俺たち魔導師地上組 ~幼女戦記外伝~   作:浅学

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 はいおはこんばんちわ、浅学な浅学(あさいまなぶ)です。
 祝二話と相成りました。まあ表記は一話ですが。
 初めてまともに描くことにした二次小説ですが、表現力の乏しさに心が折れそうです。でも楽しく書けてるから、もっとも筆も早く、質の良いものを掛けるようにしたいと思う次第です。あと今回戦闘無いんですよ。ゆるしてください。
 今回は旅編です。料理も出ます。描写できないんでちらっとですが。
 そしてねつ造された部局が出てきますよ! 変だな? と思っても別世界戦と思ってお楽しみください。それでは後書きでお会いしましょう。


第一話 東部への道

 帝都ベルンの冬は、前線のそれとは変わって華やいだものだ。夜を通して降り続いた雪も止み、雲の合間からのぞく太陽を雪が反射して、まぶしくも煌びやかな光景を創り出している。帝都に軒を連ねる様々な店が、積もった雪を利用してより季節感のある店舗を演出している。

 街中では元気に駆け回る子供たちが雪玉を投げ合い、すれ違う知人に挨拶をして駆けていく。また付近の奥方や仕事へ向かうと思しき男性が、行きつけの店で談笑しながら軽食を買っていた。

 帝都は、前線の血だまりが幻であるかのように、平和な姿が見える。

 しかし、それでもその景色に、時折影が差すことがある。食事は少しばかり味が薄くなっただろうか。量も、減った気がする。記憶より少々、喪に服す人々を目にする機会が増えただろうか。些細な変化かもしれない。戦争の足音を、敵国の軍靴の音を知らない人々にとっては、些細な変化。しかし、軍服を纏う人間からしてみれば、それは明確な変化として目に映る。

 イカロス大隊が異動の指令を受けてから、四日が経った。ヨセフグラード近郊への鉄道は、一〇〇式演算宝珠の『試験運用地』からは直接伸びておらず、また参謀本部へと御呼び出しがかかったこともあり、アドルフ以下三六名の大隊員は、帝都ベルンへと帰還していた。

 戦地から寝台列車に揺られて一日と少し。東部の寒さとは打って変わって、ベルンの冬は敵意ではなく、隣人への善意に満ちていた。何故こうもライヒと連邦で隣人という言葉の意味に隔たりがあるのかは甚だ疑問ではあるが、やはり共産主義を奉じるイワンは隣人さえも敵足り得るのだろうとアドルフは黙考する。

 別に政治に興味があるわけではない。自分は軍人で、政治とは離れた位置にいるべきだとも思っている。しかし、共産主義とやらだけは、毒のように蝕む思想ではないかと、戦争を通してアドルフは学んでいる。故に、連邦に対して恨みはないが、共産主義者には慈悲を掛けない。それがアドルフの思想だった。

 しかし、朝一番からそんなめんどくさいことを考えていたものだから、アドルフは部下にして中隊長のマルコとヨハンに鬼の面だと面白おかしく騒がれてしまった。無論、大隊長が仏頂面でいては休まるモノも休まらないと気を利かせた、中隊長らなりの空気の読み方。アドルフも、自分の顔がどういう固まり方をしていたのかを確認し、やれやれと破顔しつつ「それが上官に対する口の利き方か!」と応戦する。しかしそれを言われた両中隊長は慣れた様に敬礼し「申し訳ありません! あまりにも空気が悪かったものですから!」と即座に反撃してくる。部隊員はそのやり取りに笑いながらヤジを飛ばし、引き際とみたアドルフが終戦の言葉を告げた。

 

「分かった、分かった。降参だ! 俺はこれからこのダメージレポートを参謀本部に伝えに行ってくるから、貴様らは凱旋でもしてこい! 何かあった場合は、中隊長か俺に連絡するように。以上、解散!」

「軍法会議の折には、差し入れに海軍の糧食をお届けに上がりますよ」

「マルコ・ブレンダン中尉! 次の任地では背中に気を付けておけ!」

 

