ダンゲロス/IF 作:餅男
「……ご苦労じゃったのう、白金」
窓も無く薄暗い空間。壁周りには幾つもの木箱が積み上げられ、床はゴミや倒れた机や椅子、更にはよく分からない資材などが散乱している。
その空間の中心に高さ10m程の大きさの巨大な座像があった。羅刹の如き形相の何故か学ランを来た座像で、どういう訳か血と汗と吐瀉物を乾かさず数十年放置していたかのような強烈な異臭を放っている。
──否、よく見ればそれは座像ではない。生きた人間である。
「それで……どうじゃった?」
この男こそ現番長グループのNo.1にしてかつて希望崎学園を支配していた番長「戦慄のイズミ」を倒し伝統の長ランを奪った男、
ド正義率いる生徒会と対立し、学園の陰の部分を支配していると噂される番長グループは一般生徒からは恐怖の対象であり、無論その頭である邪賢王は様々な伝説で恐れられている。
曰く「一日一人は殺さないと眠れない」、曰く「生意気を働いた手下は文字通り『喰われる』」、曰く「あの悪臭を嗅いだだけで死んだ奴がいる」、曰く「番長小屋で毎晩退廃的な宴を行っている」、曰く「あの『鏡子』が番長側に就いているのは邪賢王の巨根に惚れているからだ」──何れも根拠も何もない風説であるが、あの『邪賢王』なら有り得るという事で半ば事実のように生徒たちの間では語られていた。
「特に問題なく処刑は完了した……とは、言えない」
その邪賢王の正面に立つ男、白金翔一郎は険しい表情で答えた。
「何ぞあったんかい?」
「架神は処刑台に乗せられた時には既に発狂していた。日頃からヘイトを撒き散らす馬鹿だっただけに、恐怖に耐え兼ねて狂ったのかもしれないが……ド正義が口封じをした可能性がある」
「……らしくないのう、白金。根拠も無いんじゃろうに」
「ああ、オレの勘だ……だが邪賢王、俺はお前ほどド正義を信用していない」
そう言う翔一郎の顔には深い怒りと悔恨が刻まれている。口説院言葉が死んでからまだ一週間程度、彼女の死を過去のものにするには短すぎる時間である。
「ひとまずは、ここまでじゃ」
彼を鬼神のような顔で見下ろしつつ、邪賢王は言った。
「だが邪賢王、もし生徒会がこれ以上何かする気なら此方から先手を……」
「ふぬがぁっ!」
突然邪賢王は立ち上がるとそのまま垂直に跳躍し、身体を上下逆にしたかと思うと頭から床に落下した。轟音と共に木箱が崩れ、埃が舞う。
「………」
彼の突然の奇行を翔一郎は冷静に見つめていた。原因は分かっている。元番長グループメンバーにして現生徒会メンバーの女子、怨み崎Death子の能力に由来する自傷行為だ。まあ、どれだけ邪賢王が自身で自分を傷つけようとしても彼の肉体は絶対に致命傷を負わないのであるが。
実際、何事も無かったかのように邪賢王は起き上がるとボロボロの学帽を被り直し、再度翔一郎の前に座った。
「言葉と架神のアホウの命が同列とはワシも思わん……じゃが、互いに一人ずつ死んで一応のケリは着いたのも事実じゃ。ここでワシらから仕掛ければ、スジが通らんのはワシらの方ってぇ事になる」
「……そうだな」
「その時が来ればワシも迷いはせん。今は待て」
話の腰を折られた事で冷静さを取り戻したのか、邪賢王からそう諭された翔一郎は黙って頷いた。
その姿に、邪賢王は外見に似つかわしくない気遣いを感じさせる響きと共に頭を下げた。
「……すまんのう」
「いや、悪いのはオレの方だ。まだ頭に血が上っているらしい……少し、外の空気を吸ってくる」
白金はそう言うと身を翻し、番長グループの拠点であるこの空間「番長小屋」の戸を開けて外に出てゆく。
邪賢王は、戸が閉まる音と共に小さく呟いた。
「信じとるぞ、ド正義。おどれがそこまで腐っとらん事をな」
ダンゲロス/IF 第五話 「一ノ瀬蒼也」
