ダンゲロス/IF   作:餅男

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第十七話 出陣

「今、戻った」

「お疲れ様でした。ヌガーさん。首尾はどうでしたか?」

「まあ、当たりも有ればハズレも有り……と言ったところだね」

 

 旧校舎の教室にふらりと戻ってきた鵺野に、ユキミが話しかける。

 鵺野は手にしたボールめいた何かを机に置いた。それが人間の生首である事に気付いた長谷部が悲鳴をあげる。

 

「ひっ、ひいいっ!」

「まず黒鈴には悪いが、『餌』としては彼女らはハズレだった。ひとつは銃の自動装填能力、ひとつは攻撃回避に関する防御能力。リーダーのこの子はと期待したのだが、『生首を一万回リフティングすることで対象の死亡5分前までの記憶を走査できる』という情報系能力だった」

 

 長谷部を完全に無視しつつ鵺野は言葉を続ける。机に置かれたesの首は血まみれで、しかし何かに安心するかのように死に顔は安らかだった。

 

「確かにそれは黒鈴には無意味ですね。一万回のリフティングとか、彼女には無理ですから……しかしそれなら、何故首を持ち帰ったのですか?」

「せめてもの弔意だよ。死体はここのクワガタたちが噛み解して隠滅してくれる事になったのだが、折角情報を教えてくれた首まで挽肉状にするのは気が引けた」

 

 こともなげに言いつつ、鵺野はその生首を撫でた。

 

 現在、椅子に座ってカーテンに包まれながら眠る黒鈴の能力は「XYZ」。対象の脳を完食することにより、所有していた能力を排泄するまでの間だけ使用可能にするコピー能力である。

 基本的にコピーできる能力に制限は無いものの(複数の脳を食べても使える能力は最後に食べた一つのみという数的な制限はある)、行動を伴う能力などの効果や効率は黒鈴のそれに依る。例えば「腕をロケットパンチに変える能力」であれば黒鈴は自分の腕を引きちぎってロケットパンチにする必要があり、更にそのロケットパンチが身体から離れた状態で食べた脳が排出された場合、腕は千切れたままになってしまうのだ。

 その意味において、確かにesの能力はユキミの言う通り無意味であった。如何に無限の攻防力を持つ“転校生”でも、一万回のリフティングのように専門的な技術が必要なものは話が別なのだ。

 

 生首から離した手を学帽に添えながら鵺野は言った。

 

「なかなかにこの世界の魔人小隊は優秀だよ。対“転校生”対策を取っていなかったから小生も簡単に殺せたが、判断力や統制のとれた動きはなかなかだった。仮に相手が本腰で“転校生”用の能力者を揃えてきたら現状の我々では危ういだろうね」

「我々への対策が用意されていない……という事は、やはり魔人小隊の目的は?」

「ああ、この『はるまげどん』に参加している魔人学生の抹殺。特に生徒会側のリーダーであるド正義卓也という人物が最優先目標だそうだ」

「ド正義?」

 

 その名を聞き、ユキミは少し驚きを浮かべた。まるで遠方で知人と会ったような驚きを。

 ふと、部屋の隅で怯える長谷部にユキミは声をかけた。

 

「長谷部さん、ド正義()()という人物の名前に聞き覚えは?」

「え!? あ、ああ、そのド正義克也の息子だよ、今の生徒会長は」

「……なるほど」

「全く、親も親で“学園自治法”みたいな悪法を通したと思ったら、息子も息子で……」

 

 どうやら憎しみが増すと怯えが減るらしい。ぐちぐちと吐き出される後半の長谷部の愚痴は無視しつつ、ユキミは納得した。その様子に鵺野は少し首を傾げたが、何かを思い出したように頷く。

 

「……ああ、そういえば言っていたね。確かユキミが“転校生”になる前に世話になった人物だったか」

「世話になった、と言えばそうですが……まあ、何というか」

 

 鵺野の言葉をユキミは濁した。話を切り替えるように逆に鵺野に尋ねる。

 

「それでヌガーさん、他に得られた情報は?」

「現在、学園内に潜入してきている魔人小隊の構成員は全員が女性だそうだ。生徒会の役員に『範囲内の男性限定で即死させる能力』を持つ少女がおり、その対策らしい。また、そのための緊急編成ゆえに小隊員同士でも互いの能力は把握しているとは言い難いようだ」

「男性のみの即死能力……それ、使えそうですね」

「そうだな。発見できれば優先して首を持ち帰るとしよう」

 

 そこまで言うと、鵺野は教室内に停まっていたクワガタ達の前に再び座った。

 

