とある雪風の座標移動 作:あわきん・すかいうぉーかー
迎えた朝、タバサは不思議な温もりを感じとる。それはどこか心地よくて、それでいて安らぐ柔らかさと香りがして、真面目な彼女がこのまま身を委ねて二度寝を始めてしまいそうなものだった。
「はーっ…はーっ……!」
もっとも、それはタバサのつむじ辺りにかかる生暖かい風に書き消されたのだが。
「…っ!?」
思わず何事かと見上げると、そこには血走った目をしている顔を赤くした、まるで一睡も出来なかった様な淡希の顔があった。
「どう、したの…?」
こんな表情の人間、あまり人のことに関心を持たないタバサですらそう尋ねるというものである。
今の淡希はタバサにとって大切な使い魔なのだから、なおさらのことだ。
「気にしないで…いつもと違う環境なせいか、眠くても眠れなくて。」
そんなことはない、意識を手放す形でだが彼女は快眠ができた。嘘である。
「せめて使ってた抱き枕みたいなものでもあればと思って…貴女を抱いてみたんだけどやっぱりダメだったわ。」
そんな理由ではない、単に早く起きた彼女が、残念なことにまた性癖の方でこじらせただけだ。嘘である。
「そう…ごめんなさい。」
「あ、謝らないでいいのよ。私こそ勝手に…こ、こんなことして、ごめんなさい!」
「構わない…悪くなかった。」
そう言ったタバサの声色はどう見ても悪くなかったではない、心地良かったと言いたそうな声だ。
(なんなのよこの反応、まるでツンでクールな子が見栄はって必死にそれを隠しているみたいじゃない。しかも真面目系の子、そんな優等生が見せる弱味シチュエーションすら内包したこの最高の空間…。待ちなさい淡希相手は女、いえそれはもうこの際見た目がショタならって昨日…ダメよそんなの…ああ、でもでもーー)
もしもタバサが幼い男の子だったのならば、押さえられたか怪しい欲望を脳内でぐるぐると淡希が巡らせていると…同性相手にそんな感情や、倒錯した考えを使い魔が浮かべてるなど考えていないのか。とにかくガードの緩くなっているタバサは、また頭を淡希の胸に埋めた。
タバサはもしかしたら、単に寝ぼけているのかもしれない。己にも厳しくはりつめている彼女が、普段なら気を許してこのようなことをするなんて、昨日今日出会った人間には仮に使い魔となった者でも絶対にないだろう。
しかしされた側、淡希にはタバサの行動は些細な出来ごとでは留まらないのだ。
彼女に襲いかかろうかという衝動と、必死にそれを良心で引き止めていた淡希は、脳内だけにとどまらず体までも二律背反を起こし、腕が力を込めようとするのとそれを押さえる筋肉が別々の方向に動くように痙攣して、引き裂かれそうな感覚に襲われていた。
それがタバサが抱きよっていた時の、淡希の最後の記憶である。
引き止める力が負けて理性をなくし性欲のままに暴走した淡希は、この後タバサに襲いかかり、無理矢理に驚きながらも何をされるか解っていないせいで、後戻りできなくなるまで身を委ねてしまったタバサと禁断の扉を開く…などということはなく再び意識を失ってしまった。
「…寝た?」
気絶した淡希とは逆に、意識が覚醒してきたタバサは起き上がってベッドから出ると、今度は彼女の顔が赤く染まり始める。
「温もりに負けては…ダメ。」
どうやら本当に寝ぼけていただけのようで、現にタバサは自身が心安らいでしまったこと自体を恥じている。
何もそこまでストイックにならなくてもと思うかもしれない事だが、これには事情がある。
タバサは今心にある者への復讐を誓っているのだ。
温もりは復讐心を曇らせてしまう。その場に留まりたくなってしまい、いましがた感じた温もりを与えてくれる人達と過ごす日々から、己が抜け出たくなくなってしまう。
かといって一緒についてきて貰うわけにもいかない。自身の復讐したい対象は国の王なのだ。その王はもっぱら無能と言われているが、どんなに無能でも王を殺す以上は、国家反逆罪として自分も殺されてしまう可能性だって否定はできない。タバサ自身はそれでも復讐を成し遂げられるのならば、そんな結末でも構わないと思っているが…自分以外の人間を巻き込むことはできないとも思っていた。
