勇者たちの歴史   作:サークル・草刈や

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諏訪の話をしないとね。
 


第十三話 諏訪と四国②

 

 二〇一八年一月二十八日 午後。

 諏訪地方との交信は、もはや若葉の日課と言ってもいい。

 年末に一度、通信の繋がらない日が2日ほどあったものの、その後は前と変わらず連絡を取ることができている。他愛のない話に終始しつつ、多大の状況を把握し合うのも大事なお役目の一つである。

 交信をする中で、気になることが増えた。

 諏訪の勇者、白鳥歌野は明朗闊達な人物である。

諏訪を愛し、野菜を愛し、そばを愛する。話題に上がるのも諏訪の人々のことや育てている野菜の様子、そしてそばの素晴らしさがほとんどである。

 しかし、最近野菜の話題がめっきり減ったように思う。

 そばとうどんの素晴らしさについて論じることも減った。というより、歌野が聞き手にまわることが多くなった。会話の雰囲気こそ明るいものの、諏訪の話題が占める割合は明確に減っているように感じる。

 胸騒ぎがあった。

 何かを見過ごしているような、そして時間の経過と共に致命的な物になるという嫌な予感が日に日に強くなっていく。

 それを、今日の交信で確かめる。

 そんな心持ちで臨んだ若葉だったが、その日の通信は全くもって繋がらなかった。

 酷いノイズが響くばかりで、諏訪の回線と繋がる気配がない。

 時間を間違えたかと幾度となく確認したが、全くもってどうしようもない。

 今日はダメか? と小一時間粘ったあたりで若葉が切り上げようとしたところで、ようやくノイズが薄まった。

 

「四国の乃木若葉だ。歌野さん、聞こえるか?」

『…………あの、えっと、聞こえてますか? 諏訪の、藤森水都といいます』

 

 通信機から聞こえてくる聞き慣れない声。

 何処か、別の通信と混線したか? とあり得ない可能性を考えた若葉だったが、続く言葉に疑問が氷解する。

 

「ああ、あなたが歌野さんの話していた! 四国の勇者の乃木です。よろしくお願いします」

『あ、こちらこそ、いつもうたのんがお世話になっています……!』

「いえ、こちらこそ。ところで、その、歌野さんは近くにいらっしゃるのだろうか? もし忙しいようなら、また日を改めて連絡させていただくが」

 

 歌野がよく話題にしていた巫女が通信に出るとは思っていなかったが、情報共有だけならこのままでも良かっただろう。相手が勇者附きの巫女なら、歌野が知り得ることを彼女も共有しているだろう。

 だが、それより歌野の状況が気になった。

 

『うたのんは、その、今日はすごく疲れていたから、無理して通信しようとしていたのを私が取り上げて布団に入れました。眠れば復活できる、って本人は言ってます』

 

 そうか、と返しつつ、諏訪の巫女の強さを感じる一件だった。

 自分とひなたの関係と比べ、やはり勇者は巫女には逆らえないのだなと痛感する。

 そんな明後日の方向へ飛んでいた若葉の思考を『それで、えっと』という声が引き戻した。

 

『せっかくなので、私、乃木さんと話してみたいことがあって、私でも大丈夫、ですか?』

「……ん? ああ、大丈夫だ。というか、私も諏訪のことが気になっていてな、私も話がしたい」

 

 そうして、普段と打って変わって事務的ながら、状況の共有が行われた。

 四国の様子は訓練の内容、各勇者の怪我を含めた状況など。若葉自身の怪我が少し長引きそうな事を除けば、皆万全になったと話したところ、水都もホッとした反応が返ってきた。

 

 対して、諏訪の状況は────若葉をして、絶句をするしかない惨状だった。

 

「…………日に四度の襲撃は、頻度として珍しい方なのか?」

『そうですね、もう感覚が麻痺してきているので……でも、もう珍しくはない方だと思います』

 

 諦めたように、弱々しい笑いが響く。

 日に複数回の襲撃、日々弱っていく諏訪の神の力、狭まる神域。

 その状況に、年末からずっと歌野一人で耐え凌いでいるとは──その間、幾度となく連絡を交わしていたにも関わらず、若葉は知らなかった。

 知らずに、平穏な四国の様子ばかりを話していた。それを聞かされていた歌野の心境は、いったい、

『あの! ……えっと、うたのんは乃木さんとの通信を本当に楽しみにしています! それは、間違いないです。だから、明日もうたのんが聞きたいことを、話してあげて欲しいなって』

 

 若葉は、思わずハッとなった。そして自分の思い上がりを悔やむ。

 相手が苦しい状況だから、こちらの恵まれた状況は苦痛だろうと、相手を慮ったつもりになっていた自分自身に嫌気がさした。全く、一体何を分かっているつもりだったのだ。

 諏訪の勇者・白鳥歌野はそんな人物ではないと、既に知っていたはずなのに。

 

