ダンゲロス/IF   作:餅男

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第十四話 魔剣「福本剣」

「おそらくは……この世界の“魔人小隊”だ」

 

 クワガタからの情報を元に出した鵺野の言葉に、ユキミは表情を曇らせると腕を組んだ。

 

「……まずい、ですね」

「ああ、実にまずい」

「随分と話が変わってきちゃったわね……」

 

 黒鈴も眠そうな顔のまま眉をひそめる。

 彼ら“転校生”にとって魔人小隊は“天敵”とまでは言えないものの“恐ろしく厄介な相手”だ。幾人もの“転校生”が依頼の為に向かった世界の魔人小隊、もしくはそれに類する対魔人部隊に殺されている。“転校生”の中でも鵺野やユキミは古参と呼ばれる部類だが、依頼を受ける日々の中で友を、先輩を、後輩を失ったのは一度や二度ではない。

 普通の魔人を相手取るのと魔人小隊を敵に回すのとの一番の違いは、対“転校生”についてのノウハウの有無である。“転校生”がその世界に出没する頻度による情報量の多寡はあるが、多くの場合彼らは“転校生”がどのような存在なのか、どんな能力を有しているか、そして──それを殺すにはどうすれば良いかを把握している。

 “転校生”にとって最も厄介なのがこの「殺し方を知っている」という点だ。“転校生”の最大の特徴である無限の攻撃力と無限の防御力はあくまで肉体的なものであり、それ以外は普通の魔人とさして変わるものではない。精神操作系の魔人が数人でも敵部隊に揃っていれば、こちらが先手を取れない限りは「詰み」である。

 

「ただ、まずい状況ではあるが完全に小生たちに不利と言う訳でもない……長谷部殿、本依頼について他に知っている者は?」

 

 鵺野は首を回し、部屋の隅からこちらを伺う長谷部に尋ねた。

 

「だ、誰にも言ってない! お前らのところの担当に言っただけだ!」

 

 身を縮こませつつ長谷部が答える。すっかり怯えてしまっているようだ。自分の身をを守ってくれると思い込んでいた相手が自分を殺しかねないと分かったのだから仕方ないと言える。とはいえ、一人で外に出て行く事も出来ずああやって最大限の距離を取りつつ教室内に居るしかないという状況だ。

 

「まあ、そうであろうな。つまり魔人小隊は『“転校生”が目的で学園内に乗り込んできた訳ではない』という訳だ」

「だとすると……生徒会か番長グループ、どちらかがテロ組織指定されていて、それを今回のハルマゲドンで殲滅しようとしている?」

「おそらくはその筋で間違いないだろう」

 

 ユキミの推測を鵺野は肯定した。確かにレアケースではあるが、彼らは同様の「聞いていた話と違う第三勢力の介入」によって状況が混沌と化した依頼を幾つか経験している。多くの場合、“転校生”を呼び出した人間の知らない所で別勢力が独自に動いており、いざ依頼を遂行しようとした時にブッキングしてしまうという流れだ。

 そしてこの場合の生き残るコツは──「如何にして混沌とした濁流から身を離しておけるか」にある。

 

「方針は変えずに行こう。魔人小隊の狙いが学生たちであると言うなら、向こうの狙いも我々と同様に学生同士を潰し合わせて漁夫の利を狙う作戦の筈」

「その後、消耗した魔人小隊を殺す……という流れがベストですね」

「ちょ、ちょっと待てお前ら! 魔人小隊まで殺すつもりか!?」

 

 長谷部が慌てて言った。不思議そうな顔で鵺野が彼の方を向く。

 

「いや……これは長谷部殿、貴殿の希望なのだが?」

「私の!?」

「『はるまげどん期間中に指定された敷地内に存在する“転校生”以外の魔人の殲滅』……それが貴殿の依頼だ。魔人小隊が相手というのは小生としても気が進まんが、“魔人”である以上は仕方がない」

「そ、それは困る! 魔人小隊を殺せば、国を敵に回す事になる! 私はどうなるんだ!?」

 

 必死に尋ねる長谷部に、鵺野はからかうように言った。

 

「さて……どうなるのだろうね、学者殿?」

「っ! け、契約破棄だ! お前ら、とっとと帰れ!」

 

 自身の命が危ういとは知っている筈だが、怒りが自制を上回ったのだろう。長谷部は鵺野を怒鳴りつけた。

 そんな長谷部に、鵺野は微笑んで答えた。

 

