ダンゲロス/IF 作:餅男
「本当なら、ここでオレがすべき事はアンタを何が何でも止めることなんでしょうなぁ」
残暑の夕暮れが校舎を照らす。
その校舎前に停まっている一両のハーレーと、そのハーレーの横に立つ巨漢。上半身裸に学ランの上を羽織っただけの姿で、背中には二振りの日本刀を背負っている。
彼こそが“バル”。認識改変能力により番長グループに潜入している生徒会のスパイである。
丸々とした顔に深い迷いを浮かべつつ、バルは顎に手をやり眼前のド正義を見た。
「こう言っちゃあ何だが、ド正義さん。番長小屋に丸腰で行くってのは、ピラニアの泳いでる川に生肉を括りつけて飛び込むようなもんだ。せめて、どっちの影響下にも無い中立地帯で会談するとかした方が安全だと思いますがなぁ」
「その時間は無い。今の僕の行動すら、既に“敵”に読まれているかもしれない」
ド正義卓也は毅然とした態度で言った。
バルは深いため息をついた。ド正義は高潔であると同時に恐ろしく頑固でもある。彼が「こう動く」と決めたら、それは既に動かしようのない決定事項なのだ。
「……『今晩、生徒会の人間が番長小屋に話をしに行く』ってぇ手紙は、番長グループでも一番大人しい“駒沢”の下駄箱に入れておきました。おそらく、もう邪賢王さんの耳には届いているでしょう」
「ならば好都合だ。このまま乗せていってくれ。僕と、もう一人」
「3ケツですかい? 乗れなくはないですが……誰を?」
問いかけるバルに、ド正義は僅かに微笑みを浮かべた。
「……僕が死体になった時、持って帰ってもらわねばならないからな」
ダンゲロス/IF 第七話 番長小屋
ここで改めて、希望崎学園──ダンゲロスの主要な建物や施設の大まかな配置について説明しよう。
巨大埋め立て地である夢の島に建造されたダンゲロスの敷地は非常に広い。その広さたるや、練馬区と同等である。
まず本島と人工島は東西に繋がる一本の大橋で繋がっている。大橋を東に向かうと、まず巨大な正門が来校者を出迎える。しかし、校舎はそこから更に東に2kmほど行った先である。
この校舎は“新校舎”と呼ばれている。“新”と付けられているのは過去の大規模な学内抗争で破壊された“旧”校舎に代わって建てられたからだ。
この新校舎から東に更に数km行くと巨大な中央広場「希望の泉」に出る。本来ならば生徒たちの憩いの場になる場所なのだが、番長グループがたむろする場所となってからは一般生徒が足を向ける事は無い。
その広場を挟んで全幅1.5㎞という規格外の広さのグラウンド、更にそこを超えて3㎞弱ほど東に行った島の東端付近にあるのが悪名高き“番長小屋”である。なお、先述の旧校舎の破壊を免れた部分は廃墟として残っており、番長小屋から南2㎞ほど向かった場所で風雪に晒されている。夏の肝試しスポットとして生徒たちに人気の場所だ。
──“番長小屋”
元は体育用具の倉庫であったと言われているが、その時代を知る者は今の学園には居ない。
素人仕事で増改築を繰り返されたその建物は“小屋”と呼ぶには余りに大きく、そして歪な建物だ。建物の裏には番長グループの不良たちが出したゴミが堆積したゴミ山があるが、回収業者も来ない場所だけに溜まりっぱなしで、フィリピンのスモーキーマウンテンもかくやという有様となっている。
そしてそんな番長小屋に、バルが操縦するハーレーは静かに向かっていた。
「ド正義さん、とりあえずオレの“裏切帝”で小屋の真ん前までは連れて行けます。しかし、流石に邪賢王さんを前にしたアンタを守るのは出来ません」
「分かっている。もともと、僕一人で話をするつもりだった」
後方に声をかけるバルに、彼の腰のベルトを掴んだままド正義は答えた。
「……気をつけてください。邪賢王さんはともかく、白金さんの刀はかなり軽くなってます」
「迂闊な事を言えば、すぐに僕の首が飛ぶ……か」
「笑いごとじゃないんですがなぁ……」
やがてハーレーはグラウンドを超え、森の間に作られた細い道に入った。まだ距離があるというのに、ツンとする生ごみの臭いがド正義の鼻をつく。
遠くに見えていた黒い影が次第に大きくなってゆく。壁に無数の落書きが描かれた、“無秩序”という言葉をそのまま具現化したような建物が。
