俺たち魔導師地上組 ~幼女戦記外伝~   作:浅学

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第二話 連邦の城

 東部までしかれた鉄道へ乗れという命令。それはある意味地獄への片道切符だろう。こと連邦にとっての要所であるならば、ラインとは別種の地獄を見ることができる。

 道中に乗り込んだ兵士たちはなんとなしに嫌そうな表情で列車から降りる。共に終着点で降りる同業者たちは、帝都やその道すがらでさんざん見たであろう雪を恨めしそうに睨む。

 ベルンとは違い、東部の冬は刺すような寒さだ。ましてや、かぐわしい小麦の香りはなく、ひたすらに冷気が鼻腔から肺腑へと流れ込んでくる。足りない防寒着のツケは、士気の低下という形で現れることが容易に想像できる。その点、防寒装備を支給されたアドルフたちは、恵まれた部隊だと言えた。

 アドルフたちイカロス大隊は、楽しさという要素を削った旅路を終え、連邦の交通の要所、ヨセフグラード近郊へとたどり着いた。しばらくは、満足な食事とはおさらば、再び腹を満たすだけの食糧事情だろう。文化的生活とは、争いの中からは生まれない良い例だろう。闘争は、理性をはぎ取り野蛮さを競うことを強いてくる。

 多くの陸軍兵たちは、現地の将校に率いられて各々が命じられた任務へと就く。ある者は攻勢のための部隊へ、ある者は防衛線の維持のための部隊へ。そして、イカロスは他の兵たちの間をすり抜けて、前線基地中央へと足を運ぶ。

 比較的落ち着いた雰囲気を保った帝国軍ヨセフグラード方面前線基地は、連邦軍防衛線から十キロ程度離れた場所に位置している。しかし、緊張した雰囲気は伝わってくるものの、どうにも音が少なすぎる。アドルフは、部下たちを待機所に向かわせ、中隊長と副官を伴って司令部の天幕へと入る。

 司令部は多くの帝国軍人が流動的に出入りしているが、中央にある地図とにらめっこしていた、恐らくはこのヨセフグラード方面の管区指令官と思われる人物が、アドルフの姿を見て声を上げる。

 

「やあ、待っていたよ。君がアドルフ・ブラウン少佐(・・)だね。私はここの司令官をやっているトッド・ベルナー大佐だ」

 

 恰幅の良い、典型的な帝国人の貴族的な姿の軍人は、豊かに蓄えた髭を撫でながら立ち上がった。胸には複数の略綬をつけており、なるほどこういった重要拠点の攻略を任せられる戦績を積んでいることがうかがえる。しかし、それとは別に、アドルフは聞き流せない単語を思わず繰り返す。

 

「少佐? いや、ええ。イカロス大隊、アドルフ・ブラウン大尉であります、ベルナー大佐殿。後ろは、副官と中隊長です」

 

 少佐、とベルナーは言った。それに気を取られつつも、慌てて敬礼の姿勢を取る。紹介したエレーナとマルコ、ヨハンも続いて敬礼をする。

 ベルナーは答礼を返して早々にアドルフに右手を差し出しながら言った。

 

「ああ、よろしく頼むよ。喜びたまえ少佐、昇進だ。中央からだ。君の別戦線でのイカロス大隊試験運用の功績を認めてのな」

「そうですか……それは、献身が認められて、喜ばしい限りです」

 

 しかしアドルフは内心で、また将校が減ったのかと勘繰る。軍は、戦争が進むにつれて生き残りが昇進していく。それは、数合わせであったり、部隊運用に際しての書類上での矛盾を消すために、減った分を補充しているに過ぎない。

 勿論、功績に対しての正当な昇進があることも確かだ。しかしアドルフ自身は、別段大きな功績を残したわけでもなく、戦争のまねごとで、連邦兵の前線に夜のお散歩に行っているだけで功績と言われれば、下種な勘繰りもしたくなるというモノ。もしこれがラインなら、士官の歩兵部隊が元帥の将校団によって指揮されていることだろう。

