バカとテストと優等生Another   作:鳳小鳥

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「あ、いらっしゃい。今日は随分遅かったんだね」
「ごめん。授業の課題が中々難しくってね。──アンタこそきちんと宿題やってるんでしょうね?」
「……モチロンだよー」
「こっちみて言いなさいよ。まったく、勉強サボって何見てたの?」
「アルバムだよ。さっきまで休憩がてらに掃除してた時にどこに置こうか考えてたんだけど、つい開いたらそのまま見入っちゃって、最初は何にも入れてなかったのに、気がついたら随分沢山写真撮ってたんだね」
「へぇー、──うわっ こんなのまでとってあったの!? 恥ずかしいから捨ててよ……」
「駄目だよ。これだって僕と優子さんの大事な思い出の一つなんだから」
「なっ!? もう……バカ」





アタシと吉井君と秘密の関係
第1話


 

とある男子トイレ。

そこの一番奥の個室の中で、僕は誰にも知られてはいけない秘密の取引を行っていた。

 

「…………一枚五百円」

「ぐ……、ううぅ、せめてあと百円負けてよっ!!」

「…………わかった。じゃあ四百円で」

「買った!! ありがとうムッツリーニ!!」

「…………毎度あり」

 

今、この僕、吉井明久の手元にはある10枚の写真が握られている。

同じ文月学園の最低ランクのFクラスに所属する絶世の美女、木下秀吉の隠し撮り写真だ。

撮ったの勿論親友である土屋康太ことムッツリーニ。

 

つい先日、『木下秀吉の胸が成長している』と噂されムッツリーニが輸血パック片手に(文字通り)命を賭けて撮影した希少な一品なんだ。

そしてムッツリーニは、そんな写真を親友である僕”だけ”に特別に売ってくれた。やっぱり持つべきものは友達だよね。

 

「うーむ、さすがムッツリーニ、完璧なアングルだ」

 

どうやって撮影したのかもわからないほど完璧な正面からのローアングル

こんなこと僕では絶対(美波と姫路さんがいるから)真似できない。ムッツリーニ様々だ。

でも、おかげで僕のお小遣いはすっからん。当分ゲーム買えないよ…。

いやいや! 後悔するな吉井明久! 貴重な秀吉の写真を買うのになんの躊躇いがあるんだ。

 

「やっぱり秀吉は可愛いなー。…どうして秀吉は自分が男だと言い張るんだろう」

 

何かにかけて秀吉は『ワシは男じゃ!』と言ってくる。

そりゃあ戸籍だと男ってことになってるらしいけど、秀吉は歴とした女の子だと思うんだ。

きっと木下家の教育の一環なんじゃないかな。高校卒業まで男として過ごさなきゃいけないとか、

昨日見たドラマにそんなのあったし。

そんなことを考えながらトイレから出て廊下を歩いていると、

 

「きゃあっ!?」

「え?──おおぉっ!?」

 

ゴンっ!!と鈍器を叩きつけたような音をしながら僕は何かと激突した。

痛たた…、秀吉の写真の夢中で前を見てなかった。

 

「ご…ごめん! 大丈夫──あれ?」

「あ痛たた……、なんなのよ……。……吉井君?」

「木下……さん?」

 

目の前で尻餅をついていたのは僕の手にある秀吉の写真と瓜二つの顔。

文月学園で最高ランクのAクラス。そして秀吉の双子の姉でもある木下優子さんだった。

 

 

       ☆

 

 

アタシ、木下優子は優秀な生徒である。

学力、運動能力共に学年上位であり、社交性にも優れるまさに模範的に生徒だった。

その評価故、先日に文月学園のプロモーションビデオにも選ばれたこともある(もっとも、出たのはアタシじゃないけど)

そんな聞いたら誰もが羨ましがるような評価も……昔の話かもしれない…。

今のアタシは、

 

『同性愛趣味』

 

『スカートの中は常にノーパン』

 

『気になる異性は12歳以下の美少年』

 

という、女の子好きなショタコンノーパン主義の、紛うこと無き変人扱いだった。

 

「うう…、思った以上に堪えるわね」

 

