昨日と同じく、僕と秀吉とムッツリーニは屋上で昼食をとっていた。
「これが、探していた写真じゃ」
すっ、と秀吉は懐から封筒を取り出して床に置く。
「推測通りというか予想通りというか。やはり姉上が拾っておった」
「……そ、そう」
「…………どうした明久。顔が真っ青」
「な、なんでもないよ。ははは」
顔どころか背筋が冷や汗でいっぱいです。
理由は昨日、僕はどうやら秀吉と姉の木下さんを間違えて愛の告白をしてしまったらしいからだ。
らしい、というのは僕自身あの時の記憶がかなり曖昧だからだ。
勘違いの告白に激怒した木下さんにぶん殴られた記憶はあるんだけど、その前後のやりとりがどうも思い出せない。
まあ正直思い返すだけで顔が真っ赤になるぐらい恥ずかしい黒歴史だから思い出さないほうがいいんだけど。
きっと僕の脳が危険を察知して記憶中枢に鍵を掛けてしまったんだろう。
その木下さんの手から返ってきた写真だ。中がどうなっているのかまったく想像できない。
「秀吉。それで木下さんの様子はどうだったの……?」
「…………、すべてはその中じゃ」
「何その殺人事件のラストシーンみたいな台詞!?」
何だ、この封筒の中のどうなってしまったの!?
「…………開ければ分かる」
「そ、そうだね」
開けてはならないパンドラの箱臭がぷんぷんするけどこのまま放置はできない。
僕はびくびくしながら震える手で封筒を手に取った。
当たり前だが、重さはまったく感じない。
「あけるよ?」
「うむ」
「…………(こくん)」
二人が固唾を飲みながら頷く。
それを確認した僕は恐る恐る封筒の先を開いた。
ぱらぱらぱら、
手に平に8つの紙くずがゆっくりと落ちてきた。
「「…………」」
沈黙する僕とムッツリーニ。
僕の手の上には秀吉の顔や手や腰っぽい部分がばらばらに分裂しているかつて写真だったものがある。
見ようによってはいろいろぐろい。
あまりに凄惨な残骸に木下さんの僕に対する気持ちがありありと伝わってくるようだった。
「は、ははは。……僕もう木下さんと顔合わせないほうがいいかも」
「…………激しく同意」
禿同するムッツリーニ。
少し状況が変わっていれば八つに裂かれていたのは僕だったかもしれないと思うと震えが止まらない。
「と、取り合えずこれは持って帰るよ。まだ修繕できるかもしれないし。ありがとう秀吉」
「うむ、それは良いのじゃが、明久よ。昨日姉上に何をしたのじゃ? 昨日家に帰ったときの姉上は全身から激憤を放っておったぞ」
「い、言わなきゃ駄目……?」
「言いたくないというなら無理には詮索せぬが、明久とてこのままではいろいろ息苦しかろう」
確かに、学校で常に僕は命の危機にさらされているなんて勘弁願いたい。
そういうのは雄二だけで十分だ。
秀吉と木下さんは姉弟だし、もしかするとお姉さんの機嫌を直すこともできるかもしれない。
意を決して、僕は二人に事情を説明する事にした。
「実は、昨日木下さんに告白したんだ」
「…………詳しく(ちゃき)」
「うん……。でもその前にその懐から取り出したカッターを仕舞おうかムッツリ-ニ」
「…………抜け駆けは死刑」
「誤解だよ! 僕は本当は秀吉に告白するつもりだったんだ。ていうかしたんだけど」
「なぜワシに告白するのじゃ!?」
「好きだからに決まってるじゃないか!!」
「そんな恥ずかしいことを豪語するでない!」
「…………どちらにせよ有罪」
「ストップストーップムッツリーニ!? ボールペンは人を刺す為のものじゃないよ。まだ話は終わってないんだ」
「落ち着くのじゃムッツリーニ。明久への制裁は事情をすべて聞いてからにせい」
「…………わかった」
「聞いても僕の死刑は変わらないの!? そして秀吉もさりげにひどい!」
「それで? それからどうなったのじゃ?」
「……わからない」
「「は……?」」
秀吉とムッツリーニがハモる。
「お姉さんにお腹殴られて気絶したのは覚えてるんだけど、その前後がなんか曖昧で」
「ふむ、推測するに姉上はワシと自分を間違えれていると知り激情のあまり明久を殴って気絶させてしまったのじゃな」
「どうしてお姉さんは怒ったんだろう……」
「男のワシと勘違いされたら怒るのは当然じゃろう……」
「…………不可思議」
「ワシの発言はスルーなのじゃな」
「とにかく! このままじゃよくないよね」
立ち上がって声高に声を上げる僕。
「なんとかお姉さんのご機嫌をとらないと。そんなわけで秀吉、何かいい案ない?」
「そうじゃのう……」
「…………ショタの写真とか」
「それは駄目じゃ。今度こそ姉上が噴火してしまう。あと一応弁解しておくと姉上はショタコンではないぞ。ついでにノーパンでもレズでもない」
「…………ノーパッ(ぶしゃああ)!?!?!?」
「む、ムッツリィーニィイッ!?」
「敏感すぎじゃ」