「残念ながら契約破棄は口頭では受諾されないのだよ。契約書を破棄しない限りは、依頼は継続される」

「な……!」

「つまり、小生から『これ』を奪い返せば貴殿は契約を破棄できるという事だな」

「そ、そんな……!」

 

 そう言いつつ、鵺野は懐から先ほど長谷部から奪った契約書をひらひらと翳した。

 魔人ですらない長谷部が“転校生”から契約書を奪うなど出来よう筈も無い。長谷部の顔は赤から青へ、青から蒼白へと変わっていった。

 

「た、頼む、帰ってくれ……」

「腹を括りたまえよ、長谷部殿」

 

 先程までの怒りから絶望へと変わった表情で、長谷部は懇願した。鵺野は涼しい顔で答える。

 

「『60人の魔人学生を殺す』と決めた時点から、既に貴殿は最早後戻り出来る所に立っておらぬ。貴殿が再び教壇に立つには、可能な限り我々に協力し、敷地内の魔人が全滅して小生たちが帰った後で警察に保護され『避難が遅れ遭難しかかっていた不幸な教師』を演じるしか無いのだよ」

「そんな……私は、ただ、魔人を……」

 

 ぐったりとした様子で、長谷部は再び椅子に腰を落とした。この短時間で随分と老けたようにも見える。

 彼の存在を完全に無視しつつ、黒鈴が言った。

 

「……ねえ、先輩。本当に学生たちは予想通りに動いてくれるかしら?」

「さて……雑多とはいえ両勢力合わせて60人の魔人だ。中には探知系能力者も居るだろうし、小生たちの存在は既に察知されていると考えるべきであろうね」

「だったら、学生たちが喧嘩を一旦中断して、私たちを攻めてくるケースもあり得るんじゃない?」

「確かに可能性はあるが……今の時点では薄いな。どちらの勢力にとっても、俺達は後回しにしたい筈だ」

 

 黒鈴の懸念をユキミは柔らかく否定した。

 長谷部の話によれば、この世界では“転校生”はワイドショーで定期的に話題になる程には知られている。学生程度でも「とんでもなく強い魔人」くらいの認識はあるだろう。だとすれば、両勢力が“転校生”の存在を察知していたとしても「相手勢力に“転校生”の相手をしてもらおう」もしくは「後ろから殴られないように先に当面の敵勢力を最小限の被害で撃破し、その後で“転校生”を迎え討とう」という発想に行きつくのが普通だ。

 

「無論、同胞のクワガタ達には其方にも目を向けて頂くが……当面は両勢力と魔人小隊が互いに激突するのを待つとしよう、そして、一方的な展開になりそうであれば影から小生たちが支援し、可能な限り消耗し合うように仕向ける」

 

 この鵺野の提案は現時点で彼らが得ている情報から導き出される結論としては至極妥当なものであり、ユキミや黒鈴もそれを受け入れた。

 

 

 ──そもそもの「生徒会と番長グループが潰し合う」という大前提が間違っていた事を彼らが知るのは、この6時間後である。

 

 

 

 ダンゲロス/IF  第十四話 魔剣「福本剣」

 

 

 

 かつて、生徒会には“福本忠弘(ふくもとただひろ)”という名の「刀鍛冶」が居た。

 この刀鍛冶というのは比喩ではなく、本来の意味で日本刀を造り、鍛える現代の職人としての刀鍛冶である。彼の家は代々続く刀鍛冶で、幼い頃から才覚を見込まれた彼もまた父の仕事を受け継ぎ、優れた職人になる筈であった。

 

 しかし──彼は「優れた刀を作りたい。鬼の力を借りてでも、もっと優れた、良い刀を鍛えたい」と思う余り、鬼の力を借りて刀を作り上げる外法刀工の魔人に覚醒してしまった。

 

 一般的に魔人が作り上げるものは“邪道”のレッテルを貼られ、正当に評価される事はない。美術部のヴァーミリオン海我が自身の正体を隠していた一因もこれである。どれだけ優れ、人の心を動かす作品を創造したとしても「魔人が作った」の一点だけで最低点以下の扱いを受けてしまうのだ。

 実際、魔人に覚醒してからの福本の打つ刀はどれも優れたものであったが評価はされず、「ここならば自分の刀も活かせるはず」とダンゲロスに入学してからも当時学園を支配していた「戦慄のイズミ」率いる番長グループに強要されて刀を作らされ、更にその刀も乱雑に扱われて捨てられるなど彼は完全に腐る寸前まで追い込まれていた。

