勇者たちの歴史   作:サークル・草刈や

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私は、ゆゆゆとFateを愛している



第八話 リミテッド・オーバー①

 

「…………ぅぉぉおおおおああッ!!」

 

 雄叫びを上げ、若葉が白刃を振るう。

【生大刀】――――かつてこの国の大神が振るったとされる神器を宿した刃が、バーテックスを次々に斬り裂いていく。刃先は霞むほどに加速し、一太刀ごとに白い巨体が大気に溶けて消滅する。

 何体、何十体、どれだけの敵を斬り倒しても、若葉はほとんど疲労を感じなかった。

 身体は羽のように軽く、刀は手足の延長のように扱える。二年前は朧気だった感触が、今は実戦の中ではっきりと掴むことができた。

 これが―――――勇者の力。

 

「このぉ! 勇者、パ――――ンチ!!!!」

「負けない……お前たちは、一体残らず屠ってやる……ッ!!」

 

 若葉の背後でも、仲間たちの戦う音が聞こえてくる。

 友奈も千景も、今のところは危なげなく戦っていた。

 友奈の武装は、両手に付けた手甲。武術を修めていたという彼女は、近接戦闘を主体としている。それ故に、若葉たちの中では最もリーチが短く、集団戦では不利に回りやすい。

 その友奈の不得手を、千景が上手く補っていた。

 精神的な余裕がないのか、動きは他の二人よりはぎこちないものの、鎌という武器の持つ、長いリーチと広い攻撃範囲を十分に活かした立ち回りで、多方向からの攻勢に対処しきれない友奈の負担を減らしている。

 ……連携訓練の成果が出ている。

 確かな実感を得ながら、若葉の表情は曇ったままだ。

 

「はぁ……はぁ……、若葉ちゃん、これ……全部倒さないと、いけないんだよね!?」

「……あぁ、そうだ。この閉じた空間にいるバーテックスを全部、あと五分の内に倒し尽くさなければならない!」

「……無理よ。時間があれば、ともかく……あと五分で、この数を倒すなんて」

 

 若葉の返答に、千景が大鎌で斬りつけながら吐き捨てる。

 彼女の気持ちは、若葉にもよく理解できた。

 視界を阻む白い壁。どれだけ打ち倒しても穴をあけることすら困難な状況が続けば、終わりがないのではないかと思わずにはいられない。実際、この包囲網を全滅させたとしても、敵の総数に比べれば微々たるものだろう。

 それでも、

 

「それでも、やるしかない。冬木の人々の命は、私たちにかかっている!」

 

 殺到するバーテックスを倒し続けながら、若葉は吠える。

 

「―――――成し遂げる! どんな難行だろうと、必ず!」

 

 冬木の勇者代理を名乗る男からの要請は、大きく分けて二つだった。

 一つが、五分以内に結界内に取り残されているバーテックスを全て殲滅すること。

 もう一つが、転移してくるという冬木の住民を、四国の結界内まで護衛すること。

 その要請を聞いた時、若葉は不可能だと思った。

 今回の作戦に携わっている勇者は、若葉と千景、そして友奈の三人。

 球子と杏の二人は、四国の結界内部で待機している。これは、作戦の隙を突いてバーテックスが四国に侵入してくる可能性を考慮しての判断だったのだが、もし二人もいたならば――――そう思ってしまうほど、結界内のバーテックスは多かった。多すぎた。

 それでも、要請を突っぱねることなどできるはずもない。

 護衛にしても、訓練期間は短くまだまだ不安も多い。なにより、バーテックスの有無が作戦の成否に影響するのは明らかだ。なら、全てを倒すことができなくても、数を減らせば減らすほど、危険性は低くなる。

 そのはずだ……いや、そうであってくれ。

 荒れ狂う質量の嵐のただ中で、勇者たちは少しずつ、だが確実に敵の数を減らしていった。

 その速度は、五分という限られた時間で敵を一掃するにはあまりにも遅すぎた。恐らく、彼女たちがもっとリスクを負うような戦術を取っていれば、もっと多くの勇者がいたならば、結界内のバーテックスを倒し尽くすこともできたのかもしれない。

