バカとテストと優等生Another   作:鳳小鳥

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第4話

恋なんてある日突然唐突にやってくるものである。

友達だと思っていた相手が途端に愛おしくなったり、小さい頃から一緒だった人に友達以上の好意を持ってしまったり。場合によって道で通り過ぎた名前も知らない相手と偶然目が合っただけで一目惚れする。なんて事例もある。

そういう有象無象に比べれば、これはどちらかというと常識的な部類に入る告白ではないだろうか。

しかし、だからと言ってそれを理解、納得できるかと言われればそういうわけでもないわけで。

 

「────ふぇ?」

 

両手を掴まれたまま、アタシは思わず間抜けな声をあげてしまった。

何がなんだかさっぱり分からない。

吉井君を起こしたと思ったら、今度はいきなり愛の告白をされてしまった。

何を言っているかわからないと思うけど、アタシにもわからないから多分大丈夫。

 

「えっと、また何かの冗談?」

 

Fクラスがまた変なことでも企んでるのかと邪推してそんな言葉が口から出る。

それが気に入らなかったのか、吉井君はむっとした表情をした。

 

「冗談なんかじゃないよ。僕は本気なんだ。真剣に君のことを愛してるんだ」

「な」

 

歯に衣着せぬ台詞に心臓がドキンと高鳴る。

燃えているような吉井君の瞳にはアタシしか写っていない。

掴まれた腕から伝わる力が決して冗談ではないと雄弁に語っていた。

 

「そんな……の、いきなり言われても……」

「ここまで口火を切った以上僕ももう後戻りできない。それに、簡単に諦められるほど軽い気持ちで言ったんじゃない。だから真剣に答えてほしいんだ」

「っ!?」

 

真摯な告白に思わず背筋がびくっと飛び上がった。

本気だ。吉井君は本心からアタシのことが好きだと言ってくれている。

で、でもどうしたらいいのよ!?

吉井君のことは嫌いじゃない。

寧ろ先の弟との入れ替わりの件からこっち、変に吉井君ことを意識している始末だ。

そこでこの告白。あまりに出来すぎている。まるで舞台に上に立っている役者のような気分だった。

頭の中が真っ白になって吉井君から視線が外せない。ああもう心の準備とか全くできてないのにこんなの卑怯すぎる!?

 

「あ、アタシは……」

「いきなりでごめん。混乱してるよね」

「あ、当たり前でしょ! いきなりす……好き……だなんて……言われても」

「うん。それに関しては申し訳ないと思ってる。でも約束する。君を一生大事にするって。浮気もしない。本気なんだ。僕は死ぬまで君の傍に居たいと思ってるんだ」

「────あ」

 

その言葉に、アタシは自分の心が射抜かれたような衝撃を受けた。

──ああ、だめだ。

こんなこと言われたら撃沈する。

胸の鼓動はここに来て最高潮。

すでに書庫に来た理由なんて綺麗さっぱり忘れてしまった。

今はもう目の前のことしか考えられない。

感情は乱されっぱなしだけど、不思議と心は幸福な気持ちでいっぱいになっていた。

 

「もう一度言うね。君のことが好きです。──僕と、付き合ってください」

 

その言葉に抵抗する術はすでになくなっていた。

アタシは何か温かいものに包まれたような気分で顔どころか首筋まで真っ赤に染め、無言のままこくんと、一つ頷いた。

瞬間、吉井君の表情が目に見えて喜びの色を表す。

かくいうアタシも、頭の中で幸せの小さい花が咲き乱れて……。

 

 

「本当に! 嬉しいよ。『秀吉』!」

 

 

一瞬で枯れ果てた。

 

「…………。秀吉……?」

「うん! やっぱり僕達は相思相愛だったんだね! 正直緊張バリバリで足とか震えてたんだけど勇気出して本当に良かったよ!!」

 

まるで人生の天国に行き着いたかのように大喜びしている吉井君。

掴まれたままの両腕をぶんぶんと上下に振られて、アタシは何がなんだか分からないまま成すがままにされていた。

え? え? どういうこと?