「……さて、待たせたね。それでは相談の続きといこうか」

「ヌガーさん、魔人小隊への警戒はいいんですか?」

 

 当たり前のようにクワガタ生相談を再開しようとする鵺野に思わずユキミは言った。鵺野は微笑みつつ答える。

 

「連中は我々への対抗策を持っていない。とはいえ全員の能力が分からない以上、こちらから積極的に攻める理由も無い。相手の探知能力が生きているなら、小生がこうして旧校舎に戻った事も察知しているだろう」

 

 鵺野は言いつつ考える。この条件下で、かつ早急な増援が望めない場合において敵の指揮官が最も適切な判断を下すとすれば──

 

 

 

 ダンゲロス/IF  第十七話 出陣

 

 

 

「………」

「………」

 

 無言で通信機を握り締めたままの月読零華を前に、出鯉舞はどう言葉をかけたものか分からないまま沈黙を保っていた。

 職員棟・地下。魔人小隊の待機場所として宛がわれたシェルターの一角は重い静寂に包まれていた。出鯉の耳には、つい先ほどのesの最後の通信「“転校せ……!」の響きが残っている。

 esの安否を口にする者はいない。煙幕や催涙弾、閃光弾などのショック系兵器を中心とした対“転校生”装備を万全にした状態でも、“転校生”と不意の遭遇をして生還できる可能性は5割を切る。ましてや通常の対魔人装備で、能力的にも勝ち筋の無いesらが生存している可能性など──

 

「……て、“転校生”です。隊長」

「分かっている」

 

 周囲の気温が数℃下がりそうな程に、零華の声は冷たかった。 

 正直これ以上は舞としても発言したくはなかったが、階級的に近い阿頼耶識そらは「ラージ・ギール」発動に備えてか瞑想中だし、イズミノはその後の“転校生”の動きを追うために能力を発動中だ。零華に何かを申請する役目は自分しかいない。「貧乏くじ引いたなあ」と内心で思いつつも、舞は背筋を伸ばして言った。

 

「隊長、これは予想外の事態です。対“転校生”部隊の増援を要請すべきでは?」

 

 対“転校生”部隊とは、魔人小隊の中でも精神系、操作系、概念系、あるいはそういった枠組みすら超えた対人能力を有する、対魔人戦闘のエキスパートの集まりである魔人小隊の中でも更なる少数エリートによって編成された特殊部隊である。その行動目標は“転校生”の抹殺だけに絞られ、通常戦闘においては必ずしも最強とは言えないが対“転校生”戦においては絶大な効果を発揮する、言ってみれば「メタ対策全振り」の魔人たちだ。

 対して現在の「ド正義卓也、及びそのシンパ団体“生徒会”の殲滅」を目的とした零華の部隊は「災玉」対策に女性だけで編成され、更に“転校生”に対して特別な効果を発揮するような能力者は居ない。その面において、舞の判断は至極妥当と言えた。

 しかし、零華は頷きもせずに舞に言った。

 

「出鯉二曹、我々は何だ?」

 

 そう聞かれ、舞は緊張しつつ答えた。

 

「は……はっ! 国家防衛組織、対魔人部隊『魔人小隊』であります!」

「今回の任務は何だ?」

「はっ! 『テロリスト・ド正義卓也の抹殺、及びシンパ団体である生徒会の殲滅、更に同ハルマゲドンに参加している目撃者となる可能性のある人物の殲滅』であります!」

「その進捗状況は?」

「はっ! ま、全く進んでおりません!」

「そうだ。お前たちはまだ橋を渡り、私と合流し、その何人かが“転校生”に殺された……それだけだ」

 

 みしり、と零華の手元の通信機が音を立てた。

 

「……それで『何もできていませんが、“転校生”が居たから助けてください』と泣いて助けを斯い、無為に到着を待つつもりか貴様は!?」

「……!」

 

 零華の剣幕に舞は震え、同時に彼女の言葉を理解した。

 これが子供のお使いであれば、「八百屋に行く途中に猛犬がいた」程度の理由で親に助けを求める事は許されよう。しかし自分たちは日常において命懸けの任務を遂行する事を求められる魔人小隊の隊員であり、それに見合う報酬と待遇を受ける者なのだ。救援を求めるにしても「求める事が許されるタイミング」がある。

 確かに現時点でも救援を求めれば拒否される事は無いだろうが、入念な下準備をした上で作戦開始直後に助けを求めた彼女らには「臆病者」の見えぬ烙印が押される事は間違いない。それは無能者扱いよりも辛いことだ。救援を求めるにしても、せめてド正義卓也の抹殺を果たした後で無ければ上官である神代の前に出せる顔も無い。零華はそう言いたいのだ。