 しかし、そんな考えはおくびにも出さず、笑顔で昇進の報を受ける。「謹んで拝命いたします」と形式上のやり取りを終え、早速本題に入る。

 

「さて、イカロスは何をすれば? 生憎、偵察としか聞いていないもので」

「そうだろうな。この戦線はこの通り、膠着状態でね。一穴を穿とうにも、連邦の親玉の都市だ、なにぶん防衛線が厚い」

 

 道理で攻撃音がないとアドルフは思った。恐らく、機銃陣地と狙撃手が厚い防御層をなして、帝国軍の攻撃に備えているのだろう。無為に兵士を死なせて、中央に増援をと言えない今、うかつに攻撃の指令を飛ばせないのだろう。できることと言えば、

 

「では、我々はヨセフグラードの手薄な防衛箇所を探ればよろしいのですか」

「そう考えていたのだが、少々君らの運用法を変えようと思ってな」

「はっ、と言いますと」

「君たちは、隠密行動が得意だそうだね」

 

 アドルフたちは、隠密行動を主としていた。しかし、別に隠密行動を主としている訳ではなかった。イカロス大隊は飛べない。そのため陸路で行くしかなく、身体強化があるとはいえ、所詮地上での二次元的な移動しかできない為、結果として魔導反応を隠蔽して敵地に忍び込むようになったというだけの話であった。

 しかし、どうやらそれは隠密行動が得意な部隊として認識されているらしかった。アドルフは何か厄介ごとの気配を感じつつ、ベルナーの口から何が飛び出すのかと身構えながら続けた。

 

「ええ、まあ結果的にでありますが」

「そこで、今回君たちに行ってもらいたい任務だが……ヨセフグラードへ侵入、強襲偵察だ」

「わかりました」

「そしてもう一つ、これが大切だ。宝珠通信で情報を本部へ伝達後、君たちにはヨセフグラード内で暴れてもらいたい」

「はい?」

 

 聞き間違いかと思った。まさか、敵地のど真ん中で、少数で暴れて来いというのかこの髭面は。

 

「それは、一体どういった意図で?」

「貴官のもたらした情報をもとに、防衛線力の比較的薄い部分に戦力を集中させる。それに際して、貴官らにはその薄い防衛線から兵力を抽出させるように、もしくはその穴事態を拡張するように攪乱工作をしてもらう」

「要するに飛べない我々が強襲偵察、陽動、攪乱を一通りこなせと」

 

 無茶苦茶だと叫びたい。たかだた三七名で敵の戦線を混乱させろ? 勿論、いきなり防衛線の内部からボギーの反応が出れば、混乱してくれるだろう。しかしそんなものは一瞬に過ぎない。戦力比率的に、こちらが連邦軍人にすりつぶされる未来がありありと脳内に浮かぶ。

 ましてや、こちらは実戦をまともに戦っていない新米少尉を抱えて、そいつに慣れない地上戦をさせようとしている。最初は、普段の通りハラスメント攻撃によって敵の反応力を見極めようと考えていた。ついで、エレーナに実戦の空気を、地上の景色を感じてもらえればいいと考えていた。しかし、その現場に着いたとたんに敵の城に忍び込んで、その城門付近で火遊びをして門を開けてくれと言われている。無茶苦茶にもほどがある。

 

「ベルナー大佐殿、それはあまりにも」

「不可能、かね?」

「いえ、不可能とは申しません。ですが、少しばかりこちらにも時間をいただきたい。イカロスは雛を預かったばかりです」

「雛、と言うのはそこの若い副官のことだろう。話は聞いているよ。少尉だったね、君はどう思う」

 

 いきなり階級が天ほども高い人間に呼ばれて、エレーナは一瞬反応が遅れた。

 

「は、はい! 私は大変良い案だと思います!」

「副官、落ち着け。作戦の話じゃない。貴官自身のことだ」

「は、わ、私は、いえ小官は帝国のために身をささげる覚悟はできております」

「ほっほっほ、なかなか肝が据わった娘じゃないか」

 

