンに参加しない一般生徒メンバーは既に返し申した。参戦する者はxx殿以外は全て揃っておりますぞ」

「xx君の容体は、まだ完全には回復していないか……」

「肉体的な負傷は治ったそうですが、如何せん精神的なダメージが深刻なようでござる。回復までにあと数日は見るべきとの事」

「仕方ない、これで始めるとしよう」

 

 頷くと、ド正義は姿勢を正して言った。

 

「いよいよあと二時間ほどでハルマゲドンが始まる。既に幾度か説明した事の繰り返しになるかとは思うが、改めて話をさせてくれ。絶子くん、書類を皆に配ってくれたまえ」

「は、はい」

 

 絶子が立ち上がり、時計回りに書類を渡してゆく。一通り渡されたのを確認し、絶子はド正義に言った。

 

「会長、全員に回りました」

「ありがとう、絶子くん……さて、このハルマゲドンは表向きは『番長グループと生徒会のどちらかが全滅するまで殺し合う』事になっている。しかし、僕たちが目的とする本当の意味での勝利は『番長グループと共闘し、この抗争を仕組んだ黒幕である校長たちの正体を暴きハルマゲドンを中止する』事だ。それは分かってくれていると思う」

「番長グループを完全に信用する事に、俺はまだ納得し切れてはいないがな……」

 

 腕を組みつつ範馬が苦々しく言う。今まで敵対心を向け合っていた相手である。口に出してこそいないが、他にも範馬と同じ気持ちの者はいるだろう。

 

「勿論、最低限の用心はする。しかし今回の作戦は『お互いに手を出さないと確信できている事』が前提となる。そうでなければ、戦況を掻き回そうとする第三者の介入があった時に疑心暗鬼に捕らわれてしまうからな」

「むう……」

 

 それを理解しつつもド正義は丁寧に説明した。現実問題として自分たちがテロリスト指定されている以上、番長グループ以外の敵対的な勢力があるのは事実である。範馬は唸りつつも口を閉じた。

 

「みんなには申し訳ないが、まずは一週間ほど教員棟から出ずに生活を送ってもらう。渡り廊下には対魔人シャッターを幾層も立ててある。基本的には二人一組で行動をとり、一階の見張り役は24時間交代制で行う。こちらからは一切攻撃を仕掛けずに、“敵”が焦るのをひたすら待つ」

「それで何も動きが無かった場合は?」

「更に待つ。最低一ヵ月は生活可能な物資を用意してある。僕らはともかく長期戦に不利な番長側が動かなければ、流石に“敵”は違和感を覚え動くはずだ。そこで介入してきた敵の兵か、あるいは校長自身を捕らえて全て白状させる」

 

 エースの質問にド正義は答えつつ自分の言っている事の困難さを思った。相手はおそらくプロの武装集団、簡単にはいくまい。だが、やらねばならない。

 

「……む?」

 

 その時、机上に置かれていたド正義の携帯が震えた。傍らの絶子が画面を確認する。

 

「会長、番長グループの邪賢王からです」

「分かった。通話にしてくれたまえ。ちょっと失礼する」

 

 ひとこと断り、ド正義は渡された携帯に出た。野太い声がド正義の耳に飛び込んでくる。

 

『すまんのう、ド正義。こんな時じゃが緊急連絡じゃ』

「どうした、邪賢王?」

 

 緊張感ある声にド正義は不穏な気配を感じる。

 

『ド正義、去年のミス・ダンゲロスの天音沙希を覚えとるか?』

「……『あの日』の事だ。忘れる訳もない」

 

 少しの間を置いてド正義は答えた。

 忘れもしない去年の学園祭の開催日、その日はミス・ダンゲロスが選ばれ──“転校生”が襲来し、そしてド正義が予想外の形で童貞を失った日でもある。

 

『その天音が、教師の長谷部に誘拐されたようじゃ』

「誘拐だと!?」

 

 思わず出たド正義の声に、会長室の皆がざわつく。

 

『それも、単なる誘拐という訳では無さそうでのう……共犯者がおるようなんじゃが、これがどうにも希望崎の生徒ではないようじゃ』

「希望崎の生徒ではない……邪賢王、どうしてそこまで分かる?」

『ウチのモンに「絵に描いた人物の様子を、リアルタイムで変化させる」能力者がおる。そいつが、前にモデルをしたっちゅう天音の絵を見て察知してくれたんじゃ』 

「なるほど……で、その共犯者が希望崎で見ない顔という事だな?」

『そういう事じゃ。まだワシ等の推測を出んが……ひょっとするとこいつら、“転校生”かもしれん』

「……!?」

 

 ド正義は息を呑んだ。過去に“転校生”に挑んだ際の凄惨な光景が思い浮かぶ。まあ、ド正義自身は初撃で昏倒して気付いたのは全てが終わった後だったのだが。

 

『ド正義、おどれも長谷部の魔人嫌いと肝の小ささは知っとる筈じゃ。それがこのタイミングで金や天音自身を目的に誘拐なんて大胆な真似をするとは思えん。残る可能性は……』

「……僕らの抹殺に“転校生”を呼んだという事か」

 

 これも“敵”の動きのひとつだろうか? 