 アドルフが叫んだころには、皆は散り散りになって逃げていた。周囲の老若男女から生暖かい視線とほほ笑みをいただき、アドルフはバツが悪そうにコートの襟を立てる。

 そしてアドルフは、まだ朝食を食べていないことに気が付いた。汽車の中では相も変わらずのどんちゃん騒ぎ。それに付き合って酒は飲んでいたが、気付いた時にはベルン中央駅で、車掌の厳しい視線と声に揺り起こされた。そして、先ほどのどうでもいい思索につながるわけだが、どうして彼らはあんなに元気に駆け回れるのだろうか。いや、なぜ参謀本部に自分だけがはせ参じなければならないのか。無論、アドルフ自身イカロスの指揮監督をしているのだから、仕方ないものだが。

 何はともあれ、魔窟に潜るのに腹ごしらえもなしではやっていられないと、香ばしい香りを運んでくる風に従って歩みを進める。窓越しに見えるパンの数々に、やはり前線よりも後方にいる方が楽しいもんだろうかと思いながら、女店主に声を掛けた。

 

「やあ。なにか軽く食べられて、腹にたまるモノを頼むよ」

「いらっしゃいませ、兵隊さんの腹にたまるモノとなると、他のお客さんより多く見繕わなきゃね」

「すまないね。安く頼むよ、薄給なんだ」

「景気良いのはお上だけだよ、任せておくれ」

 

 そういって、店主はいくつかのパンを見繕ってくれる。朝方に来たおかげで、仄かな暖かさにふわりと小麦の香りがした。

 パンを受け取り、お金を渡してから歩き出す。行先は、帝国軍の総本山。帝国陸軍参謀本部、特殊作戦局。イカロスの生みの親である。

 かねてより、帝国の様々な特殊な編成、作戦の影には、この特殊作戦局が関与している。基本的には正規の作戦局が戦争の基本的な作戦を策定しているのだが、試験的な編成や作戦といったものは、この特殊作戦局が参謀本部にお伺い立てするか、参謀将校らが求めてきた実験的な案を使って正規の軍事行動に織り交ぜるように要求している。

 参謀本部のイカロス大隊の創設案も、この特殊作戦局への要請から成っている。

 この特殊作戦局、表立って大きな戦果は上がっていないが、様々な実験的部隊運用と、敵部隊の研究能力の高さから、参謀本部の力の入れようがうかがえる部局となっている。

 アドルフ自身、いくらか思うところはある。一陸軍兵から、飛べないとはいえ魔導兵にしてくれた上に、野戦任官ということで階級も大きく引き上げてくれた。無論、そこには多大なる打算と、ちょびっとの奉仕に対する慰労という成分が含まれていることは承知している。

 まあ、とアドルフは考えを変える。特殊作戦局にいる分には、多少贅沢をしても困らない程度には、俸給が支払われる。それに、前線におくられた時も、出来損ないの魔導師なりに、出来損ないの宝珠が守ってくれる。結果的には、収支は増だ。貨幣的にも、生命的にも、今のところは右肩上がりな人生だ。ならば、参謀本部へと足を運ぶくらいの労は、惜しまないでもいいだろうと。

 くだらなくも自らの精神に安定をもたらすことに成功した思案とはおさらばし、麗しの参謀本部へと踏み入れた。

 門のそばの衛兵が敬礼と共に迎え入れてくれる。「要件は?」との問いに、特戦局へ、と言えばすぐに「アドルフ・ブラウン大尉ですね。話は聞いております」とすぐさま反応が返ってくる。そしてこちらの宝珠から官姓名の照会が入る。そして、確認が取れ次第再び礼とともに送り出される。この間僅かに二分程度。煩雑な処理を的確に済ませる姿に、一応は本部付近は優秀な兵士がいるもんだと感心せざるを得ない。

 どうにも最近、若いばかりで仕事が雑な軍人が増えているとは、方方からのうわさが教えてくれる。ろくすっぽ事務処理もできず、伝令さえ内容が六割も伝わらないことがあるなら、まともに仕事もこなせないだろうと憐れみを覚えるものだ。

 参謀本部の絨毯の上を、速足にすすむ参謀将校たちを尻目に特殊作戦局へと向かう。ここにいる将校の、どれくらいが前線の混沌を知っているのだろうか。無論、アドルフがいた場所は、別段厳しい戦局というモノではない。無論、拮抗状態である、というだけで優勢でも何でもない。あくまで拮抗している、というモノだが。それでも、西部のライン戦線のような、空が三割血だまり七割、という程地獄の様相を呈しているわけではない。