 エレーナは本格的に動転して恐らく自分でも何を口走っているか分かっていないだろう。無論、ベルナーはそれを分かって面白がっているのだが。

 そして、一通り笑った後にアドルフを見やる。

 

「少佐、事態は一刻を争うとは言わん。しかし、長引くことが良い影響を与えないのは君も理解していることだろう」

「ええ、冬なのに、防寒着を着せられないモノの気持ちはわかりたくありませんがね」

「現在、冬季戦闘用の装備の充足率は六割、と言ったところだろう。これも希望的な観測にのっとっている。そんな最中、何もせずに寒空の下に出ずっぱりと言うのは心を萎えさせるには十分だ。彼らに、戦いを与えねばならんのだ」

 

 そういって、ベルナーは懐から兵隊タバコを取り出す。

 そうか、もうここにはお高いタバコを持ってくる余裕もないのか。アドルフはベルナーの吸うたばこと、先の兵士たちの装備品から現状を把握した、いやさせられたと言うべきか。あるところにはあるのだとのエレーナの言葉を思い出す。既に、そう言った場所こそが希少になりつつある。

 思えば最後に本物の珈琲を飲んだのもいつだったか。既に香りさえ思い出せなくなったそれが、急に恋しくなってくる。帝都ではうっかり飲むのを忘れてしまった。今度、帰ったときには香りのいい奴を一杯飲みたい。

 しかし、それをするには今目の前の問題を片付けなければならない。

 

「分かりました。五日ほど、時間をいただきたく」

「三日だ、それ以上は利子を取ることになる」

「……了解しました。これよりイカロスは作戦行動に入ります。本格的な攻勢前のウォームアップの時間が取れたことを幸いと思います」

「頼むよ。いい加減、この景色も見飽きたものでね」

 

 イカロスの四者はそれぞれが敬礼をして司令部の天幕から寒空の下へと舞い戻る。

 とりあえず、三日は確保した。この時間で、最低一回は連邦の防衛線へとアタックを仕掛ける。そして、エレーナがどの程度動けるのかを確認しなければならない。

 

「中隊長」

「「はい少佐」」

「非常にいい気分だ。日程は先の通り、様子見のハラスメントは中日に仕掛ける。それまで装具の点検と、足りないものを手に入れておけ」

「「了解」」

 

 中隊長らは足早にかけていく。こういう時、あのお調子者たちは職分を全うしてくれるから頼もしい。

 今度はエレーナに向き直る。

 

「副官」

「は、はい少佐」

「副官としての書類仕事はしばらくは無しだ。明後日、敵防衛線にハラスメント攻撃へ向かう。思う存分羽を伸ばせる戦場だ。期待している」

「了解であります!」

「よろしい、では中隊長らと共に、足りないものはここから分捕っておけ。指揮官待遇だ、多少は横柄に言っても許されるさ」

 

 言うことは言った、出すべき指示も出した。あとは戦地に出て、結果を見るのみ。タバコを取り出し、火をつける。エレーナの駆けていく背中に視線を投げながら、兵隊タバコの安くて辛い煙を口腔に満たす。それを肺腑に流し込み、一時の慰めとした。明後日には、初の本格的な実戦である。

 ラインの塹壕から空を見上げて、既に三年ほどか。その頃から付き合いのあるイカロスの中隊長らと、この安タバコ。すっかり癖のある連中にも慣れてしまったものだとアドルフは思う。

 おまけのように戦場にも慣れてしまった。戦地で吸うタバコの味は、後方で吸うのとは一味違う。命の駆け引きは、それだけ生きている時間を輝かせる。

 

「ああ、ならば今度も帰ってこなければな」

 

 アドルフは誰にでもなく呟く。武功を上げたいとは思う。だが、それが二階級特進というのはアドルフ的には格好がつかない。参謀本部のお墨付きの特務を背負った大隊長だ、相応の戦果でもって名前を歴史に刻むのも悪くない。

 吸い切ったタバコを捨て、アドルフは自らも必要な物を調達するために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「大隊、休め」