 

「イズミノ、“転校生”のその後の動きは!?」

「“転校生”、再び旧校舎に移動して動かなくなりました!」

 

 零華の問いかけにイズミノは即答する。零華は形良い顎に指を添え、敵の動きの意味を測った。

 “転校生”との交戦経験は片手で足りる程度しか無いが、零華も彼らの特徴や行動パターン、“報酬”などについては把握している。旧校舎を根城にしているのが“転校生”だとすれば、何らかの依頼で動いているのは間違いない。

 生徒会、もしくは番長グループが呼び出した? 最初に思いついた可能性を零華は否定した。“転校生”召喚についての手順は国家機密レベルのトップシークレットだ。一介の魔人学生の知識や行動範囲やコネクションでは、それこそ生徒自身が都知事レベルのVIPの肉親ででもない限りは「召喚方法を知るための方法の入り口」にまでも辿り着けまい。

 かといって国が零華らに内密で“転校生”を呼び出したとも考えにくい。そんな行動は彼女らの作戦遂行の障害にしかならない筈だ。

 となれば、残る可能性は──全く与り知らぬ第三者が、このハルマゲドンに合わせて呼び出したという事か。

 

「(全く、厄介な事をしてくれる……!)」

 

 その召喚した人物を発見したならば、全て白状させた上でこの場で思いつく限りの残酷な方法で死んで貰おう。零華はそう思いつつ舞に言った。

 

「そのまま帰ったという事は、“転校生”の狙いは我々ではない。生徒会か番長グループか、もしくはその両方の抹殺を依頼されていると考えるべきだ。その動きと目的を把握する必要がある」

「は、はっ!」

「出鯉二曹! 『U装備』で阿頼耶識二尉を連れ旧校舎へ急行、奴らの動きを探れ」

「わ、私が、ですか!?」

「『ラージ・ギール』ならば相手が“転校生”だろうと身を隠す事ができる。手は出すな。報告時は彼らから数km離れて行え」

「りょ……了解しました!」

 

 顔を青くしながらも、舞は零華に敬礼を返した。パタパタと装備を整えに向かう彼女の背を視線で追いつつ、零華は周囲の隊員たちに言った。

 

「本作戦の危険度レベルを最大まで上げる! 装備は対“転校生”用のものに変更、連中は銃は効かないが、強い光や轟音には一定の効果が確認されている。突然に遭遇した場合でも落ち着いて対応しろ」

『了解!』

 

 彼女の姿勢に、多少の動揺を見せていた他の隊員たちも襟を正して規律を取り戻す。

 その様子に零華は僅かばかりの落ち着きを取り戻し、着ていたコートの胸ポケットからスリムタイプの煙草を取り出すと一本咥え、火を点けた。

 部下を死なせてしまった後悔はある。自分があと少し用心をして、まず反応の実態を調査するところから始めていればesらは死ななかった。

 だが実際のところそれは難しかったろう。学生同士の殺し合いにわざわざ“転校生”を呼び出す馬鹿が居るなど誰が想像するものか。月読零華は常に任務に忠実であり、その遂行に関して犠牲が必要であれば迷わずそれを実行に移すことが出来る非情な軍人であるが──寝食を共にしてきた部下を弔う程度の気持ちはあった。R.I.P(安らかに眠れ)

 深く息を吸い、紫煙を吐きつつ零華は思う。今の自分がすべき事は、奴らの死を『無駄死に』にさせない事だ。

 

 

 

 午前三時の番長小屋、電球の弱い光に照らされた室内で毛布に包まって眠る幾つかの影。そのひとつがもぞもぞと身を起こした。

 

「……ん」

 

 両性院乙女は半分眠った頭で周囲を見回した。座禅を組んだまま眠りにつく邪賢王、椅子に座り、刀を杖のように垂直に立てたまま眠る白金。眼を閉じ、完全に眠っているようだが張り詰めた気配が両性院にも伝わってくる。おそらくは、彼の意識の範囲に入れば即覚醒し、踏み込んだ者を切り裂くだろう。

 毛布を体から除け、立ち上がる。作戦前で気が張っているせいか深い眠りに落ちる事はできなかった。眼をしばたたかせつつ両性院は扉の位置を探り、外に出た。9月上旬の残暑の気配を強く残す生温い空気が両性院の肌に触れる。爽やかとはいかないが、それでも番長小屋の中の澱んだ空気よりは幾分かマシだ。

 

「……誰か起きたのか?」

「会長?」

「その声は……両性院君か」

 