建物の周囲で座り込む幾つかの影。彼らはハーレーに乗るバルとド正義達を確認できているが、騒ぐ気配は無い。
「おい、アレ……生徒会のド正義じゃねえ?」
「いや、でもバルさんと一緒だぜ? ンなわきゃねーべ」
「だよなぁ……」
そんな事を口々に言いながらも様子を見ているだけだ。これがバルの“裏切帝”の効果である。一見背信行為に思えるような行動でも「あの人に限って」と思わせてしまうのだ。
そのままハーレーは小屋の近くで停車し、ド正義は素早く降りた。乗ったままのバルに振り向きつつ言う。
「それでは、行ってくる。僕が出てくるまで待っていてくれ」
「ド正義さん、その……」
バルは何か言おうとして、言葉に詰まった。
「こういう時、『気を付けて』って言葉ほど空しいものは無いですなぁ。だが、どう言えば良いやら。心配なのに上手い言葉が出てきませんや」
「……ありがとう、その言葉で十分だ」
ド正義はそう答えると、今度こそハーレーから背を向けた。
悪臭放つ小屋の扉を見る。歩み寄るごとにそれは強まり、匂いが瘴気めいて扉の隙間から溢れてくるかのようだ。
「………」
ド正義は口元を引き締め、扉を押し開いた。
「……ド正義!?」
扉を開け、中に入ったド正義を白金の驚きの声が迎えた。
小屋の中は広さこそあるものの暗く、汚く、臭い。天井は高く、粗末な裸電球が申し訳程度に屋内を照らしている。
壁周りには幾つもの木箱が詰まれ、良く分からない資材やらゴミやらが散乱している。
その小屋の中央に鎮座する座像にも見える巨大な物体。バルも相当に大柄だが、これと比べれば子供サイズだ。
「ド正義、まさかおどれが直接来るとはのう……!」
その全高10mほどの巨大な物体、邪賢王ヒロシマは唸るように言うとド正義を見下ろした。
その周囲に立つ数人の男女。いずれもド正義にも見覚えある顔だ。
邪賢王を中央に、まず右に立つ刀を帯びた黒髪長身の美青年、番長グループ副番・白金翔一郎。最初にド正義に気付いたのが彼だが、生徒会の使い走りが来ると思っていたのだろう。驚きを顔に浮かべつつこちらを見ている。
逆にその左、手鏡を手に木箱に腰かける眼鏡と三つ編みが特徴的な、どこか場違いな感じの少女“鏡子”。微笑みつつド正義に視線を向けているが、その表情からは内心を読み取る事は出来ない。
再び翔一郎の方に目線を戻しその右、まるで時代劇の忍者のような覆面に顔を包んだ男、元剣道部副部長の服部産蔵。魔人としての能力は不明だが、剣客としての腕は翔一郎に次ぐ。
そして鏡子の更に左の木箱に腰かける小柄な男女。少女の方は鏡子以上に場違いなゴシック風の黒いドレスに身を包んでいる。彼女は通称“ダンゲロスの火薬庫”と呼ばれ恐れられる“あげは”。となれば横にいる少年は彼女の保護役を務めているという一年の駒沢か。
「……ああ、僕が来た」
彼ら以外の雑多な番長グループのメンバーは帰宅したか、外にいるようだ。
ド正義は素早く小屋の中に視線を巡らせると、邪賢王を正面から見上げて言った。
身体の奥から本能的な恐れが湧き上がる。宿主の生命の危機を告げる、命そのものからの警告だ。
ド正義はそれを意思で抑え込み、口を開いた。
「今日は、話があってきた」
「何の話じゃ? ハルマゲドンの事なら、とうに校長が書類を持ってきて拇印も押した。あとは……始めるだけじゃろう」
鬼神のような表情で言う邪賢王の言葉を引き継ぐように翔一郎が続けて言う。
「生徒会役員の一年が死んだ事も聞いた。それが俺達のせいにさせられている事もだ……これ以上、何を言いに来た? ハルマゲドン前に、大将ひとりで敵陣に乗り込んで俺達の首でも取りに来たか?」
言いつつ、既に翔一郎の手は腰の刀にかかっている。ド正義が何か不審な挙動をすれば即座に抜き打ちができる体勢だ。
ここからは一寸の油断も、不覚も許されない。ド正義はあくまで邪賢王に向けて言った。
「このハルマゲドンは仕組まれたものだ。テロリストとして指定された僕たち生徒会を抹殺する為のな」
「……!?」
ド正義の言葉に邪賢王は怪訝な顔をした。
「貴様、何を……!」