 

 東部について二日目の夜、イカロスは装備を整えて整列をする。三十七名、装備は万全。あとは、敵地へ出向くのみ。

 アドルフが一声かければ、慣れた感じで大隊は敬礼を解く。今まで散々こなしてきた動作。

 

「諸君、ついに我々イカロスは東部の大地を飛ぶに至るだろう。しかし、それにはまだ下準備が足りていない。華々しく舞うために、今一度雪と泥にまみれてもらいたい」

 

 大隊連中からは静かな笑い声。これから戦場に向かうとは思えないほど、軽い空気が流れる。

 ここの連中との慣れ親しんだやり取り。これを聞くだけで、この戦場も生きて帰ってこれると実感する。

 

「この度入った新人のエレーナ少尉は、未だに本番というモノを体験していないらしい。初めてが甘美なものとなるか、痛みの記憶となるかは諸君の腕の見せ所だ。ぜひ、その手技を発揮してもらいたい」

 

 途端にドッと笑い声が沸き上がる。中には指笛を吹いてはやし立てる者もいた。

 名指しされたエレーナは、顔を赤くしてアドルフに噛みついた。

 

「ちょ、少佐殿! その言い方はあまりにも、アレですよ!」

「おいおい、その様子だと生娘のようだぞ少尉。それとも、まさか本当に」

「あーもう! 今はそれ関係ないじゃないですかぁ!」

 

 即興の漫才に、一気に大隊は笑いの渦に覆われる。見事に笑いを得たエレーナは真っ赤な顔で引き下がったが、固まっていた肩から力が抜けている様子から、緊張はほぐれた様子だ。

 

「大隊の空気が朗らかで大変よろしい。諸君、今夜は楽しくイワンと夜間デートだ。気楽にいこう」

「「「「了解であります、大隊指揮官殿(Jawohl HerrKommandant)!」」」

 

 大隊長のそして大隊は、軍靴の音を響かせて東部の大地を行進する。

 行く先はヨセフグラード防衛線。鉄条網と機関銃の城を拝見と行こう。

 

 

 

 

 闇夜に紛れてうごめく集団。イカロスは、地を這いながら防衛線を目指す。宝珠は使えない。魔道兵科をほぼ失くした連邦とはいえ、観測機器くらいは残しているだろう。

 この時代、魔導兵を警戒しないというのは自殺行為に等しい。空を飛べないイカロスは、連邦の大地をひたすらに這って行く。

 身振り手振り、ボディタッチで状況を報告し合い、彼らは防衛線へあと数百メートルというところまでたどり着く。

 視界に映るのはうずたかく積まれた土嚢に規則正しく据え置かれる機関銃。そして光度の高いライトが地面を、空を照らしている。完全な警戒態勢。

 双眼鏡を覗き込んでいるアドルフは、この地点以上に匍匐で進むのは危険であると判断した。

 アドルフは手ぶりで第一中隊に命令を伝える。

 

 これより宝珠の封鎖を解除。大隊長の宝珠の起動と共に各員宝珠を起動せよ。

 

 サインに返答が返ってくるなり、アドルフは宝珠を起動した。そしてアドルフは各中隊に無線を飛ばす。

 

「大隊各員、宝珠起動! これより戦闘に入る、各中隊は防衛線を食い破れ!」

『第二中隊了解!』『第三中隊了解!』

 

 そして、アドルフは副官に別の指示を出す。

 

「エレーナ少尉、貴官は空から攪乱しろ。我々が防衛線に到達するまで魔導師が空からくると思い込ませてやれ!」

「了解! エレーナ少尉、先行します!」

 

 エレーナが宙を舞い、急速に空へと消え行く。微弱な魔導反応は、連邦の防衛線に少なからず動きを与えていた。連邦のサーチライトが、魔導反応に呼応して空へと向かう。

 魔導反応があるということは、空から攻撃が来ると考えるのが通常の反応。反応の強度から、恐らくかなりの高度にいると思うだろう。そして、その中から一つの突出した反応にライトが集中した。