 しかし、どうにも後方にはそいうった事情は伝わり辛いというモノだ。なれば、多少ずれた命令が飛んでくるのは、やはりそういうことなのだろうかと勘繰ってしまう。

 幾人かの将校とすれ違い、少しばかり人気の薄くなった頃、中心部からはなかなか逸れた寂しい位置に特殊作戦局の局室がある。扉を開ければ、幾人かの見慣れた面々から挨拶が来る為、それに答礼しつつ、局長室へと顔を出す。

 局長室の扉は開きっぱなしであった。アドルフが中を覗き込むと、書類とにらめっこしながらうんうんうなっている局長の姿が見える。名をエーリッヒという大佐、特殊作戦局局長の肩書を持つその男は、扉のそばに立って幾度かノックするアドルフの姿を認めると書類から手を離した。

 

「ブラウン大尉、遠路はるばるだな」

「ええ、まったくです。ですが、書記長の鼻っ柱を折れるとなれば話は別ですよ。それで?」

 

 実に和やかにやり取りする。別に敵同士ではない。まあ、ここの連中は性格がひん曲がった連中が多い、と一般にはオブラートに包んで話のタネにされているが、別にアドルフ自身まっすぐな性根をしているわけではないので嫌っているわけではなかった。だからと言って、好んで足を運びたいわけでもないのだが。

 どちらからでもなくタバコを取り出し、火をつける。肺腑に煙を流し込み、さっさと要件を言えと視線で訴えるアドルフと、胡乱げな表情で紫煙を吹き出すエーリッヒの視線が交錯する。

 そして、最初に口火を切ったのは、エーリッヒ。

 

「まあ、落ち着き給え。呼び出したのはほかでもない、貴官が猪突猛進であるがゆえにフロイトが伝え忘れたことがあると電報が入ったんだよ」

「ほう、それは大佐殿に失礼をしてしまいました。ぜひ、アドルフは心からの謝辞を述べていたとお伝えください」

「ああ、そうしよう。それでだ、君に副官が付くことになった。これが書類だ、確認しておいてくれ」

 

 そういって、エーリッヒから封筒を渡されたアドルフは、今更副官? と思いながら封を切った。中には、数枚の紙。軍人の経歴書と、恐らくはある程度の身辺情報。さらに、教導隊からの書類も入っている。

 経歴書には、おおよそ十代と見える少女の写真。幼さの残る顔は、端正な顔立ちをしている。そんな少女が、軍服を纏って、緊張しきった表情で軍の経歴書に乗っていることに違和感を覚えた。情報によると、魔導士官として任官しているとのこと。志願組で、優秀な成績を残して主席で教導隊を終えている。教官からの私見には、真面目すぎるきらいがあるが、基礎を抑えており、応用力も申し分なし。あとは実戦で経験を積めばよい魔導士官になるとのこと。

 名前は、エレーナ・エスターク。

 なるほど、これはわざわざどうもと、思った。よりにもよって、魔導師の子供を、副官に着けてくれるとは!

 いい魔導士官になると。実戦をを積めば、との但し書き付き。恐らく、どこかしらでの研修のようなものを受けた、速成栽培組だろう。おもわず心のヤジがこぼれた。

 

「こいつはいい、最高だね」

「参謀本部及び特殊作戦局では、本格的に魔導将校と一〇〇式演算宝珠使用部隊の混成部隊の運用を行い、データ収集を行うことを決定した。こちらは、改めて渡すが命令書だ。ここで開けたまえ」

「……どうも、ありがとうございますね」

 

 腑に落ちないものを感じつつも、命令書を開け、目を通す。内容は、フロイトが口にしていた通り、ヨセフグラードへの異動。そして、現地の軍に合流し、より奥へ進軍し情報を得ること。簡単なことだ。ふつうより硬いんだから、その分奥へ突っ込めと。そして、その折に魔導将校をつける為、協同し任務にあたるようにと。

 全く素敵な任務だ、素晴らしい! 子守をしながらイワンを殴るだけ! 帝国陸軍万歳! となるほど、アドルフはお人よしではなかった。有り得ない、心中で嵐が吹き荒れんばかりだ。

 そうなればアドルフはすぐさまエーリッヒに噛みついた。こればかりは、言わずにはいられないと顔に出して。

 

「局長、これは一体どういうことです?」

「貴官が常日頃から望んでいた、活躍の機会だが」

「それはいいんです。こっちですよ、この娘っ子は何なんです? いつから軍は任務におまけをつけるようになったので?」

「それも、記載の通りだ。そして、先ほど私が述べた通りでもある」

「百歩譲って、魔導師の随伴はいい。ですが、こんな、小娘。戦場では使い物になりませんよ!」

 

