学園長の話を要約すると、こういうことらしい。
ある日、最近落ち気味の学園の評判を上げる為、学園長は遊園地を利用した大規模な召喚獣のプロモーションを企画した。
その白羽の矢が立ったのは如月ハイランド。
如月ハイランド側としても、前回のウェディング体験の失敗を挽回したかったようで、文月学園からの要望はまさに渡り舟だったらしい。
そうして、企画は恙無く進行し、本来なら試験の点数を強さとする召喚獣を一個のアトラクションとして立ち上げられたのが模擬召喚獣大会というわけだ。
学園長の目論見通り、イベントには僕達も含めた沢山の参加者が集まった。
これで世間から注目されている学園の試験召喚システムに対する疑惑、疑念を解消。そして低迷していた学園の評判も上げる。まさに一石二鳥の作戦だったらしい。
その作戦はうまく行く筈だった。
……そう。
召喚獣の起動用プログラムを如月ハイランドに提供するまでは。
「プログラム?」
「そう。言わば召喚獣の起動システムともいうべき根本の土台さね」
「……どうしてそれが問題に?」
「システム自体に不備があったとかじゃないんだ。大事なのはその中に保存してあるデータだよ」
「データ?」
「そうだ。今回の企画用に実戦のデータがほしくてね。今期で一番召喚獣を使用しているFクラスの実戦データをサンプルとして向こうに送ったんだ。だがそこで少しミスをしてね……」
眉根にしわ寄せて苦々しく口にする学園長。
一体何をやらかしたんだろう。
話を聞いた限り、何をミスしたのか分からないけど。
話の要領がつかめない僕達を置いてけぼりにして、学園長は机の引き出しから変な柄の鉄製の輪っかみたいなものを4つ取り出して卓上に置いた。
何だろう。見ようによっては、今僕が腕につけている『白金の腕輪』に少し似ている気がする。
「何ですかそれ? また新しい腕輪ですか?」
「まあ間違っていないね。と言っても今回のは今吉井と坂本が持っている白金の腕輪と違って急ごしらえで作った使い捨ての粗悪品だが。──明日の大会当日、お前たちにはこの『潰滅の腕輪』を装備して戦ってほしいんだ」
「?? どうしてですか?」
「これはね。模擬召喚獣大会のシステムに保存されている『あるデータ』を消去する為の腕輪なんだよ」
「消去、ですか。 どうしてそんなことを」
木下さんが控えめな調子で学園長に問いかける。
「さっきの話に戻るけどね。アタシが試験用として向こうに送ったデータにはFクラスの個人情報が混じっていたんだよ」
「「!?」」
学園長の言葉に霧島さんと木下さんが目を剥いていた。
え? それの何がおかしいの?
「Aクラスの二人は理解してくれたみたいだね」
「あれ? わかってないの僕だけ……? どういうことなのさ?」
「アンタの残念の頭にもわかるように丁寧に説明するのは骨だねぇ」
今僕は馬鹿にされた気がする。
なんてことを思う僕を置いて、学園長を話を続けた。
「一つ問題だが、召喚獣が召喚者にそっくりな造詣になるのはなんでだと思う?」
「はい? えーっと……なんかよくわからないすごい技術を使ってバーン!って感じでできてるんじゃないですか?」
「……小学生みたいな回答だね」
なんてことを。
「召喚獣のオブジェクトをクリエイトするのに必要なのは召喚者の身長や座高、視力や聴力といった五感。女子の場合はスリースタイルもだね。それにスポーツテストで図る身体能力。そしてもっとも重要な各教科の試験の点数。その人間のもつあらゆる要素、情報が必要なんだ」
「ふむふむ」
「つまり、召喚獣というものは、その召喚者に関するすべての情報が詰った架空の質量の塊なんだよ。当然管理レベルだって並みのセキュリティじゃない。だが──もしそれが外部に渡ったらどうなると思う?」
「そりゃあ個人情報が漏れて大変──あっ!」
「わかったようだね」
納得した風な学園長の前で、僕はじわりと頬に冷や汗が垂れた。