 一瞬の間をおいて、対空射撃が開始される。多くの火線が宙へと舞う。その中を、エレーナは泳ぐように飛んでいる。

 時折被弾しているようだが、それでも彼女はなかなかの飛びっぷりだった。

 

「ほう。なかなかやる、か」

 

 地を駆けながらアドルフは呟く。それに反応してか、マルコが通信を飛ばしてきた。

 

『少尉、いい飛びっぷりですな。あの分なら及第点は与えられるのでは?』

「まだわからんさ。攻撃こそが我々の本分だからな」

 

 そう返した時、空の少女は一発の魔弾を放った。それは防衛線、アドルフらが突っ込んでいる部分の鉄条網と機関銃を吹き飛ばす。

 さらに二度、空を舞いながらの爆裂術式。恐らく吹き飛ばした位置は各中隊が目指す地点だろうか。

 

『こちらハンス中尉、目標地点に穴が開きましたぜ』

『第二中隊同じく。エレーナ少尉、的確な援護に感謝する』

『は、はい! この調子で攪乱します』

 

 なるほど、魔導反応を追ってそれがぶつかる防衛線の障害を排除したのだろう。きちんと戦場の俯瞰も出来ている。

 そして、エレーナの爆裂術式は順調に対空機銃をも吹き飛ばし、着々と火線を減らしていく。

 アドルフたちはその光景に舌を巻く。これは拾い物をしたかもしれないと感じた。

 

「第一中隊、防衛線へ到達。これより制圧に入る!」

 

 先陣を切って突っ込むアドルフの目の前に、爆発地点への補給とみられる連邦兵がわらわらと走りこんでくる。一様に鬼のような形相で集まってくる彼らは、アドルフたちを見るなり連邦語で何かを叫びだす。何を言っているかは分からないが、友好的なものではないだろう。

 連邦兵が銃を構えてめったやたらに発砲する。無論、下手な鉄砲もというくらいだ。的も少なからずいる状況、面白いように被弾報告が上がる。

 最も、彼らは面白がって被弾と叫んでいるに過ぎない。イカロスの面々が展開する防殻は連邦兵の銃弾を例外なく弾き、傷一つ付けさせることはない。

 銃弾を弾く軽快な音の中、連邦兵達もおかしい事に気が付いたのだろう。敵は倒れるどころか、銃弾を受けながら近づいてくる。防殻の光が瞬き、連邦兵達も相手が魔導兵であると気が付いた様子だった。

 連邦兵の顔つきが、一瞬で闘争をする人間から獅子を見る非捕食者の目に変わった。

 

「大隊長オォ! 突貫します!」

 

 そして、堪えきれなくなった第一中隊の面々が敵の群れの中に突っ込んでいった。手に取るのは魔導兵様にカスタムされた騎兵銃。アドルフも負けじと突っ込み、彼らに指示を飛ばす。

 

「中隊各位、斉射三連! 貫通術式を込めて風通しを良くしてやれ!」

 

 そして、アドルフの射撃に合わせて音のそろった射撃が三度。連邦のお得意技、数で押してすりつぶすという攻撃が、見事に仇となった。貫通術式を纏った弾丸が十三本、うっすらと魔力の光を纏って音速を突き破り飛翔する。

 連邦兵たちの縦列に突き刺さった弾丸は、容易く人体を貫き後方の土嚢や外壁に突き刺さる。三度の射撃で最初の増援は全滅してしまったようだった。この程度か、連邦の城よ。

 その後も幾度か散発的な抵抗があれど、どれも烏合の衆、というより、よもやろくに指揮系統が働いていないのか、とさえ錯覚するほどお粗末な逐次投入。程なくして、連邦軍の組織的抵抗は終了した。弾切れどころか、シャベルを振るう暇もなし。

 

「こちら第一中隊、防衛線を制圧した」

『第二中隊、同じく』

『第三中隊は弾薬庫を発見した! いっちょ花火を上げますぜ!』

 