昨日までは。
「 」
「………。」
寝ていると思っている淡希の顔をタバサはそっと触れて撫でながら、考えを巡らせる。
ならば、己の使い魔となった人間ならどうなのだろうか。
使い魔として見るのなら、もちろんついてきてもらうのもありだろう。
しかし淡希は同時に人間でもある。そんな彼女をこの道に引きずり込んでもいいのか…。
でも。
「淡希は…私と……。」
でも、もしも。
「私と一緒に、地獄の底までついてきてくれる?」
すべてを話してそれでも彼女が横に立ってくれているというのなら……。
その時は、少し位寄りそってもいいよね…。そう思ってから手を離して着替えると、タバサは朝食へと向かっていった。
「……随分と大変な子に呼ばれちゃったのかしら、私。」
ふざけた理由で血走っていた眼や紅潮した頬はすっかりと消えた淡希は、ばたんと扉が閉じてタバサが階段を降りていく音が消えると、彼女が触れた部分を撫で続けていた。
「地獄、ね。」
思ったよりも意識を取り戻すのは早くて、逆に少し後悔した。
「裏の世界なんてもう懲り懲りよ…だから。」
そんな人を助けるような、あの空間移動使いのようにここでなりたいと思ったのだ。
「貴女は必ず私が、日常に帰してみせるわ。」
そう言って、昨日出来たやりたいことの中の具体的な目標として、タバサの救済をセットすると、彼女もほどなくしてベッドから起き上がった。
「困ったわ…食堂の場所が解らないじゃない。」
そんなことを考えながら歩いていると、目に映るのは何やら見知った黒髪。しかし今度はメイド服だ。
まさかあの男、女装癖でもあったのか? 等と思って淡希が近づこうか迷っていると、疑惑のような不思議なものを見る視線を感じたのか…少しだけぞくりとしたような動作をとってから、そのメイドが振り返った。
その顔を良く見るとどう見ても女のそれであり、どうやら昨日の男とは別人のようである。タバサのような中性的な人間を見てしまった淡希には、浮かぶパーカー男の顔は見ていなかったので、彼女同様のタイプという可能性も捨てきれなかったが…とにかく振り向かれた以上話しかけないのも気まずいので、食堂の場所を尋ねることにした。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
「あ、はい。なんでしょうか…えーと……?」
と、返答の途中でメイドは言葉がつまってしまう。どうやら、淡希の格好を見て何者であるか判断しかねているようだ。
「使い魔よ。昨日からタバサのお世話になっているわ。」
変な表現を昨日のようにされるのも嫌なので、淡希が自ら申し出るとメイドはひどく驚いた様子で洗濯をしていたと思われる手からシャツを取り落とした。
「まあ、人間なのに使い魔をされてる方がもう一人居るなんて!」
「もう…一人? タバサも言ってたけれど、やっぱり珍しいものなの?」
「はい。私の知る範囲で人間の使い魔は、先程お会いしたヒラガサイトさん…ミス・ヴァリエールの使い魔だけですわ。」
「ヒラガ…サイト、ね。」
恐らく昨日のパーカー男で、この名前はこの星に日本のような国がない限りはもう、日本人で確定だろう。やはり地球出身者だろうか…となると、同時に目の前の人間は違うのかという考えにたどり着く。
良く見ると、そのメイドは髪型こそ日本人らしさがあるものの、瞳の色は青が少し乗った灰色という、茶褐色の瞳が多い日本人に対してなかなか見かけない色をしていた。
「…メイド見習いなら山ほど見たけれど、本物のメイドは見るのは初めてね。」
そう言った淡希は、学園都市にあるメイド養成学校を思い出す。彼女としては、あの学校はある程度大金を払って学園都市に来たのになぜかメイドというポジションを目指すという、理解しにくい場所でしかなかったが。
「そうなのですか? それでえっと、ご用件というのは…。」