 だが、これはあくまであり得なかったIF(もしも)の話。

 現実として、勇者たちではバーテックスの殲滅には足りず。

 しかし、結界内の敵の残数は、僅かな間に数えられるほど減っていた。

  

「……勇者の概念武装には、バーテックスへの特攻効果があるのか」

 

 そびえ立つ水晶の柱、その一つの上。

 士郎は絶好の狙撃ポイントに陣取り、眼下のバーテックスを次々と射抜いていた。

 高さ二百メートルに届く位置からであっても、鷹の眼は瀬戸大橋の上の砂一粒たりとも見逃さない。勇者を襲おうとする進化型を処理しながら、彼女たちの振るう武装に士郎の関心は向けられていた。

 蒼い戦装束の勇者の、研ぎ澄まされた白刃の太刀。

 紅い戦装束の勇者の、呪念滲む深紅の大鎌。

 桃色の戦装束の勇者の、両手を覆う手甲。

 そのどれもが、一撃で小型バーテックスを屠っている。

 それは、勇者当人の力や技術によるものだけでなく、彼女らの武器そのものがバーテックスを倒す為だけに作られたものだからだろう。

 概念武装の一種、宝具など伝承に残る武装そのものではなく、元となる伝承の要素を複数組み込むことで真作の力を宿す模型。引き出せる力などは限られるものの、用途が明らかであれば必要な要素を意図的に選び抜くことで、特化した性能を発揮する。

 勇者の武器は、その模型を更に打ち直した改造品に近い。

 

「勇者の個々に合わせた改造礼装……俺が投影したところで、真価は引き出せそうにないな」

 

 放つ魔弾は、既に八を数えている。

 飛び出した赤原猟犬(フルンティング)が、勇者たちの直上で形成されかけていた個体を三方向から撃墜したのを確認して、士郎は微かに眉を顰めた。

 彼の視界、そのほとんどを覆い尽くすほどいたバーテックス。

 殲滅開始から五分あまり、その姿はほとんど視認できないほど減っていた。勇者の周囲で渦巻いている個体も五十弱ほど、上空や橋の上、海上を見ても白い巨体は見当たらない。

 そう、《いるはずの小型バーテックス》が五百程度見当たらない。

 

「はッ――――――確かに、四国の勇者には有効な手なんだろうが、」

 

 投影するは、禍々しい気配を纏う螺旋剣。

 それを矢に変形させながら、士郎は真っ逆さまに落ちていく。

 頭を下に、足を上に。重力に引かれるに任せて、冷静に造り出した矢を弓に番えた。

 

「俺にとって、その手を視るのは二度目だぞ、化け物」

 

 吊り橋とすれ違った直後、橋の下のそれと視線が交わる。

 それは、巨大な蛇だった。

 これまで見た個体の中で、これほど大きなものはなかった。おそらく、姿を隠した小型バーテックスは全て、この進化型へと融合したのだ。

 勇者たちの死角から、まとめて喰い殺す機を窺っていたのか。蜷局を巻き、鎌首をもたげたバーテックスが飛び掛かる寸前、士郎の指が矢から離れる。

 

「我が骨子は、捻れ狂う……偽・螺旋剣(カラド・ボルグ)……ッ!!…」

 

 大気を捻じ切って放たれた魔弾が、蛇の頭部を粉砕した。

 すかさず、準備していた矢を投影し、弓に番える。隠れ潜む敵が目の前の個体だけとは限らないと、何が現れても即座に射抜くつもりだった。

 だからこそ、一瞬反応が遅れた。

 

「……チッ、こいつ」

 

 弾けた頭部が再生し、狙撃手へと狙いを定めていた。

 散り散りになった部位も同じだ。再生して、別の個体に―――元と同じ大きさの個体へと、形成されようとしている。

 その光景を前に、士郎は投影していた矢を破棄する。

 代わりに創り出したのは、鈍らの西洋剣。それに壊れる寸前まで魔力を込めて、矢へと形を変える。

 

「――――投影、開始(トレース・オン)

 

 矢は、貫通せずに頭部の成り損ないへと突き立った。

 ただ一つ、矢を射かけられなかった進化型バーテックスだけが隙を突き、猛然と士郎へ襲い掛かる。

 

