一回戦の対戦相手となるサンダース大付属高校は、兎に角資金面で他校に比べ優っている。それを生かした物量と、隊長であるケイの戦略も相まって全国大会では上位をキープし続けている強豪校だ。そんな学校相手に戦い勝利しなければならないとなると、みほの隊長としてのプレッシャーは相当なものだ。
「サンダースはうちと比べて何もかもが違いすぎる・・・いくら西住殿と悠木殿のお二人がいるといっても、これじゃ・・・」
抽選会のあった夜。帰宅してから動画サイトで投稿されている限りのサンダース関連の動画を観漁る優香里。少しでも二人の役に立ちたいと思ってのことだったが、これでは情報量が不足している。かくなる上は・・・と考えるもどうやってそれを実行に移すかまでが浮かばないまま、1時間。
「・・・おお!?コレなら!」
不肖、秋山優香里。偵察へと赴く。
◇
最初にあの光景を見た時、その圧倒的な実力に視線が釘付けになった。初めて戦った時、あまりにも差がありすぎて終始何もできなかった。後に〝死神〟と謳われたその白い騎士は、突然の引退まで無敗を誇り、結局はその装甲に刃を突き立てはできても、斬り落とすなどできることもなく。策によって失墜させることなど、敵うはずもなく。勝利の二文字をもぎ取れることは、最後の瞬間までなかったのを今でも覚えている。
その癖、騎乗者である少年はなんともとっつきにくい。騎士としての気高さなんてものはなく、聞いてみれば「ただやれることをやっただけ」ときた。そのやれることを、自分ができるようになる日はくるのかと足掻いたこともあったが、結局は上手くできたことなど一度もない。技術さえ盗めればと思ってみたものの、いざやってみればそれがどれだけバカげたことかがわかった。
「・・・ハァ」
溜息をつく。シミュレーターのコクピット内で吐き出された彼の憂鬱そうなその吐息は、外部に漏れる事無く霧散する。思い出しただけでも軽くトラウマになってしまうほどの衝撃だったが、もうそうは言ってられない。今年の全国大会、正直自分の中で甘えがあったとタカシは己自身を律する。悠木大和は戦車道を辞めた。その噂が真実だと知り、正直なところ歓喜したのは事実だった。彼がいなければ、黒森峰に勝てる可能性も出てくる。
「ハァーイタカシ!」
その日の練習を終え、シミュレーターから出た彼を迎えたのは、陽気な挨拶とはつらつとした笑顔だった。髪は金髪でウェーブがかっており、生粋の日本人と言われてもその容姿からアメリカ人だと言われたら信じてしまいそうな、そんな美しさがある。
「ケイ隊長。お疲れさまです」
「貴方もお疲れさま。どう?調子は」
ケイからタオルとドリンクを受け取り、一息つく。
「好調ですよ。そちらはどうですか?アリサ、大分頭を悩ませてたみたいでしたけど」
「問題nothing!さっき打ち合わせしてきたけど、かなりまとまってきたわ。そのドリンクとタオルも、あの子から差し入れよ」
「そうですか。これは後で何かお礼しなきゃですね」
「なら、勝利で」
「アハハ・・・言ってくれますね」
無理難題、と言ってしまえばそれまでだが、タカシも負けるつもりは毛頭ない。いくらあの悠木大和でも、今まで相手してきた〝ランスロット〟ではないのだから。機体が騎士の腕を引き出しきれないほどのスペックであれば、その差もグンと縮まる。とはいえ、実際やってみなければわからないというのも本音ではある。だから曖昧な笑みで返すということでその話題を濁した。
「もちろん!アンジーとも公約交わしてきたからね」
何やらいつもより上機嫌なのはその為かと当たりをつける。
「公約・・・?」
「Yes!だから今回は俄然、やる気ってわけ。だからってわけじゃないけど、頼んだわよタカシ。貴方と〝トリスタン〟の活躍、期待してるからね」
