のわゆで一番ぶっ飛んでいるキャラクターは、間違いなく上里ひなたです。
ゆゆゆ識者なら多分異論はないと思います。
そういう話です。
それは、年が明けてすぐの頃。
年始の行事も一段落し、慌ただしかった勇者の生活にもようやく日常の落ち着きが戻ってきていた。
「……はぁ、……」
久しぶりの平常日課が終わり、夕食までの束の間の自由時間。
マフラーに口元を埋めて、郡千景はいつものように訓練場へ向かっていた。
憩いの時間の使い方は勇者によって様々だ。買い溜めた本を読み物思いに耽るもの、街に遊びに繰り出すもの、仲間と交流を深めるもの。千景も少し前までは、自前のゲームに没頭する時間に充てていた。
だが、最近はすっかり自主訓練が日課になっている。仲のいい(と千景は信じている)高嶋友奈と一緒に寮へ戻った後、着替えて訓練場まで十分程度。手軽な距離にあるとはいえ、一年前の自分ならあり得ない習慣だと彼女はつくづく思う。
半年前は義務的にこなしていた鍛錬も、今は誰よりも実直に取り組んでいる自負がある。
年末にあった実戦でも、自分にしか出来ない役割を全うできた。
年始の式典で行われた演舞披露(対バーテックスを想定した模擬戦闘を一般の人々に公開する催し)では、勇者達のリーダーである乃木若葉と共に『作戦成功の功労者』として讃えられた。
演舞の華は、負傷で辞退した若葉に代わってトリをつとめた友奈の演舞だったが、千景も自分のベストは出せたように思えた。
そして、年が明けてすぐ、自分を排斥し続けた地元の人々から『感謝状』と称する手紙──郡千景の存在は村の誇りであり、余裕があれば勇者の生まれ故郷へ慰問にきて欲しい、などと長々綴られた文書が送られてきた。
自身に対する周囲の変化に、千景は初め困惑した。誕生から十四年、疎まれ生きてきた自分が今や多くの人々から認められ、尊敬される価値のある存在だと扱われても実感が湧かない。千景自身が、この急激な変化に納得できる理由が必要だった。
考え、考え、ひとり考え続けた結果……千景は確信した。
『──私は、勇者だから必要とされている──』
単純な話だ。郡千景は、バーテックスに対抗できる僅か六人の勇者の一人。そして作戦における活躍によってその力が紛い物でないことを自ら証明した。
この四国に『勇者 郡千景』を馬鹿にする人間は存在しない。
けれど、それは千景が勇者として人類存続に欠かせない存在だからであって、ただの『郡千景』に与えられた評価ではない。もし仮に千景が勇者として約に立たなくなれば、勇者であるための資格を剥奪されれば、称賛を浴びせていた人々は皆掌を返すことは想像に難くない。
いや、上がった期待の分、その落差は以前の比では──
『……嫌よ。あんな、地獄……もう二度と戻りたくない』
無能になれば見捨てられるのなら、有能であり続ければいい。
自分の価値を高め続け、必要不可欠な存在になれば誰も切り捨てることなどできなくなる。
強くなればなるほど戦果を挙げて、勇者としての価値を上げられる。他の勇者よりも役に立てば、より認めてくれる人が増えるかもしれない。
千景にとって、それは何にも勝るモチベーションだった。
大社支給の鍵を引き戸に挿した千景は、形の良い眉を僅かに顰めた。
「締め忘れ……それとも、先客が……?」
戸を開けると、土間には綺麗に揃えられた大社支給の学生靴が一足。サイズ以外、千景が今履いているものと全く同じもの。
これを身に着けるのは四国全体でも千景達勇者と巫女一人なのを考えれば、持ち主は五分の一にまで絞ることができる。さらに訓練場を自由時間に利用する物好きであることも踏まえれば、答えはほぼ一択だ。
「……はぁ。相変わらず、熱心なことね」
以前は苦手意識の強かった──今は多少マシになった下級生の生真面目さに呆れ返る。
訓練場の利用時間が被るのは久しぶりだが、どうせ互いに気にするような間柄でもない。いつものように短い廊下を渡って二枚目の戸を引き開ける。
「入るわ──、」
中に入った千景を出迎えたのは下級生の流麗な形稽古、ではなく、
「あぁ! 凛々しい眼差しが最高です、若葉ちゃん! 煌めく汗、上記した肌! そして鋭さの中に強く真っすぐな意思の滲む眼差し!! もっと! さぁ、もっと視線をこちらへください!!」
「…………、…………は?」
スクリーン一面に映し出された乃木若葉のスナップ写真と、何やら普段以上におかしなテンションになっている下級生だった。
「……あら、郡さん? こんな時間から鍛錬ですか?」
「えぇ、まぁ……上里さんこそ、こんなところで会うなんて思わなかったわ」
投影機材までフルセットで何を? という疑問は喉で止まる。
勇者付きの巫女・上里ひなたの表情は柔らかい。ほんの数十秒までエキサイトしていた人間とは思えないほど見事な変わり身だが、凪のように感情の読み取れない視線が『何もないですよね?』と抗いがたい圧を加えてくる。
……調子者の球子なら、ここで面白がって追い打ちでも仕掛けるだろうか?