「ぐッ――――――、投影、(トリガー)

 

 大顎のような器官に弓ごと左腕を捕らわれ、士郎の顔が苦悶に歪む。

 壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)で不完全なバーテックスが消し飛ぶ中、蛇型のバーテックスはくわえ込んだ獲物を逃さぬよう、海中へと引きずり込んだ。

 

 

 

 その瞬間、若葉たちを取り囲んでいたバーテックスにも変化が生じた。

 渦巻く中心が勇者から、一体のバーテックスへと変わる。

 数十体の小型の個体が寄せ集まり、融け合い、姿を変えていく様はおぞましさすら感じる。唐突に始まった現象に千景と友奈は戸惑い、ただ一人それを以前見たことがあった若葉は焦りを覚えた。

 

「進化型は、これまでのバーテックスとは桁違いの強さを持っている! 二人とも、油断は絶対にするな!!」

 

 バーテックスの進化は急速に進む。

 見上げるほどの球体が収縮し、収縮し、収縮し――――人間よりふた回り大きい程度になって、ようやく球体が崩れ始めた。

 来る、と身構えた勇者たちより先んじて、進化途中のバーテックスへと攻撃を仕掛けたものがあった。

 上空高くより落ちる八条の流星――――赤原猟犬(フルンティング)が、最後の獲物へと牙を剥く。

 それぞれ異なる方向から狙う魔弾を、バーテックスが弾くことなどできるはずがない。万に一つ、全ての弾丸を迎撃できたにしても同じこと、真紅の猟犬はその身を砕かれるまで追い立てることを止めはしない。

 だが、逆を言えば、砕かれてしまえばそれまでということだ。

 

「……なッ!?」

 

 バーテックスの直上で、魔弾全てが砕け散る。

 その一瞬前の攻防に、若葉は驚愕を抑えられない。勇者の強化された視力は、目の前の『巨人のような』バーテックスが何をしたのか、その一部始終を捉えていた。

 化け物は、腕のように伸びた部位で四つの魔弾を弾いていた。

 その弾かれた魔弾が、弾かれなかった残りの魔弾に衝突し、互いを砕きあったのだ。偶然にしては出来すぎた現象に、若葉の背に悪寒が走る。

 間違いない。

 巨人型バーテックスは、狙ってあの芸当を成し遂げたのだ。

 

「……馬鹿な、バーテックスにそんな……」

 

 頭部のない巨人のようなバーテックスの腕が更に膨れ上がり、巨大な棍棒のようになった。

 そして、

 

「来るぞ……ッ!!」

 

 若葉の警告と同時、白い巨体が飛翔した。

 音すらも置き去りにし、バーテックスは狙いを定めた獲物へと肉薄する。

 

「く、避け、」

「て、や――――――!!」

 

 避けられない、と確信して刀を構えた若葉の前に、友奈が飛び出していた。

 気合いと共に突き出した拳と棍棒がぶつかり合い、

 

「うぁ…………ッ!?」

 

 衝突寸前に翻ったバーテックスの一撃が、友奈の小柄な身体を横薙ぎに吹き飛ばした。

 辛うじて手甲を滑り込ませていなければ、致命打になったことは間違いないほどの剛撃。

 転がる勇者に追い打ちをかけるべく、巨人型のバーテックスは四肢のような器官を膨張させた。二回りほども膨れあがった巨躯が、次撃の威力を嫌でも想起させる。

 

「させる、ものかぁぁあああッ!!」

「高嶋さんに……よくもッ!!」

 

 その身体に、二筋の軌跡が走った。

 前と後ろ、勇者の放った二つの斬撃が足を模した器官の一つを斬り飛ばしたのだ。当然、バランスを崩したバーテックスの身体に、剣戟の雨が降りかかる。

 

「やぁ――――!!」

 

 大鎌で斬りかかりながら、千景はその手応えに戦慄した。

 勇者の猛攻は、確かにバーテックスの身体を損傷させていた。防戦に回っている敵に比べて、手数の上でも圧倒している。

 だが、浅い。

 より強く、より速く放たれた斬撃は、白い巨体に潜り込むことなく弾かれてしまう。渾身の一撃も、引っ掻き傷を一つ増やすのが精一杯な有様だ。

 そして、若葉も同じように焦りを感じ始めていた。

 

