ダンゲロス/IF   作:餅男

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第三話 マムシカレー

 じめじめとした空気が澱む部屋を、裸電球の弱い光が頼りなく照らす。

 生徒会の活動拠点である職員棟の地下1階にある牢獄。通称『生徒会監房』。床は湿った石畳、ベッドなども無く、ここに収監された者は例え悪鬼のような不良魔人でも自身の過去の悪行に対して後悔し、未来に待つ自身の運命に恐怖すると言われている。

 ──しかしながら今現在、牢獄の中で寝転がる囚人服の男は後悔も恐怖も感じていないような気楽な表情で天井を見上げていた。時折、調子はずれの口笛を吹いている程だ。

 

「……全く、シケた場所だぜ」

 

 そう言うとこの男、架神恭介はごろりと寝返りを打った。冷えた石畳が体温を奪ってくるようでどうにも気分が悪い。

 実のところ、彼が牢獄の中においてこれだけ悠然とした態度でくつろげるようになったのは、つい数十分前の事である。それまでは、過去の収監者がそうであったように架神も騒ぎ、喚き、自身の正しさを──言葉を殺したのは事実なので、そこは否定できなかったが──主張した。

 実際彼は自身の行動によって牢獄に放り込まれるとは全く思っていなかったのだ。“そういう約束”だった筈なのだから。

 だが、自分が自慢げに語った手柄話に彼──ド正義卓也は賞賛を浴びせるどころか“何故か”激昂し、その場で架神を拘束。弁明をする時間も許さずにここへ叩き込んだのだ。架神からすれば全く納得のいかない、理不尽な展開であった。なお、言葉を殺した事に対しては「クズの集まりの番長グループのデカいクズが消えて清々した」程度の感覚である。

 そんな訳で、彼としては全く不本意なこの状況に対し大声で訴え、番人役の後輩・一ノ瀬に無茶を言うしかできなかったのだ。

 だが、それも先ほどまでの話。“真相”を聞かされた架神は明日の処刑を待ち遠しく思い、その先にある解放と快楽に思いを馳せていた。

 

「へへっ。『また貴方に抱かれたいわ』……って、可愛い事言うよなぁ」

 

 先程の唇の感触を思い出し、だらしなく笑う。早いところ面倒を終わらせて、あの小柄ながらも成熟した身体をまた堪能したいものだ。

 

「ここで溜まりに溜まった分を全部吐き出して、ヒィヒィ言わせてなぁ……ん?」

 

 架神の妄想は、耳に届いた金属音で中断された。分厚い鉄扉にかけられた鍵が解錠された音だ。

 

「まだ朝じゃねえ……よな?」

 

 窓が無い牢獄だけに、今の時間が何時頃なのか架神には分からなかったが、流石にまだ自分が処刑場に連れていかれる時間でない程度は判断できた。また面会者だろうか。

 寝転んだまま怪訝な表情を浮かべる架神の視線の先で鉄扉は重々しく開いた。逆光を背に、白い学ランを一分の隙も無く着込んだ長身の男性が姿を現す。それは架神にとっても見慣れた顔だった。

 

「……何だ、結局お前も来たのかよ。ド正義」

 

 拍子抜けしたような声で架神は言った。

 

「………」

 

 ド正義は答えない。そのまま無言で彼は牢獄内に入って来た。彼の陰になっていて気付かなかったが、牢獄にかかる影は二つあった。ひとつは長く、ひとつは短い。

 

「……あ?」

 

 架神はド正義の背後にいた人物に気付き、顔をしかめた。

 テラテラと脂ぎった顔には幾つもの大きなイボ。小さな体ながらでっぷりと太った肥満体は制服のボタンが飛びそうな程に醜く膨れ、やはり同様にピチピチに張り詰めたスラックスの股間は隠れようもなく膨れ上がっており、髷のように結わえられた頭は男性器の亀頭のような形に整えられている。

 生徒会副会長・赤蝮伝斎(あかまむし でんさい)。ある意味この場に最も似つかわしい人物であり、同時にこの状況でこの場に居る筈の無い人物であった。

 

「……赤蝮だと?」

「ご機嫌、如何ですかな? 架神殿」

 

