Re:Spirit-encore-   作:藺草影志(OVERBLOOD)

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再編シリーズ第4弾、狂愛の始まりから、狂愛の終焉を描いた本編と追憶編を収録、8話収録。前編は5話収録、後編は3話収録。


Offside 2.「[Restructuring] Mad love "前編"」

I.

 

――――――――――――――――――――――

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

 

小さい頃から、ずっと羨ましかった。

 

 

 

 

一緒に遊んだり、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり、同じベッドで寝たり。

 

 

 

 

常に同じ時間を共有できる家族が欲しい。

 

 

 

 

ある種の諦観にも似た、満たされることのないそんな羨望は。

 

 

 

 

お前がわたしの前に現れてから、すべてが叶った。

 

 

 

 

………………。

 

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

いつからだったのかな。

 

 

 

 

お前がそばにいてくれないと。

 

 

 

 

ココロが――壊れそうになって。

 

 

 

 

 

リゼ「…………ん?」

 

 

リゼ「ここあ……?」

 

 

リゼ「ここあ……?ここあ!」

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

ここあ「ただいま――……!」

 

 

リゼ「ここあがいなくなった……ここあがいなくなった……」ブツブツ

 

 

ここあ「りぜちゃんっ!」

 

 

リゼ「……?」

 

 

ここあ「りぜちゃん……」

 

 

リゼ「ここあ……?ここあっ!」ガシッ

 

 

ここあ「きゃっ……!」

 

 

リゼ「……どこにいってたんだ」

 

 

ここあ「ひとりで『といれ』まで……りぜちゃん、ねてたから」

 

 

リゼ「っ……どうしてわたしから離れるんだ!」

 

 

ここあ「!」ビクッ

 

 

リゼ「前にも言っただろ!」ドン!

 

 

ここあ「ひゃぅ……」ビクッ

 

 

リゼ「勝手にいなくなったりしたらダメだって!一人でどこにも行ったらダメだって!なぁここあ!」

 

 

ここあ「ぁ……」ガクガク

 

 

リゼ「どうしていうこと聞けないんだ!?」

 

 

ここあ「ごめんなさい……」グスッ

 

 

リゼ「……わたしのこと、嫌いなのか…」

 

 

ここあ「……!」

 

 

リゼ「わたしはこんなにここあのことを愛してるのに……」グスッ

 

 

リゼ「ここあは、わたしのことなんて……」

 

 

ここあ「ちがうよ!わたしりぜちゃんのことだいすきだよ!」

 

 

リゼ「……なら、どうして」

 

 

リゼ「どうしてわたしの側からいなくなるんだっ!」

 

 

ここあ「!」

 

 

リゼ「……どうして」

 

 

ここあ「……ごめんなさい、りぜちゃん……」ブルブル

 

 

リゼ「……!」ハッ

 

 

ここあ「ひっく……ぐすっ……えぅ……」ポロポロ

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

ここあ「ごめんね……ごめんね」ポロポロ

 

 

リゼ「……っ」ギュッ

 

 

ここあ「……?」

 

 

リゼ「ここあ……ごめんな、わたし……」

 

 

ここあ「りぜちゃん……」

 

 

リゼ「怒鳴ったりしてごめん、怖かったよな……せっかく気遣ってくれたのに……」

 

 

リゼ「でも、お前がいなくなると不安になって……怖くて……」

 

 

リゼ「どこにもいかないでくれ……頼む」ブルブル

 

 

ここあ「……りぜちゃん」

 

 

ここあ「……うん、だいじょうぶだよ」

 

 

リゼ「!」

 

 

ここあ「ひとりにしてごめんね、りぜちゃん……」ギュッ

 

 

リゼ「……ここあ」

 

 

ここあ「よしよし、さみしかったね」ナデナデ

 

 

リゼ「………っ」ギュッ

 

 

ここあ「…………」ナデナデ

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

――食堂――

 

 

リゼ「今朝はすまなかったな。お詫びにお昼はなんでも好きなもの作ってあげるぞ」

 

 

ここあ「ほんと?それじゃあかれーらいす!」

 

 

リゼ「カレーか、任せろ。ちゃんと甘口にしてやるからな」ナデナデ

 

 

ここあ「んっ……♪」

 

 

リゼ「ここあはどうする?部屋で待っておくか?」

 

 

ここあ「ううん、わたしもてつだう。えぷろんもってくるね」タタタ

 