「そうだったわ。私、昨日の今日だから食堂の場所が解らないのよ。昨日はお互いの理解のために、タバサとご飯も食べないで話しちゃったから…ちょっと流石にお腹が減っちゃって。よければ教えてほしいんだけどダメかしら?」
「構いませんが…おそらく入れないと思いますよ。」
「入れない?」
「その食堂は、貴族様しか入ることはできないのです。」
遅刻厳禁な、お嬢様学校のようなものだろうかと淡希は思ったが、どうやら違うようだ。中世の西洋の世界に似ているのは、文明や見てくれだけではないらしい。
「はぁ、困ったわね…。」
呼ばれる前の、淡希の旅行鞄に入っている中身に非常食になりそうなものは、あまり入っていない。健康優先で、暗部時代でもあまりそういうものを食べなかったせいか、あるのはせいぜい飴やキャラメル程度。これで、空腹をごまかすにはいささか無理がある。
「あの、よろしければ私たちの賄いを食べますか? 一人二人程度なら、余裕もありますし。」
「いいの?」
「はい。私たち平民は、困ったときはお互い様です。」
そう言って屈託の無い笑みを浮かべるメイドに、なんたかこそばゆい思いをしながら淡希はお言葉に甘えることにした。
「そう、それじゃあお願いするわ…ああ、そうそうあなた名前は?」
「あら、そういえばまだ言ってませんでしたね。私、シエスタともうします。」
「よろしくシエスタ、私は淡希…結標淡希よ。」
「アワキさんですか、何だかサイトさんみたいに不思議なお名前ですね。」
「そうかしら?」
お昼寝だなんて、貴女もけっこう…そう言いかけて淡希はやめた。自分達は聞きなれない語感程度だが、シエスタの場合は意味だ。この単語の意味が淡希達の知る地球の国と、トリステインで同じ意味とは限らないのだから。
そんなこんなで淡希がシエスタの後ろをついて歩いていると、先程言われたアルヴィースの食堂らしき所を見つけた。
「……平民かはわからないけれど使い魔も入れているみたいよ?」
そういって淡希とシエスタで二人目をやると、そこには二人が最近見知ったパーカーの少年がいた。
「まあ、あんな目にあうくらいなら入りたくもないけれど。」
「サイトさん…。」
そこにいたパーカーの少年は、他の貴族達が椅子で食べている中で一人、地べたに座らされてなんとも貧しそうな、スープとパンだけの食事をさせられていたのである。
(ここは学園都市の暗部とある意味で同じなのね…。)
淡希は歯噛みする。人を人と扱わないような所業に苛立ちが隠せなかった。
目の前にいる男性の事は知らないが、少なくともスキルアウト…不良やチンピラのような類いの人間では決してないだろう事くらいは、淡希のこれまでの経験から来る観察眼でわかる。あの少年は普通の日々を過ごしていた人間だと。
そんな一般人を、使い魔だとはいえあのような目に遭わせて何をしたいというのか。きっとここではそれが正しいのかもしれなくとも、淡希には見ていて我慢できる光景ではなかった。
それは、昔の淡希には考えられなかった事だろう。
(白井さんとあのロリコン共に感化され過ぎたかしら…それとも……。)
あの小さな居候先の先生が、自分を気にかけてくれた人が居たように…自分も誰かにそうしてあげたいと、そう思えたのかもしれない。
「確か…賄いはあと二人くらい平気って言ったわよね?」
「え、はい…。」
「そう、それじゃあの子もよろしく頼むわ。」
そう言って淡希は軍用警棒型の懐中電灯を取り出すと、ついっと軽く振る。たったそれだけの事で、今この場を見ていたもの達の世界は異常に包まれた。
「え、あれ…? え?」
「え、ええっ! サ、サイトさん!?」
パーカーの、サイトと呼ばれた黒髪の少年の目が点になる。
シエスタが目を丸くする。
食堂に居たはずのサイトがシエスタと淡希、二人の間にいきなり現れたのである。
「ほら行くわよ。」
「え、いや…行くってどこへ!?」
「この子、シエスタが賄いご馳走してくれるって言うのよ。そんな奴隷以下の戦時の配給食みたいなものより、全然美味しいわよきっと。」