 にたり、としか形容できない笑顔を浮かべつつ、赤蝮は言った。

 

 

 

 ダンゲロス/IF 第三話 マムシカレー

 

 

 

 ──時間はド正義たちが牢獄の鉄扉を開けた十数分前に遡る。

 

「赤蝮伝斎、参りましてござる」

 

 ド正義に呼び出された赤蝮はそう言いつつド正義に恭しく頭を下げた。彼は何故か常に古めかしい言葉遣いで喋るが、妖怪めいた外見に似つかわしい喋り方ではあった。

 

「遅い時間に呼び出してすまない、赤蝮くん」

「いやいや、既に拙者の本日の務めは終わり、あとは帰るだけでしたからな。して……如何されました?」

 

 ド正義の言葉に赤蝮は軽く返すと、一転して神妙な表情で尋ねてきた。既に外は完全に暗くなっている。この時間に急な呼び出しとなれば、重要な案件だというのは既に分かっているのだろう。

 

「うむ、君の意見を聞きたい。その……校長先生の事なのだが……」

「校長の?」

 

 怪訝な顔の赤蝮に、ド正義は自身の疑念からxxの現在までの調査結果を話した。

 xxはこの件に俄然興味が沸いたらしく、セキュリティの固い省庁のデータバンクに挑戦しようと奮闘しているが流石に短時間では難しいようだ。ひとまずは「黒川メイ」が偽装された存在である事までを赤蝮に語ると、彼は蛙めいた顔に驚きを浮かべ、やがて落ち着きを取り戻すと顎に手をあて熟考を始めた。

 

「ふぅむ……xx殿の情報であれば、疑いないでしょうな」

 

 電脳魔人であるxxの情報の正確さと速さは生徒会の誰もが認めるところである。ド正義は顔に苦渋を浮かべつつ言葉を続けた。

 

「僕としても、今年に入ってから生徒会に様々な形で協力してくれた校長先生を疑いたくはない。しかしここまでの一連の流れとxxの情報を重ねると、身分を偽って校長として赴任してきた彼女が、何らかの目的で我々生徒会と番長グループの関係を悪化させようとしているとしか思えないのだ」

「しかしド正義殿、『学園総死刑化計画』の事を考えれば、番長グループとの最終的な衝突は避けられないのではないですかな?」

 

 『学園総死刑化計画』。現在の生徒会が最優先目標としている、新校則制定による希望崎全生徒の完全管理を目的とした計画である。

 

 

 1)非童貞は極刑。

 2)非処女は極刑。

 3)廊下を走った者は極刑。

 4)掃除をサボったら極刑。

 5)服装が乱れた者は極刑。

 6)遅刻者は極刑。

 7)レイプ犯罪は加害者、被害者共に極刑。

 

 

 ──何とも無茶苦茶な校則である。

 実際、昨年の生徒総会でこの新校則をド正義が審議に持ち上げた時は圧倒的大差で否決され、大半の生徒が「生徒会の厳しさのアピールのためのポーズで、本気で制定するつもりは無い」と受け止めた。

 しかし、ド正義は本気であった。無論、この校則が制定されたからといって生徒会が全生徒の虐殺を始めるという訳ではない。肝心なのは、この校則が制定される事で全生徒の生殺与奪を生徒会が掌握し、完全管理ができるようにする事にある。

 ド正義の能力「超高潔速攻裁判」は「その場所の法律上で死刑に相当する罪を犯した者」を見つめるだけで裁判→審議→判決→死刑執行までを数秒で執り行い相手を殺す事ができる、強力極まりない即死能力である。しかし無敵の能力という訳でもなく、例えばアマゾンの奥地などの法律自体が存在しない場所では無力ではあるし、殺す場合でも基本は現行犯、あるいは対象の犯行を示す証拠や証言が必要になる。なかなかに融通の利かない能力なのだ。

 だがこの新校則が実施されれば、実質的に学内で極刑対象にならない者はいなくなる。仮に校則を完全に順守している童貞&処女が居たとしても、その為の「対抗策」は既に講じている。

