とある雪風の座標移動 作:あわきん・すかいうぉーかー
ごめんよヴィリエ、君はタバサが主人公だとこうなってしまうんだ。
案の定、キュルケに学園都市の話をしたら中止になった授業から、食べながら話す昼食の時間を越えて、デザートのおやつ時にまでもつれこんだ。
「都市って…どれくらいの規模なの?」
「大きさは具体的には調べたことないけれど、人口はざっと240万人で8割が学生よ。」
「城下町の首都100個近くの人口じゃない!それ本当に都市なの!?」
「ええ、詰めてるだけで大きさならトリステイン以下よ。」
歩きながら規模の話をしたら、中世との人口差のギャップでどうやって住んでいるのか、どうしてそんな場所が作れるかを聞かれた。
「どうやってそんな人数の食べ物をまかなっているの?」
「さっき話した建物とかを作る技術のお仲間ってところね。こちらだと当てはまるのはガーゴイルかしら。それを使って耕して種撒いて収穫させてとか、まあそんな感じに考えて。」
時おり会話にタバサも入ってきた。双方の法や社会の擦り合わせと、星の仕組みで話す時間がいっぱいになってしまったせいか、日常や営みと言った文化の部分はあるとしか効かされていなかったせいで、細かなところは彼女も気になったようである。
「なんか、とっても贅沢なマジックアイテムの使い方ね…。」
「あら、そう? 人間じゃないから食べ物もいらないし休みもいらない、普段は邪魔だからまとめて倉庫に重ねて詰めておけるって考えたら、あながちハルケギニアでも有用な使い方じゃない? 管理する者以外は平民要らずで、決められた事以外動けなくできるのならば、反乱や革命の心配もなくなるわよ。」
昼食中に都市を維持する方法の話をしたら、新しいビジネスモデルになるかもと関心を持たれた。
「そんなに若い子ばかりの都市をつくって、そこで何をしているのよ?」
「…能力者、こっちで言うところのメイジみたいなものを、なりたい子供を集めて人工的に作ってるわ。」
「ぶふっ!?」
そして食後のお茶の時間の今になると、今度は学園都市の表向きの本質を答えていると、ハルケギニアからするとあまりに非常識な話だったもので思わずキュルケが、手にとって飲んでいた紅茶を吹き出した。
「ちょっと、汚いわよ。」
「げほっ! いや、だって…けほ、なりたければ誰もがメイジになれるなんて、聞いて驚くなって言う方が無理よ!?」
「メイジじゃなくて能力者よ。種類こそ多いけれど、基本的にできることはひとりひとつな上ピーキーだし…個人で見るのならば貴女達ほど万能でもないわ。」
「どうやってそんなことをできるっていうの…。」
「そうなれると思える意識の拡大のための授業に、脳…頭に効く物の投薬、人体実験、普通にここの魔法の授業のようなものから、特殊な表沙汰にはできないカリキュラムとか、人としてまともな事から酷い事まで色々してるわね。」
食後のデザートのパイを味わいつつ、
1つだけ彼女はこの事で隠していることがある。それは、大半の能力者ははメイジと比べるのもおこがましいという点である。
今、キュルケの脳内では180万人強の学生が全員メイジ…少なくともメイジとしての一番下、ドットメイジとして頭に浮かんで驚いてるのだろう。
しかし現実は100万人近くはドットどころか、ハゲ頭に残った一本の毛にそよ風が送れる
この領域の人間は、優れたものでも直るまでの間の止血が限界である。この能力者の持ち主は破れた血管程度の小さな範囲ではあるものの、体内にも使えるため実際はかなり便利なのだが…聞いただけの人間には、唾をつけとけばなおりそうな傷にわざわざ力を使う必要や、理由を見いだすことはできない。話を受けとる側から見ると、そんな領域の力しか使えないのだ。
そしてそのひとつ上の能力者、
こちらも良くて、出来た料理の温度を一定に保つ力だったりと、少し不思議ではあっても平民に「わお、便利。」と言われて終わりそうな、やはりメイジというよりは道具を持っている平民に近い程度の力なのである。
(まあ、そこまで教えるつもりはないけれど。)
別に淡希はキュルケの想像を壊したくなくて言わなかったのではない。
むしろその逆で、敢えてそう誤解させたのだ。
それはこちらで驚かされてばかりな事へのちょっとした仕返し。キュルケだったのは単なる近くに居た存在だからだ。もっともタバサにそんなことはしたくないし、もう彼女には隠さず話していることだったのもある。
別に学園都市を庇い立てするほど淡希はあそこの世界が好きというわけではない。
それでも淡希がそんな強がり染みた茶目っ気を見せたのは、悩みの種を全て無くして、能力に前向きになった彼女が取り戻した、一人の女子高生の人間らしさなのかもしれない。
しかし、同時に彼女は冷静な時はしたたかな人間だ。なにも単に気分だけでそう嘯いたわけではない。この細かい話をしないということ、そのもう1つの明確な理由がある。それは、自身まで軽く見られることへの予防だ。
上から数えた方が早いどころか、トラウマを克服した淡希の振るう力はかなりのものである。ただ強さだけを比べた順位ならば、学園都市の生徒の中でも恐らく両手の指の数の内に入る程だと、今の彼女は自負している。
だが淡希が能力をハルケギニアの人間に自慢したり、見せびらかしたり、いたずらに振るったり、特に無闇に周りに教えたりすることは、ない。必要以上の情報を与えて特になることは何もないと、彼女は知っているからだ。
ならば…他の基準点が必要である。その基準点がドット以下の者だらけの、ほとんどが烏合の衆の人間たちの中の上位と、メイジ180万人強の中の上位では、明らかに後者の方が強く見えるだろう。
(アイツが求めたものじゃあないけれど…必要ない戦闘は避けられるのなら、避けるべきよね。)