廊下にいたアタシは気疲れしてしまって手を窓に押し当てながら弱弱しく溜息を吐いた。

この前のプロモーションビデオ撮影の際、アタシは弱点である『音痴』を隠すべく愚弟の秀吉にお互いの姿と役割を交換した。

考えてみればこの時点で間違っていたのかもしれない。

多少顔にくまが出来ようと夜通しで発声練習でもなんでもやればよかった。

Dクラスの女子に『あの、木下さんって男子より女子のほうが好みなんですよね!!』と言われた時はもう返す言葉が見つからなかったわ。

違うのよ。私はちゃんと同世代の男子が好きなんだから、だからそんな羨望と期待の眼差しで見ないで欲しい……。

Aクラスでも妙に囁かれ噂されるわでもう散々。アタシの築き上げた優等生像を返して。

 

ああ、…なんか段々ムカついてきた。家に帰ったらもう一回秀吉を絞めてやる。何もかもあいつが悪いんだから!

 

気を取り直し今度は如何にして秀吉を痛めつけようかと考えながら歩いていると、

 

ゴン!

 

いきなり、何かがぶつかってきた。

 

「きゃあっ!?」

「え?──おおぉっ!?」

 

痛ったぁー……。勢いで尻餅をついた所為でお尻が痛い。

ったく、一体何処の誰よ。

 

「ご、ごめん! 大丈夫───ってあれ?」

「あ痛たた…、なんなのよ……。……吉井君?」

「木下……さん」

 

アタシの前で心配そうに手を伸ばしたのは学年最低Fクラス。さらにバカの中のバカと言われる『観察処分者』にも任命されている。

吉井明久君だった。

 

「ごめんね。僕がよそ見してたら。木下さん怪我とかない?」

「だ、大丈夫よ。アタシもちょっと考え事してたからお互い様。吉井君こそ。何してたの?」

「えっ!?」

 

なんでそんなに狼狽えるのよ。

 

「えっとぉ……。そう! 観察処分者の雑用をちょっとね!!いやもうほんと参っちゃうよ〜。はははははっ……!」

 

そう言って高笑いする吉井君は何故か必死に右手を自分の背中に隠している。

……またFクラスは何か問題を起こそうとしてるのかしら。

 

「じゃあそういうわけで、もうすぐ授業始まるから、またね木下さん!」

「あっ!? ちょっと吉井君!」

 

有無を言わせない勢いで吉井君はFクラスのある旧校舎へ向かって走っていった。

まったく、何なのよ。

置いておかれたアタシは小さく嘆息を吐く。

と、さっきまで吉井君がいた場所に紙みたいな物がヒラヒラと中を舞って落ちた。

 

「あれ? 何か落ちてる。…吉井君の落し物かな? そうだ。…せっかくだしFクラスの偵察も兼ねて持っていって──」

 

──木下秀吉のローアングル写真(超近距離&ヘソちら)

 

「何よこれーーっ!?」

 

何なのこれ!! なんで吉井君がこの写真を大事そうに持ってるの!

いやいやそれより!

 

「これ、写ってるのアタシじゃない。……いつ撮られたの?」

 

家族すら見間違うほどアタシと弟は容姿が似ている。

きっと吉井君はこれが本物の秀吉だと思っているのだろう。

でも違う。いくら似てようと毎朝鏡で見ている自分の顔を間違えたりしない。

 

──これは、アタシだ。

 

きっとプロモーションビデオを撮った日に秀吉の姿をしたアタシ。

それ以外考えられない。いつのまに……?

 

「ど、どうしようこれ…。返さないといけないのかな…?」

 

自分が写っている写真を両手に持ってプルプル震えるアタシ。

自分自身が写ってる写真を男性に渡す(かえす)なんて、一体なんの罰ゲームなのよ!

いくらなんでも恥ずかしすぎる!

 

いや、待てよ…。確かに写ってるはアタシ、木下優子だけどその姿は誰が見ても愚弟の秀吉。

 

「そうよ。写真だけ見れば秀吉にしか見えないんだから、焦らずに堂々と返してあげればいいのよ。『吉井君、さっきこれ落としたわよ』とか大雑把に、…でもFクラスには秀吉もいるのよね」

 

アタシが自分の姿形を見間違えないのと同様で秀吉だってこれを見れば一発で自分じゃないって気付くじゃない。

あいつ演劇部にいるし、些細な特徴一つですぐにアタシだと看破されるだろう。

そうしたら吉井君にも当然伝わるから…、

 

キーンコーンカーンコーン!