 アドルフは、仲間を信頼している。ひとえに、彼らも飛べない鳥だからだ。烏合の衆とは言うが、少なくとも飛べないなりに捕食者に集団でとびかかる術は心得ている。何より、多くが塹壕の中より戦場を見続けてきて、生き残った選りすぐりだ。新兵も、温かい指導により敵の血を浴びる方法を心得ている。

 背中を任せることができるというのは、なんとも心強いものだ。敵の御し方を知っているというのは、何物にも代えがたいスキルだろう。しかし、この度上が寄越したのは教導隊上がりの、巣立ちしたばかりの雛である。これでは、空はもとより、地上にいても上手に飛べというのは無理な話だろうと考えるのも道理。

 むしろ、こちらのアキレス腱になりかねない。たとえ小さな亀裂でも、通せば大穴のもとになる。

 ましてや、こちらは特殊な兵科になる。飛べない魔導師。空の風景を知っている人間には、アドルフたちの視点は慣れないモノだろう。それを、戦場で共に戦えという。見る景色が違えば、思考方法も変わってくる。やってられない、とばかりにアドルフは首を振る。

 

「もう少し、マシなのはいないんですか? ある程度、実地を回ってきた連中を。別に白銀をよこせとは言っていないんだ」

「大尉、これは決定事項だ。覆らない」

「ですが」

 

 だが、アドルフの些細な願いは、途中でエーリッヒの手に遮られる。

 

「何を言っても無駄だ。これは命令なんだ、これ以上言わせるな」

 

 命令? またこれだ! 軍令なので仕方ない。願いは願いのまま、軍の都合によって押し切られる。

 しばし、タバコの火が燃える音と、紫煙を吐き出す音のみが響く。時折、遠くのどこかから将校連の声の残滓が届く。今もせわしなく働く連中は、なにがしかの決定事項を定めては、紙にしたためて遠くの前線に届けているのだろう。

 今回、自分のもとに来たのは、その中でも指折りに不幸なものだと、アドルフはため息とともに諦める。

 

「……了解しました。失礼な言動があったと思いますが、どうかご容赦を」

「分かればいい。必要なことだ、何れはこうなっていた。そして、君にそれが訪れただけだよ」

「ええ、最善を尽くしますよ」

 

 小官はこれで、とアドルフは席を立つ。不愉快ではあるが、必要がそれを肯定する。しがない野戦任官の現場将校には、これが精一杯だろう。自分を慰めるのは、この部屋を出てからだと、迅速に行動する。

 アドルフが足早に扉まで行き、「では」と言い扉に手を掛けた時、エーリッヒはポツリと漏らす。

 

「子供を戦場に出すのは、まことに遺憾なことだよ」

「でしょうね。全く同感です」

 

 エーリッヒに当たるのは、間違っている。問題の根幹は、この戦争にある。本来、すでに平和であるはずなのだろう。別にアドルフ自身、戦争が好きなわけではない。しかし、こうなってしまっている以上、成すべきことは成さねばならない。

 思い直し、マナーに従って退出し、後ろ手に扉を閉じたアドルフは、改めて命令書に目を通す。エレーナ・エスターク航空魔道少尉は、イカロスが帝都を発つ日に、駅で合流とのことだった。

 

 

 

 

 

 

 参謀本部への出頭から二十時間程度経った。アドルフは、新人が入ってくる、と大隊に通達した後、翌日に残らない程度にやけ酒をして、すぐさまベッドにもぐりこんだ。目が覚めれば、あと二時間後にはプラットフォームにいなければいけない時間。眠れるときに眠っておけと叩き込まれた体は、しかし寝坊をするへまをやらかすほど馬鹿になってはいない。砲撃の音でも起きない程度に戦場に慣れているアドルフは、起こされることなく十二時間以上、惰眠をむさぼったことになる。