「────すまない、藤森さん。気を遣わせてしまった。歌野さんには、明日の通信を楽しみにしていると伝えてくれるか」

『あ、えと、はい! 必ず伝えますね、うたのんも喜ぶと思います』

「ああ、よろしく頼む」

 

 要件は終わった。

 諏訪の状況はすぐにでも大社に共有しなければならないだろう。歌野の負担を考えれば、もはや一刻の猶予もないと考えなければならない。

 まずは、ひなたに相談をする。そして、ひなたを通して大社に連絡をすればいい。

 頭の中で算段が整った若葉は、いつも通り通信機を操作して交信を終えようと指を伸ばして、

 

「……藤森さん、歌野さん、」

 

 それは、いつも喉の奥に留まっていたモノだ。

 吐いた直後は楽になる。相手の【薬】にすらなる。が、時間の経過と共に【毒】にもなり得る劇物だ。

 白鳥歌野との交信で、何度その想いを形にしかけ、しかし踏みとどまってきた。

 今の自分たちでは叶わないと。

 いつかの、自分たちに託すのだと。

 

 だが今、躊躇ってはいられなかった。

 既に猶予はない。【毒】に変わる時間すらないのなら、【薬】のうちに動けばいいのだ。

 何より、一度、大役を成し遂げたという自負が、自信となって喉のつかえを押した。

 

「私たちは、四国勇者は力を付けた。だから、あと少しでいい、持ちこたえてくれ」

 

「私たちが諏訪に征くまで。必ず────必ず、征くからな」

 

 言ってしまった後、背負い込んだものの重さを強く実感する。

 もう、後には引けない。諏訪の本当の状況を知ったとき、若葉は悟ったのだ。

 この二年以上、四国で勇者が防衛のお役目を負うほどの襲撃がなかった理由を。

 同じように結界に籠もった冬木は何故、日々襲撃を受けていたのか。

 冬木がもぬけの殻になった直後から、何故諏訪が激しい攻勢をかけられているのか。

 簡単な話だった。

 四国が平和だったのは、他の土地が狙われていたからだ。

 彼らが抵抗し、時を稼いだおかげで、四国は備える時間を得た。若葉たちは学び、鍛え、戦い抜く力を得ることができたのだ。

 その恩の深さを思えば、背負った命の重さにどうして言い訳できるだろう。

 何事にも報いを──乃木家の生き様であり、若葉の生きる指針。

 揺らぐことのない、彼女の信念がそこにはあった。

 

「待っていてくれ、諏訪の人々も、藤森さんも、歌野も」

 

 

 

 

 

 藤森水都は、呆然と座り込んでいた。

 若葉の言葉が耳から離れない。

 それは、諦めの中に沈めたはずの光明だった。

 

「……嘘じゃない、よね……?」

 

 諏訪の巫女として、水都は神託を幾度も受けてきた。

 バーテックスから逃げる方向、襲撃のお告げ、規模の大小など、様々な事が諏訪の神様から告げられた。

 そして二日前、新しい神託を受けていた。

 

『よく諏訪を守り続けた』

 

『この地が敵を引きつけたお陰で、四国は敵に対抗する基盤ができた』

 

『二ヶ月と経たず、総攻撃が始まる。それが、最期のお役目になる』

 

 恐怖も不平も、散々吐き出した。

 受け止めてくれた歌野の優しさと強さのお陰で、水都は辛うじて平静を保つことができた。若葉との通信の途中、内から溢れそうになる暗い想いをせき止めることができたのは、歌野を思えばこそだった。

 その通信の最後にかけられた、誓いの言葉。

 神託通りに力を備えた四国の勇者たちが、助けてくれるかもしれない。

 諏訪の全てを失わずに済むかもしれない。

 たった一人で、全てを背負って抗い続けた白鳥歌野が、報われるかもしれない。

 

「……ありがとう、ございます……!! 神様、本当にありがとうございます!!!」

 

 疲労で眠る歌野を起こさないようにと思いながら、藤森水都は漏れ出る嗚咽を抑えることができなかった。

 

 




 
ちなみに若葉は、大社や他の勇者の協力が得られなければ自分一人でも義理を果たすつもりでいます。
大社もそれが分かっているから、ひなたという若葉最大の拠り所に布石を打ったわけですね。

大社はドライなんですが、一面では正しいと思います。

何せ、勇者はバーテックスに負けうる戦力でしかないので、四国の防衛を全うするために一人でも欠けられたら困るわけですね。
そして、諏訪の勇者が加入したとして、開いた穴を埋められる確証もないわけで。

なので、次回はその辺の話になっていきます。
感想いただけると大変励みになります。よろしくお願いします。
 
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