「……はぁ」
確かに食欲が沸かなかったのは事実だが、何故俺は日替わりパスタを注文してしまったのだろう。
生徒たちが賑やかに集まる昼の学食、一ノ瀬蒼也はそう思いつつ眼前のミートソースパスタを持て余していた。
決してパスタが嫌いという訳ではない。一ノ瀬に嫌いなものは殆ど無く、先輩からの奢りであれば何でも食べた。しかしながら昨日の処刑の記憶が鮮明に残っている現在、このミートソースの色と具材は否応なくそれを思い起こさせてしまう。
「うぷっ」
咽の奥からこみ上げてくる吐き気に、思わず一ノ瀬は手で口を押さえた。
「大丈夫? 一ノ瀬くん」
その時、柔らかな女性の声が耳に届いた。口を押さえたまま一ノ瀬が顔を上げると、スーツ姿の小柄な女性が前の席に座っている。
「こ、校長先生!?」
「昨日は本当にお疲れ様。大変だったわね」
「いっ、いえっ! あ、あの程度、全然ですよ!」
心配そうに声をかけてくるメイに一ノ瀬は少し声を裏返りさせつつ答えた。日頃から生徒会に親しく接する女性校長ではあるが、こうして直接声をかけてくる事はあまり無い。生徒会の業務連絡をする以外で女性と話をした事がない一ノ瀬は緊張も露わに姿勢を正した。
その一ノ瀬の様子に、メイは気遣うように言った。
「架神くんの事は残念だったわね……一ノ瀬くんも辛かったでしょうに」
そう言われ、一ノ瀬は寂しそうにしながらも首を横に振った。
「……いいえ、先生。あれは、俺からお願いした事でしたから」
「処刑役のこと?」
「はい」
一ノ瀬はきっぱりと答えた。大丈夫である事を示そうと、吐き気を堪えながらパスタをフォークに一巻きして口に放り込む。
血の臭いがしてきそうな錯覚を押し流そうと水でパスタを無理に呑み込ませ、一ノ瀬は再度口を開いた。
「俺……その、架神先輩には本当に世話になったんで。そりゃ、まあ、身勝手で口の悪いところもありましたけど、それでも俺みたいな駄目なヤツにもしっかり気をかけてくれて……だから、先輩が処刑されるって聞いた時に俺からお願いしたんです。特一級極刑で酷い死に方をするのが避けられないなら、せめて俺が先輩の引導を渡そうって」
そう言い終えると一ノ瀬は一息ついた。誰かに内心を打ち明ける事で、少し心が軽くなったようだ。多少は食べる気が起きてきたパスタをもう一巻き口に入れる。
メイは一ノ瀬の言葉を真剣な表情で聞き終えると、優しく微笑んだ。
「優しいのね、一ノ瀬くんは」
「っ!? や、優しいって、そんな事ないですよ! 俺なんて、魔人って言ってもダメダメで……」
どきり、と一ノ瀬の心臓が跳ねた。彼女無し歴と年齢が完全に一致している一ノ瀬にとって、女性から微笑みかけられる事は極めて稀である。大人びた態度をとる子供のような挙動から“ドジっ子校長”というキャラで既に学生達の間では定着している黒川メイであるが、やはり大人なのだろう。その微笑みには大人の落ち着きと──色気があった。
「……ねえ一ノ瀬くん。この後、ちょっといいかしら?」
微笑みに蠱惑的な雰囲気が混じる。彼女の囁きに、一ノ瀬は考える前に頷いていた。
【………】
0と1のノイズが宙に浮かぶ電脳空間内。
【……釣れねえな】
麦わら帽子を被った影法師、xxは折り畳み椅子に腰かけつつ何本もの竿を立てかけ、釣り糸を下ろしていた。
これは別に彼が釣りゲームをやっている訳ではない。釣り糸は彼のデータ探索のイメージであり、水面に見えるそれは文科省付近のフリーWi-Fiスポットである。
何度かのアタックの後、xxは自分の能力で省庁のデータベースを突破するのはソフト的にもハード的にも困難である事を理解した。流石は湯水のように予算を使えるだけはある。最新鋭の電脳防壁に熟練のSE達による執拗な位置追跡。幾つかのダミー発信源を経由して探っているだけに追跡はダンゲロスには辿りついていないが、これ以上繰り返せば自ずと探られるのは明確であった。