 何か部下からの緊急の報告があれば、宝珠ががなり立てて起こしてくることを考えると、何も問題は起こらなかったのだろう。

 適当に準備を整え、帝国中央駅へと向かう。

 基本的に現地集合を旨とするイカロスにおいて、遅刻する間抜けはいない。一応、中隊長らと共に点呼を取り、全員が集合していることを確認する。

 駅のホームは、始発であることも相まってほとんど人の姿は見えない。おおかた、軍服を纏った人間が数組いる程度だ。時折見えるスーツ姿は、恐らく政府の人間ではないかと見える。糊のきいた上等なスーツを着ている人間など、このご時世、枢要な機関に属しているに違いないとアドルフは思う。顔がやつれ切っているところから、きっと外交という仕事を満喫しているのだろう。

 さてあと十分もすれば列車がホームに入るという時間になったとき、一人の少女が慌ただしく走ってこちらに向かってくるのが見えた。

 見覚えのある顔だ。いくらか髪が乱れているのは、恐らく大急ぎで来たからだろうか。

 気が付いたヨハン・セバスティア中尉も、なにやら変な娘が来たことを報告してきた。

 

「大隊長、あれって例の新人では」

「だろうな」

 

 二人で髪を振り乱してきた少女を見やりながら、とりあえず少女に向き直る。

 なんとも言えない感じだ。恐らく寝坊でもしたのだろう。そして焦って出てきて、今に至る。こんなので本当に大丈夫なのだろうか。

 少女はアドルフの目の前に来るなり、肩で息をしながらも敬礼をしてくる。

 

「お、おはよう、ございます。エレーナ・エスターク、少尉でありま、うぉえ……す」

 

 それを言うなり彼女――エレーナは肩を上下させながら、膝に手を付く。片手はお口の前だ。

 どうやら、アドルフが思うより激しい運動をしたらしい。寒気の中、彼女の周囲だけほんのり湯気のようなものが見える。

 

「そんなに焦る時間に起きることもないだろう」

 

 思わず、アドルフがポツリと漏らす。

 

「まあいい。ようこそ、イカロス大隊へ。俺が大隊長のアドルフ・ブラウンだ。後ろで手を叩いて馬鹿笑いしているのがマルコ・ブレンダン中尉で、腹を抱えて笑っているのがヨハン・セバスティア中尉だ」

 

 アドルフが答礼しつつ、部下の紹介を手早く済ませる。その間に何とか持ち直したエレーナは、改めて赤いのか青いのか分からない顔で姿勢を正す。

 改めて見ると、ますますもって子供だなというのが第一印象だ。平均的な、ティーンのそれ。身長も突出して高いわけではなく、顔つきも、幼さが残る。敬礼も、まだ慣れ始めたというところか。時折背嚢の重さに足を取られている。まあ、それは単純に疲れからだろうが。

 

 

「君には俺の副官として第一中隊に入ってもらう。よろしく頼むよ」

「はい! こちらこそ、ご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いします」

 

 にこやかに笑って、握手を求める。エレーナも、上官の笑顔に好意的なものを見出したのか、少しばかり緊張を緩ませて手を握り返してくる。その時、アドルフはまだ柔らかい手だ、と感触から確かめる。

 何も下心からではなく、手の平の堅さを確かめていた。結果は、恐らく座学と短時間の飛行訓練、少々の研修が精々と思われるそれ。

 アドルフ自身、エレーナ個人に含むところはないが、やはり青二才の面倒か……と内心で辟易する。顔に落胆が出ないように注意しつつ、握っていた手を離し、それでと話を切り出す。

 

「君は、なかなか優秀な成績で来たようだが、この部隊の話はどの程度聞いているのかね」

「はい大尉。副官への任官と、それに伴い東部の中央戦線への異動、と聞いております」

「そうか。よろしい、列車のコンパートメントで、細かい話を詰めるとしよう。ここでいうのもなんだが、ようこそ東部戦線へ」

 

 手を広げ、ねぎらいの言葉をかける。後ろでざわついていた連中も、紅一点の存在に好意的な言葉を投げかけていた。

 そしてちょうどよく、列車の到着の音が聞こえた。部隊は、少数であることも相まって、始発の列車の一客車を独占。コンパートメントには中隊長らと、アドルフが各々個室をもっての、東部への長旅が始まる。

 しばらくは、歓談と相成った。なんだかんだと言ってはみたが、やはり同じ部隊の配属になったのだから、仲良くしておいて損はない。ましてや副官、これからしばらくは長い付き合いになるかもしれない。であれば、いろいろと親交を深めておいて悪い事はないだろう。