「千景、このバーテックスはさっきまでの奴とは違う! 一度距離を取って、態勢を立て直す!」

「えぇ、わかったわ……」

 

 千景が離脱するのを待って、若葉も一太刀の後に後ろへ跳躍した。

 バーテックスの身体に傷はない。損傷とも呼べない浅い傷は当然のこと、切断した足すらも修復が終わっている。そして、辛うじて人型のようだった外観はより人間の、屈強な男のような体躯に変形していた。

 そして、存在しない頭部の代わりに、肩から肩にかけて、大きく口を模した器官がパックリと開いていた。

 

【挿絵表示】

 

「……■■■■■■■■■■■――――!」

 

「ぐッ…………!?」

「ッ……なに、こいつ……ッ!」

 

 突如響き渡った咆哮に、千景が悪態を吐く。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大音響。それでも武器を構えた手を緩めないのは、耳を傷めることよりも決定的な隙を曝す危険を恐れたから。

 やがて咆哮が収まった。

 その、一瞬の間隙を捉えた奇襲だった。

 

「勇者、パ――――ンチ!!」

 

 若葉と千景が、連携して斬りかかるよりも速く、

 巨人型バーテックスが、隙のあった紅の勇者を叩き潰すよりも早く、

 倒れ伏していたはずの友奈の拳が、バーテックスの側面にめり込んでいた。

 

「もう、いっぱ――――つ!!!」

 

 ぐらりと揺れた巨体へと、間髪入れず二撃目の拳が叩きつけられる。

 追撃はしかし、手のような部位が割り込まれ防がれていた。それは、友奈の腕を絡めとるように伸び、逃れようとした彼女を拘束する。

 

「■■■■■■■■■■■――――!」

 

 勝ち誇ったように雄叫びを上げて、振り下ろされた棍棒の一撃が友奈を襲う。

 

「友奈…………ッ」

「高嶋さん…………!」

 

 飛び出した若葉は、彼我の距離から間に合わないと悟った。

 確かに、勇者の身体能力は人間の域を外れている。

 だが、届かない。若葉の全力を以てしても、彼女の刀が届くより早く巨人の一撃が友奈を捉えてしまう。

 

 若葉より先んじて距離を詰めていた千景は、寸前で間に合うと確信していた。

 だが、足りない。

 友奈の前に飛び込むことはできても、あのバーテックスの一撃を受け止めるだけの力が彼女にはない。

 友奈を救う力を求めて、千景は自身の内面に意識を集中させた。神樹の持つ概念記録にアクセスし、そこから力を抽出し、自らの身体に宿す――――、

 

「……、七人御先……!」

 

 凶悪な一撃は、五つの影によって阻まれた。

 拮抗は一瞬のこと、バーテックスは蹴散らすように剛撃を押し通し、邪魔な影をまとめて薙ぎ倒した。

 だが、その先にいるはずの、捕らえていた桜色の勇者の姿がない。拘束していた器官はズタズタに切り裂かれ、たった今倒したはずの人影も一つ残らず消失していた。

 

「高嶋さん、大丈夫……!? 怪我は……見当たらないけど、目に見えない所とか……!?」

「ううん、大丈夫! ぐんちゃんが助けてくれたお陰だよ!」

「あ、ありがとう……よかった、本当に……」

 

 ホッと安堵の息を吐く、七人の千景。

 その光景に、横抱きに抱えられていた友奈が目をパチクリさせると、

 

「ぐんちゃんって、忍者だったの……?」

「違うわ、高嶋さん……これは、私が呼び出した精霊の能力……」

 

 千景が纏った『七人御先』の力は、宿主を七つの地点に同時に存在させる。

 この『七』の数字は不変のものであり、例え数人の千景が倒されたとしても必ず次の瞬間には『七人』に戻っている。つまり、千景は同時に七人全員が殺されない限りは不死身となったのだ。

 勇者の『切り札』――――肉体に大きな負担がかかるため、極力使わないと事前に決めていた手段。

 リスクは大きい、だがそれに見合うだけの力を確かに千景は感じていた。

 

