バカとテストと優等生Another   作:鳳小鳥

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第15話

「そういえば吉井君。晩御飯って何にするの?」

 

冷蔵庫を覗き込んでいると、制服の白シャツの上から猫のエプロンを身に着けた木下さんが横から問いかけてきた。

 

「うーん、まだ冷蔵庫に残った具材があったはずだからそれを使って作ろうと思ってるんだけど──って姉さん。またパエリアの材料こんなに買い込んで」

「パエリア? ……ほんとね。同じ食材がいっぱいある。でもどうしてパエリアなの?」

「僕の好物なんだ。それで前も姉さんたくさんパエリア作ってたから」

「へぇ、吉井君ってパエリア好きなんだ」

「うん。まあね」

「弟の好物を作るために頑張って練習してるなんて、なんだかんだで弟思いのお姉さんじゃない」

「それは嬉しいけど、姉さんには料理よりも倫理とか常識を学んでほしいよ」

「常識がないのは吉井君も同じじゃない。何をされてるのかは知らないけど玲さんは間違いなく吉井君のことが好きでしてるんでしょ。それを思っての行動なんだからある程度は許してあげたら?」

 

妙に姉さんを擁護する木下さん。同じ姉同士何か通ずるものでもあるのかな。

でもその意見に納得しかねる。

いくら弟思いでも毎朝キスを強請り、そして僕が異性と接する度に折檻してくるのはもうすでに正常な姉弟関係を逸脱していると思うんだ。

そういえば木下さんもこれまで何度か秀吉を絞めてた事があったっけ。まさか、木下さんも姉さんと同じ趣味が!?

 

「木下さん……。まさか木下さんも普段は秀吉にひどい扱いをしながらも裏じゃ毎朝秀吉の部屋に侵入しておはようのキスとかしてるの……っっ」

 

それは、僕的にはすごく興奮するシチュエーションなんだけど!

 

ゲシッ!

 

「ぶっ飛ばされたいの?」

 

木下さんの一撃がひどく理不尽に感じる。

そしてその台詞はせめて殴る前に言ってほしい。

 

「アタシは実の弟に接吻するような変態じゃないわよ。気持ちの悪い想像しないで」

 

そっぽを向きながら吐き捨てるように言い放つ。

 

「だ、だよね。ははは。よかった常識的な対応してくれる人がいて、危うく僕の中の良心が犯されるところだったよ」

「……よく分からないけど苦労してるのね」

「何故か僕の周りには個性的な人が多いからね……。ほんとどうしてだろう」

「類友でしょ」

 

そんなことはない。

 

「さて、今晩どうしようかな……。これだけあればいろいろできるけど。木下さん何か食べたいものとかある?」

「パエリアにしない? これだけ材料あるんだし」

「パエリアを? 僕は構わないけど。木下さんはそれでいいの? 結構手間隙かかるけど」

「いいわよ。アタシも興味あるし。パエリアの作り方」

 

そうか。木下さんがそう言うなら文句はない。

 

「じゃあ米は無洗米だからいいとして、木下さんは野菜と鶏肉を切っていってくれる?」

「わかったわ。ここにあるやつだけでいいの?」

「うん。パプリカとトマトは一口サイズぐらい。玉ねぎはみじん切りでね。みじん切りってできる?」

「バカにしないで。料理はしないって言っても学校の調理実習ぐらいはやってたんだから。それぐらい朝飯前よ」

 

あ、そっか。学校の授業でも偶にやるもんね。それなら安心だ。

野菜は木下さんに任せて僕は海鮮類を担当しよう。

サフランはいい感じになるまで時間が掛かるので先に鍋に入れておく。これで後のスープ作りが楽になるからね。

その後、冷蔵庫に保管されていた海老を取り出して背わたを取る作業に入った。

 

「木下さん。どうして急に料理をしようなんて思ったの?」

 

背わたを取りながら横で難しそうな顔でまな板の上の野菜を切っている木下さんに質問する。

木下さんは包丁を動かしながら、視線を野菜に落としたままの姿勢で言葉を紡いだ。

 

「大した理由じゃないわよ。ただ、最近になって食べてもらいたい人ができただけ」

「へぇ、それってやっぱり家族に?」

「……そうね。それも少しあるかな」

 

それも? 他に誰か食べてもらい人がいるのかな。

考えられるとすると同じAクラスの霧島さんとか工藤さん辺りだろうか。工藤さんはわからないけど霧島さんは料理うまそうだもんね。

その辺に対抗意識でも燃やしているのかな?