実戦サンプルとして如月ハイランドに提供したFクラスの戦闘データの中にFクラス全員の個人情報が混入しているなんて。
つまり僕達が受けたテストの点数や身体測定、スポーツテストの結果がすべて如月ハイランド側に見られ放題ってことじゃないか。
なんてミスをやらかしたんだ。この老害ババァ。
「──あ、でも別にFクラスなら見られても大丈夫なんじゃあ」
僕達のクラスメイトに今更点数に劣等感を持つ人間はいないだろうし。
すでにFクラスは点数とか常識とかそういう次元を逸脱している。
が、学園長飽きられたように溜息を吐きながら、首を左右に振った。
「ほんとバカだねアンタは、問題は個人がどうのこうのじゃない。『生徒の情報が外部に流出する』ということが問題なんだ」
「……文月学園は注目を浴びている試験校」
「ただでさえ世論や風評に弱いウチがもし在校生の個人情報を外部に漏らしましたなんてことになったら、最悪閉校ものよ」
学園長に霧島さんと木下さんが続いて言葉を紡いだ。
「あっ、じゃあ雄二や秀吉が登録できなかったのって」
「恐らく内部に保存されているサンプルデータが邪魔してるんだろう。それを向こう側が気づいているかどうかはわからんが」
「けどそれじゃあどうして吉井君だけ問題なくできたんですか?」
「吉井のものだけは送ってないからさ。物理干渉のある召喚獣を参照しちまったら、イベント自体が大変なことになるからね」
「……ああ、この間の召喚獣野球みたいになるわけか……」
体育祭の時に召喚獣を使った野球大会をした際、学園長の勝手な仕様変更ですべての召喚獣に物理干渉、ならびのフィードバックが適応されマウンドが死屍累々になったことを思い出して思わず青ざめる。
「そういうことだよ。だから、そうなる前に如月ハイランドに保存されてしまったウチの生徒のデータをこの腕輪を使って消去してほしいのさ」
「話はなんとなくわかりましたけど、具体的にどうすればいいんですか? これも何か合言葉を言って発動させればいいんですか?」
「いや、これは向こうで召喚獣を召喚すれば自動的に発動するから大丈夫さ。……だが少しやっかいな条件付きなんだ」
「……条件?」
「召喚獣っていうのは一体だけでも膨大な容量がある。それをクラス一つ分となると腕輪一つではまかないきれないんだ」
「なるほど、だから4つあるんですね」
「木下は察しがよくて助かるよ。如月ハイランドのサーバーにあるデータを完全消去するには、四人で同時に腕輪を発動させなければいけないんだ」
「僕達と雄二達が戦う時ってことですか。でもそれって割と運任せじゃあ」
そもそも僕達は雄二が対戦で当たる確立もわからないのに。
が、僕の不安要素も織り込み済みだったのか、学園長は机の引き出しから白い紙を一枚取り出して僕達に見せてきた。
「そこは大丈夫さね。対戦表はすでにここにある。これだと決勝戦にアンタ達が戦うようになってるからね」
「あーなるほど……って全然大丈夫じゃないじゃないですか!? つまり僕達が絶対に勝ち残らないといけないって事でしょう!」
「なんだい。初めから負けるつもりで参加したのかい」
「そういうわけじゃ……」
「なら問題ないじゃないか。アンタ達は学校で召喚獣を使用している分操作慣れしてるだろう。他の参加者に比べてアドバンテージはある。変に手加減をしてミスでもしない限り負けることはないだろう」
それはその通りだけど、学園長はもっと根本的な問題を忘れている気がする。
「……要するに私達が勝ちあがればいいんですね」
「要約するとそうだね。ただし、この『潰滅の腕輪』を装備した状態でね。タイミングが来ればあとは腕輪が勝手に召喚獣を通じてサーバーへ進入してサンプルを消去してくれるよ」
あっけらかんと言うけど、それってつまり如月ハイランドのメインコンピュータをクラッキングしろってことじゃあ……。
今も横で寝てる雄二じゃないけど、これこそ言い訳の余地のない犯罪じゃないの?