 そんな彼を救ったのが他ならないド正義であった。まだ生徒会を発足させる前だっド正義は、当時の福本に刀造りを強要していた番長グループの一派を全滅させた後、自身への協力を提案した。

 福本は一、二もなくそれを受け入れ、生徒会メンバーとなった。自分の打った刀が学園を守る力になる。それは彼にとって喜びであり、誇りだった。

 

 そして、福本は最後に一振りの妖刀と、自身の手足の先だけを残しこの世から消えた。

 

「生徒会のために、俺は最強の刀を作り出す。もしド正義の力だけで乗り越えられない試練が訪れた時、その刀は生徒会最強の魔人に持たせてくれ。少しは役に立つはずだ」

 

 生徒会役員であり、福本と中学の同期であったエースが最後に聞いた言葉がそれだった。

 それ以降、通称「福本剣」と呼ばれたその刀は秘蔵の宝刀として保管されていたのだが──

 

 

 

「……本来であれば、もっと正式な式典をもって渡すべきなのだがな」

 

 深夜の番長小屋。ド正義はその「福本剣」を手にしていた。生徒会メンバーを職員棟から「I.Z.K」で向かわせる際、赤蝮に搬送を依頼していたのだ。

 その眼前に立つのは一刀両断。緊張した面持ちで、ド正義の手にする刀に視線を注いでいる。

 誰かしらが常に何か話をしており悪臭と共に雑然とした空気が漂う番長小屋だが、小屋の中央に立つ二人の姿に感化されたのか、今の小屋内には神域めいた静かな空気が流れている。

 

「だ、駄目です、鏡子お姉さま……ちゃんと一刀両さんの、儀式を……ああんっ」

「今の貴女は生ったばかりの新鮮な果実のようなものだもの……熟成されたのも悪くはないけど、新鮮な反応の貴女を味わいたいの」

「はっ……はい、お姉さま、もっと私を味わってくださ、ンンッ!」

 

 ──そうでない者も一部いる。

 

 人目をはばからず体を重ねている鏡子とアズライールを意識から出来るだけ遠ざけつつ、ド正義は一刀両に言った。

 

「一刀両君。本日この場より、生徒会が宝刀『福本剣』を君に預ける。この刀と君の剣術を合わせ、生徒会の力と……」

「あ、あの!」

 

 その時、一刀両がド正義の言葉を遮るように言った。

 

「どうしたのだ、一刀両君?」

「その事について、お願いがあります」

 

 一刀両の顔こそ見えないが声から彼女が何かしらの決断を抱いている事を察し、ド正義は尋ねた。

 

「……言ってみたまえ」

「私は……私は確かに『生徒会』の中では剣技において一番かもしれません。けど……『希望崎学園』で一番の剣士ではありません」

 

 そう言いつつ、一刀両は邪賢王の横に立つ翔一郎を見た。

 

「お願いします、会長。“転校生”との戦いの最中だけでも構いません。この刀を、私でなく白金先輩に預けて頂けませんか?」

「一刀両殿、それは流石に……!」

 

 ド正義の横で立会人を務めていた赤蝮が難色を示す。福本が命と引き換えに造り上げた生徒会の至宝である。その反応は当然だ。

 実際、ド正義としてもそれは受け入れられる提案ではなかった。何とか彼女を納得させようと言葉を考えている内に、別の者が一刀両に言った。

 

「いや……一刀両、その刀はお前が持つべきだ」

「白金先輩!?」

 

 彼女にとっては予想外だったのだろう。翔一郎自身からの推薦に一刀両は戸惑いの声を返した。

 

「福本忠弘、あいつはいい刀鍛冶だった。今の俺が持っている剣も、かつての番長グループの下で一緒だった時にあいつが作ったものだ。強引に作らされていた筈だがそれでも今まで刃こぼれ一つ、曇りひとつ付いていない。どんな目的で使われる刀であれ、あいつは妥協ができなかったんだろうな」

 

 そう言いつつ翔一郎は腰の刀に手をあてた。一刀両に真っ直ぐに視線を送り、一刀両もそれを正面から受け止める。

 

「……そんな奴が生徒会の為に、命を引き換えに残した刀だ。番長グループの俺が持っては刀が泣く。一刀両、お前が持ってやれ」

「先輩……」

「本当に良い刀は持ち主を選ぶ。もしそれでお前にその刀を持つ資格が無かったのなら、刀は勝手にお前の手から離れてゆく。そうでなければ、刀は『お前を選んだ』という事だ」