淡希の能力、座標移動は一瞬にして空間Aの物体をBに移動させるという…少し考えると恐ろさが解るものなのだが、全開にしない限り派手な攻撃にはならない。まして殺さないつもりで振るうのならば、なまじ正確に攻撃が届くせいで周囲に被害をもたらせず、はっきり言って他の強者と比べるとかなり地味である。
そのため結果を聞いただけの人間には不可思議であれど、強さが伝わりにくい。それでは今後何かで淡希が力を使ったせいで、彼女という未知の相手に腕試しや仕返しをしに来る、そんな馬鹿な人間を作りやすくしてしまうだろう。
しかし先程述べた、ハルケギニアの人間が間違えて思い浮かべてしまう想像の世界であれば話は別だ。ほぼ間違いなく淡希がスクウェアクラスの強さを持つことが、この話を聞いただけで誰にでも解るだろう。彼女に挑んだり嗅ぎまわったり、付きまとおうとする馬鹿は大量に減るはずだ。
(丁度それにほら。キュルケは噂話とか聞くのも話すのも好きそうじゃない。この話をぽんぽんと拡めてくれるのなら一石二鳥だし…お話してあげた対価にこれくらいはいいわよね。)
ちなみにこれは、
そんな話をして残りの時間を過ごしていると、何やらここのテーブルから大分離れた一角が騒がしい。
「何かしら?」
「…。」
しばらくして、飛び込んできた声は3人の興味をそそるには十分だった。
「決闘だ! 貴族を侮辱した君に躾をしてやる!!」
確かにそう聞こえたが、ここは現在まったりと過ごすお茶とおやつの時間だ。思わず聞き間違いではないのかと、淡希とタバサにキュルケの三人は顔を見合わせた。
「今の声、ギーシュ?」
「恐らく。」
声を発した男性を知るハルケギニアの
「誰?」
声すら知らなかった学園都市の
「土のドットメイジの、クラスメイトよ。まぁ顔は悪くないし、ドットの中では大分やる方だけれど…浮気性で女癖が悪いのよ。アイツの場合は自分から動いてそうなってるから、尚更ね。」
そう言うあなたもと、何か言いたそうな顔でキュルケをタバサが見つめていた。
「女の敵なのね。」
「…彼は見栄っぱり。」
だとすれば、相手はそんな浮気に腹を立てた乙女だろうかなどと、淡希が疑問に思っていると今度は、どこかで聞いた覚えのある声が聞こえてきた。
「面白え、やれるもんならやってみやがれってんだ!」
そう、たしか今朝聞いた。昨日の夜も喧しかった声だ。
「……平賀。」
「あら、決闘の相手はサイトなの?」
赤い髪の二人は驚きと呆れが入り混じったため息をはいた。
「…?」
青い髪の残りの一人は小首をかわいくかしげて、赤い髪の一人の呆れを吹き飛ばした。
「ゼロのルイズの使い魔の平民よ、黒髪で青い変わった服を着ていたわ。」
「黒髪…服、アワキと同じ国から来た人の?」
その言葉を聞いてキュルケが、騒動の方に視線を戻す。
「えっ、じゃあサイトもメイジみたいなものなの!?」
「ありえないわね。学園都市の外の人間だもの。外の人間は力を使えないわ。超能力を開発されていないどころか、魔法だろうと超能力だろうと力を使う人間とは、決闘も喧嘩もしたことないでしょうね。」
淡希は一瞬、稀に居る学園都市の外で偶然的に生まれる天然物の能力者の原石や、この世界のように魔法を扱うと言われる人間を想定したが、それならあんな驚き方は今朝の厨房でしなかっただろうとすぐに頭からかき消す。
「ええっ、それじゃ平民と変わらないじゃない! 下手したら死んじゃうわよ!?」
「危険。」
二人の危惧は、ドットメイジがどのくらいの力か知らない淡希でも解ることだった。
対策や知識だけなら無くもない
「はあ…。」
「何か考えてるのかしら、サイトは。」
「…何も考えてないんじゃないかしら。」
勝算でもあって何かをしようとしてるのかと考えるキュルケに、本当にどうしたものかという声で目を閉じながら淡希は答える。彼女の出した結論は、平賀才人は能力を扱う世界にたいして世間知らずである…だった。
(だいたい、原因は何?)
そんなことを口走って決闘に向かうギーシュと才人を見ていると、事情を知りそうなまた見覚えのある人間、シエスタがひとり怯えた顔で厨房へと走っていく。
(…シエスタなら知ってそうね。)
淡希もまた、彼女を追ってもう一度厨房へと向かっていくのだった。
「シエスタ。」
「あ、アワキさん! た、大変です…サ、サイトさんが!!」
「ちょっと…落ち着きなさいよ。落ち着いて、何があったかゆっくりで良いから話して。」
「は、はい…初めはサイトさんがグラモン様の香水を拾ったので、お渡ししたんです。」
たどたどしくもシエスタはそのときの光景を思い出しながら淡希へと話していく。
「そしたら、それはグラモン様の想い人であるモンモランシー様の物だったようなのてすが、それが解ってしまったせいで、もう一人のお付き合いしていた人のケティ様のお怒りを買ってしまったようなんです。そして、そのケティ様の存在でモンモランシー様からもお怒りをグラモン様は買ってしまい…。」
「まとめてフられたってところ?」
こくりとシエスタは頷く。
「それだけなら、別に平賀が怒る必要なんて無さそうだけれど。」
「えっと、まだ続きがあって…それからグラモン様がサイトさんが気を利かせずに香水を渡したからこんなことになったって…。」
「理解に苦しむわね。どういう理由よそれ。」
「……さあ。貴族様の考える事は平民の私には解りかねます。」
そんな発言をするシエスタだったが、彼女もまた本当は、ギーシュのこの行為はただの八つ当たりだと解っているようだ。
「…そう。」
淡希の雰囲気が変わる。
(午前の授業でも平賀の主の、あのピンク色を理不尽に馬鹿にした奴が居たわね。)