そこでxxは省庁の付近のカフェや公園などのフリーWi-Fiスポットに焦点を変え、そこを利用する者の情報端末から断片的なデータだけでも探ろうとしていた。
確かに省庁内の電脳防御は堅牢だが、そのデータを仕事上持ち出す者は必ずいる。そして10人が10人、ネットセキュリティに対して十分に注意を払っているとは言えない。特に年配の管理職などはPCや携帯のセキュリティを初期設定のまま放置している者もいる。それを狙う格好だ。
【ああ、またハズレだ畜生】
大きなデータの流れを感じ、引きのあった釣り糸から吸い上げたのが単なる無修正エロ動画だったのを確認しxxは悪態をついた。
安全性こそ高いものの、実際に
しかしながらxxは根気よく釣りを続けていた。学園自治法が無ければ当の昔に逮捕されるに足りるだけのネット犯罪を犯してきた電脳魔人である。彼の経験に基づく勘が、彼女──校長の正体に関する情報の重要さを知らせていた。
【ん?】
別の釣り糸が引いた。不用意にスポットを利用したノートPCの中身へとxxがすかさず探りを入れる。
【……おっと】
ユーザー情報に触れ、xxは眼を細めた。どうやらようやく“当たり”を引けたようだ。省庁御用達のシリアル入りの最新型PCである。
素早く、しかしセキュリティソフトを刺激しないように丁寧にxxはPCのデータ内へと潜ってゆく。雑多な情報が溢れる中で、必要な情報を探す。
【黒川メイ、黒川メイ……っと】
既にそれが偽名であることをxxは知るが、公の書類でそれを名乗っている以上は何かしらの資料や画像があるかもしれない。画像ファイルをアルバムを開くように覗き、高速で走査してゆく。
【……あぁ?】
xxは顔をしかめた。
【こりゃ一体……?】
見慣れないものでなく、見知った人物の写真。
ド正義卓也以下、生徒会メンバーの写真がそこに並んでいた。
キーンコーンカーンコーン……
昼休みの終わりを告げるチャイムが遠くで聞こえる。
前方を校長が先導しているとはいえ、生徒会役員の端くれである自分が授業をサボって良いものだろうか。
一ノ瀬は落ち着かなげに周囲を見回した。現在、彼とメイは校舎から1、2kmほど離れた敷地内の森の一角を歩いていた。番長グループの巣窟である“番長小屋”とは反対方向で、授業が始まった事もあり人の気配は皆無だ。
「あ、あの、先生。どこまで行くんですか?」
「ええっと、この辺りだと思ったんだけど……」
一ノ瀬の問いかけにメイは自信なさげに周囲をキョロキョロと見回した。小動物めいた仕草が何とも可愛らしいが、どうにも頼りない案内人である。
「あ!」
しかしながら、彼女はどうにか目的地を見つけられたようだ。小さく飛び跳ねると、その場所を指さした。
「一ノ瀬くん、あそこ!」
それは、小さなテーブルと幾つかの椅子、そしてやはり小さな屋根を備えた休憩所だった。おそらくは森の中の憩いの場所として創設時に造られ、そのまま忘れられた場所なのであろう。周囲の雑草は伸び放題で、腰くらいまで生い茂ったそれは自然の垣根となっている。
「こんな場所があったんですね……」
「ふふっ、校長になりたての頃に学内の施設を巡回中に迷った時、偶然見つけたの。地図にも書かれていないわ」
そう言うとメイは小走りに休憩所に駆け寄り、スーツのポケットからテイッシュを取り出すと椅子の上の落ち葉を掃った。もう一つの椅子も同様に綺麗にして、一ノ瀬を視線で促す。
一ノ瀬はおずおずと彼女に続き、落ち葉の払われた椅子に座った。9月初旬のまだ汗ばむ気配であるが、木々が丁度良い影を落としてくれているお蔭か涼しい風が流れてくる。
「ええっと、それで……」
何でこんな場所まで?