 そしてこれに強く反対しているのが他ならない番長グループである。反対しているのが非魔人である一般生徒のみであれば生徒会の圧力による強行採決も可能だが、魔人集団である番長グループが加わればその意見は無視はできない。仮に番長側が一般生徒たちを味方につければ、一転して生徒会は窮地に追いやられるだろう。

 そのため、番長グループとの激突は避けられないとする赤蝮の意見は決して的外れではない。しかし──

 

「……だとしても、それは今ではない」

 

 そう言うとド正義は首を横に振った。

 

「確かに口説院言葉が死んだ事で戦力が削がれたとはいえ、番長グループには邪賢王に白金兄弟も居るし、鏡子くんが番長側に就いているのも痛い。それに加え……今の番長グループはあの“ダンゲロスの火薬庫”も引き込んでいる。当初は自殺行為かと僕も思ったが、存外あちらで適応してしまっているようだ」

「ふむ……それに対し、我々の側で戦で矢面に立てるのは範馬殿、一刀両(いとり)殿、エース殿、あとは若干格落ちしますがツミレ殿といった所ですな。友釣殿の能力もあるとはいえ、アレは我々の戦力投入も難しくなり申す……特に鏡子殿が向こう側というのが厄介でござるな。彼女にかかれば、一刀両殿やツミレ殿では数秒も持ちますまい」

「そうだ。仮にこちらが最終的に勝ったとしても多大な人員の損失は免れないだろう……僕は翌年も在学するつもりだが、白金翔一郎や鏡子くんは卒業を考えているようだ。本格的に事を構えるのは、それからでも遅くはない」

 

 赤蝮は食い下がる事もなくド正義の分析を肯定した。外見通りの──否、外見以上の醜悪な性癖と性欲と能力を抱えるこの副会長だが、平時においては常に冷静であり、ド正義にとっては信頼できる相談相手である。

 

「だからこそ、現時点で不必要に我々と番長側の関係の悪化を進めていると思われる校長の真意を探りたい。ついては今から地下牢獄の架神受刑者の尋問に向かおうと思うのだ」

「架神殿の?」

「ああ。ただ、例えば彼が何らかの能力で精神操作されていたりした場合、通常の尋問では効果は無いだろう。そこで赤蝮くん、君に来てもらった」

「……成程、委細承知致した」

 

 赤蝮はド正義の意図を把握すると、大きな口を歪め長い舌で唇を湿らせた。「じゅるり」という擬音が聞こえてきそうである。

 

「ちなみに赤蝮くん、君の能力は架神受刑者でも大丈夫か?」

「さて、それは架神殿次第といったところですなあ。まあ彼はノーマルな性癖だったようでござる。過去に凌辱を受けたとかで無ければ……大丈夫でござろう」

 

 じゅるり、ともう一度赤蝮は舌なめずりをした。

 

 

 

 ──舞台は再び地下牢獄に戻る。

 

「……赤蝮だと?」

「ご機嫌、如何ですかな? 架神殿」

 

 にたり、としか形容できない笑顔を浮かべつつ、赤蝮は言った。

 ド正義は無言で架神を見下ろした。居心地悪そうに架神が身を起こし、胡坐をかく。

 

「どうしたんだよ、ド正義? ひょっとしてもう解放か?」

「………?」

 

 明日の明朝には殺される身だというのに、架神は呑気にそう聞いて来た。口説院が死んだ時に彼からぺらぺらと自分の犯行を喋り出した際にも感じたが、どうにも架神とド正義との間には致命的な認識の食い違いがあるようだ。

 鋭い口調でド正義は尋ねた。

 

「架神くん、明日の処刑前に君に最後に聞きたい事があって来た……君に口説院言葉の殺害を指示したのは誰だ?」

「はあ?」

 

 間の抜けた声で架神は応え、言葉を続けた。

 

「おいおい、何言ってんだ? 『誰だ』も何もド正義、お前の指示じゃねえか。大丈夫か?」

「僕が!?」

 

 架神の言葉はド正義を驚かせるのに十分なものだった。後ろの赤蝮が思わず尋ねてくる。

 

