ダンゲロス/IF 作:餅男
「過去の書類は箱詰め済んだものから地下倉庫に持って行って!」
「災害時用のポリタンク50個、届きました!」
「廊下の蛇口を片っ端から使って全部満タンにしとけ! 水は幾らあっても足りねえぞ!」
「肌着の着替えの用意、30日分で大丈夫ー?」
「男子は半分の15日分でいいんじゃない?」
「ちょっと誰よ、必要品に『コンドーム1ダース』って書いたの!?」
「いや、絶対に要るって!」
「『期間中の非常食はCレーションにしてくれ』って要望が……」
「そんな予算はねえってよ! 100均スーパーでバランス栄養食ありったけ買ってこい!」
何人もの役員が走り回り、様々な連絡や確認や怒声が飛び交う。生徒会室のある教員棟はかつて無い雑然さと緊張感に包まれていた。
それらの進捗を確認しつつ、廊下を歩く人物が二人。
「どうやら、ハルマゲドン開催までには準備は整いそうだな」
右を歩く人物、ド正義卓也はテキパキと動く役員たちの姿を見つつ言った。
公式の全面戦争であるハルマゲドンは、学園が文科省に申請して行うひとつの特殊行事である。そのため書類などの準備やら各関係者らの捺印が必要であるし、何より一般生徒への告知から開催までの期間を置かねばならないため即開催とはいかない。土日は書類仕事が進まない事を考えると、おそらく最短でも9月10日前後になるはずだ。
過去に他校で開催されたハルマゲドンのデータを元に分析したところ、その開催期間はどんなに長くても一ヵ月。生活に関する設備の整った生徒会側と、粗末な番長小屋を根城にする番長グループとでは長期戦になれば生徒会が有利となる。その優位性を確かにするためにも、事前の物資の準備は必須であった。
「ただ、この時期にこんな形で予算を使いたくはなかったですね。11月の学園祭に使える分が相当に減りました」
その左を歩く、サラサラした銀髪をおかっぱ風に切り揃えた褐色の肌の小柄な少女。
彼女、ファーティマ・アズライールはそうぼやきつつ帳面の数字に目を走らせた。生徒会会計を務める、中東出身の魔人である。
「まずは我々が生きてハルマゲドンに勝利するのが優先だ」
「勿論、それは分かっています。死んではお金も使えません」
生徒会メンバーの中でも図抜けた金銭に関するセンスと、それに相性の良い能力を併せ持つアズライールはド正義の言葉に澄まして言った。
やがて二人は生徒会長室まで戻ってきた。この後は主だったメンバーを集めての、今後の戦略やハルマゲドン中の戦術についての緊急会議となる。
「……ん?」
その時、ド正義の携帯が震動した。ポケットから出してみると画面には「xx」の表示。
「xx君、ようやく繋がったか……」
ド正義は安堵と苛つきの混ざった声を漏らした。一ノ瀬蒼也の死体を確認した後からド正義はxxに連絡役を頼もうとしていたのだが、何故か通信が繋がらなかったのだ(肉体は電脳室に居るが、xxの精神が電脳世界に完全に飛んでいる間は意思疎通は不可能である)。
まずは一言注意してから用件を話そう。そう思いつつド正義は着信をONにして、音声入力モードに切り替えた。
「遅いぞ、xx君。今まで何を……」
【うdhdhaふぁdk,z槽すオ嗣q7】
普段ならばxxからのメッセージが表示される筈の欄に、謎の文字化けが発生していた。
「……xx君?」
【wpさj輿xz4km@ド正義!】
怪訝な表情でド正義が更に声をかけると、続いていた文字化けがようやく分かる形になった。
「xx君、何があった?」
【すまccねえ、ちょdっと無茶をした。後で俺の身2#体をg保健r室に運@んでおいてくれ】
xxの言葉にノイズめいた記号が混じる。不穏な気配を感じ、ド正義は緊張した面持ちで言った。
「一体どうしたのだ、xx君!?」
【話rは後だ。ド正3義、お前ggがとんでもねえ事)になってやが>る】
「『とんでもない事』ならばとっくになっている。一ノ瀬君が殺され、校長はハルマゲドンの開催を決定した」
【……!? 畜生、先mm手を打たれたかh】
「……先手?」
【とにか"くこ:れを見gてくれ。俺はv少し+休ooむ】
その言葉と共に、何かのデータが送られてきた。さほどの容量は無い。このデータのためにxxはこれ程傷ついたのだろうか。
ド正義はそのデータを展開した。
「……?」
最初に目に入ったのは、自分の顔だった。