 

リゼ「待て、転ぶといけないから一緒に行こう」

 

 

ここあ「……!うん!」ギュッ

 

 

リゼ「おっと……」

 

 

ここあ「りぜちゃん、だっこして?」

 

 

リゼ「しょうがないな、甘えんぼうめ」ヒョイ

 

 

ここあ「えへへ♪」

 

 

リゼ「ここあ……」ギュッ

 

 

ここあ「やっぱりやさしい……りぜちゃん……」

 

 

リゼ「んっ?」

 

 

ここあ「ううん、なんでもない」

 

 

リゼ「隠し事すると尋問だぞ」コチョコチョ

 

 

ここあ「あははっ、くすぐっちゃだめぇ」

 

 

リゼ「ふふっ」ニコッ

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ここあ「この『かれー』おいしい!」

 

 

リゼ「そうか、たくさん食べるんだぞ」

 

 

ココア「……」キョロキョロ

 

 

リゼ「んっ、どうした?」

 

 

ここあ「ゆうしゃさんやおとうさん、今日もいないね」モグモグ

 

 

リゼ「親父や使用人たちは忙しいからな、心配しなくても後で食べるだろう」

 

 

ここあ「わたし、よんでくる」

 

 

リゼ「こら、ご飯の最中に行儀が悪いだろ。明日でいいよ」

 

 

ここあ「でも、みんなでいっしょにたべたいよ……」シュン

 

 

リゼ「……」ピクッ

 

 

リゼ「……………………」

 

 

ここあ「おとうさんたち、よんできちゃだめ……?」

 

 

リゼ「…………」ウツムキ

 

 

 

リゼ「……――のか」

 

 

 

ここあ「え…?」

 

 

リゼ「ここあは、そんなにわたしと二人が嫌なのか……」

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

 

リゼ「どうしてなんだ……」ギリッ

 

 

リゼ「わたしと二人でいるのが、そんなに楽しくないのか……」ギリギリ

 

 

ここあ「そんなことない!りぜちゃんとふたりでもすごくたのし――」

 

 

リゼ「ならどうしてそんなに悲しい顔をするんだ!!」ガンッ!

 

 

ここあ「ひゃっ!?」ビクッ

 

 

リゼ「どうしてわたしより使用人や親父のことが出てくるんだ!!」ガンガン!

 

 

リゼ「わたしのことが嫌いなら!わたしといっしょにいるのが嫌ならはっきり言えっ!!」バキッ!

 

 

ここあ「…………」ガクガク

 

 

リゼ「……!」ハッ

 

 

リゼ「スプーンが……――!ここあ……」

 

 

ここあ「…………」ブルブル

 

 

リゼ「ここあ!」

 

 

ここあ「ううっうぇええぇ……!」ポロポロ

 

 

リゼ「ごめんここあ……!わたし、また……」

 

 

ここあ「りぜぢゃん……ぐすっ……ごめんなさい」ポロポロ

 

 

ここあ「ちゃんということきくから…きらいにならないで……!」ポロポロ

 

 

リゼ「違うんだ、ここあ……!わたし……」

 

 

リゼ「ごめん、ごめん……」ギュッ

 

 

ここあ「りぜちゃん……うぇっうぇええんっ!」ポロポロ

 

 

リゼ「ここあ……くっ……」

 

 

 

リゼ「……落ち着いたか?」

 

 

ここあ「ぐすっ……うん」

 

 

リゼ「すまない……さぁ、ご飯を食べよう」

 

 

ここあ「ん……りぜちゃんのとなりでたべてもいい?」

 

 

リゼ「ああ、もちろんだ。ほら」カチャッ

 

 

ここあ「えへへ……りぜちゃんといっしょ」

 

 

リゼ「向かい合わせだと寂しいもんな、わたしもだぞ」ヒョイ

 

 

リゼ「ずっとここあの隣でいたい……」ギュッ

 

 

ここあ「りぜちゃんもあまえんぼう……?よしよし♪」ナデナデ

 

 

リゼ「ここあは、優しいな……それにあったかい」スリスリ

 

 

リゼ「このまま、ずっとお前に触れていたい……」

 

 

リゼ「ずっと離れないで、永遠に……」

 

 

ここあ「リゼちゃん……?」

 

 

リゼ「どこにも行っちゃだめだぞ……どこにも」

 

 