そこまで才人の主に好感を持っていたわけではないが、それでも人を指差して笑うような人間よりはましだと思えていた淡希。彼女がこの世界の貴族の男はこんなのばっかりかと、ちりちりといらつき始めたところでシエスタの話は、さらに続く。
「そしたら今度は、サイトさんが怒ってギーシュ様を馬鹿にした発言をしてしまったみたいで…それであんなことに。」
「はあ?」
淡希のイラつきが吹き飛んだ。
ふつふつと沸き上がった気持ちは瞬時に冷え切り、いい加減呆れる動作のネタが尽きてきた淡希は、ただ下を向いて肩を落とした。
「それじゃどっちもどっちじゃない…男ってどうしてこういう所、何時までたっても子供なのかしら。」
特に根拠のない台詞を吐きながら、それでも二人が本当に子供なら許したかもなどと思いつつ、淡希は踵を返して厨房を出ていく。
「アワキさん、どちらへ!?」
「タバサのところに帰るわ。」
もはや才人に対する心配や、貴族への怒りはなくなったのか、彼女は背中を見せたままあしらうようなしぐさで、手を振って出ていった。
「はあ。」
「…助けないの?」
「タバサ。」
扉を出るとそこには主が待っていた。内容は知らずとも、同郷の人間のために動くだろうと見て待っていたのかもしれない。キュルケは決闘を見に行ったのか、既にここには居なかった。
逆にタバサがここに残っていた理由はなんだろうかと淡希は考える。ひょっとすれば主の許可なく助けてはいけないということかもしれない。
(そういえば強さの話はともかく、タバサの前で何が出来るかは見せてなかったわ。)
それとも、淡希が戦いに参加したら自身の使い魔も傷ついてしまうかもしれないとか…身分を持たない自分か貴族に手をあげて罰を受けないかという、そんな不安で止めに来てくれたのだろうか。
(強さの話をしたのにそれは無いか。)
でもそうだったらいいなと思いつつ、待ってくれていたタバサの向かう方向についていく。淡希は少し後ろを歩きながら、才人とギーシュの経緯を話し始めた。
「最初は今朝のように理不尽な目にあってるんだと思ったのだけれど…どうやら違うみたいなのよ。」
そう、違ったのだ。非は日本人感覚ならば、もちろんギーシュにも多分にあるが、馬鹿にしたらしいサイトもまた間違っているし、いささか軽率すぎた。
「心の小ささは…どっちもどっち。でも…あの男は恐らく平民。この世界では貴族に殺されても、何も言えない。」
酷な感想を添えつつ、昨日言われた内容を繰り返し淡希に話すタバサ。もちろんそれは淡希も覚えている。
「そうね。でも…いえ、だからこそ一度痛い目を見ないとダメかもって思えたのよ。」
それが淡希の才人へ対しての結論だった。誰かのために力を使い、目の前で理不尽が起きればそれを見過ごすつもりはない。だが同時に淡希は彼女を諭した者の、
これまた酷に思える話だが、タバサより聞いたこの世界の価値観から考えるとある程度、自分達は弁えて動かなければならない事を、淡希は理解している。
ここは平和で平等な人権のある日本ではなく、中世の文化が未だ根強く残る世界のハルケギニア。貴族の機嫌を損ねた場合に瞬間的に対抗のできる淡希はともかくとして、力の無い才人は首と胴体がいきなり離れることになることもある。
「まあ、本当に死んじゃいそうになったら、タバサには悪いけれど止めるわ。単に見捨てただけじゃ寝覚めが悪いもの。」
ならば淡希の目が届くうちに、才人にはこの世界を知ってもらった方がいいだろう。恐らく彼は狭い想いをそれからすることになるが、こればかりはどうしようもない。それでも下手に喧嘩を売ったりしなければ、シエスタのように使用人に近い位置で使い魔をしつつ働いて、なんとか生きてはいけるはずだ。直接聞いたわけではないが、言動からして帰る気があるだろう彼には尚更今の思考回路は危険で、このままでは主や貴族の助力も請えなくなってしまうだろう。
そう考えながら目的地である人だかりが見えてくると、隣が良いのか淡希が横を歩き始めて、そちらを向いたタバサと視線が合う。
「構わない。別にあなたを止めたくて待っていたワケじゃない。」
「そう。」
顔を見上げてタバサが告げる。どうやら待っていたのは、心配や抑止のためではなかったようだ。
「だったらとうして?」
「…使い魔とメイジが一緒にいるのに、理由なんてなくてもいい。」
くすぐったいことをタバサは平然と言い、思わず淡希がつんのめる。
「け、けれどキュルケと…彼女と一緒の方がそれなら良かったんじゃない?」
「確かにキュルケとは仲良し。でもーー」
歩きながら彼女はぽそりと言う。
「使い魔も、一生のパートナー。」
「タバサ…。」
「私はもっとあなたと過ごして、あなたを…アワキを知らなくてはならない。」
知りたいとは、言ってくれなかった。
それでも桃色のさらしの奥で、今の言葉がいつまでも鳴り響く。
「随分…嬉しいことを言ってくれるのね?」
氷のような顔をする少女から、とくんとくんと冷たいはずなのにどこか温かい、そんな不思議なものを注ぎ込まれた気分だった。
(関心を持ちたいって言ってもらえるなんて、だってそれは…。)
人が人を好きになろうとする行為は、まず相手がどんな人間かを知ること…関心を持つことから始まる。
友愛、親愛、恋愛、人には色々な愛があるが、これはタバサはどんな形であれど淡希を好きになろうとする努力として、歩み寄ろうとしてくれている証だ。
歩み寄られた彼女は志を同じにする仲間や、囚われた者、心配してくれる者や命令する者と…横、上、下やらと様々に並ぶ人間関係をもったことはある。しかしその関係のままでいるのならば、相手との距離はいくら道をまっすぐ進んでも変わらない。向きが同じだから当然だ。
でも淡希に近づくように歩いてくれる、淡希を正面から見ようとする人間ならば違う。
