バカとテストと優等生Another   作:鳳小鳥

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第13話

放課後の帰り道。

僕は昨日姉さんからお願いされた変な料理の参考書を買うため本屋に寄り道していた。

学校から家までの通学路の途中にある小さな書店。

ほしい漫画がある時によく買いに来る行きなれた老舗だ。

といっても、今回はちょっとしたおまけ付きだけど。

 

「で、どうして木下さんまで付いて来るの?」

 

店の入り口で背後に振り返りおまけ、学校からずっといる木下さんに声を掛ける。

校門でさよならするつもりだった彼女は、何故かこうして本屋の前までずっと僕の後ろをついてきていた。

件の木下さんは表情を変えず単々と口を開く。

 

「アタシも本屋で買いたいものがあったの、それだけよ。別に吉井君についてきたわけじゃないわ」

「へぇ。何買うの? やっぱり参考書とか?」

「ま、まあね」

 

呟いたように小さく言った言葉は微妙に歯切れ悪い。

 

「吉井君は? やっぱり漫画とか?」

「ううん、昨日姉さんから買ってきてほしい本があるって頼まれたんだ」

「そうなの、って吉井君ってお姉さんいたの?」

 

そういえば木下さんには姉さんのことを話したことなかったっけ。

 

「うん、前までは海外に住んでたんだけど事情があって最近戻ってきたんだ。いろいろ曰くありげな姉だけどね」

「なにそれ」

「気にしないで、僕もあんまり自信もって紹介できる人じゃないから」

「??」

「じゃあ入ろっか」

「ええ」

 

早々に姉の話題を打ち切り、二人並んで店内に入店する。

ウーッと音を立てて自動ドアが左右に開くと中から溢れ出る暖かい暖房の風を肌に感じた。

夕方という時刻もあってか、学校帰りの学生や会社帰りっぽいサラリーマンで店内はそれなりに混んでいる。

えーっと、料理関係の本ってどこだったっけ?

店内を軽く見回していると、隣で木下さんが声を掛けてきた。

 

「じゃあアタシはこっち見てくるから」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 

言うが早く木下さんは目当ての本があるらしいコーナーに向かって歩き出す。

どんな本が目当てだったのかちょっとだけ気になったけど、今は自分の用事を優先させることにして木下さんの背中から視線を切った。

さて、僕も探さなきゃ。

どこかあるかもわからないので、取りあえず店内を適当に歩く。

 

漫画、小説、法律会計、いろいろな資格の参考書と様々なコーナーを横目にしながら料理の本列を探す。

そうして本棚を大体5つほど見送るといろんな料理の表紙が置かれているコーナーを見つけた。

ここかな。えーっと題名はなんだっけ。

昨日姉さんからもらった紙切れをポケットから取り出して名前を確認する。

 

『狙え必中 気になる相手を一発撃沈!』

 

何度見てもこれが料理の本の名前とは思えない。

 

「でもこんな変な題名なら簡単に探せそうだけど──ってあったし」

 

探す手間もなく本当に目の前にあった。

眼下に山積みになっている他の本の中で、そこだけは何故かスコップで掘り起こしたように異様に底が深かったので余計に目に付いた。

周りの本はまだまだ在庫がありそうなのに対して、目当てだったその本はすでに残り一冊しか残っていない。

近くを観察していると、値札が書かれているポップの傍に本店オリジナルらしき直筆の紹介文句の書かれたラミネート加工されたカードがあった。この店でもお勧めされているらしい。

うわぁ。本当に人気だったんだ。

目で見た現実が未だに信じられない。

ここまでくると姉さんじゃないけど僕もちょっと中身が気になってきた。

 

「まいいや。これを買えば任務完了だし」

 

『狙え必中 気になる相手を一発撃沈!』に手を伸ばす。

 

パシッ

 

「「あ」」

 

本を取ろうとした僕の手の上から誰かが手を乗せてきた。

どうやら僕と同じものを買う人がいたらしい。これはもしかして被ったかな。

誰の手なのか確認するべく顔を上げると。

 

「って。木下さん?」

「吉井君!? 何でここに!」

 

見上げると、目の前にはついさっき別れた木下さんがいた。

僕がいたことによほど驚いたのか、木下さんは手を伸ばしたままの姿勢で半歩後ずさる。

 

「何でって、僕の目当ての本がこれだから」

 

言いながら残り一冊だった『狙え必中 気になる相手を一発撃沈!』を手に取る。

 

「と言ってもほしいのは僕じゃなくて姉さんなんだけどね。──ひょっとして、木下さんもこれを買いに来たの?」

「う、うん。昨日ネットで調べた時に一度作ってみたいレシピが載ってたから。────明日にも使えるかもしれないし」

「?」

 