「え!? マジで! ってか…その前にどうやって俺を外に? まさかお前が…? お前もメイジってやつなのか?」
なにか訳も解らないままに聞いたことを喜びつつも質問をして来るサイトに、淡希は一言だけ返した。
「多分同じ国から来た…使い魔仲間よ。」
「はふ、うめぇ! 本当に賄いかよこれ!!」
「そうね…まあ悪くないわ。」
厨房の隅の休憩所につれてこられたふたりは出された賄いをそれぞれ食べていた。中世の文化レベルに思える世界の平民が食べるにしては十分な味付けがしてあり、パッと見野菜などから見られる栄養も潤沢そうだ。
「んだよ、ルイズの奴。普通に賄いですら肉が入ってるじゃねえか。何が癖がつくからダメだ、栄養考えろっての。」
そう言って豚肉をつつきながら食べるサイト。
「昔の人の価値観なんてそんなものよ。ここがホントに中世みたいな時代の通りなら、美味しく育て上げる技術がまだ無いとはいえ、鳥肉が下手したら牛より高いのよ? 授業とかで先生が言ってなかったかしら?」
「悪い、真面目に聞いてなかったかも…。」
そう言って無知を恥ずかしがるようにパーカーの少年、ヒラガサイトこと平賀才人は頭をかいたが、こんな話は少なくとも教科書には無い。コラムとして話してくれるような、聞いていて楽しくなる授業のできる世界史の教師でもない限り、耳にすることは無いことだろう。
「…まぁいいわ。なんにせよ、健康に良い豚肉を下位にして、野菜もろくに食べず肉ばかり。早死にするわねあの子達は。ああでも、そういえば肉ばかり食べてた知り合いが言っていたわ。それで死ぬのなら、好きなことやってそうなるんだし、それって本望じゃないのかしらって。」
そう言ってクスクス笑う淡希に、才人はついていけなかった。知識から来る冗談というものがあまり理解できていないようで、彼は話題を変えることにした。
「それにしてもまさか、あの学園都市の人間とは思わなかったよ。俺…初めて学園都市の人って見たし。」
「そう? 見た感じ同い年くらいに見えるけれど、貴方は行こうとしなかったの?」
「あぁ…金の問題もあったけどさ、何よりやっぱちょっとカリキュラムが怖くて。実るとも限らないんだろ?」
「そうね。大半は力を使うくらいなら、文明の利器に頼った方が良い止まりの子ばかりよ。」
「でもお前は違うんだろ? さっきのってテレポートって奴か!? 超能力の代名詞の1つだよな! くぅ~っ、すげえよ!!」
そう言って興奮しながら才人が話しつつ、空腹の二人は野菜も残さず食べていると、厨房の扉が開いた。そこにいるのは煌めく桃色の髪をした、タバサより少し大きな少女だった。
「げ、ルイズ…。」
「アレが貴方を呼び出した子?」
「そうそう。全く良い迷惑だよ本当。」
そんな話をしていると、ずかずかと目の前の少女は淡希達の前まで歩いてから、ジロリと二人を見る。ひとりはたじろぎ、もうひとりは頬杖をついたまま特に興味無さそうな目で見つめ返す。
「…来なさい。」
「え、今俺まだ飯食ってる最ちゅ…ぐえっ!」
「私はとっくに食べ終わってんのよ! 使い魔の癖にご主人様待たせるなんてこと、して良いわけないでしょ!!」
才人の首根っこをつかみ、どこにそんな力があるのか、ルイズと呼ばれた少女は彼を力の限り引きずっていく。
(迷惑か…無能力者の集団どころか、下手すれば不良ひとりに絡まれたこともなさそうな平賀なら、そう思うのも無理ないか。)
どちらかと言えば、むしろおかしいのは淡希の、自分の感覚の方だろうと彼女も自覚していた。
そして才人を引きずるルイズを見送って、最後の野菜を口に運んでこくこくとコップの水を飲み、しっかりと食欲を満たしてからシエスタにお礼を言って、淡希も部屋を出ていった。
「タバサも、もう食べ終わってるのかしら?」
早く好みの顔のご主人様に会いたいものだと思いながらも、淡希はゆっくりと歩いていく。
使い魔と言っても主ひとりでこうも変わるのかと、そんな差を厨房に居たシエスタたちメイドや、コックたちは思うのだった。