 扉を開けた先、杖を手にしたド正義が独り立っていた。両性院は彼に尋ねた。

 

「会長、どうしたんですか?」

「今後の事を考えていたのだが、ちょっと気分転換をしたくなってね。外の空気を吸いにきたんだ。君こそどうしたんだ? 作戦決行まではまだ時間がある筈だが……」

「その……眠れなくて」

 

 身体が覚醒してゆくにつれ、思考がクリアになってゆく。その中で両性院が思ったのは旧校舎で囚われのままの天音沙希の事だった。あと一時間で、彼女を“転校生”から取り戻す戦いが始まるのだ。

 ド正義はそんな両性院の様子を気配で伺うと、逆に尋ねてきた。

 

「……両性院君、少し質問させてもらっていいだろうか?」

「え? は、はい」

「君と天音君は恋人同士なのか?」

「ええっ!? い、いえっ! 只の幼馴染で、恋人とか、そういうのじゃ……!」

 

 唐突な質問に対し、両性院は慌てて否定した。こんな状況ながら、どうしても顔が赤くなってしまう。

 

「ふむ、ではデートやキスなどをする関係でもないと?」

「あ、当たり前です!」

 

 ド正義は更に突っ込んだ質問を投げかけてきた。やはりこれも両性院は否定する。何を考えて、彼はこんな質問をしてきたのだろうか。

 だが、その答えは彼にとって予想外だったようだ。首を捻りつつ、ド正義は聞いた。

 

「では、只の幼馴染ならば……何故君は、そこまで命を張ろうとするんだ?」

「……え?」

「両性院君、君と天音君が恋人同士であったり、あるいは諸事情で名字の違う肉親だったりするのであれば、これまでの君の行動はある程度は理解できる。しかし……『只の幼馴染』だと言うなら、君の決意はその『度』を超えたものだ。これから行われる戦いは決して英雄的な行為でもなければ、華麗なヒロイック・ファンタジーでもない。死ぬときは誰でも、それこそ僕でも当たり前に死ぬ……そんな泥臭い戦いだ。そこに君は自分の命を投げ打とうとしている。それが分かっているのか?」

 

 顔の上半分を包帯で巻いた状態ながら、ド正義の言葉は平時と変わらない鋭さで両性院を打った。

 両性院はその言葉に驚き、考え、やがて決意をその顔に浮かべて答えた。

 

「……僕と沙希は付き合っている訳でもありませんし、会長の言うような隠れた血縁がある訳でもありません(この学校で『互いに気付いていない生き別れの兄妹』『クーデターから逃れてきた欧州の小国の王族』『千年の歴史を刻む闇の血族の末裔』『地獄の魔王の息子』『宇宙人』などは珍しくもないですが)。でも……彼女は、僕が命を懸けるに足りる人なんです」

「………」

 

 ド正義は答えず、両性院の次の言葉を待つ。

 両性院は幼い頃の「あの日」の事を思い出しつつ言った。

 

「小さい頃は、僕より沙希の方が身長が高くて……僕が、いつも彼女に守ってもらっていました」

 

 物心ついた頃には、両性院は沙希と既に友達同士だった。幼稚園の頃の、どこか姉ぶるような態度で振る舞っていた沙希の姿が昨日の事のように思い出せる。

 

「でも……ある時、年長組の気の強い男子に僕が目をつけられて……僕も沙希も叩かれて、わんわん泣かされて……」

「子供の頃は、良くも悪くも男女の区別が無いからな……」

「はい。でも、それでも沙希は僕が叩かれないように泣きながら守ってくれて……その日に決めたんです。これからは、何があっても沙希を守ろうって」

「感情が先行し過ぎているな……この戦いに命を投げ打つには、『理』が足りていない」

「……はい、分かっています」

「だが、理解はできる」

「!」

 

 そう言うド正義の口元には、優しい笑みが浮かんでいた。

 

「『守りたい女のために命を捨てる』……男が戦う理由など、本来はそれだけで良いのかもしれないな」

「……ありがとうございます、会長」

 

 見えないと知りつつも両性院は頭を下げた。彼の問いかけが、ギリギリまで自分を止めようとする気遣いであった事が両性院にも理解できた。

 

「……両性院君、今は何時だろうか?」

「え? あ、ええっと……三時半です」

「ならば、そろそろ皆を起こすとしよう」

 

 臭いで場所が分かるのだろう、そう言うとド正義は番長小屋へと向かってゆく。

 ほんの少し、夜の闇が薄れたような気がする。あと一時間もすれば日の出になるだろう。

 “転校生”を相手取っての天音沙希救出作戦、開始である。

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