ダンゲロス/IF 作:餅男
──9月10日、22時。希望崎大橋・西側ゲート周辺。
夜の闇の中、幾つものライトが隠れ潜む者はいないかと右に左にと動く。
夕方まで学生が行き来していた橋の入り口には厳重なバリケードが築かれ、紺色の制服を着た幾人もの警官が一定の間隔で並んで周囲に警戒の視線を張り巡らせている。
バリケードの横には、「現在、ハルマゲドン中につき通行禁止」と赤文字で大きく書かれた看板が立てられ、その下には次のように書かれていた。
【現在、希望崎学園敷地内において理事会公認抗争「ハルマゲドン」が行われております。ご迷惑おかけしますが、同抗争終了告知まで通行はご遠慮下さい。
なお期間内において敷地内へ潜入を試みる行為、あるいは侵入を行った場合は一般人、魔人共に処罰の対象となります(警戒中の警官には不審者に対しての射殺権が与えられています)。
希望崎学園理事会】
警備している警官は全て魔人だ。
彼ら、いわゆる「魔人警官」は魔人の就職先としては安定性と収入面において最も人気が高く、同時に超高倍率でもある勝ち組職業である。
しかし、魔人を取り締まる側に回ったからといって彼らが魔人差別から逃れられるのかと言えば、決してそんなことは無い。
一般の部署からは変態か化物の集団のような目で見られ(その見方は決して間違ってはいないのだが)、通常の犯罪者とは比べものにならない程に危険な魔人犯罪者と命懸けで渡り合い、満身創痍で帰還しても「その為の部署なんだから当たり前」とばかりに労りの言葉もかけられない。
そして、そういった鬱屈した感情は身内でなく敵である魔人犯罪者に向けられる。相手を牽制するために撃った拳銃の「誤射」や、命の危険を覚えたために“やむを得ず”相手を殺す「正当防衛」などで死ぬ魔人犯罪者が逮捕される数より多いという噂は、あながち間違いではない。
その魔人警官のひとり、現場管理を任されていると思しき男性警官が迷彩服姿の女性と話をしていた。
「ご協力感謝します。それでは」
「はい、お気をつけて」
互いに敬礼を交わすと、女性は後ろを向いた。
見れば、奇妙なことにそこには30名ほどの女性と共に“お神輿”があった。おそらくは全員で担ぐのであろう。結構な大きさの、がっしりとした神輿である。
「………」
その神輿の上では、一人の女性が座禅を組んでいた。綺麗に頭を丸めた尼僧を思わせる風貌の女性だが、着ているものは他の女性たちと同様の軍用の迷彩服だ。
「……ふぅ」
彼女らを見送った警官は、緊張が解けたように大きく息を吐くと自身の持ち場へと戻った。
「先輩、あの子たちって誰なんですか?」
持ち場を一旦頼んでいた、後輩の警官が彼に尋ねた。
「事前のブリーフィングでちゃんと説明しただろ。お前、聞いてなかったのか?」
「俺、本当は外周の交通整理担当だったんスよ。ここの担当が昼飯のカキフライに当たったとかで、急に位置変更になったんス」
「……魔人でもカキには勝てねえってか」
先輩警官は苦笑すると、先ほどまで彼女らがいた筈の場所を見た。既にそこには誰もいない。
「魔人小隊だよ、魔人小隊」
「ええっ!? あんな子たちが?」
「“機密事項”だとかで教えてくれなかったが、今回の部隊は女だけなんだとよ」
「へえ……でも、中って今は殺し合いの最中なんスよね? 何をしに行くんス?」
軽く聞いてくる後輩に、先輩警官は薄ら寒さを感じつつ答えた。
「……中の魔人の
ダンゲロス/IF 第十二話 魔人小隊
「わっしょい」
「わっしょい」
「わっしょい」
「わっしょい」
座禅を組む女性を乗せた神輿を担ぎつつ、迷彩服の女性たちはかけ声と共に大橋を渡ってゆく。魔人の身体能力があるとはいえ、30人近い人数が足並みを揃えなければならず歩みは遅い。
「……ねえ、貴女たち。幾ら周りからは認識されないからって、もっと真面目にやろう?」
「そうは言いますけど“代行”、この人数では声を合わせないと転びますよー」
「だったら他にあるでしょ!」
月読零華との合流までの間の隊長代行を委任されている
「それじゃ、何て言えばいいんですか?」
「ええっと……訓練中のかけ声の『1,2』とか」
「え~……じゃ、じゃあ、それでやってみます?」
