バカとテストと優等生Another   作:鳳小鳥

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第12話

夕暮れになり、それに呼応するように赤と黄色のコントラストで彩られた廊下の一角。

無人の一本道には、必死の形相で会話を繋ごうとしている者と絶句した少女がいた。

というか、僕達だけど。

 

「な」

「…………?」

 

僕が質問をした瞬間、木下さんは故障した機械みたいに淡々と断片的な呟きを繰り返していた。

口は小さく開き目は瞬きを忘れ大きく見開かれ、その頬は徐々に夕暮れに似た色を帯び始めている。

あれ? 僕何か変な事言ったかな……。ただ質問しただけなんだけど。

 

「あの、木下さん? どうかした?」

「い、今──なん……て」

 

震える唇から恐る恐る確認するように言葉が紡がれる。

緊張でもしてるのか指先もカタカタと震えていた。

うん? もしかして僕が言ったことが分からなかったのかな。

仕方ない。もう少し丁寧に状況も合わせてもう一度聞いてみよう。

 

「うん。前に文月学園の紹介ムービーを撮ってた時があったでしょ。その時秀吉とお姉さんが入れ替わってたって知って。じゃあどうして二人は入れ替わらなくちゃいけないのかなって自分で考えたんだ。そしたらAクラスで木下さん……じゃなくて秀吉。うん。秀吉がすっごく綺麗な声で校歌を歌ってたでしょ。でもわざわざ自分が指名された仕事を秀吉に任せるってことは何か事情があったんだと思う。そこから推測して閃いたんだ。もしかしたら木下さんは歌うのは下手──」

「!」

 

ぶぉん!

 

がし!

 

だだだだだだだだ!

 

突然だった。

僕が台詞を言い終わる前に木下さんは突風のような勢いで僕の胸倉を掴み上げ階段の踊り場まで駆け出した。

唐突な出来事に反応が遅れた僕はなすがままにされ、気が付くと胸倉を掴まれたまま壁に体を押し付けられていた。

足が若干浮いている。どうやら相当な力で持ち上げているらしい。

当の木下さんは僕の眼前で顔を俯けたまま荒い息を吐いていた。

対して、吊るし上げられている僕は、今だに状況に頭が追いつかず口をパクパクさせている。

首を絞められている所為か呼吸が苦しい

 

「き、木下……さん? ちょ、苦し」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

僕の言葉を無視して僅かに間を開けて、呼吸を整えた木下さんが口を開いた。

 

「教師の出入りする職員室の前で何言う気よ! アタシがこれまで死に物狂いで築き上げてきた信用を一瞬で失墜させるつもり!」

「ご、ごめんなさい……」

「ごめんで済んだら警察なんていらないのよ」

 

怒りに合わせる様に胸倉をさらに持ち上げられて首が圧迫されていく。呼吸が困難になり声にも苦しさが混じって吐き出された。

だがそんなことにはまったくお構いなく、木下さんはぶんぶんと荒々しく僕の体を揺らし続ける。

 

「大体なんて吉井君がそれを知ってるの! いえ聞かなくても分かるわ。秀吉が漏らしたのね。……あのバカ野郎」

「あ、あの」

 

矢継ぎ早に紡がれる言葉に僕は完全に置いてけぼりにされてしまっている。

冷静さを失っているのか言葉が荒っぽい。

いや、性格もかなり豹変してる。

普段噂され僕も何度か見た事がある優等生の木下さんとは全然違う。

もしかしてこれが彼女の”素”だったりするのだろうか。

 

「あの、木下さん」

「何よ。命乞いでもするの」

「いやいやいや、ていうか木下さん。僕をどうする気なの……?」

「吉井君。吉井君はFクラスだから知らないかもしれないけど、世の中にはこんな言葉があるのよ」

「こ、言葉? なに?」

「死人に口なし」

 

ヤバイ。彼女はここで僕を亡き者にする気だ。

一昨日、書庫で昏倒させられて以来、いつかはこうなると分かっていたがまさかそれが今とは──っ!

 

「ま、待って! 確かに木下さんには悪い事したと思ってる。反省してる。だからせめて、情状酌量の余地を!」

 

だからと言って、素直に殺られるほど僕は人間ができてない──!

木下さんは僅かに目を細めて、声を上げた。

 

「ふーん。なら聞きましょうか。その情状酌量の余地がある弁解を」

「…………」

 

少し迷う。

昨日三人で考案した作戦。即ち木下さんに謝罪の気持ちを伝える為にプレゼント計画を話してよいものか

 

「どうしたの。あるんでしょ、情状酌量の余地がある弁解が」

「い、言わなきゃ駄目?」

「別に、無理して言わなくてもいいわよ」

「な、なんだ。よかっ「このまま縊死してもいいのなら」……全部白状します」

 

どうやら最初から僕に選択肢なんて用意されていないらしい。

観念して、僕はすべてを告白することにした。

 

 

……………………………、

 

 

……………………………、

 

 

……………………………、

 

 

……………………………、

 

 