淡希が歩けば歩くほど、タバサが進めば進むほどに、お互いに寄り合っていく。心配してくれる人間や諭してくれる人間とも異なる…タバサという女性は好みとかとまた別の意味で、彼女がこれまでに知らない人間だった。
(…まったく、どっちがどっちを望んでいたのかしらね。)
「私ね、仲間とか大切なものとかはあったけれど…そんな友達とか大切な人みたいに言われたことがないのよ。」
「友達…たいせつな、人。」
それを聞いたタバサは淡希を見たままに動かなくなってしまった。その言葉を聞いて喜ぶのではなく、それどころか昏い気持ちを持ってしまったようにも見える。しまったというような後悔の顔だった。
「ちょっと、そんな顔をしないでくれないかしら。まさか人じゃなくて使い魔としてだけの意味で言ったのに勘違いされた、なんて言わないわよね?」
「そんなことない…どっちも。」
淡希の話を違うと否定しても、どこかタバサの顔が晴れないままだ。気を晴らさせようと、こんな事をふざけ気味に言ったが、その理由はなんとなく淡希にも解っている。
今朝のベッドでタバサが漏らしたつぶやきが、彼女の気持ちを葛藤させているのだろう。
彼女の言う地獄というものが何のことだか淡希には解らない。しかしあの時のタバサに他人を巻き込むなんて出来ないという、優しい気持ちがあったことだけは間違いない。
それでも…言ってしまったのだ。たった1日とはいえ共に過ごしたことで少しだけ天秤が傾いてしまったのか。タバサはつい歩み寄って近くに向かってしまった。そのほんの少しの傾きだけ心を緩めて、歩きながらのせいか無意識に口からこぼして、まるでそれが間違いだったというように今苦しんでいる。
視線が合うそんな顔のタバサのおでこを、つんと淡希はつついてからはにかんだ。
「だったら、そんな顔をしないで欲しいわ。」
「………。」
タバサの顔はまだ曇ったまま。細めた目で笑顔のままに、ふうと淡希はため息を吐いた。
「昨日言ったじゃない。」
「?」
「
一緒に地獄へ連れて行かれることが、助けてくれる者をタバサが求めることを後ろめたいと思っていても、それがあの時の理由に勝るという事は淡希の中では有り得ない
「それは…。」
私の事を知らなかった時の話だとタバサが言おうとして、淡希がそれを言葉で遮った。
「タバサ。今の貴女の顔、何かに私を巻き込んでしまうのが不安…そんな顔をしてるわ。」
眉根を寄せて苦しんでいた眼鏡越しの細い目が、驚きで大きく見開かれた。顔からどんな気分を現しているかは解っても、その顔がどういう理由かなど解る人間はそう居ないはずだ。
「どうして解るかは教えてあげられない。でもね――」
彼女の顔の高さにすこし屈んで頬に両手で触れる。
「私はそんな顔をする人をずっと助けたかったの。」
この顔を淡希は知っている。かつて誰にも迷惑はかけられないと、表の世界の人間を遠ざけ自分ひとりの力で何とかしようとしていた少女を、踏みにじろうとした立場から見ていたからこそ、よりはっきりと解ってしまっていた。
「だから私がそうすることで、貴女が苦しむ必要はないのよ。」
「あなたは…まさかあの時から……。」
たった1日どころか、出会ってすぐにそこまで見透かされていた事が、タバサには驚きで信じられなかった。
「理由や内容は今も解らないわ。そんなものは要らない。あの時の感謝は、貴女を助けられる機会をもらえたからなんだから。」
何だそれはとタバサは思う。あって間もない人間を助けてくれる人が居ないとは言い切れない。しかし始祖にならともかく、困った人間に感謝は聖騎士すらしないだろう。聞いたことがない…タバサにとっても淡希はこれまでに知らない人間だった。
しかしそれは。
「酷い言い草。」
「そうね。こんな酷い私と友達はやっぱり嫌かしら?」
「………。」
困ってるのが良いなんて酷い人だ。そうだと思う…。
「…嫌じゃ、ない。」
「そう、ならこれから宜しくお願いするわ。私もタバサの事をもっと知りたいのよ。」
なのにどこか暖かくて、嬉しかった。
そんな二人が騒動の輪の外で一つのドラマを終えた頃に、輪の中で歓声が上がった。
「何かしら…。」
決闘に何かがあったのだろう。しかしこの人ごみ、淡希の身長ではその理由を確認することはできない。彼女より20センチ以上小さいタバサはなおさらだ。
自分ならどうにかできる事だが、そんなことをしたら余計に騒ぎが起きる。どうしたものかとしていると…ぎゅっと、淡希の手をタバサが握る。
「フル・ソル・ウィンデ…
どきりとした淡希を無視し、反対の手にある杖に力を込めて彼女がルーンを紡ぐと、
「ちょっとタバサ…これって!?」
直接自身に魔法をかけられるという思わぬ事態に、淡希が今度は目を見開かされる。
「浮かぶ魔法、見てきて。」
「貴女はどうするの?」
「
興味ないという感じのタバサは、むしろ淡希をしっかりと良い位置に見えるように浮かせられるかに気をかけているようだ。
「悪いわね。」
「構わない。」
お礼を言う使い魔と納得いく位置に出来て満足したのか、彼女はどこから出したのか…小さな本を取り出して片手で読み始める。
それが友達なら当たり前の事と照れ隠しをしようとしているのが、淡希には解った。
(もう…ページをめくるのがいくら小さい本でも早すぎるし、速度が同じじゃない。)
そんな自身の主に改めて心で感謝をしつつ輪の中を見た淡希はまた眼を見開く。
「なっ…!?」
なんとそこでは顔を晴らしてボコボコにされていた様な才人が剣を握り、目にもとまらぬ速さでギーシュと思われる人間の呼び出したらしき、戦乙女の形をした動く青銅の像を、全て叩き斬って彼に迫っていた。
(まさか本当に原石? いえ、あのぼろぼろ具合今能力に目覚めた…?)