「ここからは僕が得た情報と断片的な証拠、それに推測を加えたものだ。馬鹿げた話に聞こえるだろうが、最後まで聞いてくれ」
問いかけようとする翔一郎の言葉を遮り、ド正義は強く言った。
そこからド正義は話を始めた。自分を含む生徒会の魔人メンバーがテロリスト指定されていること、それに対する始末役として黒川メイが偽の経歴で希望崎に送り込まれた可能性が高いこと、そして──剣道部廃部から口説院の死、更にそこから一ノ瀬の殺害を契機としたハルマゲドン開催に至る一連の黒幕である可能性が極めて高いことを。
「……むうぅ」
邪賢王は唸り、腕を組んだ。余りにも突拍子も無い話である。いきなり信じろというのは実際難しいだろう。
その一方、胡坐を組む邪賢王の足元の翔一郎は刀から手を離したものの、険しい表情でド正義を睨んだ。
「話は終わりか? ならば言うが……
刺さるような殺気がド正義に叩き付けられる。
「なるほど、生徒会全員がテロリスト指定されたのが真実だと言うのならド正義、貴様の話は一応の辻褄が合う……だが、だから何だ? そもそもは貴様が『学園総死刑化計画』を立ち上げた事による自業自得だろう」
「………」
翔一郎の言葉をド正義は反論せずに受けた。心は落ち着いている。相手のこの反応は予想通りだ。
「その話を聞かされて、俺達が『それは可哀想だ、助けてあげよう』と言うとでも思ったか? ふざけるな! 死ぬのならば勝手に死ね!」
「し、白金さん……!」
次第に翔一郎の言葉が激しさを増してゆく。
その気持ちがド正義には多少は理解できた。恋人であった口説院言葉がそんな“下らない”理由で殺された事になるのだ、到底納得できる事ではあるまい。傍らの服部も、今にも殺し合いを始めそうな翔一郎に焦りを浮かべている。
ド正義はその苛烈な怒りを浴びつつ、翔一郎に落ち着いた口調で言った。
「それで済むなら……僕もこうして来てはいない」
「何?」
「このハルマゲドンで死ぬのは僕たちだけではない。生徒会も、番長グループも全員死ぬ。このままではな」
「まあ、そうなるわよね」
あっさりと言ったのは鏡子である。思わぬ身内からの同意者に翔一郎は戸惑いを見せた。
「鏡子!?」
「だって『生徒会が全滅して、番長グループが学園を支配しました』よりも『面倒な魔人集団は全員死にました』の方が国からすれば後腐れが無いもの。そういう事よね、ド正義会長?」
「……ああ、そうだ。おそらく“敵”の狙いはハルマゲドンで僕らと君たちを潰し合わせ、疲弊した残存戦力を自分たちの戦力で掃討する事だろう」
「自分たちの……ってぇのはどういう事じゃ、ド正義?」
邪賢王の問いに、ド正義は答えた。
「2グループ合わせて約60人の魔人集団に国家が対応するとなれば、その組織は限られる。最低でも魔人公安以上、下手をすれば“魔人小隊”が動くと、僕は見ている」
「魔人小隊……国家防衛組織の特殊部隊っちゅう事か……!」
魔人犯罪に対抗する国家組織は幾つかある。
ひとつは一般的な魔人犯罪に対抗する「魔人警察」。
より組織的な魔人犯罪や魔人テロに対抗するための「魔人公安」。
そして、国家的な魔人犯罪に対抗すべく自衛組織内に構成されている「魔人小隊(あるいは魔人中隊)」。
あくまで治安維持のための部隊だが、魔人に対抗するための能力を有する魔人たちで構成されている為に敵に回った時の危険性はそこらの魔人犯罪者のそれを遥かに上回る。特に魔人小隊は互いの能力を活かす連携と鉄の規律によって統制された精鋭部隊で、仮に正面からの勝負となれば素人集団である生徒会や番長グループではひとたまりも無いだろう。
「確かに僕たち生徒会と君たち番長グループは敵対しているし、それをいきなり和解して仲良くなろうと言うつもりも無い。だが……このままでは互いに無駄死にだ。少なくとも、僕たちの決着はこんな形で果たされるべきでないと考える。だからこそ、一時的にでも協力関係を結びたいのだ」
ここが踏み込む場面である。ド正義はそう訴えかけた。
「ぐっ……」
翔一郎は言葉に詰まった。上からの邪賢王の声。
「協力関係と言うが……具体的にはどうするつもりなんじゃ?」
「互いに攻め込まず、完全な籠城戦で時間を稼ぎ……“敵”を誘い出す」