最後の部分だけごにょごにょ声になってよく聞こえなかった。

秀吉から聞いた限りじゃ木下さんは料理しないって思ってたけど、何か心境の変化でもあったのかな。

しかし困った。この本は後一冊しか残っていない。

これを逃したら少し遠回りをして大通りの本屋までいかないといけなくなる。そうなったら完全に日も暮れてしまうだろう。

僕はともかく、女の子の木下さんをそんな時間まで一人で歩かせるのは危ない。

姉さんも事情を話せばきっと納得してくれるだろう。

手に持っている本に一瞬だけ視線を落とした後、少しだけ後ろ髪が引かれる思いを抱いたままそれを木下さんに差し出した。

 

「はい。じゃあこれ木下さんが買ってよ」

「え、いいの?」

「うん。本屋はここだけじゃないし。ここからちょっと先にも本屋はあるから、僕はそこで買うよ」

「でもそれじゃ夜になるわよ。吉井君が先に取ったんだから吉井君が買って、アタシは別のやつ探すから」

「いいから、はい」

「あっ」

 

半ば強引に本を木下さんの手に納める。

男として、一度言った言葉は曲げらないのだ。

両手に抱えるように本を握りしめた木下さんは本と僕を交互に見た後、蚊のように小さい声でお礼の言葉を言った。

 

「あ、ありがとう……」

「気にしないで、作りたい料理があってワクワクする気持ちは僕もよく分かるから」

「別にワクワクなんて……、……そういえば吉井君って料理できるんだっけ」

「うん。ていっても僕の場合家で誰も作る人がいなかったから仕方なく作ってたんだけどね。おかげで料理だけは数少ない僕の特技なんだ」

「そう、羨ましいわね。料理ができるって」

「木下さんは料理しない……んだっけ?」

「秀吉から聞いたの? まあね。普段はママが用意してくれたりお昼は購買でサンドイッチ買ってるからあんまり作る必要性を感じなかったんだけど、今思うと手伝い程度でもいいからちゃんとやっておくんだったわ」

「練習すれば出来るようになるよ。難しいことなんてないんだし。レシピ通りに作れば絶対間違えないから。……変な調味料さえ入れなければ……」

「変って……?」

「硝酸とか塩酸とか酢酸とか」

「何それ? 化学の実験じゃなるまいし、そんなの入れる人いるわけないじゃない」

 

いるんです、それが。結構身近に。

でも料理か。今の反応からすると木下さんはおかしな具材や薬品も使わなそうだしまともな料理が期待できそうだ。

 

脳裏で台所にエプロン姿で調理をする木下さんの姿を想像する。

鼻歌を歌いながら包丁を手に持ち肉を切り分けフライパンを優雅に使いこなし。狭い台所を縦横無尽に駆け回り色とりどりの食材や食器を取り出す。そして出来上がった料理を持ってテーブルに並べていく木下さん。

 

……………、

 

「…………(ごくん)」

 

いかん、思わず生唾を飲んでしまった。

いい。すごくいい。

まさに理想の若奥様だ。

男子なら誰もが夢見る理想を見事に体言する姿がそこにあった。

あわよくばその隣にいるのが僕であったら…………。

 

「って何考えてるんだ僕は!? そんな夢みたいな事あるわけないじゃないか!」

「は?」

「な、なんでもないよ! ははは」

 

急いでピンク色の想像を振り払う。

駄目だ駄目だ。これじゃいつもみたいに変人扱いされるだけじゃないか。

心を氷に、クールになれ吉井明久。

冷静になれと脳に訴えるように深く深呼吸して気持ちを落ち着かせる。

 

「うん、落ち着いた。もう大丈夫」

「……よくわからないけど、じゃあ会計済ませましょ」

 

二人でレジまで行って支払いを済ませる。

本の入った薄い袋を手に店を出た時には、すでに日落ちも間近という空模様だった。

隣では木下さんが携帯を開いて時間を確認している。

きっと今の時刻と帰宅まで時間を計算しているんだろう。

僕はこれからもう一つの本屋へいかないといけない。さて、これじゃ家に付く頃には何時になるやら。

 

「夜もすぐだ。早く帰らないとね」

「うん。改めて本譲ってくれてありがとうね」

「全然、料理がんばってね」

「できるかぎりやってみる。うまくできるかはわからないけど」

「できるよ。木下さんなら、これまでだって何でもできたんだから。自信もって」

「歌唱力は上がってないけどね」

「あ、ごめん。そんなつもりじゃ……」

「ふふ、冗談よ」

「な、なんだ。びっくりした……。また痛めつけられるのかと思った」

「アンタはアタシをどんな目で見てるのよ……。吉井君が故意に秘密をばらしたりしない限りそんなことしないわよ」

 

それは逆にばらしたら命の保障はないということでは。

気にはなるけど怖くて聞き返せなかった。

 

「…………」

「…………」

 

何か話すべきなのにお互いが共に何を言うべきかわからない状態になり僕達の間に沈黙が訪れる。

木下さんはこのまま直通で家に帰るのだろう。

自宅についたらさっそく買った本を広げて台所に立つのかな。慣れない手先で怪我でもしないか心配だけど、それはさすがに過保護すぎだろうか。

何故か、このまま木下さんを家に帰すのに僕はひどい喪失感を覚え始めていた。

まるで、体の一部がどこかへ行ってしまうかのような感覚。もう少し話していたい。もうちょっとだけ一緒にいたいと僕の中にいる僕の心が訴えてくる。

どうしたんだろう。こんな気持ちは初めてだ。

 

「あの、木下さん。……よかったら僕が料理教えてあげようか?」

 

気が付くと、こんなことを口走っていた。

あれ? 僕何言ってるんだ?