ウィンクと言葉を残し、去っていったケイを見送った後、タカシは目の前に立つ巨人を見据える。吐出した二本の角のようなアンテナが特徴的な自身の愛機を見据えながら、タカシは拳を握る。
「・・・勝とう、〝トリスタン〟」
湧き上がる闘志を込め、タカシはそうつぶやいた。
◇
学園艦が着港している間、手続きを取ることで生徒たちは自由に陸に降りることが認められている。全国大会一回戦の相手が決まったことで、早速みほ達は試合前の景気づけにと雑誌にも掲載される程有名なスイーツショップに来ている。メニューを見て各々食べたいものを決めた後はテーブルに備え付けられているボタンで店員を呼ぶ。軽く押せば、戦車の砲弾を撃つ音が店内に響き渡った。ボタンの形と店内の雰囲気からはここがミリタリー色の濃い感じが窺える。
「なんだかこの音、クセになったかも」
沙織がウキウキしながらそう言うと、それに便乗して華が相槌を打つ。
「でもいいの大和君、ケーキ頼まなくて」
「大和君は甘い物苦手なの」
「生クリームなんて人間の食うもんじゃないと思ってる」
じゃあなんでついてきたんだと言おうとした麻子だったが、隣に座るみほの楽しそうな顔を見て言葉を飲んだ。ある程度の経緯を察した彼女はそれ以上会話に入ることはせずに氷水を一口飲む。
「・・・あら、副隊長?」
顔をあげれば見知らぬ女の子。黒い服に赤いスカート、みほの事を見て副隊長と言ったという事を考えれば、おのずと答えは出てきた。
「ああ、元・・・でしたね」
白髪の髪の少女。言葉といい目つきといい、明らかにみほに対して見下したような態度に警戒心を抱く4人。
「お姉ちゃん・・・」
みほの一言で、大和を除いた4人がみほの視線の先に居る人物を見る。彼女と面影が似ていることと、優香里と華、そして沙織の三人はそこで目の前の人物がみほの姉である西住まほである事に気づく。
「まだ戦車道をやっているとは思わなかった」
久しぶり、なんて挨拶のような会話ではなく。ただ表情を崩さず淡々と話すその姿からは、みほの事がまるで見えていないまでの無情ささえ感じられる。冷徹、一言で表すならばそうなるだろう。同時に発せられる威圧感のような雰囲気に、三人はたじろぐ。知識はあった優香里でさえ、いつもの戦車道マニアぶりは鳴りを潜めているほどだ。
しかし。
「お言葉ですが、あの時のお二人の判断は間違ってませんでした!」
少し上ずったにも関わらず、まほの雰囲気に完全に屈する事無く立ち上がり発せられた優香里の言葉は、一石を投じるには充分なものだった。だがそれでもまほの表情は変わらない。
「部外者は黙っててもらえるかしら」
取りつく島などないと、エリカが突き放す。そのれに納得せざるを得なかったのか、先ほどの威勢はそこで止まってしまい、それどころか謝罪までして座ってしまう。
「一回戦はサンダースと当たるんでしょ?無様な戦いをして、西住流の名を汚さないようにね」
皮肉。そして嘲笑い。さらには侮辱。勝てるわけがない。その確信と侮りから去り際のエリカの言葉と笑みは沙織達の怒りを買った。
「何よその言い方!?」
「あまりにも失礼じゃありませんか!」
立ち上がり抗議する沙織と華、そして優香里。それに対し、まほとエリカは足を止めて振り返る。
「貴女達こそ、戦車道に対して失礼じゃない?無名校のくせに・・・。この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は参加しないのが、暗黙のルールよ」
その言葉からは、もはや相手に対する配慮など微塵もない。完全に喧嘩を売るような言葉に反論しようとした三人だが、後ろの麻子から言葉が飛ぶ。
「強豪校が有利になるように、示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな」
礼儀知らずには礼儀知らずで。売り言葉に買い言葉。エリカに対し皮肉を飛ばす麻子の言葉に同調して沙織が言い返す。