 

「あ、あの、よしい……くん?」

「よし。じゃあ早速デートに行こう! あ、お金の心配ならいらないよ。こう見えて実はほしかったゲームを買うために少しずつ小遣いを貯めてるんだ」

 

どこ行く? どこ行こうかと騒ぎまわる吉井君に、アタシはまだ理解が追いついていなかった。

つまりどういうこと?

 

「ちょ、ちょっと待って!」

「ん? どうしたの?」

「吉井君。貴方の目の前にいるのは誰?」

「? 秀吉でしょ。どうしたのさ急に」

「貴方が好きな人は?」

「勿論秀吉だよ」

「…………」

 

あー、そういうこと。

つまり彼はよりにもよって弟、男とアタシを見間違えた挙句告白したと。

ちなみにスカートを穿いている事に関してはまったく違和感は抱いてないらしい。

 

「ね、吉井君」

「ど、どうしたの秀吉? なんか笑顔が怖いよ?」

 

さっきまで笑顔満点だった吉井君が段々と恐怖のそれになっている。

おかしいわね。どうして吉井君はそんなにびくびくしてるのかな~?

ここにはカビ臭い本と机しかないのにねー。

 

「ううん、何でもないの。ただアタシが勝手に期待して喜んで挙句勘違いしただけだから」

「勘違い……?」

「でもね」

 

うん。吉井君もそうだけど、正直喜んだあたしも責任はある。

元々アタシと吉井君はそこまで親しい仲じゃないし。それがいきなり好きですなんてのがそもそもおかしいことにもっと早くに気が付くべきだったんだ。

普段から吉井君は秀吉秀吉言ってたし。きっとさっき居眠りしてた時に変な夢でも見たんでしょうと勝手に推測してみる。

まあ仕方ない。きっといろいろありすぎてアタシの頭も回っていなかったんだろうからね。

でも、でもね。

 

 

「ふざけんじゃないわよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」

 

 

この気持ちの放出だけは抑えられないのよ。

 

「ぐぼぁっ!?」

 

強烈なアッパーカットで吉井君は天高く舞い上がる。

だん! だん! どかどか!? どしん!!と鈍い音を立てながら地面に自由落下した吉井君は床に転がっていった。

本棚に直撃して彼の頭の上にだらだらとかなり厚みのある書籍が滝のようになって落ちていく。

そして埃が舞い上がりまるで映画のアクションシーンのような状態になって、吉井君はそのまま動かなくなった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

我ながら会心の一撃。

秀吉にもやったことのない威力の拳が見事に吉井君の腹にクリーンヒットした。

あとに残るのは、残骸となった本の山はその前で肩を上下させているアタシ。

 

「まったく」

 

パンパンと手を叩きながら溜息を吐く。

なんだか泡沫の夢から覚めたような空しい気分だった。

できれば永遠に覚めてほしくなかった幸福なおとぎ話だったのに。

 

「なんでこうなっちゃうかな……」

 

天井を見上げながらぼそっと呟く。

力ない声が無人の書庫(一人気絶中)に響いて消えた。

さっきまで熱いぐらいに感じていた体温はすでに冷め切っていた。

しかし、それに反抗するように心の熱、心臓の鼓動はまだ激しい活動をやめていない。

人の感情っていうのは難しい。

たとえそれが誤解から生まれたものだったとしても、人間一度自覚してしまった感情はそう簡単には覆らないものだ。

それは、つまり。

 

「……責任取りなさいよね。バカ」

 

そういうことだった。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 

本の墓標に埋まった吉井君を放置して家に帰った頃には、すでに日も落ちる時間帯だった。

 

「ただいまー」

「おかえり姉上。なんじゃ、今日は随分遅かったのう」

 

リビングに顔を出すとTシャツにタンクトップとラフな部屋着でソファに座っている秀吉がいた。

 