高速移動のような力か…身体強化か。人間の速度ではなかった才人に淡希が推測をしていると、杖をギーシュが手放した。恐らく降参したのだろう。
そんな騒動の中で才人も剣を離すと…意識を失い倒れてしまった。
「私と似たように指標とする者が必要…もしくは、剣や大きな刃物が無くてはいけないのかしら。」
ならば地球ではまず目覚めることは無いと、状況証拠だけで判断できるものはそれしかないので、淡希がそう推測していると…注目していた気を失っている才人が、地面から横へと吹き飛んでいく。
「は?」
輪から一人歩み出てくる人間が一人。その男が喧しい声で叫び、才人の主のルイズとのやりとりがこちらにまで届いた。
「アンタ、いきなり何をするのよ!」
「なに…決闘の申し込みの手袋代わりさ!!」
「決闘!? 何を言っているの、それなら今決着がついたじゃない!!」
「そうだな! だが先ほどの発言に怒りを覚えているのは彼だけではないのだよミス・ヴァリエール。 さあ立て、今度はこのヴィリエ・ド・ロレーヌが相手だ!!」
「何馬鹿なことを言ってるの! サイトはもう戦える体じゃないのは見ればわかるでしょう!!」
才人の体は既にいたるところが腫れあがり、真っ青なのもあれば真っ赤なものもあるし、擦り傷も切り傷も無い場所が少ないほどだ。
「ならばそのまま処刑されるが良い! 平民が逆らった報いだ!!」
相手は平民、されど使い魔。貴族の使い魔を平民とはいえ殺しても良いのか。彼はどうやら頭に血が上っているようで、そのことに気付いていないようだ。
「…タバサ。」
それを見ていた今の淡希が、そのままでいられるわけがなかった。本を読むふりをしつつ淡希の様子を気にかけていた主がすぐに彼女を見る。
「ちょっとまずそうだから行くわ。それと…折角だから」
そう言って淡希は警棒を取り出して、スイッチをオンオフと遊んでから彼女は
「!?」
いや、『消えた』のである。タバサには何が起きたのかはわからないが、止めに行くと言った以上はこの円の中へと向かったのだろう。
「…イル・フル・デラ・ソル・ウィンデ。」
タバサは自身に今度は
「何があったの?」
「あ、タバサ…。」
キュルケはサイトとギーシュの決闘と、ヴィリエの横槍。そして淡希が突然、サイトと傍に居たルイズの前に『現れた』ことを話した。
「アワキの奴…いったいどうやって現れたのか解らないのよ。」
「飛んできたんじゃ…ない?」
「違うわ。」
だから解らないと、はっきりキュルケが告げた。
「アタシ、自分の目が信じられないの。瞬きすらして無かったはずなのに、目の前の光景が変っちゃったんだもの。」
それが本当なら確かに不可解なことだ。
(私の時と、逆…。)
そう、キュルケに言われてからタバサも気づいた。淡希は高速で飛んだのではなく、何の予備動作もなく軌跡も残さずに消えた。タバサは目の前の光景があまりに非現実的で、それを頭が認識することを拒み、既存の知識にある行動を高速でしたと思ったのである。
「何だお前は! ど、どこから現れた…!?」
ヴィリエの声が思考を中断させる。
「そこで倒れてる使い魔と同じ国から来た、タバサの使い魔よ。」
「タバサ…だと!?」
彼の顔が険しくなり、眉間にしわが寄る。ヴィリエ、彼はかつてタバサに辛酸を舐めさせられ、逆恨みし、さらにもう一度叩きのめされた人間だった。
「あら、何かわけありかしら。でも私の知ったことじゃあないわね。」
タバサ達に向けるものとは違う、敵を嗤う不敵な笑みを浮かべると、淡希は警棒で肩をトントンと叩いてから片目を閉じて告げた。
「そんなことより…これ以上平賀を私刑で傷つけるというのなら、次は私が相手をしてあげるわ。」
「私刑、だと…? その男は貴族をバカにしたのだぞ!」
「そうみたいね。でも、同時に彼は貴族の使い魔よ。そんな人間に手を出していいのかしら。」
「ぐっ…!」
言われてヴィリエは漸く気が付いたのか、杖を握った手を震わせる。淡希は知らないが、ルイズはこの国の公爵家の人間なのだ。そんな人間の使い魔に、同じ国の人間の自分が手を出せばどうなるか解らない、平民としてではなく使い魔として考えた場合は、まさしくこれは私刑だった。
それでも、ヴィリエは止まれなかった。諭してきた人間がタバサの使い魔という事相まって、腸が煮えくり返ったままなのだ。貴族に平民が勝つことも面白くない。タバサの使い魔に諭されたのも面白くない。このままでは自分がしゃしゃり出てきた馬鹿者になってしまうのが、何より一番面白くなかった。
そこでヴィリエは淡希を見た。ああ、居るじゃないかここに。自ら相手をするといった人間が。
「…お前が相手をするといったな。」
「言ったわね。」
「それは何か? お前ならば私刑にならないとでもいうつもりか。」
「ええ、だって私も…。」
淡希は手に持った警棒をヴィリエに向ける。杖と違いは有れど、それが何を意味していることかは、周りの人間だれもが知っていることだった。
「弱い者いじめをしようとした貴方にいらいらしてたのよ。第2カードといこうじゃない。」
「貴様…それは杖か!?」
「さてどうかしら…答えてあげる義理は無いわね。」
「くっ…いいだろう、そこの平民の国のメイジだか何だか知らないが、この国のルールというモノを教えてやろう!!」
科学と魔法の世界の衝突が、この世界でも起きた瞬間だった。
「行くぞっ!」
ヴィリエは距離を取って自身の得意な間合いを作ると、ルーンの詠唱を開始する。そんな彼に対して淡希は杖と間違われたそれを合わせたまま、全く微動だにしない。
「どうした怖気づいたのか…デル・ウィンデ!」
詠唱を完成させて杖を振り上げると、淡希を縦に両断するように振り下ろす。
「その目障りな杖と手を切り落としてやる、エア・カッター!!」
空気を薄く固めた不可視の刃が、淡希に向かって放たれた。
「
淡希が軽く警棒を振るうと…タバサの現実は三度歪んだ。
「かはっ…!?」
大きく背中を切り裂かれて鮮血が舞う。そう、背中だ。切り裂かれたのは、突如淡希の近くに現れたヴィリエだった。
「バカ…な、いったい何が……。」
意識を失いながら、ヴィリエは己の身に起きたことを確かめていた。
目の前には憎いタバサの使い魔が居て、自分の背中に、自分が放ったはずのエア・カッターが叩きこまれている。まるで自分が魔法を追い越してしまったような…原因は解っても結果が理解できない様子だった。
「だから言ったでしょう?」
「答えてあげるつもりは無いわ。」
