「納得いかねぇッ!」
生徒会室まで呼び出されたその日の昼休み。一人では不安という事でみほについて一緒に来た武部沙織と五十鈴 華は、中から聴こえてきた声と音に思わず肩を強張らせた。ビクッとなった直後に今度はなにやら言い争いをしているような声が聴こえてきて、みほの震えはより一層大きくなる。
「みほ、やっぱり帰る?」
沙織が心配そうに、俯いた彼女の顔を覗きこむ。みほを挟むようにして反対側に立っている華も同様だ。しかし、フルフルと横に頭を振り、意を決したかのように顔をあげた。
「行きます。・・・きっとまた、私の為に怒ってくれてるから」
中にいるのは、大和で間違いない。声で判別できた。だからこそ自分が行かなくてはならないと、奮い立たせる。よし、と気合を入れて
からドアをノック。入室を促す声が聴こえたのを確認してから中に入れば、案の定生徒会役員の三人の内、会長である角谷 杏が座っているデスクに手をついて抗議していた大和の姿があった。
「来たか、西住。・・・・その二人は呼んでいないが?」
睨む、と言って差支えないような目つきで沙織と華を見るのは、片眼鏡をかけた広報の河嶋 桃で杏を挟んだ反対側に居るのは副会長の小山柚子だ。大和の気迫に圧されオロオロとする一方、桃は対照的に食って掛かっていたがみほが来たことで冷静さを取り戻す。しかし、それが大和の逆鱗に触れた。デスクに付いていた手が、今度はマイペースに干芋を頬張る杏の胸倉を掴んだ。グイッと引き寄せ、怒り心頭で睨む。
「テメェ・・・全部知っててコレか?」
「そうだよ」
あっけらかんと返答する杏。それがさらに大和の怒りを駆り立てる。
「ふざけんのも大概にしろよ。俺とみほはこの学校に戦車道がないのを理由にここに来たんだ。それを・・・コイツの傷を抉るようなマネ、見過ごせるわけねぇ」
「だろうね・・・だからこその西住ちゃんだよ。たしかに悠木ちゃんの言う通り、経験者のきみ等がいてくれた方がウチらは大助かりなんだ
けどね?でもさ、それ絶対拒否するじゃん。だからこうしたんだよ。西住ちゃんをチラつかせれば、きみはこの話を呑まざるを得ない」
してやったり、と笑みを浮かべる杏。それに対し大和は額の青筋をさらに際立てるように怒りを表す。
「言う事きかなきゃ今度は人質ってわけか。随分といい性格してんなァ先輩」
「こっちにもこっちの事情があるからね後輩。・・・・それはそうと、戦車道選択したいときみら退学にしちゃうからね」
ブチ。そんな音が聴こえた気がした瞬間、みほが沙織と華に握られていた手を解き、慌てて大和の背中に駆け寄った。
「大和君ダメッ!」
事の危険性を直感したみほにより、大和が一線を越えてしまうのをなんとか防ぐ。彼女の言葉によりある程度の冷静さを取り戻した彼は荒くなる息を徐々に抑え、胸蔵を掴んでいた手を放す。
「・・・沙織さん、華さん。ここまで付き合ってもらってありがとう。大和君も・・・」
覚悟を、決めないといけない。
「・・・・あの、」
私を支えてくれた人の為に。
「私―――」
何より、自分を変える為に。
「・・・戦車道、やります!」
一歩を、踏み出そう。
◇
「・・・・えっと」
気まずい。目の前の男は心底不機嫌ですと言うような態度でムスッとした顔をしながら座っている。その横では、みほが苦笑いを浮かべ、その様子にはさすがの華も困り顔でいる。沙織自身、この手のシチュエーション自体は漫画などで見た事はあるものの、実際に遭遇したのは初めてだ。その為、どうフォローなり対処なりしていいかわからず困惑してしまう。現在、学校の帰り道にあるアイスショップに四人で立ち寄っている。店内の端の方のテーブルに腰掛けて紹介も兼ねて会話していたのだが、この状況である。
「・・・本当に良かったのか?」
そうみほに聴きながら、目線をテーブル上に置かれたカップの、その中身に目を落とす。コーヒーの水面がゆらゆらと揺れる。大和の問いかけに、みほは黙って頷いた。
「私、嬉しかったの。さっきの時もそうだけど・・・家を出る時も、大和君が怒ってくれて・・・それで、一緒に大洗に来てくれて。まあ、私がどんくさいっていうのもあるんだけど」
その話を聞いて、華は「あらあら」と口元に手を当てて小さく笑う。沙織はというと、目をキラキラさせながら大和を見て居た。その視線に苦手意識を持ちながらも、みほの言葉に返す。
「アレは師範のやり方が気に入らなかっただけだ。それに、俺としてもまほは・・・・まあともかく、あの人は苦手だったからな。いい機会だった」