普段なら絶対見せないだろう好機に一瞬迷ったものの、やぶ蛇ご免な千景は踏み込まず流すことにした。
「私はてっきり、乃木さんが使っているのかと思ったのだけど」
「若葉ちゃん、ですか? 今は、諏訪との定期通信をしているはずです」
朝と予定が変わっていなければですけれど、とスケジュール帳を確かめるひなた。
二人が幼馴染みなのは周知の話だが、若葉の身の回りの世話を細々と行い、予定管理から大社関係者とのコンタクトまでこなす姿は芸能人のマネージャーを連想させる。
「いつも通りなら、そろそろ終わる頃ですが……急用ですか?」
「別に、用事があったわけじゃないわ……あなたたちが別行動なんて、珍しいこともあるのね」
「私としてはできれば一緒にいたいのですが、若葉ちゃんにも用事がありますから」
少し寂しそうな、残念そうな表情を浮かべるひなた。
千景はひなたから、未だ投影されたままの若葉の写真に視線を移した。写真処理やエフェクトの追加など、非常に凝った編集のされたスライドへ。
「……、……」
「……、……なんです?」
「何でもないわ。その、大変ね」
会話は終わり、とばかりに大鎌を組み立て、鍛錬の準備を始める千景。
二つ折りになった刃と柄を、適切な角度で固定する。微妙な調整の必要な作業だが、毎日繰り返し行っている成果か淀みなく進んでいく。
ものの一分足らずで準備を終え、視線を上げるとちょうど撤収作業を済ませたらしいひなたと目が合った。
「これから若葉ちゃんを迎えにいくので、私はこれで失礼します。戸締まりお任せしてもいいですか?」
「えぇ、分かったわ」
一人残った道場で、千景は武器を振るい始める。
右に、左に紅い弧を描いて鎌が空を裂く。柄の持ち手を変え、間合いの切り替えを身体に覚えさせる。
ホログラムでバーテックスを投射する仮想訓練と違って、この道場でできるのは形稽古くらいだ。実戦想定の演習でできなかった武器の扱い方を反復し、身体に記憶させる。または、無謀な動きと確認して別の対応方法を探る。
まるで、ゲームでキャラクターの動作やクセを確認しているようなこの鍛錬方法は、意外なほど千景の性に合っていた。
「……そろそろ、時間かしら……」
上気した肌に汗が伝う。ちらりと見上げた時計は、午後六時を指そうとしていた。
程よい疲労を感じながら、手際よく大鎌を片付けていく。
時間的には、もう少し鍛錬を続けても支障はない。夕食は各自で食べることになっているし、九時までならば食堂を利用することも出来る。消灯時間も翌日の課程に支障がでないなら自由だ。
ただ、疲れを残しすぎるのも明日以降の鍛錬に支障が出かねない。
何かしら、新しい鍛錬が始まるという話もあった。このあたりが切り上げ時だろう。
忘れ物や片付け忘れがないか確認し(怠ると、清掃担当の職員から小言を貰う)、玄関へ繋がる引き戸を開ける。そして、
「………、………は?」
土間からあがったすぐの所にノートPCが置き去りになっていた。
誰の物かなど考えるまでもない。一応確認のためと開いてみると、大社支給であることを表す型番のシールが液晶の枠に貼られていた。スリープモードだったのだろうか、液晶に光が点ると思わず千景の顔面筋が引きつった。
「嘘でしょ……パスワードかけてないじゃない……!」
ネットに慣れ親しんだ千景からすればあり得ざる蛮行。
確かに、大社の管理するこの敷地内でPC盗難から情報漏洩など可能性は低いだろう。それに、見られて困るような情報をそもそも入れていないのかもしれない。
ただ、情報端末を扱う上のマナーの問題である。
これは一言注意をした方がいいのではないか、と謎の使命感すら感じ始めていたが、ふと再生中だった動画ファイルに目が留まった。
「……これ、乃木さんの演舞かしら……?」
ファイルの日時からして、怪我をする前に取られたものだろうか。