「……そうなのですかな、ド正義殿?」

「そんな訳が無いだろう! 『お楽しみ会』は本当に番長グループとの関係改善を目的としたものだった。あの場でメンバーを殺すなど論外も論外だ!」

「いやいや、ちょっと待てよ。俺の能力なら相手に怪しまれずにカレーの中身を殺人級まで高められるから口説院の暗殺には最適だって“お前”が言ったんだろ!?」

 

 話の流れに不穏なものを感じ取ったのだろう。架神は確認するように言ってきた。そこには適当な嘘を言って誤魔化そうとしているような気配はない。

 混乱する頭を整理しつつド正義は考えた。どうやら彼が「自分から指示されて口説院を暗殺した」と思っている事は間違いない。だがド正義には当然ながらそんな指示をした覚えはない。

 そうなると、これはどういう事か? 日頃から番長達へのアレルギーめいたヘイトを抱えていた架神の勝手な思い込みか、第三者からそう吹き込まれたのか、あるいは魔人能力による記憶操作や洗脳の類か──

 

「……やはり、やるしかないか」

 

 ド正義は小さく呟くと、赤蝮の方を向いた。

 

「赤蝮くん、どうだ?」

「ふむ……」

 

 尋ねられた赤蝮はスンスンと鼻を鳴らすと、ド正義に頷き返した。

 

「……大丈夫でござる」

「分かった……頼む」

 

 そう言うとド正義は一歩下がった。嫌な予感を覚えたのか、架神がずり下がる。

 

「お、おい、何のつもりだよ、ド正義!」

「ぐふっ……ご安心めされよ、架神殿。別にこの場で架神殿を殺そうという訳ではござらぬ」

 

 赤蝮の脂ぎった顔が紅潮している。興奮を抑え切れないでいるようだ。

 太い指をズボンに伸ばすと、おもむろに赤蝮はジッパーを引き下ろした。

 

「思えば架神殿、貴殿とは一年からの付き合いでござったな……架神殿の作るカレーの妙味には、拙者も舌鼓を打ったものでござる。貴殿はお世辞にも周囲から愛される人柄ではありませなんだが、こうして最後の逢瀬を迎えるにあたり、一抹の寂しさは覚えますなあ……」

 

 しみじみと言う一方、赤蝮の股間から『何か』が伸びてきた。血管を浮かべた、赤黒い蛇めいた『何か』が。

 

「……我が愚息も、既に涙を流しておりますぞ!」

「………ッ!?」

 

 架神は言葉も失い、ぱくぱくと口を開閉させた。

 赤蝮の股間から顕れたのは、大蛇を思わせる魔物だった。おそらく赤蝮の股間と直結しているであろうそれは全体が粘液で包まれ、イボと血管を浮かび上がらせた胴はビクビクと震えている。先端にある口はチューリップの花弁のように五つに分かれており、その奥からは何枚もの舌が伸びていた。

 生徒会として長い付き合いである架神も、赤蝮の能力の噂程度は耳にしていたのだろう。これから自身に起きる運命を予測し、彼はド正義に怒鳴った。

 

「おいっ! おいっ! ド正義っ! 早くこいつを下げろよっ!」

「架神くん、悪いがそれは出来ない。もう一度聞く、君に指示を出したのは誰だ?」

「だからそれはお前が……ひいっ!」

 

 驚くべき速度で赤蝮の股間の魔獣は架神の胴体に巻き付いてきた。悲鳴をあげようとする架神の口に、魔物のイボだらけの舌が侵入してくる。

 

「オゴッ!? オエッ! うごぉっ!?」

「……赤蝮くん。君のそれは“待った”は聞くか?」

「ううっ……多少ならば」

 

 架神の口の中を堪能していた赤蝮は呻きつつも応え、架神の口から魔物の舌を抜いた。

 

「オゲッ! ゲエェッ!」

 

 吐き出された胃液と吐瀉物が石畳を汚す。

 

 

 これこそが赤蝮伝斎の能力『メギド』──因果律を超えて、老若男女の区別なくレイプを“完遂”させる能力である。

 4歳の頃に自身のレイプ願望に目覚めた自他ともに認めるレイプ魔である赤蝮は、性癖として強い拘りを持つ「処女限定(男の後ろの処女も含む)」という条件を満たせば、この股間の魔物を解放させ確実にレイプする事ができる。

