ダンゲロス/IF   作:餅男

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第二話 「xx」

 薄暗い部屋に、空調の音と幾つものPCが稼働するカリカリという音のみが響く。

 季節が残暑にかかる頃とはいえ、室内は肌寒い程に冷えていた。PC冷却のため、エアコンの温度は常時最低に設定されている。

 それなりの広さはある部屋のようだが厚手のカーテンをかけられた窓は締め切られ、椅子も机もなく、床には無数のケーブルが伸び、やはり幾つもの機械やモニターに繋がっている。

 

「………」

 

 その部屋の中央、何台ものモニターに囲まれる中で胡坐を組む、学生服姿の男。

 学生服を着ているという事は、彼は一応学生なのだろう。断定できないのは、その男の容貌にある。

 頭に頭髪は全く無く、水気の無い頬は痩せこけ、虚ろな眼は何処を見ているのかも分からない。半開きの口から時折垂れる唾液と、たまに行う瞬きが辛うじて彼が生きている事を示している。

 そんな彼を囲むモニターには、様々な情報が高速で流れている。彼の手元にキーボードは無いが、それらのモニターに表示される情報に対しそれ以上の速度で対応を行っているようだ。

 

「………」

 

 ドアが開く音。

 

「失礼する」

 

 一分の乱れもなく詰襟の制服に身を固めた、長身の眼鏡の少年が入室してきた。ド正義卓也である。

 

「………」

 

 男はド正義にまったく反応せず、虚空を見つめたままである。

 しかし、その手が僅かに動いた。緩慢な動作でモニターの一つに触れ、ド正義の方に向ける。

 

 

【よお。珍しいな、お前が直接来るなんて】

 

 

 モニターにはそう表示されていた。

 

 

 

 ダンゲロス/IF 第二話『xx』

 

 

 

「ああ。携帯を使わず話をしたい事柄だったのでね」

 

 ド正義がそう答えると、まるで普通に会話しているかのような速さで次のメッセージが表示される。

 

【まあ、出せる茶もねえがゆっくりしていってくれ。防犯カメラから拝借した女子水泳部の動画でも見るか?】

「………」

【ハハッ、冗談だよ】

 

 ド正義の眉の険しさが増す前にまたメッセージ。通常のタイピングで可能な速度ではない。

 

 この男の名はxx(個人データを本人が消去したため本名不明)。

 生徒会書記を務める三年生であり、魔人学園と言われる希望崎でも唯一の電脳系魔人である。数年前に魔人に覚醒し電脳世界に精神をダイブさせる能力を身に着けたxxは一日の大半を電脳世界で過ごし、精神の入れ物に過ぎなくなった肉体は生存に足りる程度の食事と睡眠、排泄行為のみを行うだけとなっている。即身仏めいた姿になっているのはその為だ。

 また彼は、その能力の発展形として対象の精神を圧縮してデータ化する事で植物人間化させる技『インターネット殺人事件』を身につけており、過去にはそれで実質的な連続殺人を行った重犯罪者でもある。しかし、最終的に実態を掴まれ拘束された際、その能力に目をつけたド正義が司法取引めいた交渉で生徒会に引き込んだのだ。

 そして現在、彼は生徒会PC室の主として生徒会の情報収集、管理、調査などを一手に引き受けている。

 

【それで、何なんだ? その用件ってのは?】

 

 これが本来の人格なのだろう。相手が生徒会長のド正義だろうとざっくばらんな口調でxxは尋ねてきた。

 ド正義は少しの逡巡を見せた後、ゆっくりと言った。

 

「……人物調査を頼みたい」

【調査? 何か後ろ暗い事をしてる奴がいるって事か?】

「いや、調べてほしいのは生徒ではないんだ」

 

 そこでド正義は言葉を止め、息を吸った。

 

「その……調べてほしいのは、校長だ。彼女のプロフィールが『本物』かどうかを調べてほしい」

【校長?】

 

 それはxxにとっても意外な言葉だったのだろう。返事の速度が僅かに落ちる。

 殆どPC室から出ないxxだが、校長の事は当然知っていたし彼女の評判も把握していた。“魔人にも優しいドジっ子校長”という評価は既に定着しており、希望崎生徒間のSNSでも彼女の人気は高い。

 