 武器庫で花火。これは盛大なものが見れそうだ。素敵な報告を聴けたとばかりにアドルフの顔が獰猛に笑う。戦場での武器庫への攻撃は一種のストレス発散である。すぐさまアドルフは火種の追加とばかりにエレーナにも指示を飛ばす。

 

「エレーナ少尉! 貴官も火種を追加してやれ、射撃タイミングは中尉に合わせるんだ」

『了解!』

『中隊各位、爆裂術式。照準、連邦防衛線弾薬庫……撃てェー!』

 

 軽快な射撃音が響き渡り、直後に盛大な爆発音がする。夜空に大きな爆炎が上がり、暗闇をなめるように照らし出す。離れた位置からでも感じる熱気が、動かしてなお冷える体を撫でるのが心地よい。

 無線機越しにはハンスらの歓声が聞こえてくる。思えば、ここまで派手に戦闘をしたことはなかったかもしれない。ラインばりに大きな爆炎を見ていると、防殻に微かに衝撃。空から雪の代わりに連邦の武器の欠片が降ってきたのだろう。

 

「大隊に通達、エレーナ少尉の試験飛行を終了。これより撤退だ。少尉、敵影は?」

『まだ来てはいない様子です、後方で慌てているようですね』

「イワン共が湧いてくる前に撤退だ! 宝珠を起動したままで構わん、味方陣地まで駆け足!」

 

 そう言って、アドルフたちは走り出した。結果は上々、得られた情報は大変に良いもの。エレーナの飛行、戦闘能力は想定していたよりも良いもの。そして連邦の対応能力は非常に低いものとみた。

 防衛線だけの状態なのでまだ分からないが、これなら強襲偵察も上々の成果を持って帰れるだろう。攪乱といわず、ヨセフグラードに帝国の旗を掲げる部隊となれるやもしれない。

 白銀の、モスコー襲撃のように。

 

 アドルフたちは、童のように笑いながら夜闇の中を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 アドルフたちは、帰投してから盛大に乾杯した。無論、大隊の許されたスペースで、であるが。エレーナは見事にもみくちゃにされている。酒癖の悪いおっさん連中だが、まあ悪い奴はいないからほっておいても大丈夫だろうとアドルフは判断する。

 口々にエレーナの戦いぶりをほめそやし、どこからか分捕ってきた菓子をわらわらと与えられている。紅一点だ、存分に可愛がられるのもいいだろうと、アドルフは大隊の天幕から一人出てくる。

 寒い東部だが、その寒さはタバコをいっそい旨くする。それも一仕事終えた後のタバコだ。身体にしみこむタールとニコチンが疲れをいやす。

 一日置いたら、今度こそ本格的な攻勢計画だ。それも出来損ないの魔導師を中核とした強襲偵察から始まる、前代未聞の作戦。まだどうなるかは分かったもんじゃないが、期待に胸を膨らませるには十分なことだろう。

 

「少佐ー! この酔っ払いたち何とかしてえええぇぇぇ!!」

 

 エレーナの悲鳴が聞こえてくる。

 戦争前、いや戦争中だというのに、陽気な連中だ。しかし、それが今は頼もしい。背中を預ける人間が笑顔なら、自然とこちらも笑えるというもの。信を置いた古参なら、尚更だ。

 アドルフは、火をつけかけていたタバコを箱に戻し、天幕の中に戻っていく。やれやれと言いながらも、アドルフの顔には微笑みが浮かんでいる。

 イカロスが飛び立つまで、二日を切っていた。

 

 

 

 




お久しぶりです、浅学です。
なかなか書くのに苦労しておりますが、やはり二次創作は面白いと実感する日々でございます。
さて、本格的に戦闘が前面に押し出されることになると思います。
つたない文章でありますが、精いっぱい表現していこうと思いますので、ここ話をこういう風な表現してもええんじゃぞ! と意見がいただけると期待している次第であります!
これから彼らはヨセフグラードで何を見ていくのでしょうか?
次回でお会いしましょう! それでは!

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