ここあ「うん」ニコッ

 

 

リゼ「……」クスッ

 

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

 

おかしいな……。

 

 

 

 

前と変わらず、幸せなはずなのに。

 

 

 

 

毎日お前がそばにいてくれて、何もかもが満たされているはずなのに。

 

 

 

 

――なのに、どうして。

 

 

 

 

どうしてこんなに、怖いんだろう。

 

 

 

 

わたしは、なにに怯えてるんだ。

 

 

 

 

……いつから、こうなったんだっけ。

 

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

シャロ「――んぱい、リゼ先輩!」

 

 

リゼ「――!」

 

 

シャロ「先輩、大丈夫ですか?」

 

 

リゼ「……ああ」

 

 

シャロ「………………」

 

 

シャロ「なにか、悩みごとですか?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

シャロ「あっ、言いにくいならいいんです。……でも最近のリゼ先輩、なんだか様子がおかしい気がして」

 

 

リゼ「……おかしいか、わたし」

 

 

シャロ「いえその、変な意味ではなくて……」アセアセ

 

 

リゼ「……そうか」

 

 

シャロ「リゼ先輩……?」

 

 

リゼ「シャロ……少し聞いてくれるか?」

 

 

リゼ「ここあのことで、実は最近……な」

 

 

シャロ「……?」

 

 

 

 

シャロ「ここあのことになると、感情がおかしくなる……ですか」

 

 

リゼ「……ああ」

 

 

リゼ「ここあに嫌われているのかもしれないって思うと、もうまともな判断が出来なくなって……」

 

 

リゼ「気が付いたときには、いつもをここあを怒鳴りつけて……泣かせてしまって……」

 

 

シャロ「………………」

 

 

リゼ「ほんと……なにやってるんだろうなわたし」

 

 

リゼ「こんな調子じゃあ、ここあに嫌われてしまう……」

 

 

シャロ「……嫌いになったりしませんよ、ここあは」

 

 

リゼ「え……?」

 

 

シャロ「リゼ先輩、やっぱり少し変ですよ」

 

 

シャロ「先輩らしくないです、どうしてそんなにここあのことを疑うんですか?」

 

 

リゼ「疑う……?」

 

 

シャロ「リゼ先輩がここあのことを想っているのと同じくらい、ちゃんとここあにも想われているってどうして思えないんです?」

 

 

シャロ「ここあのこと、そんなに信じてあげられませんか?」

 

 

リゼ「……!」

 

 

シャロ「大丈夫です、ここあは、リゼ先輩のこと大好きですから」

 

 

リゼ「………………」

 

 

リゼ(わたしが……心のどこかで、ここあを疑っている?)

 

 

リゼ(あんなに、純真なここあを?)

 

 

リゼ(………………)

 

 

リゼ(……そうか)

 

 

リゼ(……だから、こんなに)

 

 

シャロ「リゼ先輩?」

 

 

 

リゼ「……どうすれば、いいんだ」ガクッ

 

 

 

シャロ「っ!?」

 

 

リゼ「わたしは……ほんとうにここあの側にいてもいいのか……」

 

 

リゼ「こんなわたしが、ずっとここあに愛してもらえるのか……」

 

 

シャロ「リゼ先輩……?」

 

 

リゼ「分からない……怖い……」ブルブル

 

 

リゼ「この気持ちをどうすればいい……教えてくれ、ここあ……」ガクガク

 

 

シャロ「先輩!しっかりしてください!」

 

 

シャロ「どこか座る場所……!」

 

 

シャロ「――もしもし千夜!手が空いてたら公園まで来て、リゼ先輩が……!」

 

 

リゼ「ここあ……ここあ……」ガクガク

 

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

リゼ(今日はチノにも千夜にもシャロにも、みんなに迷惑かけてしまったな……)

 

 

リゼ(……すっかり遅くなった)

 

 

リゼ(ここあ……いなくなったりしてないよな?)