倒れるヴィリエを見ることもなく、淡希は踵を返すと才人へと歩いて行った。
「大丈夫かしら?」
「あ、アンタ…今何を……。」
「今はそれどころじゃないでしょう。早く平賀の手当てをしてあげないと。」
気絶した才人に代わって、何かを言いたそうなルイズが彼女に話しかけてきたがそれを止め、才人の様態を確認する。呼吸の仕方がおかしい。脈もどこか不安になるような不規則に感じられる。淡希の額に一筋の汗が垂れた。
「まずいわね…このままでは平賀、死んでしまうかもしれないわ。」
「そんな!?」
淡希がタバサと信頼を深めていた間に、才人はいつの間にかずいぶん痛い目にあっていたらしい。学園都市ならどうにでもなる傷でも、この中世の世界では治せるとは思えないほど重症だった。
「問題ない。」
「タバサ?」
そんな今にも後悔しそうな自分の使い魔に、いつの間にかキュルケと共に近づいてきたタバサが肩に手を置いて落ち着かせると、ルイズの顔を見た。
「水の秘薬さえあれば…まだ助かるはず。」
「水の、秘薬…それなら確か医務室にいくつかあったはずよ! 今日授業でば…爆発させちゃった時に棚にあるのを見たもの!!」
淡希の効きなれない単語が出て、それの話が進んでいく。
「ああ。アナタそういえば罰掃除を言われる前に、どこか異常がないかって行かされてたわね。」
「早く運ぶ。」
そういって才人に
(さて、と…それはともかくとしてーー)
タバサについて行かずに、なぜか淡希はその場に残っていた。ヴィリエに向けたものとは異なるが、その顏にはありありと不快ですと、そんな表情がにじみ出ている。
「なにかしら。このすごく鬱陶しいような感覚は。」
才人とギーシュの決闘の場に降り立ってから、淡希は得も知れぬ不快な気配を感じていた。
それは同じような能力者が近くにいるような感覚で、11次元への変換を常に自分に用いようとしているような、本当に理解に苦しむものだった。
淡希達学園都市の能力者は、3次元から11次元への変換を用いて移動し、同じ空間移動の能力者に向けることはできても、能力者自身を対象にして力を使うことはできない。なのにそれを馬鹿の一つ覚えのように使われ続けるような、イライラする感覚に捉われていた。
使われ続けていると言っても、連続して使用しているものではない。常に11次元への変換が行われっぱなしの、言葉にするのなら回線が開きっぱなしのような、棒を体中にぐりぐりと押し付けられ続けているようなものだった。
「いったいどこから…。」
「失礼。」
周りを探るようにしていると、死角から突然話しかけられた。
振り返るとそこには、昨日見た禿頭の男が神妙な顔をして立っている。
(やはりこの男…ただ者じゃないわね。)
「何かしら。今ちょっと忙しいのだけれど。」
「ミス・タバサの使い魔の貴女に、オスマン学院長がお会いしたいと申しております。ご一緒に来ていただけませんか?」
「随分突然な話ね…せめて理由くらいは聞かせて欲しいものだわ。」
「先ほどあなたがお使いになられた魔法について、お聞きしたいとのことです。」
「先ほど、ね。」
淡希はもしやという疑惑を持ってから頷いた。
「いいわ、案内して頂戴。えーと…先生、かしら。」
「はい。この学院の教師の一人、炎蛇のコルベールと言います。」
「炎蛇…確か二つ名ね。ずいぶん物騒なのがついてるのね。」
禿男…コルベールが少しだけ肩を震わせたが、彼はそれ以上何も言わずにタバサ達とは別の塔へと向かって行きね淡希もそれについて行った。
「それで、何が聞きたいのかしら。覗き魔さん?」
「なっ…。」
「貴方でしょう? なんだか不思議な力で私を見ていたのは。」
初対面の老人、オールド・オスマン学院長へと淡希が言った最初の言葉はそれだった。
(なるほど…魔法か何かで覗いてたのね。視覚か…視線だけ空間移動させてたって所かしら?)
理論はやはりわからないものだが、それなら周りに能力者がいないのに干渉を受ける感覚に襲われ、常に回線が開きっぱなしのように思えるのも無理はない。
不思議な不快感はここから来たものだと道中のうちに淡希は確信した。この学院長室、この空が近く見える高い塔の位置から、淡希が何をしたのかや手に持っていたものを見るには無理がある。学院長はそれでも淡希の行動を魔法と明確に断じた。彼女はマントもつけておらず、ただ棒を構えて喋り、手首を返す程度の行動しかしていないというのに…それを魔法と思えるのは、周りの人間のように何をしゃべっていたかわからず、しかし動きがはっきり見えていた人間だけのはずだ。
逆にこの条件ならば、淡希が杖を構えて、ルーンを紡ぎ、魔法を行使したようにも見えるだろう。
「それで、本当に聞きたいのは私の事? それとも…平賀の事?」
「………。」
オスマンは開いた口が塞がらなかった。彼の動作が淡希の確信をより強固なものにする。
この質問をしたのは、淡希が不快感を感じたのが大地に降りてからだからだ。つまり、最初は淡希を見ていたわけではないのである。ならば最初の観察対象は才人かギーシュで、才人は周りの人間から驚愕の声を浴びた人物だったのだから、恐らくは彼という事になる。
「…さてのう、何のことかな?」
それでも、体裁を取り繕うとしたのか、会話の主導権を握らせないためか、オールド・オスマンは嘘をつき、とぼけることを貫いた。
「へえ、答える気がないのね…だったら私から話すことも何も無いわ。」
「ま、待ちたまえ! 貴族を傷つけるような君は危険な人間かもしれないのに、儂らは君を野放しにするわけにはいかん。」
「…ふざけてるのかしら。」
話にならないと部屋を出ようと、ドアノブに手をかけようとした淡希が怒りの形相でオスマンと、横に立つコルベールへ振り返った。
「平賀の事は散々野放しにして見ておいて、何を言っているの?」
「彼は貴族ではない、平民じゃ。」
「またそれ…もう本当にうんざりするわね。大体、目が曇ってるわ。」
「…なんじゃと?」
淡希はため息を吐いてから深く息を吐く。
「貴女達は教師でしょう…。」
「そうじゃ。だからわしらはーー」
それから今までの苛々をまとめて投げつけるかのように、つんざく声で怒鳴りつけた。
「だったら! 先にするべきことがあったのにまだ気が付かないの!?」
淡希は彼らに似た大人を良く知っている。そしてそれに似ていた故に、彼らへの憎さが膨れ上がっていく。
「教師が、生徒の事を先に考えないでこんな所で何をしてんのよ! 彼は、平賀は!