 微かに揺れる車体と、線路を擦る車輪の音を音楽に、初の副官とおしゃべりとしゃれこむ。

 エレーナは、よくある農村のちょっとした金持ちの家の生まれらしい。両親と、弟二人、姉一人の六人家族。ある時、課された魔力の検診で魔導師としての適性を認められ、自ら軍に志願。

 別に生活に困っているとか、そういい話ではなかったらしい。

 

「前線では、多くの兵士の方々が私たちのために戦ってくれているんだと、父は常々語っていました。弟たちは、将来軍に入るんだって意気込んでいましたね。それで、私に魔導適性があるのが分かって、人々のために闘う運命なんだって思ったんです」

 

 彼女は運命といった。もてる人間が、もてるモノを使って大衆に奉仕する。よくあるノブレスオブリージュの精神。このライヒにおいて、ある種そう言った義務感を持つ人間は一定数いる。別に悪い事だとは、思わなかった。

 エレーナは、少々恥ずかしそうにしながらもそう言った。割といい意味合いで貴族的な思考回路を持った少女だ。少々危なっかしいものは感じるが、アドルフは鍛えれば使い物にはなるのかもしれないと考える。この部隊にいる連中も、大なり小なり、いや基本的に小であったわけだが、魔導適性を見出されてここにいる。それにこたえてくれる物も、わざわざ与えてくれた。国家への、国民への献身の気持ちを、少なからず抱いて入隊した気がする。

 求めてくるところが大きすぎることを除けば、割合悪くない職場だ。であれば、彼女にとってここは案外いい職場足り得るのかもしれない。アドルフは、少しだけ彼女の評価にプラスを加える。

 途中、昼食後の簡単なデザートなんかを目にしたエレーナは、「こんな時でも、あるところにはあるんですね」としみじみと言っていた。まあ、今時珍しい甘味でも少量なら、これから戦地に赴く兵隊にサーブできる余裕はあるのが軍のいいところだ。多少の贅沢は許される。

 

「さて、少々実務的な話に入っても?」

 

 ここからが本番だと、アドルフは姿勢を正す。

 デザートの余韻に浸っていたエレーナも、また緊張した眼差しに変わる。上官の空気を読み取れる当たり、しっかりと将校としての職分を学んで来たか、いい教育をしてくれる家だったのだろう。

 

「エスターク少尉、君の研修はどこで?」

「東部戦線で、観測魔導師を主に。あ、エレーナで大丈夫です。苗字は慣れなくて」

「そうか。ではエレーナ少尉、東部では観測魔導師、塹壕戦は?」

「一応、敵地の防衛線へ偵察で飛びました。塹壕戦は……」

 

 沈黙、ともすれば戦闘はしていない。少しばかり引っかかる。まあ、ラインのような塹壕戦線がなくなれば、それは仕方ない。しかし、人を殺せないのでは話にならない。

 

「では、君は人を殺したことがあるか?」

「は? あ、はい。重刑者の銃殺ではありますが」

「その時、どう感じた。そして、今人を殴り殺せと言われて抵抗はあるか」

「勿論、抵抗感はありました。でも、軍務です。割り切れていると思います」

 

 この場合どうとるべきかアドルフは悩む。観測員ということならば、ある程度の戦場は見たと考えられる。しかし、銃殺刑の執行のみで、ろくに兵士を殺したことがない。この少女に、シャベルで敵の首を叩き落とすことができようか? 正気の人間なら、まずノンと言う。アドルフは、正気を保っていると自負する側だ。

 だからこそ、軍服にまだ切られている印象の強い少女がはたして戦場で敵を殺せるだろうか。

 とまれ、一度実地でどの程度戦えるかをみ見なければならないだろうと内心で結論を出し、話題を変える。

 

「そうか……少尉、イカロスがどういった部隊か、知っているかね」

「えっと、魔導師による試験大隊と聞き及んでいます」

 

 やはりか、と内心不機嫌顔。参謀本部も雑な仕事をする。いや、防諜的な面から言えば、仕方のないことかもしれないが。

 アドルフは「一本いいかね?」とエレーナに問う。了承を得たところで、タバコに火を灯し、一息。

 自分から本職に、俺たちは飛べないんだ、と説明するのは少々、いや多分に嫌気がさす。外を見れば、いつの間にか赤い夕陽がさびれた景色を照らしていた。見事なまでの赤、ラグナロクとは、こういう景色を見せてくれるのかもしれないと、柄にもなく誌的なことを考える。それくらいには、飛べないことに対するコンプレックスがストレスを産んでいた。