清々した、と一言付け加えて皮肉に笑う。
「改めて・・・大和君、ごめんね。私のせいで色々と・・・・」
「おまえが謝ることはねぇって言ったろ。気にすんな、俺が好きでやったことだから・・・・んじゃ、俺はここらで失礼する。武部さん、五十鈴さん。みほの事・・・・お願いします」
一言二人にそう告げてから、コーヒーのカップを持って席を立つ。去りゆく大和にまた明日と返しつつ、沙織と華はみほに問う。
「ねえねえ、二人はどういう関係なの!?」
「ど、どういうって?」
「恋仲か、ということです」
二人が嬉々とした表情て聞いてくる。何となく聞かれるんだろうなとは思っていたが、やはりどう答えていいかわからない。
「えっと・・・・小さい時から一緒でね?戦車道もおんなじで・・・・私が始めた頃には、大和君はもう〝ナイトメア〟の操縦をやってたの」
「〝ナイトメア〟というのは、〝ナイトメアフレーム〟のことですよね?あの大きなロボットを、小さい頃からやっていらしたのですね?」
「うん。といっても、本格的に試合に出るようになったのは中学に入ってからだけど。私やお姉ちゃんが指揮する時は、いつも騎士として乗ってくれるの。大和君凄いんだよ!操縦も上手いし、お母さんにも一歩も引かないで意見するし・・・それに比べたら私は、いつもドジで・・・」
話すみほを見て、なんとなくわかってきた彼女の心。少しとはいえ、彼の事を話す時だけは笑顔を浮かべるが戦車のこととなると途端に暗くなる。それだけを見るのであれば。
「みほってさ、大和君の事・・・」
言いかけて、やっぱりやめておこうと沙織は口をつぐんだ。不思議に思ったみほは首を傾げる。そんな彼女の口に、自分が食べていたアイスを半ば強制的に放り込んだ。それに便乗して、華も放り込む。
「・・・・ありがとう」
二人の優しさに、思わず笑顔がこぼれた。
◇
翌日。教室に行くと、自身の机の上には選択必修科目を選ぶ用紙が置いてあった。それを見て、朝からイライラを募らせる。
「おはようございます悠木殿!そういえば、その紙を生徒会の人たちが置いて行きましたよ」
「あンのロリツインテ―ル・・・ッ」
どこまで人の神経を逆なですれば気が済むんだ、あの女。そう愚痴を零しながらも、一番上にデカデカと書かれている戦車道の欄に丸を
付ける。そっちがその気なら、こっちもやけだ。元々みほがやると決めた時点でやる気ではいたから、どのみちではあるが。それでも誘導
された気がして何だか納得がいかないのも事実。
「あ、悠木殿も戦車道を受講されるんですね!」
「もってことは、もしかして秋山さんも?」
「はい!私戦車大好きでして・・・でも、意外でした。悠木殿が戦車道を選択するとは思ってなかったので」
何故か嬉しそうに話す優花里。てっきり、「男が戦車道?」くらいは反応があるかなとは思ったが、意外にもそれはなかった。まあ、受講するだけであの破格の特典だ、受けても違和感はないと思ったのだろう。それに唯一戦車に対して免疫のある男子だ。彼女にとっては少しでも同じ話題を共有できる人間がいて嬉しいというのもあるのかもしれない。
「なんなら一緒に行くか?」
「いいんですかッ!?」
近い。そう言って距離を取る。
「これは、これはまたとないチャンス・・・・!」
何やら不吉な笑みを浮かべているような気もするが、そこは敢えてスルーすることに決めた大和であった。
「ところで、悠木殿は戦車道を受講するということは、やっぱり〝ナイトメアフレーム〟に乗るんですよね?」
何故か期待を込めた目で見てくる優花里。厳密として、戦車道において男が戦車に乗るというのは長い歴史の中でも事例がない。その為戦車道=女性の競技というイメージが定着しており、全国戦車同連盟が公式に発行しているプロモーション動画でも、乙女の嗜みとしてナレーションされている。その為、男が関わるとなると裏方か、もしくは〝ナイトメアフレーム〟への騎乗以外ないということになる。しかしながら、大和もみほと同じ理由でこの大洗女子に来た。正直な事を言えばできれば関わりたくはないと思っている。思ってはいるものの、現状そういうわけにもいかなくなっている。
溜息を一つ。
「この学校にあればの話だがな。調べて見たら、もう20年以上も戦車道をやってないみたいだから、どこかに売り飛ばされててもおかしくない」
「あぁ・・・だとすると、悠木殿は戦車の整備や修理にまわるんでしょうかね?」
「ま、なければの話だがな。そうでなくても、装備やら設備やらが整ってなけりゃそうなるだろうし。午後にはわかるだろ」