どこか解らない所からこちらの目的を知らない子供たちを見て、その場で苦しんでいる人間には何もしない…淡々とデータを取り続ける人体実験の様な図。
「良く知ってるわ、貴方たちみたいな大人。自分たちの知識の探求や好奇心の為に子供を犠牲にする人達をね。」
まさにそれは学園都市の裏側、暗部にいる大人たちの行為そのものだった。
「こんなことも解らない…あいつらと同じことを考えてしまう貴方達は、信ずるに値しないわ。私の情報を渡しても何に利用されるか、平民だとか使い魔だとかの理由で切り捨てられるかも解らない。私の事をそれでも知りたいのなら…まずは大人としての行いを改める事ね!」
そう言った淡希は、今度はドアから出て行かなかった。言うだけ言い終えると能力を使い、窓の外の芝生へと降りてから学院長室を一瞥すると、タバサも戻ってくるだろう寮塔へと歩いて向かっていく。
「言うだけ言って消えおったわい…じゃが、ぐうの音もでなかったのお。」
「正直、警戒していた彼女の方が私達より生徒の事を考えていたなど…悔しい気持ちでいっぱいです。私達はあの少年がガンダールヴかもしれないという喜びと不安のあまりに、大切なものを見落としていたようですね。」
ガンダールヴ。それはこの世界で始祖ブリミルという、ハルケギニアの人類に魔法を授けた者の使い魔。才人はこの学院の、世界にとって伝説の再来だった。
その伝説を本物か確かめる為にこの決闘を利用し、学院長室の椅子の後ろにある離れた場所を見るマジックアイテム、遠見の鏡で才人達を見ていたのが発見者のコルベールと、報告を聞いた学院長のオスマン二人である。
それは一見すると早期の確認により、伝説の使い魔という騒ぎとなる情報を封鎖するというもので、見方によっては間違っていない。ある意味大人としての対応だったかもしれない。
だが教師としての立場で見た場合はどうだろうか。
それをされた側にはどこまでも傲慢なものだ。平民と言う立場だけで違った場合の事すら考慮されていなかった結果、ぎりぎりまでその力を発動できなかった才人は、結果的に重傷を負った。教師たちが止めに入るよう動いても、ひょっとすれば間に合わずに殺されていたかもしれない。
そして使い魔と言う立場から才人を見た場合、大切と言った筈の生徒が悲しみに落ちる可能性を考えていないと、淡希にそう言われた言葉がふたりを打ちのめし続けていた。
「さてはて…どうしましょうかな、オールド・オスマン。」
「本当にのう。ただ…。」
鏡越しに淡希を見てから対峙してる間に、不可思議なものを見続けたり怒鳴りつけられたからか、いつの間にか喉が渇いていたらしい。オスマンは机にあった水のみを杖をふるって手元まで持ってくると、軽く口に含んだ。
「彼女は無暗に人を傷つける人間と言うわけではないのじゃろうな。」
内容は教えてくれないどころか警戒されてしまったが、それだけでも解ったことが彼らにとっての収穫だった。
「ただいま。」
「おかえり。」
戻ってくるどころか、既にタバサは先に部屋でベッドに座り、本を読んでいた。淡希が到着してもそのままに、彼女がベッドの端に腰かけても読み続け、ある程度時間が絶つと漸くぱたんと音を立てて、淡希に読書の終わりを告げる。
「…聞かせてほしいことがある。」
「何かしら、まぁ…タバサになら何を話しても構わないわ。」
そう言って微笑んでタバサの方を見た淡希に頷いて、彼女は淡希の手にまだ握られたままの警棒型懐中電灯を指差した。
「能力者も、杖がいるの?」
「杖? そういえばあの男もそんなこと言ってたわね。これは…ほら。」
そう言って夕暮れ過ぎのランプだけの、薄暗い部屋の中でかちりと電灯のスイッチを入れた。
「私の場合は別に杖として使っているわけじゃないけれど、これがあると狙いをつけやすいのよ。」
今ならなくてもある程度はしっかりと定められる。それでも何かの指標があるのはやはり便利なもので、無理をする必要がない限り淡希は電灯を振るうことにしている。
「わ」
「あら…レアな表情ね。」
驚いて 「わ」 等と言うタバサなど早々見ることは無いだろう。
「眩しい。」
「軍事用でね…大体50メイル辺りまではそのまま遠くを照らせるわ。」
「そんなに? 杖じゃなくて、軍人の為のランプなの?」
「ランプとは違うけど…灯りには変わりないわね。」
そう言ってベッドの近くに置いていたトランクケースを手元に
「はい、あげる。普段は本を読むのとか探し物に、いざと言う時はこれで殴っちゃったり…目晦ましに使ってみて? 人は突然の光に案外弱いものよ。」
「え。」
意外な授かりものに、またタバサが驚かされた。良いのかという顔をしているタバサに対して、もう数本淡希は取り出して見せる。
「学園都市製でものすごい長持ちだし、まだ残りもあるから気にしなくていいのよ。」
そういってからスイッチの押し方、充電方法と色々なことを簡単に教えていく。ただのスイッチ式の明かりでしかないものでも、ハルケギニアの人からは不思議な道具だった。
驚き声のお礼だと言えばまた杖でぽこんと叩かれるだろうから、敢えて理由を言わなかった淡希だったが、そうしているとタバサが今度は動いた。何かのルーンを唱えて、淡希と自身の電灯に杖を当てていく。
「固定化の魔法。これでより強いメイジに錬金されない限りは、そう簡単には壊れないし劣化しない。」
「…多分もう変に使わなければ、一生壊れないでしょうね。」
淡希が誰かにお金を貯めて頼もうとしていた固定化の魔法を、主がかけてくれた。淡希もタバサも電灯を大切そうに撫でて、どちらかともなくお礼を言い合う。
「「ありがとう。」」
「じゃあ、次の質問。」
「…意外とサバサバしてるのね。」
一つの儀式の様な、二人がそれぞれを思いやってした行為が終わるとタバサは表情を元に戻して、今度は淡希を直接指差した。
「あれが
「ええ、あれが私の能力名…二つ名になっている座標移動よ。」