入学時の提出書類だろうか。証明写真サイズのド正義の写真が何かの書類に貼られ、その横には身長・体重・血液型などのデータが並んでいる。
「xx君、これは……」
だが、その下の備考欄に書かれた簡潔な表現を見た時、ド正義の表情が凍った。
「な───!?」
ダンゲロス/IF 第六話 テロ組織“生徒会”
生徒会長室にはコの字型に長机が並べられ、既に役員達が席に着いていた。
「……遅いわね、会長」
隅の方でおどおどと周囲を見回しつつ、一年の怨み崎Death子が横の絶子に言った。
「そうね……会長が会議に遅れるなんて、初めてじゃないかな?」
「アズライール先輩も一緒だったし、予算の事で何かあったんじゃないかな?」
その横の友釣
「……すまない、遅くなった」
その声と共にド正義は部屋に入ってきた。その後ろからアズライールが続く。
「おはようございます、会長、先輩……?」
席を立って礼をしようとした香魚は、アズライールの表情を見て言葉が途切れた。
普段からクールで落ち着いた雰囲気を保っているアズライールが、その顔に汗を浮かべ、何かに怯えるように顔を伏せている。
やがてアズライールはド正義から離れて自身の席に腰を下ろし、ド正義はコの字型の机の縦線の中央、全体を見回せる議長席に座った。
ド正義の表情は普段と変わらないように見えた。しかし、その身体から放たれる空気が何時もとは明らかに違っていた。
「………」
ド正義は全体を見回し、静かに言った。
「さて、本日の議題だが……皆も知っての通り、生徒会一年の一ノ瀬蒼也君が殺された。まだ犯人は不明だが、本件について校長は番長グループによる報復行為と判断。一般生徒への被害拡大を避けるため、全面戦争『ハルマゲドン』の開催を決定した。開始日時はまだ未定だが、おそらく9月10日頃になると予測される」
ド正義の言葉に範馬が頷いた。ここまでは共有されている事柄だ。そして、その対策をこれから練る事になる。場の全員がそう把握していた。
──ド正義とアズライール、そして現在保健室で治療中のxxを除いては。
ド正義は皆を再度見回し、大きく息を吐いた。
「フジオカ君、室内の盗聴器や隠しカメラのチェックは済んでいるか?」
「あ? ああ、盗聴器も、その盗聴器をダミーに仕掛けられていた録音機能付きカメラも全部見つけてあるぜ」
軍服風に改造された制服を着たベレー帽の老け顔の男、フジオカは急に話を振られて戸惑いつつも当たり前のように答えた。かつては学内で無差別爆破テロを行っていた危険人物であり、そういった仕掛け場所を読む事にかけては生徒会随一である。
フジオカの回答にド正義は確認するように頷くと僅かに口元を食いしばり、目を閉じ、開いた。
「……皆に結論から言おう。このハルマゲドンは、僕たちを殺す為に仕組まれたものだ」
(──さて、これで引き返せなくなった)
自分に向けられる動揺と困惑の視線を浴びつつ、ド正義は考えた。
xxからのデータを確認した直後、ド正義とアズライールは電脳室に向かい、そこで目鼻から血を流して昏倒しているxxの肉体を発見した。
魔人による重大な傷害事件にも対応できるように設備された希望崎学園の保健室は大学病院のそれに匹敵する設備を備えているが、xxの身体は肉体的にはそこらの一般人にすら劣る。しばらくは安静が必要だろう。
そしてその後、ド正義は改めて全てのデータを確認し──先ほどの発言に至る確信を得た。アズライールが入室時に動揺していたのは、既にこの話を先に言われ、気持ちの整理が追い付いていかなったからだ。
ここからは幾本もの綱を渡らなければならないだろう。自分自身だけではない。生徒会の皆を生き残らせるために、ド正義は文字通り自身の血肉の全てを捧げる覚悟を決めていた。
「す……すまない、ド正義。それはどういう意味だ? その……多分、俺だけじゃなくって誰も理解できていないと思うんだが……」
皆の気持ちを代弁するようにエースが尋ねた。ド正義は頷き、手元のプリントの束を手に取った。
「まずは見て貰った方が早いだろう。これを順番に見てくれ。決して複写や撮影はしないように」
そう言うとド正義は一番近い位置にいたDeath子にまず書類を渡した。
「え!? あ、は、はい……」
ビクッと跳ねるような反応を見せつつ、Death子はそれを受け取り一枚目から見始めた。
「え……え!? ええ!?」
途中まで読み進め、Death子は激しい動揺を見せた。問いかけようとド正義の方を見てくるが、ド正義は彼女が口を開く前に言った。