舞の提案をesは渋々と受け入れた。
「いきますよ? せーの、いっち、に!」
「いっち、に」
「いっち、に」
「いっち、に」
「……代行、やっぱり神輿に『いっち、に』は無いですよ」
「う~……分かった。でも、お祭りじゃないんだからせめて『わっしょい』はヤメにして、『セイヤ』とか『ソイヤ』みたいな勢いあるかけ声で行こう?」
「まあ、それなら……いくよ、みんな! そいやっ!」
「ソイヤッ!」
「セイヤッ!」
「ソイヤッ!」
「セイヤッ!」
今度は先ほどより勢いづいたのか、若干速度が上がる。
無論、彼女らは意味も無く迷彩服姿で女神輿を担いでいる訳ではない。これには理由が二つあり、神輿の上で座する小隊員、
古代インドの王舎城に由来する名を持つこの能力は、ひと言で言えば「周囲との関係性を遮断する事で、自分の“存在”自体を世界から無くす能力」である。概念的ではあるが、人間はその周囲を囲む他者や物質との関係性によって“存在”していると言える。その関係性を断ち切り、その世界に「存在しない事にする」事が阿頼耶識そらには可能なのだ。
これは単純に「見えなくなる」というだけの話ではない。世界から「存在しない」と認識されるのだ。例えば番長グループ・駒沢の能力「I.Z.K」は存在をあくまで“希薄化”させる能力である。単に認識されないだけで駒沢は確かにそこに居るし、仮に彼の居る場所で爆発が起これば駒沢は普通に死ぬ。
ところが、「ラージギール」は世界そのものから存在を「無かった事にする」。例えば「ラージギール」中の阿頼耶識の位置に偶然銃弾が飛んできたとしても銃弾は彼女を“認識”せず、そのまま通過する。それは毒ガスだろうと核爆発だろうと同じである。何故なら彼女はこの世界に「居ない事になっている」のだから。
仮に世界を水面だとするならば、駒沢の能力はその水面上で透明になる能力、阿頼耶識の能力はその水面下に潜る能力と言えるだろう。透明の駒沢は嵐が来ればそれに巻き込まれるが、水面下の阿頼耶識は嵐の影響を受けないのだ。
そして、この能力は阿頼耶識と間接的にでも接触していれば共有が可能となる。小隊全員を能力でフォローするのに手を繋ぐだけでは難しい。これが神輿を使う理由の一つである。
もちろん、これ程の強力な隠匿能力だけに制限も多い。
まず、「ラージギール」発動中の阿頼耶識は禅定(心が動揺しない、完全にひとつの事に集中している状態)に突入させる必要があり、その間は能力発動以外の一切の行動が出来なくなる。共有者は他の行動が可能ではあるが、世界から一切の干渉を受けなくなる代償として「こちら側」からも一切の干渉ができなくなる。友好的にせよ敵対的にせよ、世界に干渉するには関係性を持たないといけない訳だ。
神輿を使うもう一つの理由がこれである。常に身を隠すには、彼女を輸送しなければいけないからだ。
「セイヤッ!」
「ソイヤッ!」
「セイヤッ!」
「ソイヤッ!」
やがて、彼女らの神輿は長い希望崎大橋を渡り切り学園正門に辿り着いた。正門を抜け、敷地を囲むように生い茂る森の中へと神輿は入ってゆく。
「……周辺、敵影なし。“イズミノ”、『リクィド・スフィア』を」
「はい」
切れ長の瞳と薄い眉が特徴的な小隊員、イズミノは舞に呼ばれると神輿に片手を添えたまま腰の魔法瓶の蓋を開けると神輿に置き、そこに水を注いだ。
「ンッ……」
口腔内で舌を動かし、唾液を分泌させるとイズミノはその水の中に自身の唾液を垂らした。水面に浮かぶ波紋をしばらく確認した後、顔を上げる。
魔人探索能力「リクィド・スフィア」。水面に唾液を垂らし、そこに生まれる波紋から周囲の「能力発動中の」魔人を察知する能力である。相手の能力までは把握できないが、「自動発動型を含む能力の発動」が感知のトリガーであるため、「I.Z.K」のような隠密能力や透明化能力、また夜夢アキラの眼球のような体のパーツにも反応できるのが強みだ。
「……半径1㎞圏内に、我々以外の能力発動者なし」
「それなら大丈夫ね。阿頼耶識二尉、『ラージギール』一旦解除。5分休憩を」
舞の声に応えるように神輿上の阿頼耶識が瞳を開けると、抱えていた小隊員たちはゆっくりと神輿を下ろして其々身体を伸ばし脱力した。メリハリある緊張と休憩が、長期間と予測される任務においては重要だ。