「……分かりました」

 

 一刀両は頷き、改めてド正義に向き直ると頭を下げた。

 

「すみません、会長。我儘を言いました」

「いや……その謙虚さこそ、この刀を持つ者に必要なものだ」

 

 そう言うとド正義は刀を差しだした。横の赤蝮が手を添え、刀を丁度良い位置に持ってゆく。

 

「……一刀両断、『福本剣』お受け致します」

 

 一刀両は両手で恭しく「福本剣」を受け取った。翔一郎が柔らかい拍手を送ると、周囲の皆も──互いの身体を貪るのに両手を使っている鏡子とアズライール以外は──拍手を送った。

 拍手が収まるのを待ち、ド正義は言った。

 

「作戦開始は明日の午前4時、夜明け前に仕掛ける! それまでは各自、英気を養ってくれ」

「了解致しました。ド正義殿は職員棟に戻られるのですかな?」

「いや、ここに残る。駒沢君の『I.Z.K』は今回の作戦において鏡子くんと並ぶ重要な(かなめ)だ。余計な消耗はさせたくない。なので赤蝮君、一刀両君、すまないが君たちも翌朝までここで休んでくれたまえ。アズライール君は……」

 

「ああんっ! お姉さまっ、お姉さまぁっ!」

 

「……言う必要も無さそうだな」

 

 声の昂りだけで大凡を察し、ド正義は杖をつきつつ今度は邪賢王たちの方へと向かった。海我と美術部繋がりだからか、両性院もそちらに居るようだ。

 

「すまない、簡単に手渡しで済ませられるものでも無かったのでな。時間と場所をお借りした」

「構わんわい」

 

 そう答える邪賢王の足元には天音沙希の絵が置かれていた。全裸で十字架めいた物に張り付けられているようだ。その近くに座る長谷部と3人の“転校生”も確認できる。

 

「何か『絵』に動きはあったか?」

「特にねえな。長谷部が“転校生”の情報源になっているとしたら、あちらさんはまだ生徒会と番長グループが殺し合うと思ってるはずだ。それで潰し合って消耗するのを待ってるんじゃねえかな」

 

 ド正義の問いかけに海我はそう答えつつ絵の中の長谷部をつついた。何があったのか、やけにしょぼくれているようだ。

 それにしても大した能力だ。目の見えない“ふり”をしているためリアルタイムで実物の絵を見てはいないが、ド正義は素直にそう思った。一度対象の絵を完成させてしまえば、絵が変化するまでの時間差こそあれ遠距離だろうとトレースできてしまうのだから。

 

「……?」

 

 ふと、ド正義はある事に思い至った。

 

「ヴァーミリオン君、君の能力は『誰でも』絵に描けさえすれば対象になるのか?」

「あんまり他人に教えたくねェんだけどなぁ……まあ、そうだ。絵のクオリティによって更新速度は変わるが、一度絵になった相手は誰でも、どの時間帯でも『その状態』の絵になる。風呂に入ってようが、寝ていようがな」

「ちょ、先輩! って事は沙希の『そういう所』も全部見ていたって事ですか!?」

「見てねえよ!」

 

 ちなみに海我のこの返答は嘘である。実際は沙希の入浴シーンやあどけない寝顔で性欲を発散させていたのだが、それを正直に言えば確実に海我は両性院に殺されるだろう。

 その海我の返答に、ド正義は満足そうに頷いた。

 

「成程……では、『校長』の絵を描く事も可能か?」

「……なるほど、その手があったわい!」

 

 ド正義の言葉に邪賢王は膝を打った。その言葉を受け、海我も腕を組み考える。

 

「出来る……と思うぜ。校長なら確か、希望崎学園のパンフレットやらホームページやらで顔写真を載せていた筈だ。それを模写すれば……」

「すぐに頼めるか?」

「おうよ。画材がロクに無えからちょっとクオリティは落ちるかもしれねえが、待っててくれ! 両性院、俺は画材をかき集めるから、お前は校長の画像を携帯で探してくれ。全身像があればベストだが、胸から上だけでもいい!」

「わ、分かりました!」

 

 そう言うが早いか海我は木箱の山に向かい、ゴミの中から画材を探し始めた。指示を振られた両性院も慌てて携帯を立ち上げる。

 “転校生”対策が最優先とはいえ、この戦いの本番は校長とその勢力が本格的に動き出してからである。やらねばならない事は余りにも多い。

 ド正義はこの戦いの先に思いを馳せつつ、杖を強く握った。

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