それとも、まさか男子とかだったりするのかな。今日買った本もどっちかと言うとデート向けのやつだし。

…………まさか、木下さんって好きな人がいたりするのどろうか。

 

「…………ぬぅ」

 

作業をこなしながら悶々とする。

 

「ん、 何よ人のことジロジロ見て。 アタシ何か間違えた?」

「あっ、ううん! なんでもないよ! 切り方はそれで問題ないからそのまま続けて」

「??? そう」

 

うう……、気になる。気になるけど聞き出す勇気ももてない!

迂闊なことを口走ってしまえば僕が木下さんのことを異性として意識してると思われるし。

木下さんぐらい可愛くて頭もいい人が気になる相手っていうと、やっぱり同じAクラスだろうなぁ。

僕の知ってる中で一番成績が良くて性格もいい男子と言ったら学年次席の久保君の顔が思い浮かぶ。

確かに彼と木下さんなら横に並んだらすごく絵になるしお似合いだろうと思う。

僕の知ってる久保君は特に弱点らしいものもないし、上っ面とはいえ優等生の木下さんとの相性はバッチリだろう。

そうなんだけど、そうなんだけど──。

ああ駄目だ。考えるたびに嫌なビジョンが脳内に湧きあがっていく……っ。

 

この悪循環から抜け出すには自分で事の真偽を確かめるしかない──っ!

 

「……久保君って良い人だよね」

「え? まあそうね。誠実だし真面目で頭も良いし。ルックスも十分。ある意味理想の男子像の体現と言えるんじゃないかしら。よく女子からプレゼントをもらったりもしてるみたいだし」

 

残念だよ久保君。どうやら僕と君は一生分かり合えない運命にあるようだ。

 

「いきなり何?」

「う、ううん別に。ただ女の子が彼氏にするならやっぱり久保君みたいな人がいいのかなって考えてただけ」

「あのね。そういうのは男子の偏見よ。女子にだって十人十色でいろいろな好みの人がいるんだから。まあそれでも久保君に悪い印象を持つ人なんてほとんどいないと思うけど」

「そうなんだ。…………じゃあ、木下さんも…………?」

「────っ」

 

ぴたり、と木下さんの手の動きが止まった。

しまった。深追いしすぎたか?

 

「……気になるの?」

 

囁くような声。だがその内にはまるで僕の心を探ろうとしているような目に見えない凄みを感じる。

その問いに僕は少し萎縮しながら、なるべく木下さんと目が合わないよう正面のリビングに視線を向けて答えた。

 

「ま、まあ。木下さんほど綺麗で可愛い人の好みとあれば、一男子としては気にならないと言えば嘘になるというか……」

「ふぅん……、吉井君」

「な、なに?」

「…………仮にアタシが久保君を異性として意識してたなら、今頃料理の師事も久保君にお願いしてるわ」

「え?」

「この意味、分かる……?」

 

さっきとは打って変わったしおらしい口調で問いかけてくる。

その変化が気になって木下さんの方へ顔を向けると、そこには頬を少し紅潮させながら僕を見据える木下さんがいた。

その表情は、まるでテストの結果が返ってくる直前のように不安と期待が入り混じった時の気持ちのイメージを僕の脳内に思い浮かばせる。

えっと、つまり久保君に料理を教わってもいいけど、今は僕に教わってるということは──。

 

「久保君も料理が得意ってこと?」

「…………アンタって、鈍感だわ」

 

木下さんの重たい溜息と共に、止まっていた時間が再び動き出したようにトントントンと包丁を動かす手が活動を再開した。

??? よく分からないけど、今の所久保君は木下さんの眼中にはないってことでいいんだろうか。

なんだか煙に巻かれたようで、奥歯のものが詰まった気分のままタコを一口大に切り分けていく。

それからしばらくして、そろそろパエジェーラを用意しようと動き出したところ、最後の鶏肉を切っていた木下さんがおもむろに問いかけてきた。

 

「じゃあ、吉井君の好みは女の子は誰なの?」

「うぇ?」

 