「起きて大丈夫なの?」
「ええ、お腹も減っていたし。あ、勝手して悪いけれど、厨房で使用人の賄いを頂いてきたわ。」
そんなことでルイズと呼ばれた貴族と違い、タバサが怒るとは思えないが、一応の報告を淡希はすることにした。
「…ごめん。貴女の朝御飯のこと、何も考えていなかった。」
案の定そう言って下げたタバサの頭を、淡希は優しく撫でる。
「気にしないで、私だって昼まで寝そうな人の朝食を気にしたりは、出来なかったと思うから。」
ノータッチの精神は、タバサを抱いて寝っ転がっている内に完全に崩壊したらしい。まあ、タバサは見た目はともかく…年齢は人によっては、決して幼いといえる範囲ではないのだが。
「ん。次からは用意させておく。」
「どっちでも良いわよ。厳しい日は適当に済ましておくから言ってちょうだい。」
「解った。」
ああ、やっぱり可愛いなあ。無表情のままただ頷く仕草すらそんな感想を持って、淡希が頬を緩めて微笑む。彼女を知る人が見たら、似合わないというような笑顔でトリップしかけていると、タバサの後ろから見知らぬ女性が歩いてきた。
「はぁい、あなたがタバサが呼び出した使い魔さん?」
その髪は淡希よりも真っ赤で、体は南半球の大陸の人や、赤道付近の土地で暮らす人間のようにように、茶褐色に近い色をしている。
あまり物事に興味があるとは思えない目をしているタバサとは反対の、何もかもが興味の対象のような瞳をした女がそこには立っていた。
「ええそうよ。貴女は?」
「アタシ? そうねぇ…タバサの親友って所かしら。キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストーよ、長いからキュルケで良いわ。」
そう言って手を出すキュルケに、貴族にもこういうフランクな人が居るのかと考えを改め直してから、淡希は手を握り返した。
「淡希よ、結標淡希。長くないけれど淡希で良いわ。」
「サイトといい人間の使い魔は変わった名前の子が多いのね。」
そんな不思議なものを見るキュルケに、淡希は肩を軽く竦めて薄く笑う。
「ああ、私も平賀と同じ国から召喚されたのよ。」
「へえ…何処の国なの?」
「日本ていう国の学園都市ってとこ。だけど、タバサも知らなかったし…まあ解らないわよね。」
「聞いたことも無いわね。もしかして東方の国の出身なの?」
「んー、国というか星というか。まぁ、話しだすと長くなるから、それでも聞きたいのなら今度にしましょう。」
昨日のタバサにした説明をまた始めると、このまま昼になりそうで淡希は話を区切った。
「面白そうね、それじゃあぜひ後でお願いするわ。」
キュルケという女性は好奇心が強そうで、何かと質問攻めをして来そうなのを考えると、タバサへした説明のざっと倍の時間はかかるかもしれないと、淡希はちょっとだけ後悔した。
「授業。」
そんな会話をしていると、一区切りついたのを見計らったかの様に杖を挟み、二人へタバサが教室へ向かうよう急かしてきた。
「なぁにタバサ、もしかして使い魔と私が仲良くしてるから、盗られるとでも思っちゃった?」
「違う。」
そのまま教室の方を向いて歩き始めるタバサに、淡希の心が跳ねた。か・わ・い・い! と。
「もう、心配しなくても大切な親友の使い魔を、盗ったりなんてしないわよ。淡希が男だったならともかく、ね?」
「誤解。」
すたすたと二人が歩いていく。誤解というタバサの思いは間違いではないのだろう。だが、ほんの少しだけではあるものの、彼女が長々話す二人に嫉妬したのも事実だったと、淡希は解ってしまった。
それは、表情すらほとんど解らない。機微だけのようなものだったが…使い魔だからか、好みの動向には敏感だからか、淡希は確かに自分を取られたくないというタバサの思いを受け取っていた。
そしてそれは、使い魔にしろ人間にしろ、学園都市で単に知り合いの病を治す為だけの手がかり止まりでも、タバサにとって淡希は大切なものとしてカテゴライズされている証な訳で…それがたまらなく嬉しくて、もっとそんなタバサと仲良くなりたいと思えた淡希は、近づいて思わずこんな言葉をかけたのだった。