「別に、いろいろあったのよ。ええ、……いろいろね」

「な、なんじゃ。どうしてワシを睨むのじゃ」

「……別に、じゃあアタシ部屋にいるから、ご飯できたら呼んでね」

 

そっけなく返してリビングから背を向ける。

 

「あ、ちょっと待つのじゃ姉上」

 

扉のノブに手をかけようとしたところで、背後から秀吉の呼び声が聞こえた。

 

「何?」

「あー、その……じゃな」

 

奥歯に物が詰まったように歯切れの悪い秀吉。

頬をポリポリと掻いて言うまいか言うべきか悩んでいるらしい。

その困ったような表情がつい数時間前の自分を鏡で見ているような気分になって、つい無意識に棘のある口調になる。

 

「何なの? 言いたい事があるならハッキリ言いなさいよ」

「……じゃあ言うが。姉上、今日廊下に何か拾わなかったか? 例えば……写真とか」

「写真?」

「し、知らないなら良いのじゃ! 変なことを聞いて済まぬ。忘れてくれ」

「あー」

 

取り繕うような秀吉の早口に、アタシは書庫に行った理由をようやく思い出した。

スカートのポケットを手で探ると、ツルツルとした感触が指先に触れる。

そういえば吉井君と土屋君とコイツがこれ探してたんだっけ。

 

「これ?」

 

秀吉(inアタシ)が写ったプロマイドを取り出して見せる。

秀吉は一瞬だけ絶句した後、何かを諦めるように深い嘆息を吐いた。

 

「…………や、やはり姉上が持っておったのか。実はじゃな、それは──」

「秀吉の格好してるけど写っているのはアタシで吉井君が探してたやつでしょ」

「──明久が──って何故知っておるのじゃ!?」

「そりゃ自分の姿なんだから見間違えないわよ。それにこれは廊下で吉井君がぶつかってきた時に偶然拾ったのよ」

「そ、そうじゃったのか」

 

納得したような、そうでないような曖昧な返事をする。

別に秀吉の機敏なんてどうでもいいので、アタシは無視して切り出した。

 

「で、いるのこれ?」

「何……?」

「だから、この写真いるの? いらないの?」

「も、もちろんいるのじゃ、しかし良いのか!? 姿がワシとはいえ映っているのは姉上自身なのじゃぞ! それを見ず知らずの男子に」

 

アタシの台詞が予想外すぎたのか秀吉は相当てんぱっていた。

焦りまくる秀吉の気持ちは分からなくもない。

でも件のことがあった所為で、アタシの中でこの写真はどうでもいいものにランク落ちしていた。

別にこれでアタシの評価が上下するわけでもないし。少し寛容になってみても悪くない。

 

「良いわよ別に、こんなのもっといっぱいあるんでしょ」

「う、否定できぬ。すまぬな」

 

秀吉は手を伸ばして写真を受け取ろうとする。

が、ふと写っているアタシ(body秀吉)の姿が目に入って、アタシの手は空中で一時停止した。

まったく、この写真の所為でアタシは今日一日右に左と翻弄されっぱなしだった。

何でアタシがこんなに悶々としなきゃいけないのよ。たかが写真ごときに。

そうよ。思い返せばこいつがすべての元凶だったんだ。

 

「…………」

 

……あー、なんだかこれを眺めているとまたむかついてきたわ。

 

「あ、姉上? ちょっ──何故そこで写真を折るのじゃ!?ってあーーーーーっ!?」

 

びりびり

 

二つに折って破いてそれをさらに4つにして破いて最後に8つの紙くずにする。

最後に手でくちゃくちゃに丸めた後ゴミ箱にぽいっと投げ捨てた。

ぱらぱらと紙吹雪となってゴミ箱に吸い込まれる写真だったものを見て少しだけ溜飲が下がった。

 

「あー、すっきりした」

「あ、あ、あ。なんてことを」

「はじめからこうしておけば良かったわ。じゃあねー」

 

呆然としている秀吉を置いて、アタシは清清しい気分でリビングを後にした。

さて、復習でもしましょうか。

 

 

 

 

 

 


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