そう聞こうとした一ノ瀬の顔は柔らかな感触に包まれた。
「!?」
清潔な白いシャツの内側から伝わる温もりと、小柄な身体の割にしっかりと存在を主張する豊かな乳房の感触。
何が起きたのか、一ノ瀬はようやく理解した。椅子に座った一ノ瀬を包むようにメイが立ったまま抱きしめているのだ。
「せ、先生……!?」
「……辛かったわよね、一ノ瀬くん」
労わるようにメイは言った。びくりと一ノ瀬の身体が強張る。
「………!」
「一ノ瀬くん、架神くんといつも一緒だったものね……架神くんも、貴方が後ろについてくるのが嬉しそうだった」
そう言われ、一ノ瀬の脳裏に架神との日々が思い起こされる。騒々しくて、面倒なところもあって、口も悪かったけど自分に気をかけてくれていた陽気な架神の姿を。そして時折の無茶ぶりに辟易する時もあったけど、何だかんだで楽しかった日々と、彼の作ってくれたカレーの味を。
胸が苦しくなり、目の奥から涙が滲んでくるのが分かる。涙でメイのシャツを汚してはと一ノ瀬は身体を離そうとしたが、メイは抱きしめる手を強めた。
「ここなら、誰も見ていないわ……一ノ瀬くん」
「先生……!」
学食でなくここまで自分を連れてきた理由を一ノ瀬はようやく理解した。
「いいのよ。男の子でも、泣きたい時は思い切り泣きなさい」
「先生……俺、俺……!」
抑えようとしていた涙が零れる。一ノ瀬は鼻をすすりつつメイの胸に顔を押し当てた。ほのかな香水の香りが鼻孔を刺激する。
「うっ、ううっ……!」
「よし、よし……」
嗚咽する一ノ瀬の背をメイの手が母親のように優しく撫でる。
生徒会役員が処刑ひとつで大泣きしてはいけない。そう思い、処刑前から懸命に抑え込んでいた感情が溢れてくる。少しの情けなさを覚えつつも、一ノ瀬は自分の事をここまで気遣ってくれた校長に感謝した。
「……ねえ、一ノ瀬くん」
「は、はいっ、先生……」
「先生、気付いているかもしれないけど口下手なの……良い先生ならここで一ノ瀬くんを元気にさせられるひと言をかけられたと思うんだけど、今の私にはそんな言葉は思いつかない。尊敬していた先輩を失った、君の気持ちを完全に理解してあげる事も出来ない」
「い、いえっ……そんな……ううっ……」
「だから……」
一ノ瀬の頭に添えられていたメイの手が離れた。その手は──
「っ!? せ、先生!?」
「だから……」
──一ノ瀬の股間を、優しく撫でた。
「……“私で”元気になって」
一ノ瀬の心臓が跳ね上がった。同時に股間の愚息も跳ねた。
「白昼の学内で美人女教師とセックス」、思春期の童貞少年であれば一度は妄想するであろうシチュエーションである。それがまさか、こんな形で降ってかかってくるとは。
涙は引っ込んだものの、今度は全身から興奮と緊張で汗が滲んできた。
さわさわっ
「う、うあぁっ! 先生、先生っ!」
少しズボンの上から弄られただけで危うく発射しそうになり、一ノ瀬は悲鳴をあげた。
その反応に、メイは今まで見たこともないような艶めかしい微笑みを浮かべると一歩引き、スカートの裾を摘まむと上へたくし上げた。
「あ、あぁ……」
レースに彩られた黒の下着が一ノ瀬の眼前に露わになる。
「一ノ瀬くん……脱がせて……」
メイの囁きに、一ノ瀬は震える指を差し出し彼女の腰に手を添えた。女体の神秘が、この布一枚の向こうにある。
「………」
「……え?」
その時、メイの唇が動いた。
興奮しきった一ノ瀬の脳髄はそれを完全には認識できなかったが、こう、彼女は言ったように思えた。
「大丈夫よ、一ノ瀬くん。
意味は分からなかった。ただ、この下着の向こうの“彼女”を見たい。その欲求に突き動かされたまま、一ノ瀬はメイの下着を引き下ろした。
───大場外ホームラン球を取りに来た野球部員が一ノ瀬蒼也の死体を発見したのは、その4時間後である。
「………!」
ド正義の額に汗が浮かぶ。努めて冷静に状況を判断するよう自分に言い聞かせるが、その動揺は隠しきれてはいない。
「何てこった、一ノ瀬……!」
後ろに控える何人かの生徒会役員。その中の一人、二年の“エース”が呻くように言った。
一ノ瀬の死体は極めて綺麗な状態だった。制服の上下は乱れておらず、少し落ち葉が貼りついている程度で返り血なども無い。
ただ彼の両目の部分から、二本の長く太い針のようなものがにゅっと突き出ていた。この針が一ノ瀬の両眼を貫き、そのまま脳を破壊したのだ。おそらくは即死である。
「……一ノ瀬くんのご両親にすぐに連絡を。今日予定していた生徒会業務は中止する」
ド正義は何とか「このような状況でも取り乱さない生徒会長」としての態度を整えると、背後の生徒会メンバーに言った。
「ド正義……これは、やはり……」
役員にして陸上部部長である範馬慎太郎が重い口調で尋ねてきた。その語尾は途切れているが、言いたい事は分かる。そして他のメンバーも同じ事を考えているだろう。
──これは、番長グループの報復なのではないか?