 はて、一体いつから、こんなにも空を熱望するようになったのだろうか? ふと疑問に思う。なぜこんなにも飛べないことがストレスなのだろう。別に自身が特別じゃないことは、ラインの塹壕で散々思い知った。参謀本部からの呼び出され、飛べない鳥にされた時も、一種の高揚感はあった。なんせ戦場を自由に飛び回る魔導師の仲間入りだったからだ。一体どうして、こんなにも飛べないことを、嫌がっているのだろうか

 

「あの、大尉? どうかされましたか」

「ん? ああ、すまない、少々、考え込んでしまった」

 

 目頭をもみ、何でもない、少し疲れているんだとばかりに手を振って見せる。余程険しい顔をしていたのか、エレーナはと言うと探るような視線だ。幾ばくか、おびえのようなものが見える。

 

「すまない、別に何もない。話に戻ろう」

 

 そう言って、吸おうとしたタバコはすでに半ばまで灰になっていた。「もったいないことをしたよ」と言いながら二本目に火をつける。

 

「このイカロス大隊は参謀本部の特殊作戦局が編成した大隊だ。どういうことかわかるね」

「何か、試験運用的な面が強いということは。そもそも試験大隊と聞いていますので」

「そうだったな。少尉、このイカロス大隊、一応は魔導兵科だ。だが、君と決定的に違う部分がある」

「それは、一体どういう……」

「我々は、君が学んできた魔導師たちとは違って、空を飛べない。航空魔導師ではなく、陸上魔導師なんだ」

「陸上魔導師、ですか」

 

 やはり、こういうあいまいな反応になるよなと内心でため息をついた。それはそうだ、魔導師なのに飛べないなんて、最初に聞いたら意味が分からないだろう。

 

「我々は、魔導師の割合を増やそうという意図のもと、本来であれば航空魔導師になれるだけの魔力適性のない人間たちで編成されている。君が教導隊で習ったような、術式による攻撃もできないものは多い。基本的には通常の弾丸と術弾による射撃戦闘、近接戦闘における銃剣、シャベルが主力だ」

「な、なるほど。この大隊では、私はある種異端の存在なのですね」

「そういうことになる。そして、俺は地上戦しか指揮を執ったことがないから、君に出す指示も、地上戦専門の将校からの命令となる。恐らく、君からしたら訳の分からない命令もすることがあるかもしれない。まあ、君もまともな実戦で、ルーキーみたいなものだと考えている。初めて同士、気楽にやろう」

 

 空にはすでに星が見え始めていた。これだけ言うのに、どれだけ時間をかけているのだと馬鹿馬鹿しく思いながらも、最後におどけて見せたお陰か、エレーナからも「こちらこそ、実戦で学ばせていただきます」と笑顔と共に返ってきた。

 この夜が明ければ、任地へすぐに着くことになるだろう。現地の帝国軍へと情報を参照したり、地図を受け取ったりとやることなすことが多くなる。夕食を食べた後は、すぐに寝るのがよさそうだ。

 

「少尉、長々と付き合わせて悪かったな。最後に、夕食でもどうかね?」

「はい、お供します」

「明日からは副官としてこき使うことになる。現地の飯はひどいもんだろう、ここでうまいもんを食い貯めておけ」

「了解しました」

 

 二人はコンパートメントから食堂車へと向かって歩いて行く。東部へは、あと半日といったところだ。

 

 

 

 




 はい、需要があるのか?と思いながら書き連ねる後書きです。
 今回は女の子が出てきます。やったね! 幼女戦記に恥じない美少女(脳内作画)だよっで事で、副官が増えました。
 なんか人数オーバーしてると思われているそこのあなた。ぶっちゃけ妥協して増やすだけ増やしたっていうのは後付けで、特殊作戦局の特異編成だから仕方ないんだってことで理解を示していただきたく。
 三人称の文章、というか幼女戦記のような文章を目指して書いておりますが、カルロ・ゼン先生のような瀟洒な文章になかなかたどり着けずに悶々としております。
 私も何か奉じるべきでしょうか、養蚕主義とか。まあそんなことはさておき。
 意外と忙しい身の上ですので、なにかと都合通りにはいかないかもしれませんが、これからもちまちま書いていきますので、よろしくお願いいたします。それでは、第二話にてお会いしましょう。さよなら!

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