僕と同じことを考えたのか、それともまた別の疑問があるのか霧島さんと木下さんは学園長に質問を返した。
「……一つ質問があります。どうして、それを私達にやらせるんですか?」
「そうですね。問題があったのなら直接如月ハイランドに連絡して事情を説明した後にもう一度データを送り直してもらえばいいんじゃないですか?」
「……それができたら苦労はしないんだけどねえ」
苦味を噛み潰すように学園長はぼそっと呟いた。
「霧島と木下は知らないが、吉井、前の清涼際の時に竹原がしていたことを覚えているかい?」
「竹原って確か、教頭先生ですよね。そりゃまあ」
竹原教頭は今年の清涼際の時、三年の常夏先輩と結託して召喚大会の優勝商品の不備を理由に学園を陥れようとした人物だ。
忘れるわけがない。あの所為で姫路さんと美波と秀吉、それに美波の妹の葉月ちゃんが大変な目に合うところだったんだから。
この話の全容を知っているのは一部の先生と僕や雄二と秀吉とムッツリーニだけらしいけど。
話の内容がわからない木下さんと霧島さんは過去を振り返っている僕と学園長を交互に見て、首を傾げていた。
「何の話なんですか?」
「学園を快く思わない人間はどこにでもいるということさ。学園内にも、──当然学園外にもね。だから余計な情報は与えたくないんだ」
「「???」」
「──とにかく、事は内密に行わないといけない。当然他言は無用だ。いいね」
珍しい学園長の真面目な表情に僕達は無言で首を縦に振る。
そして僕達はそれぞれ(雄二の分は霧島さんが)『潰滅の腕輪』を受け取った。
うーん、白金の腕輪があるとなんか付けづらいなぁ。
「学園長、模擬召喚獣大会って白金の腕輪は使えるんですか?」
「無理だね。あれは試験召喚獣をベースに設計してものだから、根幹が微妙に異なる模擬召喚獣には使えないよ」
なんだ。じゃあ明日は『潰滅の腕輪』だけ持っていけばいいんだね。
まあいくらなんでも召喚獣を二体も使うのは反則だったろうけど。
「じゃあ頼んだよ。くれぐれもその腕輪を壊さないようにね。そこで寝てる坂本にはまた説明してやっておくれ」
「……はい」
「わかりました」
「はぁい」
学園長に口々に返事を返し、学園長室を後にする。
その後、霧島さんはそのまま雄二を服の襟を持ち床に引きずりながらどこかへ行ってしまった。詮索はしないほうがいいだろう。霧島さんの為に。雄二の為に。
はぁ、なんだか面倒くさいことになっちゃったなぁ。
元々僕が如月ハイランドの模擬召喚獣大会に参加したのは一昨日に機嫌を損ねちゃった木下さんへのお詫びのはずだったのに。
それが木下さんまで参加する羽目になるわ、学園長のミスで変にプレッシゃーがのしかかわるわ。ほんとてんてこまいだ。
これじゃ僕達が学園長の尻拭いをしてるみたいじゃないか。学園長には後でたっぷりと報酬をもらわないと。
もう一つ、プレゼントはどうしよう。木下さんも一緒に出る以上、もうフリーパスはお詫びの品として機能しなくなってしまっている。
ひょっとして、もう許してくれたりしてくれてないだろうか……。
………………、
「な、何よ人の顔をじーっと見て」
「えっ? な、何でもないよ!」
少しだけ顔を赤らめていた木下さんが目線を逸らして口を尖らせていた。
しまった。どうやら考えに没頭するあまり無意識に木下さんの表情を伺ってしまっていたらしい。
「…………」
「…………」
何故か無言のまま動かない僕達。ほんとはすぐにでも教室に鞄を取りに行って家に帰りたいのに足が鉛になったかのようにピクリともしない。何か話そうにも気の利いた言葉が思いつかない。
な、なんなんだこの気まずい沈黙は。謎の緊張感が体をどんどんと侵食していき脳内を白く染め上げる。鼓動はどんどん高鳴っていき爆発するんじゃないと心配になる。視界がぐらぐらと揺れて床は今にも崩れるんじゃないかと錯覚を覚え始める。
ていうか何で木下さんも動かないの! まさか今ここで僕を殺る気!? 誰か助けて! くそう、これじゃ針の莚じゃないか。
そうだ! 会話だ。ここは会話で場を繋ごう。
何かいい話題は……そうだ。丁度いい疑問が一つあったんだ。これなら多少の時間は稼げるはず。
意を決し、僕は働かない喉と口に鞭を打って問いかけた。
「木下さん!」
「な、何!」
「前から気になってた事があるんだけど、聞いてもいいかな?」
「え、ええ。どうぞ」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく。……木下さんって……歌うの苦手なの?」
「────」
この時は純粋にもっと木下さんのことが知りたいという気持ちから出た言葉だったけど、後になって思うと、この時の僕は本当に馬鹿だったとしか言い様が無い。