ムッツリーニは周囲に真っ赤な水溜りを作りその中心でピクピク痙攣していた。
保健室に連れて行くべきか迷ったけど、しばらくするとゆったりと起き上がってきた。
「…………だ、大丈夫」
「顔を真っ赤にしてもまったく説得力はないぞ。取り合えずほれ」
秀吉がティッシュを取り出してムッツリーニに差し出す。
「…………ありがとう」
「うむ。しかし難しいのう。本来ならこういうのは雄二の十八番なのじゃが」
「雄二は駄目だよ。アイツは自分の興味のあることにしか動かないし、何より今雄二が関わると僕にとって悪影響しか思い浮かばない」
僕の不幸は蜜の味。なんて最低なことを平然とのたまってくる雄二がこの事を知ったら余計面倒くさいことになるのは容易に想像が付く。
絶対に雄二に知られるわけにはいかない。
「とにかく雄二は抜き。いいね」
「ではどうするのじゃ?」
「…………物で釣るとか」
「物? プレゼントってこと?」
「ふむ、何かプレゼントを用意して『この前は申し訳なかった』と侘びの気持ちも込めて贈るということじゃな。良いのではないかの? 単純じゃが効果的であろう」
「おお! そう言われるとなんだかいい気がしてきた」
絶望しかなかった未来に少しだけ明光が射す。
女の子は贈り物に弱いと言うし、木下さんだって少しは怒りを収めてくれるかもしれない。
「良し! じゃあそれで行こう!」
「肝心の品はどうするのじゃ?」
「あー、そうだね。……女の子って何あげると喜んでくれるのかな? 服とか?」
「ちょっと安易ではないかのう」
「…………スカートなら任せろ」
「どうしてそこでスカートをチョイスするのか分からないよ」
「…………男のロマン」
「それってただのムッツリーニの自己満足だよね? 僕の命が掛かってるんだから真剣に考えてよ!」
三人寄ればなんとやらだけど、約一名に明らかな問題があるようだ。
忘れかけていたけど、ここに集まっている全員がFクラスであることを前提に頭に入れておかなければいけない。
「料理というのはどうじゃ? 明久の得意分野じゃろう」
「んー、悪くないんだけど、姫路さんと美波の時は何故か対抗意識出されちゃったからね。秀吉、お姉さんって料理得意なの?」
「……いや、見た事がない」
「つまり、場合によっては第二次姫路さん大戦が勃発するかもしれない、と」
「…………断固阻止!?」
がくがくと体を震わせながらぶんぶんと勢いよく首を振って言葉を紡ぐムッツリーニ。
ここに集まる三人は姫路さんの料理の怖さを体の隅から隅まで覚えさせられている。
僕達にとって姫路さんの料理を食べるというのはある種の自然災害レベルの危機だった。
「ちなみに、姉上は負けず嫌いじゃ」
「…………絶望的な未来しか見えない」
「料理は却下だね。……んー、プレゼントって言っても難しいね」
うんうん唸る僕達。
なんとか頭を捻るも中々良い考えが浮かばなかった。
お昼休みも残り少ない。
できればプレゼントの品ぐらいはこの場で決めてしまいたいところなんだけどなぁ。
「根本的な問題なのじゃが」
秀吉が腕を組みながら重たい顔色で言葉を紡ぐ。
「そもそもワシら三人で女子のプレゼントを考えるというのがそもそも無理なのではないか? やはりここは適材適所ということで同じ女子である姫路か島田にも聞いてみるべきじゃろう」
「何言ってるのさ。女子ならここにいるじゃないか」
「…………(こくこく)」
「もう突っ込まんぞワシは。ともかく、一度ワシらだけでなくほかの者の意見も聞いてみるべきじゃろう」
「意見か、うーん」
秀吉の提案に考えを巡らせる。
確かに秀吉だけでなくほかの女の子の意見もほしいところだ。
工藤さんや霧島さん辺りなら木下さんと同じAクラスだし日ごろからそういう話もしてるかもしれない。
そんなこんなしていると、今度はムッツリーニが口を開いた。
「…………いっその事木下優子に直接聞けば良いのでは?」
「できればそれは最終手段にしたいな。僕達のやろうとしてることがばれるかもしれないし」
「そうじゃな。取り合えず今はほかの意見も参考にしつつワシら三人を中心に姉上へのお詫びの品を考えるという事で良いのではないか」
「だね」
「…………了解」
三人で目を合わせながら頷きあう。
それを見計らったかのように、予鈴のチャイムが学校に鳴り響いた。
次は鉄人の授業だ。絶対に遅れるわけには行かない。
「それじゃ、くれぐれもよろしくね二人」
「…………任せておけ」
「ワシは家族の問題でもあるからの。その為の協力は惜しまぬぞ」
「……ありがとう」
二人のやさしさに僕は歓喜のあまり思わず涙目になりそうになった。
ああ、友情って素晴らしい。
僕は今ほどこの二人と友達になってよかったと思った事はないよ!
「…………でも、秀吉に告白したことはまた別問題、この件は法廷で裁きを下す(ぎらり)」
「せっかく芽生えた友情が台無しだよ!」