確かにその可能性は高い。ド正義もそう思う。一ノ瀬の能力は食用動物をパック肉にする「テキサス・マスクゥル」。他人から危険視されるような能力ではないし、入学半年の一年生である一ノ瀬に殺意を持つ者など番長グループしか存在しない筈である。実際少し前のド正義であれば迷いなく番長グループの犯行と断定しただろう。
だが、今のド正義にはそう断言しきれない疑念があった。もしこれが、生徒会と番長グループの関係悪化を望む者の仕業だとしたら──
「一ノ瀬くん!?」
背後からの女性の悲鳴によってド正義の思考はそこで遮られた。振り向けば、愕然とした表情でメイが立っていた。よろめくように一ノ瀬の死体にすがりつき、眼に突きたてられた針に視線を向ける。
「こんな……ひどい……!」
目に浮かぶ涙を拭いつつ、メイはド正義に聞いた。
「ド正義くん……これは、番長グループの犯行なの?」
「……可能性のひとつとしては有り得ますが、まだ調査をしていない以上何とも言えません」
「でも、番長グループ以外の誰が一ノ瀬くんを殺したと言うの!?」
語調を強め、メイは問い詰めるようにド正義に更に言った。
「………!」
ド正義はその言葉を否定できなかった。
あるいはこの場所に居るのがド正義とメイだけだったならば、やんわりと彼女の言葉を否定できたかもしれない。しかし今は生徒会役員の前である。この状況でド正義が番長グループを擁護するような事を言えば役員の皆は困惑し、ド正義への不信感を抱くだろう。
ド正義の沈黙を肯定と受け取ったのか、メイは静かに頷いた。
「……分かりました。ド正義くん、生徒会と番長グループの抗争はこれ以上の和解は不可能、全面的な抗争は不可避と判断します」
「先生? それは……」
メイの瞳には強い決意が浮かんでいる。ド正義は嫌な予感を覚えつつ彼女の意図を尋ねた。
「校長として、学内の治安の安定化には早急な番長グループの殲滅と一般生徒に被害が及ばない状況が望まれます。よって私、黒川メイはここに校長権限に依り公認全面戦争『ハルマゲドン』開催を決定する事とします」
「ハルマッ……!?」
ド正義は言葉を失った。
全面戦争『ハルマゲドン』。
学園自治法に守られた学内において諸勢力の抗争が激化し、学園の維持すら困難と判断された場合に発動されるルール無用・時間無制限の学園内を試合場とした殺し合いである。勝利条件は相手勢力の全滅、あるいは捕虜として拘束する事による完全な無力化。それだけだ。
この間フリーの一般生徒たちは学園から非難し、職員たちは核シェルター級の防壁を誇る地下シェルターへと非難し、殺し合いが終わるのを待つことになる。まさに殺し合いのためだけの舞台が作られるのだ。
しかし、そうはいっても数十人の魔人による全面戦争である。学内の施設が破壊される可能性は高く、仮に勝利したとしても勝った側も無傷とはいかない。故にハルマゲドンの開催は色々な意味で最終判断と言えた。
そしてそんなハルマゲドンを、彼女は開催すると言ったのだ。
何とか彼女を止める言葉は無いかと頭を働かせるド正義に、メイは畳みかけるように言った。
「ド正義くん、貴方はいつも言っていたわね? 『いずれ番長グループとは決着をつける』って」
「それは……は、はい、確かに……言いました」
「既に状況は『いずれ』では済まなくなっているわ。一ノ瀬くんのような犠牲を、私もこれ以上出したくないの」
「………」
「危険な事は分かっています。でも……お願い、生徒会の手で番長グループを潰して、学校を平和にしてあげて」
生徒会メンバーの視線が自分の背中に注がれるのを感じる。
「……分かり、ました」
もはやそう答えるしか、ド正義に選択肢は残されていなかった。