本当にちょっとだけ自慢げに淡希が笑って、足を組み替えつつ懐中電灯をくるくるくと手で回す。
「あれは、どういう仕組み? 杖が要らないのだとしたら…先住の魔法?」
「タバサ、先住魔法って何かしら。」
「エルフみたいな亜人が主に使う…自然の力や、目には見えない精霊の力を使う魔法。」
「精霊、そんなものもこの世界には在るのね。でもごめんなさい…悪いけれど違うわ。」
淡希は手元にあった電灯をスイッチを入れてから反対の手に
「ねえタバサ、私が何をしているか解る?」
淡希の笑顔が悪戯っ子のようなものに変わっていく。どうやらクイズ形式にしてタバサに答えせたいようだ。
「すごく早く、動かしてーー」
「残念。」
「い…る。」
4度目のタバサの現実が歪んだ時に、体育座りで手に電灯を持っていた彼女は、お姫様抱っこで淡希に抱えられていた。
「どういう…こと。」
触られた感触を彼女は感じていない。いくら早く引っ張られても、いや、早く引っ張られるほどそれを感じないようにすることは、不可能だとタバサは考える。引っ張り終わった時の反動を感じるからだ。いくらタバサの髪が短くても、そんなことをされれば靡くだろう。
「あら、まだ解らない?」
抱きかかえるタバサから視線を外すと、淡希は部屋の窓を見た。
「それならこれでどうかしら?」
5度目の歪み。枠が消えた。部屋が、壁が消えたとタバサは思った。そのあとに一瞬だけ浮いた感覚にとらわれてから風を感じると、先ほどより月が近くなっていることに気付く。
辺りを見回すと、床が茶色く暗い。淡希に抱きかかえられているせいで床の感触は解らないが冷たそうな岩に見える。
そして更に遠くを見ると、見覚えのある黒、緑、青、赤、茶の屋根。そして、一つの窓から見える先ほど知った光の点。
「ここは…まさか。」
「本塔の屋根の上よ。」
部屋が消えたのではなかった、タバサと淡希が部屋から消えていた。
「まだ、ヒントが要るかしら。」
まさかと、タバサは思う。タバサは何がどうしてこうなっているかを、ずっと考えていた。昼間の淡希ではないが、頭の良い人間ほどそういった理由を求めてしまう。
それでもまさか、本当にそんなことがあるのだろうか、信じられないと思いつつもタバサは理解した。答えはとっくに出ていたのだ。
この事象に、手順や理由などない。見たままにただ始まりと終わりだけがあると。
「好きな所に…好きに動ける?」
「ちょっと違うけれど正解よ。」
厳密には異なる。ちゃんと手順があり、理由があって起きている。しかしそれは空間系能力者や学園都市第一位のような者にのみに解ることで、三次元のみを知覚や演算している人間には解らないことだ。
「人、物問わず好きな場所に好きなものを『飛』ばす。私の座標移動は大体そう思ってくれたらいいわ。」
「…びっくり。」
そんなものは魔法でも、先住魔法でも、マジックアイテムでもタバサには聞いたことがないものだった。
距離という概念と、壁という概念が消える。タバサにはそれがどれほど強い力なのか良く解った。
「まあ色々と条件や限界もあるけれど、それは追々話すわ。」
「わかった…んっ。」
月を見ながら話していると、春の夜風が二人を撫でる。まだどこか春の息吹には遠く、日が落ちれば木枯らしの様な冷たさを纏う風に、マントを外していたタバサは寒そうに身を震わせて淡希に身を寄せた。淡希はどういうわけか寒くないのか、縮こまったタバサが感じる彼女の体温は温かく、さらに上着を、羽織っていたブレザーを脱いでタバサにかけてくれる。
「月が綺麗ね…タバサ、もう質問は無いかしら。」
「満足。」
「そう、それじゃあ今度は私から聞くわ。」
ふたりで月を見上げたままに、淡希はタバサに尋ねる。
「私は貴女について行ってもいいのかしら?」
びくりと、淡希の腕の中でタバサが震える。
「それは…。」
駄目と言わなければならなかった。それでも、今知ってしまった淡希の力はとても甘美なもので、淡希を人として見ても、使い魔として見ても、最後に拒む原因になるだろうと思われた力として見ても、タバサはもう拒むのが難しい。心が彼女は居た方が良いと、この力を借りたいと感じ始めている。
そうやってまた葛藤して悩むタバサの肩を、ぎゅっと力強く淡希が抱いた。
「昼間も言ったでしょ。」
「でも…貴女を巻き込みたくない。」
たとえ助けたいと思ってくれる人だとしても、気にしないなんてことはできない。口から出たこれもまた、タバサの本音。それでも淡希はついて行きたいと言ってくれてるのだろう。
「それなら…。」
せめて、せめてこれだけはさせられない。そう思えた言葉をタバサは口にした。
「罪になる事だけは…誰かを殺すことだけは私の為でもしないで。」
これだけは譲れないものだった。自身の為に力を貸してくれる使い魔だろうと、代わりに手を血で真っ紅に染めさせるなんて、命を摘ませることだけはしたくなかった。そういう事は自分の手でやるべきだし、やれなければ意味がない。
「…難しいことを言ってくれるのね。」
「ごめんなさい。」
「いいわよ。けれど…ううん、なんでもないわご主人様。」
「?」
最後に何を言いかけたのか、タバサには淡希の事が解らなかった。
(獣や使い魔の中にいた様な魔物ならともかく…そんな優しい貴女が誰かを殺すなんてことは、私もさせたくないわ。)
タバサが淡希の事をそう思うように、使い魔もまた主の事をそう思っていた。
「さ、そろそろご飯の時間ね。降りましょうか。」
「ん。」
淡希のブレザーに包まれてタバサがお姫様抱っこされたままに、二人は緑の芝生へと空間転移して行った。淡希はタバサが軽くてよかったと、見栄をはって少女の細腕で無理やりしたお姫様抱っこの最中、腰を痛めながら思っていた。
あわきんのSST難しいって(´・ω・`)
とあるアニメラッシュですねえ
とある日常のインデックスさんもしたらいいのに…