ド正義は見上げつつ答えた。第三勢力の具体的な戦力や魔人能力が不明な現在の状況で取り得る、最良の戦術。
邪賢王は顎に手をやりつつ尋ねた。
「稼ぐと言うがハルマゲドンは期間無制限の殺し合いじゃ。意味が無いじゃろう?」
「確かに表向きはそうだが……例えば一週間経って誰も死ななければ、“敵”は間違いなく焦りを見せる。校長が上の組織からの指示で動いているならば、現場への突き上げも発生する筈だ」
「ふぅむ……そうなれば、ワシ等を戦わせる為に戦場を掻き回そうとする……か」
「そうだ。相手もプロである以上、そこで1人、2人の被害は出るかもしれない……しかし、そこで相手の尻尾を掴み、一気に表舞台に引っ張り出す! ハルマゲドンの真っ最中、学園自治法に守られた学内に国家の武力組織が介入してきたというだけで重大事件だ。ハルマゲドン中止に十分足りる理由となる」
そこで翔一郎が口を挟んだ。
「随分とそちらに有利な提案に思えるな。長期戦になれば生徒会側が有利なのは明白だろう?」
「それについては非公式に生徒会が番長グループ側の生活面を援助する。グラウンド東部に意図的に飲食物の保管場所を用意し、密かに番長グループが持ち出せるようにする。当然無償だ」
この質問もド正義の予想の範疇であった。校長の目が光っている以上、露骨な支援はできない。ギリギリの譲歩である。
邪賢王は僅かに目を閉じ黙考すると、重々しく言った。
「ド正義よ……おどれの言いたい事は分かった。確かにスジは通っとるし、おどれの作戦の為にはワシらの協力が必要なんじゃろう……」
ド正義は真っ直ぐに邪賢王を見返した。
「じゃが……もしおどれの言う事が丸ごと嘘っぱちだったならば、ワシら全員がだまし討ちで死ぬ事になる」
「………」
ド正義の喉が鳴った。邪賢王の声に凄みが増す。
「本当に……信じてええんじゃな?」
「ああ、信じてくれ」
これは本心からの言葉だった。ここで信じて貰えなければ、番長グループを相手取りつつ獅子身中の虫である校長たちを迎え撃たねばならない。そしてそれは番長グループも同じなのだ。
「………」
邪賢王の顔に深い迷いが見える。番長グループの長として、彼もまた数十人の仲間の命を背負っているのだ。ド正義の頬に一筋の汗が流れた。悪臭漂う空間が静寂に満ちる。
「……なら、俺が試させてくれ」
その静寂を打ち破ったのは翔一郎だった。一歩前に踏み出し、懐に手をやる。
「邪賢王の言う通り、貴様の提案に乗るという事は俺達全員の命を預けるという事だ。ド正義、貴様の言葉が本当だと言うのならば……命を預けるに足りる“覚悟”を見せて貰おう」
そう言いつつ、翔一郎は懐から短刀を取り出した。刃渡り30㎝ほどの、木製の鞘に納められたものだ。
翔一郎はその短刀を僅かに抜いて刃の具合を確認すると、それをド正義の足元に放り投げた。
「眼を潰せ、ド正義」
「……!」
ド正義は息を呑んだ。後方の邪賢王が動揺を見せる。
「白金よ、それは……」
「完全に失明しろとは言わない。しかし少なくともハルマゲドンの期間中に能力発動ができない程度にはしてもらう。俺達の命を目玉二つで預けようと言うんだ。悪い取引ではないだろう」
しかし翔一郎は引き下がる気配は無いようだった。その表情は真剣そのものだ。ド正義はゆっくりと腰を落とし、短刀を手に取った。
「それが出来ないと言うなら仕方ない。一人で来た度胸に免じて帰してはやる。あとはハルマゲドンで殺し合うだけだ」
鞘を抜き、白く光る刃を露わにする。ド正義の顔が映るほどに研がれた刃だ。ド正義は大きく息を吸い、吐いた。
「……分かった」
「!?」
翔一郎の顔に驚きが浮かぶ。ド正義はそれに構わず眼鏡を外し、胸ポケットに入れた。続けて腰ポケットからハンカチを取り出し、丸めるとそれを咥えた。
「………」
自ずと動悸が速まる。刃を眼前に向け、腰を落とし、顔を下に向ける。
「……っ!」
手に汗が滲む。短刀を握る指が無意識に刃を床に向けようとする。ド正義はハンカチを強く噛み、短刀を握り直す。
邪賢王が思わず声を上げた。
「ド正義、待て……!」
「……っ!!」
大丈夫──これも、
ド正義の腕が横薙ぎに振られ、番長小屋の床に新たな血痕が飛び散った。