そう言って自分の席についた。
◇
午後の授業、5限目。戦車があるという倉庫の前には生徒会含め21人の生徒が集まったが・・・・。
「思ったより少ないな・・・」
周りの生徒達を見て、大和が呟く。一見多いように見える数字ではある。しかし一輌の戦車を運用するとなると最低でも3人からが必要となってくる。戦車道の大会、それも強豪ともなればこの倍では利かないことがある。人数が集まっても車輌が無ければ意味はないが、それでも少ないよりはいい。
だがこれは・・・そう考えていた大和の後ろから、みほ達三人がやってくる。
「・・・いいのか?本当に」
何度目かの質問。くどいと言われようとなんだろうと、大和はみほの真意を確かめる為に言葉を口にした。
「まだ、正直恐いよ。でも、逃げない・・・・逃げたくないの。私も、大和君みたいに強くなりたいから」
「・・・・はあ。わかった、もうこの件に関しちゃ何もいわねーよ」
お手上げと両手をあげて降参と一言呟いた。
「あー、それではこれより戦車道の授業を開始する」
「あっ、あの、戦車はなんですか?ティーガーですか、それとも・・・・あ、〝ナイトメアフレーム〟はどこのものでしょうか!?日本製、それともイギリス製・・・」
矢継ぎ早に質問する優花里。もうワクワクが抑えきれないとばかりに手をあげて意気揚々とまくし立てるが、そんな彼女の後頭部に軽くチョップを入れることで宥める。
「悪い、続けてくれ」
「う、うむ・・・・では、中に入ってくれ」
鉄製の扉が音を立てて開く。中は薄暗く、長い事使われていないのか少々埃っぽい。そんな空間に、ポツンと置いてある戦車。が一台。そしてその奥には・・・・上からシートを被せられた大きな人型の鉄塊がある。
「何コレ・・・」
「ボロボロ」
「ありえなーい・・・」
「わびさびがあっていいと思いますよ?」
それはどうなんだ、と言おうとして口を噤む。たしかに言う通り見た目は最悪の印象を受けるが、それも素人から見ればの話。
「みほ、どうだ?」
大和が戦車に歩み寄って行ったみほに問う。
「鉄さび・・・・うん、これなら、なんとかいけそう」
確信を持った頷きを見て、大和はその隣に鎮座している方へと向かう。覆っていたシートに手をかけ、思い切り引っ張るとバサッと落ちる。
「外部装甲は綺麗に剥がされてるな・・・会長」
振り返って手を出す。その意図に気が付いた柚子がスカートのポケットから杏に機体の立ち上げに必要な起動キーを、大和に渡す。後方にまわり、片膝をついている方の足を伝って登りコクピットハッチを開ける。シートが排出されたのと形状を見る限り、イギリス製の物だ。〝ナイトメアフレーム〟には大きく分かれて二種類存在し、広く一般的に開発されているのが日本式。大きな特徴としては、コクピットのシートがバイクを操縦するような前のめりになる体勢になり、イギリス製は座る形になる。他にも計器やレーダーだったりと細かい違いはあるが、基本的には素体となるものは同じで、あとは外部装甲で個性を出していくといった形になる。
しかし今、この機体には外部装甲も武装もない。
「システムは・・・生きてる。動かせることには動かせるが、これじゃ試合云々以前の問題だな」
カタカタとコンソールに手を走らせながらそう報告する。
「じゃ、じゃあなんだ、これは使えないってことか!?」
「現状は、な。装甲と武装だけを何とかすれば実践投入できないこともないが」
「そんなアテなんて・・・」
困ったようにオロオロする柚子と取り乱す桃。これにはさすがの杏も「うーん」と腕を組む。戦車道において、〝ナイトメアフレーム〟の有無は戦力差を大きく左右することがある。それだけに実戦投入できないのが悔やまれる。
が、そこで大和が再び大きく溜息をついて携帯を使いどこかに連絡し始めた。
「悠木君、何してるのかな?」
「大和君のご両親、〝ナイトメアフレーム〟の整備士をしてて。私のお母さんとも仲がいいの」
「そうなんだ―――へ?」
みほは西住流の師範、しかも時期家元の娘。その人物と仲がいいとなるとそれだけでもかなりの衝撃。その上〝ナイトメアフレーム〟の整備士ときた。
「・・・よかったの大和君?」
心配そうな顔で、降りてきた大和に歩み寄るみほ。
「おまえが腹を決めたんだ。だったら俺も、覚悟を決めるさ。使えるコネは最大限使う。それが例え、避けている相手でも・・・な」
ここから始めよう。もう一度、逃げていた事に向き合うために。そう意を改にし、大和は後方の機体を見上げた。