【どういう事だ? あの校長が偽の経歴でここに来てるってのか?】

「うむ……どう言えば良いか……」

 

 その問いかけに対し、ド正義は彼にしては珍しく返答に困っているようだった。少し考え、曖昧な返事を返す。

 

「正直なところ、そういった疑いが有る訳ではない。単に僕の心配性かもしれない……特に怪しいところが無ければ、それで良いとは思っている」

【何だ、そりゃ?】

「少しだけ、引っかかる事がある。その僕自身の疑いを晴らしたいのだ。xxくん、今の頼みは通常業務の妨げにならない範囲で行ってくれればいいし、君が疑わしくないと思ったのならそこで調査を打ち切ってもらってもいい」

【オーケーオーケー、ま、暇つぶし程度にやらせてもらうさ】

「……よろしく頼む」

 

 ド正義は最後にそう言うと頭を下げた。

 

【もう行くのか? 何だったら、この前生徒会でとっ捕まえた盗撮野郎が撮ってた女子新体操部の更衣室動画でも土産にどうだ? 凄えぞ、三年のレズの先輩が後輩三人と蛇の交尾みたいに……】

「………」

【冗談だよ】

 

 ド正義の額に青筋が浮かぶ前に次のメッセージが表示される。そのままド正義はxxに背を向け、退室してゆく。

 PC室のドアが閉まり、再び室内はxxとPCとモニターだけの世界になった。

 

【さて……】

 

 電脳世界のxxは考える。退屈そうな依頼ではあるが、生徒の携帯の盗み聞きや情報整理にも飽きてきたところではあった。気分転換には悪くなさそうだ。

 

【そんじゃ、行くか】

 

 xxは更に自分の精神を電脳世界に埋没させる──

 

 

 

【さ、どこから始めるかね】

 

 黒い影法師めいた姿のxxのアバターは肩を回しつつ周囲を見回した。薄暗い空間に、0と1の数字がノイズめいて無数に浮かんでいる。これはサイバーパンク小説のネットダイブに憧れる余りに覚醒したxxのイメージ世界であり、視覚化が困難な電脳世界を彼の好みに調整しているものだ。

 

【……まずは表看板からってか】

 

 ひょいと手をかざすと、そこに一冊の大判の本が浮かび上がった。表紙には「ようこそ、希望崎学園へ!」と書かれている。希望崎のホームページをイメージ化したものだ。パラパラと本がめくれ、『優れた学習環境』『安心の魔人対策』『一般校より低い生徒の死傷率』などの美辞麗句が踊るページが次々と表示される。

 

【ハハッ、下らねえ】

 

 それらの記事を一笑に伏すと、xxは目当てのページに辿り着いた。教員紹介ページである。

 

『皆が安心・安全に、健やかに成長できる学園にしてゆきたい』

 

 一番最初の部分、そんなスローガンと共に微笑む黒川メイの写真が掲載されていた。1983年生まれ、○○教育大卒、××商社勤務───特に劇的でもない、普通のプロフィールだ。

 xxはそのページを無造作に破り取ると、折り畳んで口に放り込んだ。これでxxの脳に情報が保管され忘れる事はない。

 

【んじゃ、次は……】

 

 xxの身体は浮かび上がり、高速で飛翔する。

 一旦海外のサーバーを幾つか経由して、xxは今度は大学構内めいた場所に辿り着いた。メイが卒業したとされる大学のサーバーに到着したのだ。彼の前には『立ち入り禁止!』と書かれた巨大なバリケードがある。

 

【はい、お邪魔しますよっと】

 

 ファイアウォールを視覚化したそれを、xxは軽々と蹴とばした。一般人向けのセキュリティなど電脳魔人であるxxには障子戸同然である。

 そのままずかずかと中に押し入ると、一瞬にして立っている場所が図書館に変わった。大学のデータベースである。『卒業生名簿』と背表紙に書かれた一冊を手に取ると勝手にページが『く』のインデックスの所で止まり、メイの写真が貼られた書類が表示される。

 xxは少し落胆した。ド正義は彼女が怪しくない事を望んでいたようだが、実際その通りだったようだ。普通に教育大を卒業し、OLを経て校長になっただけの一般人か。

 

【つまらねえなぁ……まあ、もうちょい調べてみるか】

 