「……、い、以上です」

 

夕焼けが射し赤とオレンジで彩られた学校の屋上。

僕達はお互い手にジュース(両方僕持ち)を持ってベンチに腰掛けていた。

季節の移り目だからか、体を通り抜ける風は少し冷たい。

互いの距離差、約10cmぐらい。

長くはないが、決して短くもない絶妙な距離感を保って、僕は昨日あったことをすべて木下さんに説明した。

 

「ふぅん。そういうこと。だから昨日家にいるとき秀吉が妙にアタシの顔色を伺ってたのね」

 

僕の言葉を飲み込むように木下さんは深い声音で言う。

 

「にしても、そんなことでアタシが怒って吉井君に危害を加えるなんて、よくもそんな思い込みをしてくれたものだわ」

「そこは間違ってないんじゃないかな。だって現にさっき」

「うん? 何?」

「なんでもないです……」

 

不自然な笑顔とぐしゃりと握り締めた紙コップを手にする木下さんから目を逸らす。

 

「それにしても遊園地のフリーパスねえ。あのイベントにそんな商品があったんだ」

 

急遽、如月ハイライドの模擬召喚獣大会に参加することになった木下さんは当然その優勝商品も知っているはずがない。

現物の想像でもしているのか、木下さんは目を閉じて噛み締めるように思案顔をしている。何を考えてるんだろう。

 

「駄目かな? これならお姉さんも喜ぶって秀吉のお墨付きももらったんだけど」

「それはもらえるなら嬉しいけど、……聞いてもいい?」

「うん?」

「もしそれを手に入れたとして、それをどう使うつもりだったの?」

「え? 勿論これまでのお詫びとして木下さんにあげる予定だったよ。ってこれはさっき言ったじゃないか」

「そうじゃなくて、……その、あげてどうするの?」

「勿論それは木下さんの自由にしていいよ。友達と行くとか」

「……そんな事だろうと思った」

「?」

 

赤くなったかと思えば今度は気落ちしたように溜息を吐く木下さん。

なんだろう。また僕は何か間違えたのかな。

 

「でもアタシも出る事になった以上、それはもうプレゼントとしては成立しないんじゃないの?」

「うっ」

 

痛いところを付かれ思わず呻く。

そう、本来この作戦は僕と木下さんの双子の弟の秀吉がペアで組んで優勝し、その商品を木下さんにプレゼントすることで成り立っていたことだ。

それが紆余曲折あり木下さん自身が参加することになって計画の前提が崩れてしまった。

つまり、今チケットが手に入ったところでそれは大会に参加した木下さんへの正当な報酬であって、お詫びの品に昇華することはなくなってしまった。

せっかく三人よればなんとなら思いついたとっておきの案だったのに、すべて無駄になってしまった。おのれ、学園長から受け取り腕に付けられている黒塗りの腕輪が今は恨めしい。

『潰滅の腕輪』はそんな僕の心の呻きに答えるように、表面の黒鉄が夕日に反射して光った。

 

「そうなんだよね……。木下さんは何かほしいものはないの?」

「えっ? んー、急に言われても思いつかないわ」

「……だよね」

「あ、そうだ。いいこと考えた」

 

手のひらの上に手を置いて声を上げる。

 

「アタシを怒らせた罰として、今度はアタシを喜ばせてよ」

「……はい?」

 

いきなり何を言い出すんだろう。

 

「どういうこと?」

「難しいことじゃないわ。吉井君がアタシに尽くして、それにアタシが満足したら一昨日の件は水に流してあげるって言ってるの」

「なっ!? それってつまり奴隷じゃ──」

「嫌なの?」

「そんなの当たり前──!」

 

グシャ

一度握りつぶした紙コップ再度握りつぶす木下さん。

 

「んー、よく聞こえなかったなー。もう一度聞くわね。い・や?」

「…………是非やらせていただきます」

「ん、よろしい」

 

怖い! この人怖いよ!

その紙コップは一体何を暗喩してるの!?

これで表情が怒ってるならまだいいけど、まるで僕を苛めるのを楽しいみたいに終始笑顔で言うのだから余計不気味だ。恐怖で背筋から流れる冷や汗が止まらない。

木下さんはそんな僕の心情を知ってか知らずか陽気に口を開いた。

 

「別にとってくいやしないわよ。手段はそっちに一任するし、どうするかも全部任せるから。全部貴方の手腕次第よ」

「そ、それっていつまでやればいいの?」

「アタシが100点と認めるまで。ちなみに今はマイナス30だから」

「えー!? 0からスタートじゃないの!」

「何よ、男子なんだから細かいこと気にしてんじゃないわよ。────(そっちの方がアタシも都合いいし)」

「え? 何?」

「な、なんでもない! とにかくそういうことだから! いいわね!」

「は、はい……」

 

全然よくないよ!と反論したいけど、確かに原因が僕にあるだけに強気に出られない。

はぁ、やるしかないのか。いろいろ酷い扱いを受けるのには慣れたつもりだったけど、まさか奴隷にまで格落ちされる日がくるなんて……。

いや、そう落ち込む事もない! 別に無期限というわけじゃないんだ。ようは木下さんをめいっぱい楽しませて満足させてあげればいいんだし。

幸い明日は如月ハイランド。つまり遊園地! 点数獲得のチャンスはある!