「まずは全員が読み終えてからだ、それから説明させてもらう」
「わ……分かり、ました……」
Death子は消えそうな小声で答えると、読み終えたそれを横の絶子に渡した。
「……ちょ、これ、嘘でしょ!?」
絶子から香魚へ。
「………!?」
香魚から横の縮れ髪の優男、夢見崎アルパへ。
「ふわぁぁ……」
気怠そうにあくびしつつ、パラパラと書類をめくるとアルパは横のライオンめいた巨漢、リンドウへと渡した。
「……何だと!?」
リンドウが立ち上がり、向かい側の机の端の跳ね髪が特徴的な空手少女、ツミレへと渡る。
「え? そんな、私が!?」
ツミレから横のセーラー服に袴姿の黒髪少女、
「………そう、ですか」
表情を変えないまま、一刀両は横のエースへ書類を渡す。
「おいおいおい、ちょっと待ってくれよ……!」
焦りも露わにエースは横の範馬へと書類を渡した。
「ド正義、これはどういう事だ!?」
「範馬君、赤蝮君とフジオカ君がまだ読んでいない。待ってくれ」
「……わ、分かった」
範馬からフジオカへ。
「……ククッ。傑作だなあ、こりゃ! 赤蝮、お前もこれを見りゃ笑うぜ?」
フジオカは破願して楽しそうに笑った。笑いを押さえ切れないのか、含み笑いを浮かべたまま赤蝮へ。
「ほほう……何とも、これは……!」
赤蝮の蛙めいた顔に汗が滲む。
ド正義は赤蝮から書類を受け取ると途中で抜かれていない事を確認し、机に足を乗せて寝ようとしているアルパを見た。
「夢見崎君、随分と雑な読み方だったようだが……把握してくれたか?」
「ん? ああ、読んだよ? 読んだ読んだ」
声をかけられ、やはり気怠そうにアルパは答えた。
「要はボクらが全員、国からテロリストに指定されたって事でいいんだろ?」
『……!』
アルパとフジオカ、赤蝮以外の全員がその言葉に身を固めた。
「テロリストかぁ……これでもっと、ボクを本気で殺してくれる子が出てきてくれると嬉しいんだけどねぇ……」
これはアルパの冗談ではない。彼は女性から可能な限りの残虐な方法で殺され、相手の心の中で(トラウマとして)生き続ける事を本気で望む異常者なのだ。
彼の反応に若干ペースを乱されつつも、ド正義は咳払いをすると改めて一同に言った。
「コホン……ま、まあ、その通りだ。今見てもらった書類はxx君が……彼は今、防衛庁のデータバンクをクラッキングした際に攻撃を受け保健室で治療を受けているが……そこから奪った、れっきとした正式な書類だ」
実際、そのまま電脳系の魔人警察に脳を焼き殺されてもおかしくはない危険な行為であった。xxが生きていただけでも僥倖と言える。そして、それだけの重要さがこの書類にはあった。
テロリストとして指定されていたのはド正義だけではなかった。範馬、架神、エース、一刀両……流石に一般生徒の生徒会メンバーまでは含まれていないが、魔人の生徒会役員が全てテロリスト指定──主犯格であるド正義のシンパとして扱われていたのだ。
そしてもう一つ、このテロリスト指定が密かに認可されていた時期が問題であった。年度は去年の夏──ド正義の父であるド正義克也が殺され、生徒会が「学園総死刑化計画」を提唱した時期と一致するのだ。
「つまりこの我々の『学園総死刑化計画』による魔人による学内国家の樹立……これを国は、相当に危険視していたという事だろう」
ド正義の言葉に苦みが混じる。正直なところ、ド正義にとってこれは完全に予想外の反応であった。ダンゲロスを魔人の大規模コミュニティとして成立させ、外からの差別や魔人排斥から守られた場所を作る。そうする事で一般人も魔人と距離を置けるようになり、無用の被害に悩まされる事も減り魔人差別の風潮を弱めさせる事へも繋がる。ド正義はそう考えていた。
だが、政府は魔人という異常能力者が集まる事へ強い危険性を感じ取ったのだろう。だからこそ、それが実現する前に潰そうとしているのだ。
「ちょ、ちょっと待ってください! 私たちが去年からテロリスト扱いされているなら、何で今まで普通に生活できていたんですか?」
「ツミレ君、それは学園自治法があるからだ」
当然ともいえるツミレの疑問に、ド正義は答えた。
「例えば我々が学内で校則違反者を殺害したとしても、それは校則に則ったものであるから殺人罪には問われないし、学校を出た瞬間に逮捕されるという事もない。同様に、学内で幾ら危険と思われる思想を啓蒙しようとも、その活動が学外にまで出てこない限りは公権力は手出しが出来ないのだ」