 

「えっ…………?」

 

きょとんとした声で返事をする木下さん。

無理もない。僕自身が一番驚いてるんだから。

自分の言っていることがようやく理解できた途端、唐突に恥ずかしさが全身を襲ってきた。

 

「い、いやその!? 僕もそれなりにできるからよかったらどうかなって思っただけで!? 木下さんが嫌なら全然それで構わないなんだけど!」

「あ、えと……。それは嬉しいけど」

 

どうしていいかわからずお互い顔を紅潮させる。

僕はとにかく頭に浮かんだ単語を矢継ぎ早に口に出す事しかできなかった。

ああ何言ってるんだ僕は……!

なんてくさい口説き文句。これじゃまるでナンパみたいじゃないか。

針の筵のような緊張感の中、秋の夕暮れなのに頬に汗が流れるのを感じながら返事を待つ。

しばらくすると、目を上下左右に揺らして困惑していた木下さんは小さく口を開いた。

 

「……一つだけ聞いていい?」

「う、うん?」

「それはアタシへ点数稼ぎの為に言ってるの?」

「てんすう……?」

 

木下さんの台詞を理解するのに数秒かかった。

そういえば、ここに来る前に学校でそんな約束をしていたことを思い出した。

僕が木下さんに尽くし、それに木下さんが満足できれば一昨日と今日の件は許してくれるという約束。

正直、そんなこと微塵も忘れていた。

この状況で点数がどうだのなんて考える余裕なんてなかったぐらいだ。

が、正直に話すのもなんだか恥ずかしくて照れ隠しに嘘を付いた。

 

「ま……まあ、それもあるかな」

「…………」

「でも純粋に木下さんの料理の腕が上達してほしいって気持ちもある。僕みたいな駄目な人間でも手伝える事があるなら何でもしたいんだ。──それじゃダメ、かな」

 

最後はほとんど懇願するような声だった。

自分でも無茶を言ってるのは分かってる。

突然男子からそんなこと言われても困るだけだろう。

それでも言わずには言られなかったのは、どこからくる感情なんだろうか。

軽い後悔と淡い期待を胸に返事を待っていると、しょぼしょぼと本当に聞こえるか聞こえないかの震える声が僕の耳に響いた

 

「……じゃない」

「え?」

「だめ、じゃない」

 

暴れる体を抑えるように顔を俯かせたまま夏の風鈴のような声色で呟いた。

今度ははっきり聞こえた。

 

「じゃ、じゃあ」

「……吉井君さえよければ、アタシに料理を教えて」

「…………!」

 

その瞬間、僕は脳内に花畑が咲き乱れる幻想を見た。

 

今自分がどんな顔をしているかわからないけど、きっと雄二辺りがみたら全力で引くような表情をしていることだろう。

いろいろな感情がごちゃまでになって、うまく整理できない。

全身がどうしようもない歓喜に震えだす。

ただ分かるのは、今自分はとんでもなく幸せを感じているという事だった。

 

「も、勿論! 僕なんかでよければいくらでも教えるよ!」

「──っ! 言ったわね。もう訂正なんてしないから。吉井君が嫌になってやめたくなって付き合ってもらうからね」

「僕は大丈夫だよ、どっちかというと木下さんが根を上げるのが先かもしれないよ」

「上等じゃない。じゃあそれを証明するためにさっそく行きましょうか」

「え? どこへ?」

「吉井君の家に決まってるでしょ」

「今からするの!?」

「当たり前でしょ。時間がないんだから」

「時間?」

「な、なんでもない! とにかくもたもたするのは嫌いなの! っとその前に本屋に寄るんだったわね。これじゃどっちが買っても結局寄り道することになるんじゃない」

「あはは、そうだね」

「笑い事じゃないわよまったく」

 

お互い談笑しながら歩き出す。

うーん、傍目から見ると僕達ってどんな風に見えてるのかな。

なんとく人目が気になって回りを見渡しているとまた木下さんに不審がられた。

しかし、いいのかなこんなに幸運で。

これじゃ、後でどんなしっぺ返しが来るか想像もできない。

 

「あ、そういえばこれって何点なの?」

「0点よ」

「えーっ!? 何で!?」

「まだ何も教えてもらってないじゃない」

「あ、そっか」

「そうよ」

 

まあいいや、今はこの幸せを全力で噛み締めよう。

すっかり暗くなった夜道を僕は明るい気分で進んでいった。

 

 

 

 


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