「大丈夫よタバサ。私は貴女の使い魔でしょ?」
「違うと言っている。」
ぽこんと、タバサに淡希は初めて杖で叩かれた。明確な反抗を彼女から淡希が受けたのはこれが初めてである。
(年下の子にこうやって嫉妬隠しに小突かれるってのも…悪くないわね。)
勿論、淡希が反省などするはずもなく…むしろ新しい性癖の花をまた1つ咲かせてしまったようだ。
そしてそんな邪な欲望にまみれてしまい、淡希は気づかなかった。
今の三人の会話のやり取りは…能力に怯えず、怯えられずに生きられたらと、かつて彼女が望んだとても些細だが、恋しい表の世界の光景だったということに。
突如空間に現れて口めがけ飛ぶ粘土、石が真鍮になるという地球人が昔夢見た以上に、何でも有りで自由な錬金、火災も起きないし酸欠にもならないが周りは煤だらけになる上、対象は木端微塵どころか弾けた被害も出さず雲散霧消する程なのにいまいち威力が低い…不思議な爆発。
「なんというか、ただただ驚かされたわ。」
そんな体験を受けた魔法の授業というものは淡希が予想していた以上に不思議なものだった。
「ゼロのルイズのこと? 慣れないと疲れるだけよ、いつもああやって失敗するんだから。」
「いや、そういうことじゃなくて…。」
超能力は世界の現実を歪めるが、基本的に学園都市第二位や七位の様な一部の例外を除いて現実…この世界にあるものを材料とする。それは空気中だったり地表からだったり、自身の発したものだったり11次元を経由したりと多岐に渡るものの、どんなに低確率やバタフライエフェクトでも存在しうる物や起こりうる現象を使って、自分だけの現実を手に入れた者が100%にして起こすのが学園都市の超能力で、ないものは作れないし起こせない。作り出せるかはともかくとして…仮に11次元空間ではない場所に淡希を閉じ込めたのならば、おそらく彼女は自身の能力を発揮することは出来ないだろう。
学園都市の超能力者たちは一定の物を動かす力を集めたり、そのまま放たれた物を消耗しない状態に固めて進ませ続けたり、摩擦を奪ったりと、普通の人間の常識で見て科学的に法則が一体どうなっているかこそ解らないものばかりではある。しかし結果だけ考えたり、事後の周りの変化のレポートだけ見れば淡希のようなテレポート能力でもない限りは観測可能で、そういうことが出来てしまう人で括ることで、無理やり納得できなくもないのである。
ところがここの魔法は違ったのだ。普通の人間が見れば同じ感想に辿り着いて終われる事だが…超能力者から見ると違うのである。11次元空間から呼び寄せたわけでもなく、突如土がまるで『空気から生えてきた』かのように現れた。生えてきたというのすら説明としては正しくないと淡希は感じている。実際この生えてきたというのは科学的な表現の方ではなく、一見何も変らないままな土から結果として向日葵のような大きな植物が、どんどん生えて伸びていくような外観が変らないだけの文章的表現にすぎない。正しく言うのなら教室内を構成していた物質が、別の空間から持ってきたわけでもないのに増えた…というべきだろう。空間移動系能力者の淡希には、この点だけは間違いないと少なくとも科学方面からは確信して言えた。
先ほど食べた豚肉や野菜が、中世の時代にもかかわらずある程度味が強くしなびた箇所がなくて栄養豊富なのは…まさかこうやって生み出された土にすらミネラルやらが含まれていて、土地がやせにくいからか、替えをいくらでも作れるからなのではと淡希は考えた。
(授業中自身の系統である土の系統を、教師が生活に密接していると誇っていたけれどなるほど…その通りね。)
地球の格言に発展した科学は魔法と変わらないというものがあるけれど、これがそんな気持ちかしらなどと逆の立場で思い知らされた気分である。