 シロの可能性が高くなってきたが、大学の在籍を確認しただけではド正義も満足すまい。彼女に関連していると思われるデータを乱雑に漁る。擬装は施したが、ファイアウォールが破壊された事に気付かれれば魔人警察の電脳課が動くかもしれない。そうなると面倒だ。

 

【……ん?】

 

 xxの動きが止まった。

 大学の記念行事、教授たちのゼミの記録、学生の就職に関するデータや、様々な記録映像──

 

【……ククッ、面白くなってきたじゃねえか】

 

 影法師の口元が歪み、白く尖った歯が露になる。

 4年間の大学生活において、例えサークル活動などをしていなかったとしても、行事への参加やゼミの研修旅行など何かしらの画像が残っている筈である。

 

 それが──全くない。

 

 彼女が所属していたとされる教授のゼミにおいて、彼女の写真が一切無いのは流石に不自然と言えた。

 ちょっと面白くなってきた。xxは笑うと、素早く大学のサーバーを抜け出た。ここではこれ以上の情報は掴めまい。

 次に向かうべきは──

 

 

 

『良くは無いですなぁ。邪賢王さんが黙っているから口には出しませんが、今にも生徒会に殴り込みに行きそうな雰囲気ですわぁ』

「……そうだろうな」

 

 蛍光灯の白い光が生徒会室を照らす。既に宵闇となった外の景色に目を向けつつ、部屋に戻ったド正義は何者かと通話をしていた。

 電話の向こうの相手は番長グループ幹部・攻撃隊長にして三年生の“バル”。番長グループ発足初期からド正義が送り込んでいたスパイである。

 彼の魔人能力は、敵組織構成員に「この人に限って裏切る筈がない」という意識迷彩をかける『裏切帝(ウラギルティ)』。その迷彩は例え相手の眼前で情報を垂れ流そうとも疑われない程で、スパイ活動にこれ程適した能力はない。

 

『特に、白金さんが相当に頭に来とりますなぁ。あの人は口説院さんと深い仲でしたし、犯人が見つかって処刑されるからって、それで簡単に水に流せるモンではないでしょう』

 

 白金翔一郎。番長グループNo.2にして“剣の悪魔”の異名を持つ学内最強の剣士。美男美女のカップルという事もあり、彼が言葉と交際していたのは有名な話だ。

 のんびりとしたバルの言葉に、ド正義は“あの日”のこと、仲良し会で言葉の頭蓋が爆発した時の様子を思い出した。あの時、白金は帯刀していた真剣に手を伸ばし、鯉口を切る寸前まで行っていた。仮にあのまま鞘走っていた場合、ド正義の能力で最終的に白金を殺せたとしても、そこまでの数秒で何人殺されていたか分からなかっただろう。

 

「明日の始業式後の処刑には番長グループは来るのか?」

『邪賢王さんは行きません。あの臭いで体育館に入った日にゃ、一般生徒にまで迷惑がかかりますからなぁ。行くのは白金さんにオレに、新しくNo.3って事になった剣道部元副部長の服部さん、それと何人かって感じですわ』

「そうか……犯人が架神だった事については?」

『納得してるのが半分、疑ってるのが半分……ってところですな』

「それでも多い方だろうな……」

 

 ド正義はため息をついた。それはそうだろう。これが状況が逆で、生徒会幹部が殺されて番長グループから「こいつが犯人なので公開処刑します」と下っ端を差し出されたならド正義も信用できまい。

 そういう意味では「カレーの辛さを変える」という代替えの利かない能力で言葉が殺されたのは不幸中の幸いだったと言える。少なくとも実行犯は架神で疑い無いのだ。彼を最も残虐な特一級極刑で処刑すれば、多少なりとも番長グループの留飲を下げる事はできるだろう。

 

「分かった。こちらは明日の処刑を滞りなく進める。何かそちらで動きがあれば時間を問わず僕に連絡を」

『分かりました。何とか、ここらで収まりをつけたいところですなぁ』

「……全くだ」

 

 バルの言葉にド正義は同意しつつ、電話を切った。

 

「………」

 

 先ほどド正義の中で生まれた疑念は、まだ消えない。再び携帯を取り、ド正義は別のところに電話をかけた。送信先は地下の生徒会分室。

 

『ははっ、はいっ! ここっ、こちら生徒会ぶんしゅ、分室です!』

 