「……やむを得ない、か……」

 

 呟く若葉の眼前に、バーテックスが迫る。

『切り札』を使った千景より、若葉の方が対処できると判断したのか。事実、強化されているとはいえ、若葉の膂力では巨人型の一撃を受け止めることはできない。

 だが、何も真正面から受け止めることだけが戦術ではない。

 

「来い――――」

 

 若葉が切り札を発動させ、剛撃は空を切った。

 体勢を崩した怨敵へ襲い掛かる蒼い閃光。瞬く間に全身へ傷を刻んだのは、新たな力を宿した若葉だった。

『源義経』――――それが、若葉が神樹から引き出した精霊の名前。

 その昔、源平の合戦で活躍した若武者は、壇ノ浦の戦いにおいて甲冑を身にまとったまま舟から舟へと、まるで飛ぶように跳躍し、戦場を縦横無尽に駆け巡ったという。

 八艘飛び、と呼ばれたその技を駆使する若葉は、空中を自在に跳躍する。

 上下左右、あらゆる方向から襲い来る斬撃は、まるで嵐のようだ。

 

「これで、どうだ…………ッ!?」

 

 瞬く間に、バーテックスの白い巨体に無数の傷が刻まれる。

 再生しかけていた腕のような部位は千切れ飛び、足を模した器官も削り取られ、立っているのがやっとなほど。

 このまま押し切れる、そう考えるのも当然のことだろう。

 反撃の隙すら許さず、圧倒的な機動力で若葉は終始バーテックスを攻め続けていた。

 足の一本を両断した際、勝利を確信した若葉の次撃は、体勢を崩しているだろう相手に止めを刺すためにより速く、単調なものになっていた。

 離れていた友奈が異変に気付いた。が、警告は遅く、若葉は速過ぎた。

 

「若葉ちゃん、だめ―――――!!」

「!」

 

 眼前に迫る白い棍棒に、自分が罠にかかったことを理解した。

 崩れていると思った敵は万全の構えで飛び込んでくる獲物を待ち構えていた。振り下ろされる一撃の速さは、足や腕を斬り落とす前と比べても遜色ない。

 何故、という疑問はすぐに氷解した。

 存在しない足で踏み込み、失った腕でバランスを取る巨人はしかし、全く体勢が崩れていない。不自然なまでに自然に剛撃を放つ様は、一周回って異様ですらあった。

 動きは人間そのものでありながら、人間の構造的縛りを全く無視している。それはつまり――――人体の行動限界など、当てはまらない存在だということ。

 

「まだだ……、」

 

 不可避の攻撃を前に、それでも僅かな勝機を探る。

 まだだ、若葉はまだ死ぬことはできない。

 バーテックスに報いを受けさせる、そう誓ってこの二年半もの間、勇者として訓練を続けてきた。数十、数百、今日この時だけで数多の怨敵を斬り伏せたが、その程度で足りるはずがない。

 友達を喰い殺し、抵抗できない人々を磨り潰し、人類を滅亡の縁にまで追いやったバーテックス。

 奴らに報いを受けさせなければ、

 

「こんな所で、死ぬことなどできるはずがない―――――!」

 

 若葉の想いが宿ったのか、刀が淡い光を帯びる。

 それが何の変化かは分からない。

 分からないまま振るわれた刃は、その真価を担い手に見せることはなかった。

 

「……■■■■■■■■■■■――――!?!」

 

 吹き飛ばされる白い巨体。

 若葉と切り結んだ結果ではない。横転したバーテックスを、突き立った剣の生み出す爆風が追い打ちをかける。

 

「……互いに、苦戦しているみたいだな」

 

 男は、まさしく満身創痍の出で立ちだった。

 左手は流血し、身に付けた装束はボロ雑巾のよう。呼吸も荒く、疲労感が滲み出ていた。

 それでも、男の眼に曇りはない。

 

「時間だ。あれの相手は私が引き受ける、代わりに――――――冬木の皆のことを、頼む」

 

 

 

 そして、刻限は訪れた。

 冬木の魔術炉心、大聖杯の最後の奇跡が、

 残り僅かな魔力を費やした、魔法に等しい大魔術が行使される。

 




 
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