恐らく原子番号が変わるどころか、しっかりと混ぜ込まれて結合している合金になる錬金や、もう何がどうしてそうなったが全く説明できそうにない爆発も恐らくは『そういうもの』ではあるのだろうが…。
「アレって失敗なの? どちらかというと最後のは爆発は制御に欠いているとか、暴走してるって感じに見えたけど。」
「だから、それを失敗って言うんじゃない…あら?」
キュルケの発言を聞いてこめかみに手を当てて、ため息を吐く者が一人。
「……ねえ。何で正しいのに変かって考えたりはしないの貴女達。」
淡希は頭を抱えた。正しい手順なのにおかしな結果が出るというのは、それを失敗とだけで片付けるのはあまりにもったいなさすぎるだろうと。
「考えたこともなかったわね…。」
「盲点。他人の事だからあまり考えたことは無かった。」
タバサまで…と、少しがっかりした思いに淡希はつつまれる。というのも、彼女から魔法を研究する機関の存在が学院の上にあることを聞いていたのだ。学園都市にて授業やカリキュラムを用いて能力開発を受けていた淡希には、その事前知識相まって学問と言う形で魔法を捉えてしまっていたのである。
(ちょっと考えを改める必要があるわね…。)
しかし魔法が当たり前の存在であり、その発現が物心着く前からあるハルケギニアの貴族たちには、どちらかと言えば魔法は手足なのである。
メイジにはドット、ライン、トライアングル、スクウェアと4段階の格付けがされており、そのランクによる壁こそあれど自身の魔法というモノを育むという事は、平民が体を鍛えるのと同じことでメンタルではなくフィジカルの感覚が強いと、そういうことなのだろう。つまりルイズの失敗は彼女たちには恐らく運動音痴の様なものでしかないのだ、ただし投げたボールが反対側に飛んでいくようなレベルの。
(それならそれで障害者に近い位置なのだから、補助器具的なものがあってもよさそうだけど…あの子だけがああなる珍しい病気みたいなものなのかしら。)
色々と推測して脱線していくが情報が足りないので、淡希は本題に戻すことにした。
「勿体ないわよ。どうしてそうなるか、どうしたらいいのかの研究は、ひょっとしたら新しい発見につながるかもしれないのに…。」
なまじ簡単に腕の様に振り回せる分気づかない話なのだろう。そして逆に腕を振り回すことが出来ないあの少女は、ひょっとしたら必死にそうして原因を探求しているのかもしれない。
「そうはいっても特に困ったことは無いし、ランクアップなんて勉強で起きるもんじゃないしねぇ?」
そう言ってタバサに話を振るキュルケ。
「危機に直面したり、本当に必要な時にランクが上がる人が多い。」
こくこくと頷きながらそう言うタバサ。ふたりともこの説に思い当たることがあるのか確信めいた表情で淡希を見ている。
「…じゃあ学校で平和に魔法を学んでたら、伸びが悪くなるんじゃないの?」
時が少しの間止まった気がした。
「それも盲点。でもここで学ぶのは魔法だけじゃない。」
「そうそう、一人前の貴族になる為にもアタシ達はここでいろいろ学んでいるんだもの。」
魔法は学生の授業の体育のような感覚なのだろうか。その割には魔法の話ばかりでそれを使う志の様なものは授業で言われていなかった様な気がするが…先生に問題があるのかもしれないし、体育学校で学問がサブとも考えられるかと、淡希はこの世界の魔法に対する認識を改めた。
「お昼。」
「あー…そういえば食事に関しても言いたいことがあったのよ。」
そう言って食堂に向かいながら、淡希はベジタリアンは長生きできるわよとか様々な話をしたが、キュルケはいつかの誰かのように、食べたいものを食べてそうなるのなら後悔はないというタイプで、タバサは…好きなものが野菜のようで栄養やらには問題が無さそうなものの、そもそも摂取する量自体が凄まじい上に雲山のように食べるというタイプで、胃腸に与えるダメージの方に問題がありそうだった。
ただ、二人とも美容に良い食べ物の話にだけは興味津々で…やっぱりそういうところは女の子なのだった。
上条さん→一方
→淡希
黒子
伝わっていく正義感