「もし、アンタ達と戦ったら絶対負けないんだから!ホラ大和君もっ」
我関せずとコーヒーを飲んでいた大和の腕を掴み、立ち上がらせて背中に回り前に出す沙織。意外にも強い腕力にされるがままになってしまった大和は背中を沙織に押されつつ前に出る。すると、今までエリカの後ろで無表情だったまほが顔を覗かせた。
「・・・・」
ジッとこちらを見るまほに苦虫を噛みしめたような顔になる大和。
「貴方、隊長の許婚にも関わらずその子と一緒にいるのね」
「許婚!?」
余計なことを。そう言いたげにエリカを睨む大和。
「も、元々それは親同士が勝手に決めたことだろ。俺とまほの意思はそこにはない」
「まほぉ!?大和君てば、みほって子が居ながらそうなの!?」
「西住が二人もいたらややっこしいだろ!?それに幼馴染なんだから今更苗字で呼ぶ必要もないだろうが!」
面倒くさい状況がさらに輪をかけて拍車がかかった為に、この流れを作った発端のエリカをまた睨む。だがこの場合、何を言っても勝てる気がしない為グヌヌと唸る。それを見て笑いをこらえるエリカ。屈辱を味わった大和の沸点はもはや席からなだめようとしているみほの言葉すら届かない所まで登り、限界を迎えようとしていたその時。ピシャリとその場に声が響いた。
「他人を揶揄うのはよせエリカ」
その声に全員の視線が集まる。背の高い男。黒い制服を着こなすその姿はモデルかと思うような美しさ。
「いやぁ、妹が申し訳ない事をした。口は悪いが、根は優しい子なんだ。許してほしい」
こちらの前まで来て頭を下げる男。遠目から見て高い身長が、目の前まで来るとさらに高い。180は軽くある。エリカと同じ銀髪で、容姿は目つきはキリッとしながらも優し気な色を宿している。
「ちょっ、兄さん!」
「・・・悠木。戦車道を再開したんだな」
「・・・なるほどな。俺が居なくなった後、誰が専属騎士に選ばれたのかって思ったけどそうか・・・留学から帰ってたんだな」
「ああ。お前とはすれ違いだったようだ。まさかこんな形で再会することになるとはな・・・みほさんも、お元気そうで安心しました」
「いえ、あ、そんな・・・はい」
みほに挨拶した後、少しのにらみ合いが男と大和の間で続く。相手の方は大和のように敵対心むき出しというわけではないが、醸し出す二人の雰囲気が、一触即発なまでの重みがある。一分にも満たない短い間で男は踵を返したが、見ている側の沙織達はその間がとても長く感じられたようで、離れたと同時に溜息をつく。
「勝ち上がればいずれ戦う事になるだろう。その時を楽しみにしている・・・それでは。――ああ、ここの会計は私が支払っておきます。粗相をした妹のお詫びです」
そう言って、三人はその場を立ち去った。
「凄かったですね、今の殿方・・・」
「同じ制服を着てたってことは、黒森峰の生徒か?」
「・・・逸見武蔵。二年の途中で海外留学してた、悠木殿の前に専属騎士として所属していた方です」
「そうなの?」
「ああ。そして・・・・あの人が留学するまで、俺は一度もあの人に勝った事はない」
それを聞いて絶句する沙織と華。大和の実力は実際に目の当たりにしているし、優香里からも耳に胼胝ができるほど聞いているからわかる。それよりも強い、しかも一度も勝てなかったという事はつまり・・・。
「・・・勝てるのかな、私達」
「勝つさ」
沙織の沈み切った弱気な発言に、はっきりと即答する大和。見上げると、その眼には闘志が強く宿っていた。
「ここまでデカい面されて引き下がるなんてできねぇ。俺は勝つ気でやる。みほ、お前はどうだ?」
大和の言葉に全員の視線がみほに集まる。普段の彼女ならここであたふたしてしまうところだが、今回は違った。まほが去ったあとを見つめながら、強く頷く。
「私も、もう逃げない・・・」
確固たる意志を見せたみほに口角をあげる大和。
「んじゃ、作戦会議でもすっか。まずはサンダース・・・だな」