 

「やば、チャイムだ」

 

ええい、この件は後回し! とりあえず今日帰ったら秀吉の関節を全部逆に曲げてやる!

 

 

         ☆

 

 

「ふぅ、危なかったー」

 

Fクラスの教室についた僕はようやく安堵の溜息を吐くことが出来た。

それにしてもまさかあんな場所で木下さんに会うことになるとは…。

ついうっかり『秀吉』って呼んじゃうところだったよ。

ズボンのポケットには秀吉の写真もある。木下さんに見られなくてよかった。

秀吉のお姉さんである木下さんに秀吉の”あの”写真を見せるのはいろんな意味でまずいだろうし。

チャイムはもう鳴ったのに鉄人がいないけど、何かあったのかな?

 

「アキ。こんなギリギリまでどこ行ってたの?」

 

自分の卓袱台に戻った瞬間、美波が尋ねてきた。

 

「た…ただのトイレだよ」

「それにしては妙にズボンの右ポケットを気にしてるようだが?そこに何か入ってるのか?」

 

おのれ雄二!! 余計なことを…っ

 

「──明久君」

「アキ……。ポケットに何が入ってるの?」

「えっ……、ちょっと美波! 姫路さん! ホントに怪しい物なんか僕の腕がもげるぅぅーーーーーっ!」

「さあ! ポケットに何が入ってるか見せなさい!」

「往生際が悪いですよ明久君!」

「わあああぁっ!?」

 

「明久も大変じゃのう」

「…………(コクコク)」

「そう思うなら助けてよーーっ!」

 

ああっ 僕の大事な秀吉の写真がぁ…。

 

「何これ!? 全部木下の写真じゃない!! まさかアキってば本当に木下のことを」

「そんな……、酷いです。明久君はなんだかんだ言っても女の子が好きだと思っていたのに……、明久君は木下君のどこがよかったんですか?」

「ワシの写真じゃったのか!?」

「へぇ……、さすがムッツリーニ。綺麗に撮れてるじゃねえか」

「…………これぐらい、朝飯前」

「とにかく! これは没収ですからね!」

「そんな殺生な〜! ああーっみんなして僕のコレクションを回し見しないでぇーっ!」

 

くっ いくら美波や姫路さんでも今月のお小遣いをすべて使ったこの写真を没収されるわけにはいかない!

今僕の写真を持っているのは、雄二が1枚で美波が3枚。姫路さんが4枚で秀吉が1枚か…。

 

…………ん?

 

あれ? おかしいな、9枚しかない?

まさかまだポケットの中に……、やっぱりない。……あれ?

 

「ちょっと待ってみんな!! 落ち着いて今持ってる写真を全部床に置くんだ!」

「なんじゃいきなり……、恥ずかしいからあまりワシの写真を大っぴらに見せないでほしいのじゃが」

「まだ懲りないの!?」

「わあぁっ!?暴力反対! ……お願いだから言う通りにしてよ。もしかしたら大変なことになってしまったかもしれないんだから」

「はぁ?なんだそりゃ」

「……仕方ないですね」

 

渋々と言った感じにみんなが持ってる秀吉の写真を自分の目の前に置いた。

うん。やっぱり数は間違ってない。僕のポケットは裏返しにしても出てこないし、

みんなが1枚だけ隠してるとも考えにくい……。じゃあ一体どこにいったの!?

 

「…………ない。ない! ないよ!! 僕の一番のお気に入りのベストアングルの写真が!」

 

おかしい! ちょっと前までちゃんと手に持っていたのに!

 

「明久のやつどうしたんだ? なんか今日は一段と変だぞ」

「アキが変なのはいつものことじゃない」

「美波ちゃん、……それはちょっと言いすぎじゃないでしょうか」

「どうやら、写真を1枚落としてしまったようじゃな。明久がここまで慌てるとは、ムッツリーニよ。一体明久にどんな写真を売ったのじゃ?」

「…………まさか。明久」

「ムッツリーニ……」

 

「すまない。学校の催しの準備で遅くなってしまった。それでは授業をはじめるぞ!」

 

鉄人!! なんてタイミングの悪い!

今はこれ以上探すことはできない。だが次は昼休みだ。チャンスは残ってる。思い出せ吉井明久、僕はどこで写真を落とした!

 

 

 

 

 


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