 この「確実に」というのは、単純に魔物が強いとかの次元の話ではない。対象が処女を奪われ、赤蝮の射精が収まるまでは赤蝮には一切の攻撃が通用せず、仮に瞬間移動能力などで拘束を脱したとしても瞬間的に赤蝮の魔物はそこへ届き、対象を再度襲う。

 更に恐ろしい事にこの効果は対象にまで及ぶ。例え被害者が行為の前に自害しようとしても死ねず、発狂したくとも狂えず、仮に相手が余命幾ばくも無い危篤の老人だったとしても事が終わるまでは絶対に死ねないのだ。無論、相手が致死性の伝染病などを持っていた場合でも赤蝮にそれが感染する事はない。

 ──つまり、対象はレイプされている最中に限り、肉体的にも精神的にも完全な健康体となるのだ。

 

 

「架神くん、聞こえるか?」

「うえっ……き、聞こえるよ馬鹿野郎! ド正義! 何のつもりだ!?」

 

 架神の質問には答えず、ド正義は同じ質問を繰り返してみた。

 

「……君に口説院言葉殺害の指示を出したのは誰だ?」

「だーかーら! 手前が指示したって言ってんだろうが、ド正義ぃっ!」

 

 顔を粘液まみれにしつつ架神は怒鳴った。『メギド』が発動しているという事は、今の架神は精神操作系の能力の影響下には無いことになる。となればこれは本心からの発言か。では残る可能性は──

 

「分かった、質問を変えよう……君に『直接』指示を出したのは誰だ?」

「ああ!? 校長だよ校長! 夏休みにヤッてる最中に『ド正義くんから秘密に連絡を頼まれた』ってよぉ! ド正義、お前だってムッツリしてても彼女とヤってたんだろ!?」

「……!?」

 

 『ヤってた』の意味が理解できない程、ド正義は朴念仁ではない。架神と校長は男女の関係にあったというのか?

 ド正義の驚きを『自分の発言が図星を突いた』と誤解したのだろう、架神は自分の後ろの処女を守る意味もあってか更に叫ぶように言った。

 

「いい加減にしろよド正義! この処刑も『本当は助かる茶番』だって校長を伝言役にしてきたのは手前だろうが! それとも何か!? あいつを悦ばすテクニックが俺の方が上だって気付いて妬いてんのか!?」

「………」

 

 下劣な言葉でド正義を詰る架神の姿を、ド正義は静かに見下ろした。なるほど、そういう事か。

 ある意味において架神も被害者と呼べるのかもしれない。ド正義は僅かに思ったが、すぐにそれを否定した。直接確認もせず、軽薄に殺人を犯したのは架神自身なのだ。

 ド正義は架神に言った。

 

「僕は、校長に一切そんな指示を出していない。明日の処刑で、君を助ける予定も全くない」

「……え?」

「更に言えば……僕は校長とは初対面時に握手をして以来、彼女に触れてもいない。君と校長がそういった関係にあった事も初めて知った」

「へ?」

 

 その言葉は穏やかで、静かだった。 

 鉄面皮めいたド正義の顔を見て、ここで初めて架神は自分とド正義との間の食い違いの存在に気付いたようだった。表情が困惑から理解へ、理解から絶望へと変わってゆく。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ、ド正義……」

「さらばだ、架神くん。赤蝮くん、事後の報告はいい。それが終わったら帰宅してくれたまえ」

「しょ、承知しました……拙者のも、そろそろ我慢が……イきますぞ、架神殿!」

「ヒィッ! た、救け……ひぎゃあぁっ!」

 

 架神の悲鳴を無視して、ド正義は背を向けた。あとには魔物の這いずる音と、赤蝮の喘ぎと、架神の悲鳴だけが牢獄に響く。

 

「うがっ、ぎっ、うがあっ!」

「ほほっ! 良いですぞ、その反応は実に良いですぞっ! 架神殿の中、実に“すぱいしぃ”ですぞぉっ!」

 

 牢獄を出たド正義の背後で、鉄扉が閉じた。

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