「ここから本校舎までは約2㎞、更にそこから月読二尉の居る教員棟地下までも多少の距離があるわ。今のペースだとあと一時間ほどって所ね。まだ学園内での大規模な激突は確認できていないけど、移動中に衝突が発生した場合は『ラージギール』を解除して急いで二尉と合流。場合によってはそのまま学生たちの殲滅に移るから、火器は何時でも発砲可能にしておいて」
「はい、代行」
周囲に説明しつつ、舞は短時間ながら隊長代行を行うプレッシャーを感じていた。階級的には上官である阿頼耶識が本来は適任なのだが、彼女は「ラージギール」発動中はそれ以外何もできなくなる。結果、舞にお鉢が回ってきた格好だ。
「うわっ!」
その時、ヘルメットを脱いでいたesが声をあげた。
「どうしたの、es?」
「見て下さいよ代行! こんな大きなクワガタ、うちの実家にも居ませんでしたよ!」
何だかテンションが上がっているようなesの指さす先を見ると、確かにそこには大きなクワガタが樹液を吸っている。呆れつつ舞は言った。
「es、確かに今は休憩中だけど……」
「あ、クワガタ嫌いでした?」
「いや、そうじゃなくて」
魔人というのは元々マイペースな性格の者が多いが、それにしても呑気なものだ。
舞はそう思ったが、同時に理解できる部分もあった。今回の作戦は──相当に「ぬるい」。
今回、彼女ら魔人小隊が相手するのは恐るべき国際魔人テロ組織でもなければ、1960年代末から1970年代にかけて世間を荒らした学生魔人運動セクト過激派「革命的魔人主義連盟(革マジ)」の老獪な残党でもない。
標的は“ただの”民間の魔人学生60名。予想される武装レベルもせいぜい日本刀や小銃、粗末な爆弾程度。10両の戦車で市街地を破壊し回った魔人暴力団を殲滅した時に比べれば危険度は格段に低い。更にその60人の魔人は二つの勢力に分かれており、零華が裏で糸を引いていた事にも気付かず敵対心を強め合い、このハルマゲドンでどちらかが全滅するまで戦うつもりでいる。
つまり、彼女らが相手する予想敵はその潰し合いで生き残った手負いの十数名の学生程度なのだ。上手く事が運べば今晩中に殺し合いが終わり、明日の朝には殲滅完了できているかもしれない。そんな任務であった。
「あ……!」
虫を捕獲するための道具は無いが、何とかクワガタを捕まえようとしたのだろう。esはそろそろと両手を丸めて樹のクワガタを包もうとしたが、それを察知したのかクワガタは一瞬早く樹皮を蹴り、夜空へと飛び立った。
「あーあ……」
「休憩終了まであと一分よ。そろそろ再出発の準備!」
「はい、代行」
夜空を飛ぶクワガタは、何かを伝えようとするが如くカチカチと顎を鳴らす──
「……おや」
旧校舎・“転校生”拠点。
生徒会と番長グループの激突を待ちつつユキミや黒鈴と他愛ない話をしていた鵺野は、何かに気付いたように頤を上げた。
「どうしたの、ヌガー先輩?」
「ふむ、“虫の知らせ”が来たようだ」
そう言うと鵺野は立ち上がり、窓枠に停まるクワガタに学生帽を脱いで一礼した。
「ご協力感謝する。して、如何に?」
「………」
「ふむふむ……」
クワガタが顎を鳴らすと、鵺野は興味深そうにその話を聞いた。彼以外にはクワガタの言葉は分からないため、何ともシュールな光景である。
「………」
「……!?」
だが、その顔に僅かの驚きが浮かんだ。
「………」
「いや、ここからは小生たちの問題だ。お気遣い感謝する」
そう丁寧に礼をしてクワガタを森に返した後、鵺野は教室に振り返り、その隅で身を縮ませている長谷部に歩み寄った。
「な、何だ?」
契約が完了してからというもの、彼はこうしてコミュニケーションを避けるようにして座ったままである。全裸にした沙希を何処からか用意した十字架に張り付ける際にも、手伝いの意思表現すらしなかった程だ。
“転校生”側としても面倒臭そうな契約者と必要以上に話をする必要も無かったため、鵺野らも置物のように放置していたのだが──
急に声をかけられて警戒する長谷部に、鵺野は無表情に尋ねた。