 二度のコールで若々しい、緊張した応答が返ってきた。ちょっと噛んだようだ。「架神に入学当初から世話になったから」と、自ら彼の牢獄番を買って出た一年生の一ノ瀬蒼也である。

 

「一ノ瀬くん、そんなに緊張しなくて大丈夫だ。ちょっと様子を伺いたくてね」

『は、はいっ!』

 

 まるで緊張を解くつもりは無いようだ。

 

「そちらに校長が向かったと思うんだが……もう面会は済んだだろうか?」

『はい! えっと、ついさっきまで来られてました。俺なんかにも『遅くまでお疲れ様』って言ってくれて……』

「それは何分くらいだった?」

『え!? 確か……5分くらいだったと思います』

 

 どうやら、メイはド正義の言った通りに面会を5分ほどで済ませたらしい。頷きつつド正義は一ノ瀬に尋ねた。

 

「その前後で、何か変わった事はあったか?」

『変わった事ですか? そう、ですね……変わった事って訳じゃないですが……架神先輩が』

「……架神くんが? 何か変化があったのか?」

『その、先輩なんですけど、牢獄に入れられてからずっと騒いでいたんですよ。『聞いてねえぞ』とか、俺に向かって『会長を連れてこい』とか……』

「なるほど……それで?」

『それが、校長先生が面会に来たらすっかり静かになったんです。覗いてみましたけど、足を組んで寝っ転がってるような感じで。やっぱり校長って凄いんですねー、可愛いだけじゃなくって、処刑前の先輩のメンタルケアまで出来るなんて』

「………」

 

 ド正義の表情に険しさが増す。一ノ瀬の言う通り、それは只のメンタルケアだったのかもしれない。

 しかし──そうでないかもしれない。

 

「分かった。明日は君には嫌な役目をさせる事になる。今日はもう帰りたまえ」

『……はい、お疲れ様でした。会長』

 

 ド正義の最後の言葉に一ノ瀬が息を呑むのが伝わってきた。明日の特一級極刑で架神の身体を鋸で切り刻む処刑人は、彼が務めるのだ。

 一ノ瀬との通話を終えド正義は考えた。架神恭介、彼の死は避けられない。何かを聞くにしても、許される時間は彼が牢獄にいる間だけだ。

 魔人の能力は多岐に渡る。もし彼が何かしらの能力で無意識に操られているとかであれば、普通に話をするだけでは聞けない情報があるかもしれない。だとすれば──

 

「……む?」

 

 その時、会長席据え付けのPCモニターが突如点灯した。ウィンドウが勝手に開き、メッセージが展開してゆく。xxからの連絡である。ド正義はモニターの音声入力をオンにすると、画面の文章を確認した。

 

【居るか、ド正義?】

「ああ、大丈夫だ。先ほどの件か?」

【ああ。面白くなってきたぜ? 結論から言うと……クロだ】

「!?」

 

 ド正義は無意識に周囲を見た。誰もいない事を確かめ、再びモニターに向かう。

 

「つまり……経歴詐称だったという事か?」

【それどころじゃねえ。調べてみたが、確かに希望崎学園の職員ファイルの職歴や学歴にある会社や学校には在籍記録が残ってるし、卒業した事になってる。本籍もちゃんとある】

「それなら……」

 

 問題ないのでは。そうド正義が言いかけた時、xxはそれを遮るように言葉を続けた。

 

【だけどよ……写真を含めた、一切の映像記録が残ってねえ】

「……!?」

【どーも変な所にセキュリティが強い箇所があったんでそれは回避しつつ、そこの卒業生のブログやら、彼女と同学年だった奴がクラウド保管してた卒業アルバムのデータやらを漁ってみたが……小学校から大学、社会人に至るまで『黒川メイ』が写っている写真はゼロだった】

「………」

【とどめに彼女の両親の存在が確認できねえ。魔人の被害で一家諸共行方不明なんてのは珍しくもないが……あんだけ魔人に友好的な態度で、そんな過去があるとは思えねえ】

「どういう、事だ?」

 

 それらが意味するところを気付きつつも、ド正義は尋ねずにいられなかった。

 

【『黒川メイ』って人間は存在しねえ。校長は人生一人分の書類をでっち上げた、別の何かだ】

「………」

【ド正義……何者だ、彼女は?】

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