アーロン。
そいつがザナルカンドに現れたのは、親父が居なくなってしばらくしてからのことだった。
最初は見るからに怪しいやつだと思った。
どこに売っているのか分からないような変な服を着ていたり、誰でも知ってるような当たり前のことを知らなかったり。
そういえば、初めてブリッツボールの試合を見に来たときは、随分と驚いてたような……。
……と言っても、もともとが口数の少ないやつだ。珍しく感情を露わにしてるってだけで、目に見えて興奮してるって感じじゃなかったけどな。
アーロンが現れたのは親父を追うようにして母さんが死んでわりとすぐの頃だったように思う。
あの時は正直、辛くて苦しくて仕方がなかった。
何度も何度も親父に死んじゃえって思ってきたけど、本当に居なくなって俺は心底怖くなったのを覚えている。
違うよな? 俺が死んじゃえって言ったからじゃないよな?
親父はちょっと海へ出掛けたっきり、音沙汰なくなってしまった。
あの人がそう簡単に死ぬわけない。誰もがそう言っていた。
けど、親父はそれから二度と帰ってこなかった。
せいせいした。……そんな気持ちもなかったわけじゃない。
だけど、思っていた以上に俺は動揺していたらしい。
親父に比較されて、それでも好きだから続けていたブリッツボールの練習に、身が入ってなかったんだ。
必死に水を掻いてボールを追いかけても、気づけば何処か遠くを見つめている。
そんな自分がたまらなく情けなかったし、恥ずかしかった。
チームメイトに仕方ないよだなんて慰められても、イライラしかしなかった。
それだけじゃなかった。
元々そんなに身体が丈夫じゃなかった母さんも、病気で倒れた。
「だいじょうぶよ。お母さん、すぐに良くなるから」
そう言った一週間後に、母さんもいなくなった。
俺には誰もいなくなった。
俺はいてもたってもいられなくなって、大声で叫んだ。
大声で泣いた。
全てを奪った海に向かって全力で叫んだ。
叫んで、泣いて、蹲って、また泣いた。
俺は走って海に飛び込んだ。
死んだって良いと思ったんだ。
俺にはもう何もない。
だったらこのまま、いなくなったって……。
海に潜って、周囲の音が消えてなくなった。
耳に入るのは水の音だけだった。
籠もるような鈍い音の中、泡が水面へ向けて浮かんでゆく。
練習のたびに何度も聞いた音。
俺にとっての日常。
ここは、俺の世界だ――。
俺は水面に上がって息を吸い込んだ。
イライラして仕方なかった。
大っ嫌いな親父は死んだ。大好きな母さんも死んだ。
それでも俺はブリッツボールが好きだ。
ここだけは、なくならなかったんだ。
俺にはまだ、ブリッツボールがある。
俺にはこれだけがあれば良い。
そう思うと、急に吹っ切れた。
そうだ、なんで親父のために死んでやらなきゃならないんだ。
母さんのことは哀しいけど、大っ嫌いな親父の影響で死ぬなんてまっぴらだ。
「大っ嫌いだ!! …………大っっっっ嫌いだ!!!」
叫べば少しだけ、気分が晴れた。
俺は頭を振って陸を目指した。
砂浜に辿り着き、俺は頭を振って髪についた水気を飛ばした。
足を攫おうとするさざ波を掻き分けながら、俺は家へ帰ろうと思っていたんが……。
…………あれ?
「……オイ?! おっさん、だいじょうぶか?!」
砂浜に打ち上げられている大人がいた。
見たことない服装の知らない人だ。
――その男こそがアーロンだった。
――
少しだけ心配だったんで様子を見に行くと、病院のベッドに寝かされたアーロンはこともあろうにこんなことを言った。
「助けてくれたらしいな、恩に着る。ところで、ジェクトの親族を探しているんだが、知らないか?」
「……おっさん、親父のこと知ってるの?」
そのあと、引き取り手のいない俺を後見人として見守ってくれるようになった――わけだけど。
「なぁ、おっさん」
「……アーロンだ」
「なぁ、アーロン。あんた何処から来たんだ?」
「ザナルカンドの外からだ」
「なんで親父のこと、知ってんだ?」
「……頼まれたからだ」
とまぁ、そんな具合でホントに必要最低限しか話さなかった。
まぁ、別に親父が過去にアーロンと何していたかなんて興味もないし、聞きたいとも思わない。
ザナルカンドの外のことは気になるけど、アーロンはその辺りにはかなり口が堅くて、手の打ちようがなかった。
それでも親代わりはしたいらしくて、時々細かいことを突っ込んでくる。
俺のブリッツの試合にケチ付けたりさ。
誘っても一向にブリッツやらないくせに文句だけは一人前につけてくるから質が悪い。
一体何考えてんだろうな、この男は。
まぁ、どうでもいいけどさ!
それでも、母さんの墓参りにはちゃんと顔を出してくれる。
真面目に手を合わせている以上、この男なりに思うところはあるらしい。
顔も合わせたことないくせに律儀なもんだよな。
まぁ、だから一応は親代わりとして認めてやっている。
少なくともこいつはこいつなりにこれでも本気で親代わりを務めようとしているらしいからな。
「……それにしても、昨日の試合は迂闊に攻めすぎだったな。三失点で済んだのは向こうにエース級アタッカーがいなかったからだ。もしジェクト級のアタッカーがいたら十点以上稼がれていたぞ」
「あーー! もーー! うっせえな!!」
やっぱり前言撤回だ。
このおっさん、ロクなもんじゃない!!