不意打ちの質問に手に持っていた海鮮類の入ったボールを落としそうになる。

 

「ななななんで!?」

「アタシのことは聞いておいて吉井君の好みは知らないなんて、なんかずるいじゃない。で、どうなの?」

「えー、そ、そんなの恥ずかしくて言えないよ」

「何よ。人に聞いておいて自分は答えないなんて言う気?」

「うぐっ……」

 

なんだかその理屈には異論があるけど、意地になっているのか木下さんの視線は僕を注視していて誤魔化せる雰囲気じゃない。

うーん、好みか。

……そりゃ僕も男だから勿論だから女性の理想像はあるけど、それを木下さん、というか異性に言うのは物凄く恥ずかしい。

かといってここは僕の家、逃げ出す事もできない。

くぅ、観念するしかないのかっ!

 

「ひ……」

「ひ?」

「……秀吉」

「吉井君。この包丁ってとってもよく切れるわね」

「ごめんなさい! 僕が悪かったですからお願いですから刃先にこっちに向けるのはやめてください」

 

おかしいな。別に嘘は吐いてないのに。

 

「真面目に答えなさいよ」

「僕は大真面目のつもりで言ったんだけど……」

「はぁ? ……ってそういえば前にもそれで勘違いの告白をしてくれたわね。何、吉井君って女より男が好きなの? BL?」

「ち、違うよ! 僕はちゃんと女の子が好きな正常な男だから! あと木下さんBLなんて言葉よく知ってるね」

 

日常会話でBLなんて単語、滅多に出てこないと思うんだけど。

 

「っ! そ、それはどうでもいいことよ。 それで……じゃあ”普通”の”女の子”の好みは?」

 

普通と女の子を妙に強調して問いかけてくる。

な、なんかやけの突っかかるな。そんなに自分だけ話したことが納得いかないのだろうか。

とはいえ、人に尋ねておいて自分は言わないというのに確かに卑怯だと思い、なんとなく頭に浮かんだ印象をそのまま口に出した。

 

「うーん。……一生懸命な人かな」

「一生懸命って、何に?」

「何でも良いよ。どんなことでも目指すべき目標があってそれにまっすぐ努力できる人はすごく尊敬するし女の人なら魅力的にも思う。だから僕は僕が心から応援してあげたいって思える人が──ってだぁ!? これ以上は恥ずかしいよ!」

 

恥ずかしさのあまり頭が一瞬で沸騰する。

罰か! これは何かの罰ゲームのなのか!?

 

「大体木下さんが僕の好みなんて聞いてどうするのさ!」

「そ、それは……い、いろいろよ! いろいろ!」

 

いろいろ? なんだろう。女の子同士で異性についての会話のネタにでもするつもりだろうか。

 

「それに吉井君だって今日一日でアタシの隠してた秘密を知ったんだし、これでお相子でしょ。お相子」

「う。それは……まあ」

「本当はこんなことじゃ全然まったくつりあってないんだけど、料理の師事をしてくれたことに免じて今日はこれぐらいで許してあげるわ」

「今日!? これで終わりじゃないの!?」

「当たり前でしょ。この程度で帳消しになるわけないじゃない」

 

血も涙もない。僕はこのまま一生奴隷として使い潰されるのだろうか。

 

「次はどうすればいいの?」

「あ、ああ。じゃあこれ。パエジェーラって言ってパエリア用のフライパンなんだけど、これにオリーブオイルで入れてからこっちのエビとタコ、その後に切った野菜と肉をどんどん炒めていって。僕はその間にスープを作っちゃうから」

「オッケー」

 

木下さんは材料を投入したフライパンを軽やかな手先で振るう。

すでにサフランで色はつけているのでコンソメを入れるだけでスープは出来上がり僕の作業は比較的すぐに終わった。やっぱり人がいると調理も楽だね。

木下さん。学校外で料理をした経験はほとんどないって言ってたけど、パエジェーラの上の食材を菜箸で炒めている様子はすごく手慣れているように見えて、安心して経過を任せられた。

頭が良いことと料理の腕前は直結しないことは姉さんと姫路さんで実証済みだけど、どうやら木下さんにその方式は当てはまらないようだ。良かった。本当に良かった……っ!

 

 

 

 

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