 ド正義は考え、すぐにそれを否定した。“敵”が“転校生”を使ってド正義達を殺すつもりだったのなら、水面下での工作などを抜きにいきなり召喚すれば良いだけの話である。

 “転校生”たちの起こす破壊や殺人は時折ワイドショーを賑わせるが、彼ら彼女らの詳細が判明する事は決してない。まるでこの世界に最初から存在しなかったように姿を消してしまうのだ。

 “敵”はあくまで自分たち生徒会と番長グループが殺し合い全滅する筋書きを描いていた。それに転校生を介入させるのは共闘を誘いかねない悪手だ。

 だとすれば、これは長谷部が個人で“転校生”を招いたと見るべきだろう。ド正義はそう結論づけた。

 

「全く、面倒な事になったな……!」

『おどれらの方は自由に教員棟(そこ)から出入りできんじゃろう。何とかワシらの方で打てる手を考える。ド正義、画像を送るんで、おどれはおどれで天音を助ける作戦があれば教えてくれ』

「分かった。早急に対応する」

 

 通話を終え、ド正義が携帯を切ると範馬が食いつくように尋ねてきた。

 

「ド正義! 今、“転校生”と言ったようだが……あの“転校生”か!?」

 

 範馬慎太郎。彼もまた、かつてド正義と共に“転校生”に挑み、そして敗北して運よく生き残れた人物である。

 包帯を巻かれた顔のままド正義は顔を上げ、言った。

 

「ああ……どうもこのハルマゲドン、一筋縄ではいかないようだ」

 

 

 

 同時刻、夕闇迫る学園内を走る二台のハーレーの姿があった。

 

「やれやれ、こんな形で来てもらうつもりは無かったんですがなぁ!」

 

 バルはもう一台のハーレーの後ろに乗る両性院に言った。

 

「『こんな形』って、どういう意味ですか、先輩!?」

「お前はもともと、別件で番長小屋に来てもらうつもりだったんだよ」

 

 海我にしがみつきつつ尋ねる両性院に、ハーレーのハンドルを握りつつ海我は答えた。

 

「僕を!? 何でです、僕は魔人じゃ……」

「隠す必要はねえよ。お前が俺と同じ『隠れ魔人』だったのは知ってる」

「!?」

 

 両性院の身体が強張った。

 

「な、何でそれを……」

「その話は後だ。何はともあれ天音沙希、彼女を助ける方法を考えにゃならん。最悪の場合、“転校生”を相手にする羽目になる」

「生徒会と戦わずに済むと思えば、今度は“転校生”……上手くいかんモンですなぁ、全く」

「え!?」

 

 両性院は更に驚かされた。今のバルの言葉がハルマゲドンの前提をひっくり返すものだったからだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 番長グループと生徒会が殺し合うからハルマゲドンが開催されたんですよね!?」

「着いたらその辺りも纏めて説明してやるって! 見えてきたぞ!」

 

 森の向こう、番長小屋の姿を認めつつ海我は言った。

 

 

 

 ──その番長小屋から南に2㎞、旧校舎。

 

「……なるほど、確かに『天音沙希』で間違いないですね」

 

 その教室のひとつに3人の男女が居た。彼らの中央には、何らかの薬品で眠らされたと思われる天音沙希が寝かされている。

 グループの一人、茶色のブレザーを着た長身の青年が屈みこんで彼女の様子を確認する。褐色の肌とブレザーの上からでも分かる鍛えられた肉体はスポーツマンを思わせるが、暑苦しさは無く、むしろ涼し気な印象を周囲に与えている。

 

「“ムー”も惜しい事をしたわねー。折角のレア“報酬”だったのに」

 

 3人の中の唯一の女性、140㎝程度の小柄な身体を黒を基調とした奇妙な制服に包んだ美少女がそれに続く。

 

「で、依頼完了までどうするの、この子?」

「下手に暴れられて傷ついても面倒だ。逃げにくいように服は脱がせて、張り付けるか何かで拘束だな」

 

 普通の高校生ではあり得ないような内容で、目覚めない沙希を眼前に彼らは当たり前のように会話を交わす。

 そんな姿に不気味なものを感じつつも、沙希をここまで連れてきた長谷部は眼前の二人が“転校生”である事を改めて確信した。

 

「お、おい、まだ始めてくれないのか?」

「長谷部さん、こちらも『契約』ですから……残り一人が来てからになります」

「それで、残り一人はまだ来ないのか?」

「我々も常に共に行動している訳ではないので、そこは何とも……ただ、依頼に関しては任せてください。こちらも“報酬”がかかっている以上は手は抜きません」

 

 “ユキミ”と名乗った青年は落ち着いた口調で長谷部に言った。

 

 

 

 ──同時刻、学園敷地内の森の中。

 

「フゥム、フゥム。君らも苦労しているのだね……いやいや、そんな事はない。ところで、少し伺いたいのだが……」

 

 樹に手をあて、他に誰も居ないというのに独りで物を言う人物がひとり。

 挙動不審者であろうか? しかし、樹に対して話をするその姿は落ち着いており、狂人めいた雰囲気は感じられない。

 

「なるほど、なるほど……いや、良い話を聞けた。お礼と言っては何だが、加奈陀産の『めいぷる』は如何かね?」

 

 否、よく見ればその人物は樹に話しかけているのではない。その樹に停まっているクワガタに話しかけているのだ。

 やがてクワガタとの話を終えたのか、まるで大正の書生風の姿のその人物はゆらりと歩き出した。

 

「さて、“ユキミ”と組むのも大分久し振りだ。頑張らせてもらうとしようか」

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