暗い未来に明光が射したおかげか少し上機嫌になって、今度は僕から別の疑問を問いかけてみた。

 

「僕からも一ついいかな?」

「ん?」

「廊下の剣幕から疑問だったんだけど、木下さんって、学校では普段は猫被っちゃったりしてるの?」

「!? そ、そうよ。悪い! いいでしょ誰にも迷惑なんてかけてないんだから!」

 

捲くし立てるように言い放ってそっぽを向く木下さん。

なんて分かりやすい反応。どうやら本当らしい。

 

「わ、悪いなんて思ってないよ! たださっきの剣幕にびっくりしただけで」

「……そう」

「でもなんで学校で猫被ってるの? 友達に演技で接するなんて息苦しいと思うんだけど」

「別に、誰からも慕われて、先生からの信頼もある何でも出来る理想の優等生になるのがアタシの目標だったんだもの、それぐらい苦でもなんでもないわ」

「そうなんだ」

 

自身満々にそう言う木下さんの顔には一片の迷いも見られない。、本当に嘘じゃないらしい。

常にいい人を演じて周りにも気を配りながら笑顔を振りまくなんてよほど意識しなきゃできないとことだろうに。時々ボロは出てたけど。

尊敬するような、心配なような、曖昧な感情を胸の奥に感じていると、木下さんは鋭い目つきで僕を睨みつけて声を上げた。

 

「それより、分かってるでしょうね。この事は絶対他言無用、もし話したら──」

「だ、大丈夫だよ! 絶対誰にも言わない! 誓ってもいい」

「ならいいけど」

 

値踏みするような横目で僕を観察しながら、渋々と言った感じに呟く。

もし喋ったらどうされるんだろう。想像もしたくない。

 

「寧ろ、僕としてはちょっと嬉しいかも」

「殴られるのが? 吉井君ってそういう趣向なの、うわぁ」

「違うよ! 僕はマゾでもサドでもないから! そうじゃなくて」

「じゃあなんなのよ」

「……なんていうか。こう、他の誰も知らない木下さんの秘密を知ることが出来たっていうことがさ。なんだかすごく嬉しいんだ」

「!? あ、アンタ、よくもそんな恥ずかしいこと真顔で言えるわね!」

 

僕の台詞に驚いたのか、木下さんも顔を真っ赤にしながら目を見開いていた。

──て、本人目の前にして何言ってるんだろう僕!?

勢いに乗って身も蓋もなくとんでもない台詞を口走ってしまった。

顔が一瞬で紅潮するのが見なくてもわかる。ああすごく恥ずかしい!

 

「あ、いや!? 今のあくまで純粋な感想を言ったまでで! 決して他意があったわけじゃあ」 

「そ、そう。別にいいけど……」

「う、うん。あはは」

 

ぎこちない会話に思わず苦笑いする。

何だろう、このもやもやする気持ちは。さっきから鼓動がドキドキしっぱなしだ。違う! 決して僕はMではないはず!

自分の中におかしな疑念を感じ始めた所為か、はてまたさっきの台詞の所為で変に木下さんのことを意識してしまったのか、うまく言葉が話せない。

不思議な沈黙の間が僕達を包み込んでいると、俯いてる木下さんがポツリと呟いた。

 

「ねえ、吉井君」

「な、なにかな……」

「もし、アタシが──」

「?」

「──ごめん、やっぱりなんでもない」

「へ?」

 

よくわからない挙動に僕は首を傾げる。

 

キーンコーンカーンコーン

 

「あ、チャイムだわ」

 

大分時間も経過していたのか、いつのまにか部活の喧騒もなくなっていることに気づいた。

ベンチから立ち上げる木下さん。そして僕の方へ向き直る。

その姿は背後の夕焼けも相まってすごく凛々しく僕の目に写った。

 

「そろそろ帰りましょうか」

「…………」

「吉井君?」

「ん、ああ。そうだね」

 

重いものを持ち上げるように僕はゆっくりと腰を上げる。

 

「どうしたの?」

「ちょっとぼーっとしちゃっただけ、なんでもないよ」

「そう」

「帰ろっか」

「ええ、……さっきの」

「うん?」

「特別にマイナス20点にしてあげるわ」

「はい?」

「……いい。ほら、行きましょ」

 

よくわからない事を言った後、木下さんは呆ける僕を置いて先に歩き出す。

うん? なんだかよくからないけど100点に一歩近づいたってことかな。

疑問だらけで何を考えているのかさっぱり分からないけど、それはいつものことだと判断し僕はこの件の思考を保留にして後に続いた。

校舎の続く鉄扉を潜り屋上を後にする。

さっきのまでの雰囲気に少しだけ、名残惜しさを感じながら。

 

 

 

 


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