年始の儀式に向けて練習をしていた様子を撮っていたらしい。刀剣の扱いについては素人の千景から見ても、若葉の演舞は流麗で華が有り、そして積み上げた努力が滲んでいた。
「私がやっても、こうはいかないわね」
自嘲気味に嗤う。そうだ、年始の儀式が終わった後も、同じように自分の出来に嗤ってしまって、
『そんなことないよ! ぐんちゃんの演舞も、こう、ズバァって感じですごくかっこ良かったよ!』
友奈に貰った言葉が、沈みかけた気持ちをぐっと引き上げる。
そうだ、別に『乃木若葉』になる必要はない。私を、郡千景を見てくれている人はいる。
何か、心のつかえが取れた気分だった。改めて動画を見ると、動きの滑らかさ以外の部分も見えてくる。
「私たちの演舞より、随分アレンジが加えられてる……」
僻みが先んじていたならば、そこまでして目立ちたいのかと勘違いしていたかもしれない。
型通りに動くのではなく、流れはそのままに踏み込みや刀を振る姿勢、視線などがまるで本当にバーテックスと戦っているかのように、真剣で切り結ぶ迫力が映像からも伝わってくる。
本気でバーテックスとの戦いをイメージしているのだろうか。
実戦ならば、動きの停滞は隙を生む。その隙を無くすため、どのような姿勢で武器を振るえばいいのか、踏み込む位置は、視線は、戦いの中で必要なことを演舞の中でも実践している。
……もちろん、それが正解かは分からない。
だが、若葉の高い実力の一端を垣間見た気がした。
「私も……できるように、なりたい」
それは、純粋な向上心。
これまで漠然としていた目標が、明確な課題になった。なら、今の自分でどこまでできる……?
確かめてみたくなった。
「はぁ……!」
再び組み立てられた大鎌が空を刈る。
年始の演舞。その流れは変えず、意識を変える。
どういう場面を想定しているのか、敵の動きは、囲まれているのか切り込んだのか、考えてイメージをする。実際に意識してみると、思い通りに身体が動かない。理想のハードルが高すぎるのだ。
なら、今できる範囲でどう動けば理想に近づくのか。
敢えて体勢を崩すことで、武器の届く範囲を変えられないか。
試行錯誤に没頭し、ヒントを求めて若葉の演舞を観察する。
そうして、気づけば一時間が過ぎた。流石にそろそろ切り上げようと、一息ついた千景の耳にパチパチと乾いた音が届いた。
「……!?」
「見事な演舞だったぞ、千景」
振り向いた先に、乃木若葉がいた。
「なッ……! どうし……、ここ……!?」
「ひなたに頼まれて、忘れ物を回収に来たんだ。急ぎという訳でもなかったし、千景も集中していたみたいだったから、声をかけそびれてしまってな」
「 ッ!?!?」
顔が火を噴くように熱くなる。なんて場面を見られてしまったのだ、よりにもよってこの相手に!
ノートPCを回収した若葉が、再び千景の方へ顔を向けようとする。
この顔を見られたら憤死するかもしれない、悲痛な覚悟を千景が固めた所で、救世主の声が響いた。
「ぐんちゃ~ん、まだいる? 一緒に晩ご飯食べに、」
「すぐ行くわ高嶋さん、じゃあ乃木さん鍵締めお願いねまた明日!」
ギュン! と勢いよく飛び出していった千景を呆然と見届けた後、若葉はクスリと笑みを零した。
「……人の演舞に見蕩れるなんて、これじゃひなたに強く言えないな」
彼女の手にある勇者システムの端末には、撮ったばかりの勇姿が眩しく表示されていた。
私が読みたい、という理由でかいていたので投稿するか迷った間話です。
時系列的には年末~年始の辺りですね、士郎が怪我してる期間になります。
サークルの仲間が『別にいいんじゃない?』と言っていたので、せっかくなのでこちらにも載せました。
夏コミ、来ていただいた方ありがとうございました!
冬はゆゆゆの短編集を出したいなと思っています。
感想いただけると更新への大きな活力になります、よろしくお願いします。