「とはいえ、相手方からすれば黙って『総死刑化計画』が完遂されても困る……といった所でしょうなあ」
赤蝮が同意する。逆に言えば、学内でド正義たちが死んでも「学校内のこと」として片づける事が可能なのだ。
今度は範馬が手を挙げた。
「ド正義よ。俺達がテロリスト指定されている……というのは、まあ、まだ信じられない気持ちだが理解はできた。しかしそれとハルマゲドンとどう繋がるのだ? 番長グループのカス共が架神の死に満足せず一ノ瀬を殺したのは事実だろう。結局、ヤツ等とは殺り合わねばならなかったのではないか?」
範馬は生徒会メンバーの中でも番長グループに対して強い攻撃性を隠さない、いわゆるタカ派である。架神も同様にタカ派だったが、馬は合わなかったようだ。
彼の言葉にド正義は僅かに迷ったが、それを振り払うように顔を上げると言った。
「それについてだが……この夏からの一連の事件には、裏で動いている人物がいる。あるいは、一ノ瀬君の死にも関わっていると僕は思っている」
「真犯人が居ると? 誰だ、それは?」
「……校長、黒川メイ」
「校長だと!?」
先ほどのテロ指定の書類が回された時以上の動揺が生徒会長室に広がった。予想された反応である。ド正義は赤蝮を少し見てから言った。
「これについては状況証拠と証言だけだが、幾つか説明できる点がある。赤蝮くん、架神くんの時の事で補足をお願いしたいんだが」
「承知しました。拙者が覚えている事であれば全てお話ししましょうぞ」
赤蝮が頷く。
ド正義は皆を見回し、発端となった剣道部廃部からお楽しみ会での口説院言葉のカレーによる爆死、その陰で行われていた架神と校長との関係、そして地下牢での架神への尋問の内容(赤蝮の能力に関しては少しぼかした)、それを補足する形でメイの経歴が偽物である可能性が高い事も語った。
「……以上が僕がこの数日で調べた事柄だ。内容が内容だけに、一部の役員だけの秘密にしていた事を謝罪させてほしい」
一通り言い終え、ド正義は深々と頭を下げた。
会長室は恐ろしい程の沈黙で包まれた。信じがたい事柄が次々と語られ、理解が追い付いていないのだろう。
「校長かぁ……ちょっと年増だけど、ボクを殺してくれないかなぁ……」
空気を読まないアルパの声。
「つまりこういう事か。ド正義や俺ら生徒会を殺す為に送り込まれた校長が、ドジっ子を演じながら俺達の信頼を得た上で裏で行動して、番長グループに汚れ役をやらせようとしている……ククッ、ハリウッドなら映画が一本作れるなァ、オイ」
「ああ。更に言えば、僕の殺害に関わった番長グループを“敵”が見逃すとは思えない。おそらくは僕ら生徒会も、そして番長グループもこのハルマゲドンで皆殺しにするつもりだろう」
「皆殺し……何でこんな事に……」
フジオカが楽しそうに言った。赤蝮もそうだが、元犯罪者組はこういう時に強いようだ。褐色の肌を蒼白にしているアズライールとは対照的である。
ド正義はアズライールを安堵させるように、優しく言った。
「もちろん、そんな事をさせるつもりは無い。その為にも、僕たちはこのハルマゲドンで“勝利”する。生徒会も、番長グループも生き残り、本当の“敵”を倒すという“勝利”をだ。その為に──」
ド正義はそこから自分の考えを、戦略を、戦術を語った。場の誰もが横から口を挟まず(アルパが数回あくびをした程度で)、ド正義の話に聞き入っていた。
時計の長針が半分回るくらいの時間が過ぎ、ド正義は話を終えた。
「……どうだろうか?」
太い腕が上がった。範馬である。
「ド正義よ、お前の頭ならば既に気付いていると思うんだが……お前のその戦略は、番長グループの協力が無ければ成立せん。実質的に不可能なのではないか?」
ド正義は頷いた。範馬の言う事は正しい。仮に生徒会だけで何とかしようとしても、ハルマゲドンで番長グループが生徒会に攻めてくれば応戦せざるを得ないのだから。
「番長グループとは今晩にでも交渉を行う。幸いにしてバル君がいる。彼を繋ぎ役にして、邪賢王ヒロシマと直接に話す」
「危険すぎる! 誰を行かせるつもりだ!?」
これも正しい。宿敵たる生徒会役員がのこのこやって来るのだ。良くて人質、悪ければその場で処刑だろう。
だが──この最初の綱渡りを突破できねば、この戦いには勝てない。
「交渉役には……僕が行く」
ド正義は迷いなくそう言った。