「長谷部殿、今一度確認するが……今回の小生たちの任務は『はるまげどん期間中、敷地内の地下を除く“転校生”以外の全ての魔人を殺す』、これに相違無いな?」
「あ……ああ、そうだが?」
「なるほど……ではもう一点、今回我々が相手取るのは『生徒会と番長グルウプの構成員である約60人の魔人』……これも相違無いか?」
「そ、そうだ、その60人を殺してくれれば……」
「本当にか?」
怯えを浮かべつつも長谷部は答えた。しかし、鵺野は間を置かず更に尋ねてきた。
「……ヌガーさん?」
ユキミはその鵺野の態度に違和感を覚えた。日頃の余裕ある、飄々とした態度とは明らかに違う。
長谷部も自分が疑われている事に気付いたのだろう。怯えから今度は怒りに表情を変え、逆に鵺野に言ってきた。
「な、何を疑っている!? わ、私が嘘をついているとでも言うのか!?」
「偶に居るのだよ。偽の依頼で呼び寄せた“転校生”を殺し、その秘密を暴こうという不届きな手合いがね。貴殿がそれではないかと小生は疑っているのだ」
「馬鹿な事を! か、勝手な思い込みで私を疑うな!」
顔を赤くして怒鳴る長谷部に、鵺野は更に一歩踏み出した。
長谷部は再び顔に怯えを浮かべたが、それでも強気な態度を崩さずに言った。
「わ、私に触るな! 知っているぞ、お前ら“転校生”は契約者は傷付けられないんだろ! 脅しても無駄だ!」
「………?」
鵺野は歩みを止め、小首を傾げた。
「そ、そうだ、それ以上近寄るな……」
「……長谷部殿、どうやら貴殿は勘違いをされているようだ」
「え?」
「契約書をよく読まれよ」
鵺野にそう言われ、長谷部は白衣の内側に入れていた契約書を取り出して広げた。鵺野は言葉を続ける。
「主文の下に小さく書かれていないかね? 『上記依頼に含まれない人物(契約者本人を含む)・物品の保護に関しては乙(契約者)がその責任を負うものとする』……例えば本件が『
「……な」
「つまり、だ」
「あっ!?」
鵺野の腰の箱が開き、弾丸めいた速度で「キヨ」が飛んだかと思えば長谷部の手にあった契約書が宙を舞った。強靭な顎で長谷部の手から契約書を奪い取った「キヨ」は、大きく円を描いて鵺野の許へと戻る。
見れば、長谷部の頬に一筋の切り傷が付けられていた。奪い取る瞬間にツノで薄く切ったのだ。
自分が傷付けられた事に気付き、長谷部はそれまでの虚勢を捨てて教室の壁際まで逃げるように下がった。
「ひっ、ひいっ!」
「小生たちにとって大事なのはこの契約書であって、貴殿の命はどうでも良いのだよ」
鵺野は全く感情を見せない瞳で長谷部を見据えた。
「それをご理解いただいた上でもう一度聞こう。今回我々が相手取るのは『生徒会と番長グルウプの約60人の魔人』……これは間違いないのだね?」
「そ、そうだ! お前たちを騙そうとか、そんなつもりは全く無い! ハルマゲドンで生徒会と番長グループの魔人どもが殺し合う事になったから、学園から魔人を減らす良い機会と思って依頼しただけだっ!」
長谷部は必死に答えた。これを嘘と思われれば次の瞬間に殺されるかもしれないのだ。文字通りの命懸けの弁明である。
「……フゥム。どうやら嘘はついていない……か」
じっくりと長谷部の顔を見た後、鵺野はそう言うと息を吐いた。
とりあえずの命を拾った長谷部はへたへたと腰を落とした。失禁したかもしれない。
「ヌガーさん、あのクワガタは何を言ったんです?」
「ん? ああユキミ、すまなかった。こちらが知っている情報を曖昧にしておかねば、そこから嘘をつかれる可能性があったのでね」
話が落ち着いたのを見て、ユキミは尋ねた。先程までの無表情から一転した穏やかな笑顔で鵺野は答える。
しかし、すぐに鵺野は表情を引き締めるとユキミ達に言った。
「ユキミ、黒鈴……どうやら今回の依頼、思っていた以上に厄介なものになるようだ」
「厄介……ですか?」
「彼のクワガタは小生にこう伝えた。『神輿を担いだ兵装姿の女性数十人が正門付近に居た』とね」
「……!?」
わざわざハルマゲドン中に女神輿が目的も無く入ってくる理由はない。そんな事をする者が居たとすれば、十割で魔人だ。
その意味が二人に伝わったのが分かったのだろう。鵺野は反応を待っていたように言った。
「おそらくは……この世界の“魔人小隊”だ」