 

 

 

――リゼの部屋――

 

 

リゼ「…………」ガチャッ バタン

 

 

ここあ「すぅ……すぅ…………」Zzz

 

 

リゼ「……良かった」

 

 

リゼ「ここあ、ただいま……」ナデナデ

 

 

ここあ「ん……♪」Zzz

 

 

リゼ「……ここあ」スッ

 

 

リゼ「ふふっ、かわいいな……おまえは」ナデナデ

 

 

リゼ「それに、優しい……」スリスリ

 

 

ここあ「…………」Zzz

 

 

 

リゼ「……だから、なのかな」

 

 

 

リゼ「いくら側にいても、抱きしめても……」

 

 

 

リゼ「こんなに不安が消えないのは……」ギュッ

 

 

 

ここあ「んっ……」Zzz

 

 

リゼ「お前がずっとそばにいてくれるって、確証がほしい……」

 

 

リゼ「一生どこにもいかないでくれるっていう、確証がほしい……」

 

 

リゼ「……どうすれば、手に入るんだろう」

 

 

リゼ「なぁ、ここあ……」

 

 

ここあ「ん……りぜちゃん……?」ポワポワ

 

 

リゼ「おはよう、ここあ……ただいま」ニコッ

 

 

ここあ「んっ……」クシクシ

 

 

ここあ「りぜちゃん、おかえりなさい!」ギュッ

 

 

リゼ「おっと……ふふっ」

 

 

ここあ「きょうはおそかったね、おつかれさま」

 

 

リゼ「!」

 

 

ここあ「ちょっとだけ寂しかったよ、えへへ」ニコッ

 

 

リゼ「……!」

 

 

リゼ「……………………」

 

 

ここあ「ん……リゼちゃん?」

 

 

 

リゼ「……すまない」

 

 

 

リゼ「そっか……そうだな」

 

 

 

ここあ「?」

 

 

 

――ギュッ

 

 

リゼ「ここあ……大丈夫だ」

 

 

リゼ「もう、邪魔させないからな」

 

 

リゼ「もう誰にも……お前との時間を」スリスリ

 

 

ここあ「りぜちゃん?」

 

 

リゼ「ふふっ……ここあ……」スリスリ

 

 

リゼ「なにがあっても、お前と一緒にいるぞ……ずっと、ずっと」ハイライトオフ

 

 

リゼ「ここあのためなら、わたしは……」

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

II.

 

―――――――――――――――

 

 

 

ここあ……ここあ。

 

 

 

 

……ここあ?

 

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

わたしもう、リゼちゃんのことすきでいられないよ……。

 

 

 

いきなりおこったり……いまのりぜちゃん、こわい……。

 

 

 

ちのちゃんのところに―――らびっとはうすに、もどるね……。

 

 

 

さようなら……。

 

 

 

りぜちゃん……きらい。

 

 

 

――

 

――――

 

 

――――――

 

 

 

 

いやだ……。

 

 

 

 

いかないでくれ……。

 

 

 

 

お前に見捨てられたら、わたしは――

 

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

ここあ「りぜちゃん、りぜちゃん!」ユサユサ

 

 

 

リゼ「うぁああああぁっ!!!?」

 

 

 

ここあ「!」

 

 

リゼ「はぁ……はぁ……!」

 

 

リゼ「…わたしの、へや……?」

 

 

ここあ「りぜちゃんだいじょうぶ!?」

 

 

リゼ「……!」

 

 

ここあ「ずっとうなされてたよ……?どうしたの?」

 

 

リゼ「ここあ……か?」

 

 

ここあ「……?」

 

 

リゼ「ここあ……ここあっ!!」

 

 

ここあ「きゃっ……!」

 

 

リゼ「っ……!」ギュッ

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

 

リゼ「ぐすっ……ひっく……」ポロポロ

 

 

ここあ「こわいゆめでもみたの?」

 

 

リゼ「ここあ……」グスグス

 

 

リゼ「どこにも行かないよな……わたしのこと、嫌いじゃないよな……?」

 

 

ここあ「……?りぜちゃんのことだいすきだよ、どこにもいかないよ」

 

 

リゼ「ほんとうか……?」

 

 

ここあ「うん。だから、なきやんで?」

 

 

リゼ「……っ」ギュッ

 

 

ここあ「こわかったね、よしよし」ナデナデ

 

 

リゼ「っ……」ガリッ…ガリッ…

 

 

ここあ「いつっ……」

 

 

リゼ「ここあ……っ」

 

 

ここあ「りぜちゃん……」

 

 

ここあ「………………」

 

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

 

お前は、わたしを受け入れてくれる。

 

 

 

………………。

 

 

 

泣いていると、小さな身体で、精一杯抱きしめてくれる。

 

 

 

………………。

 

 

 

わたしには、お前がいればいい。

 

 

 

………………。

 

 

 

お前との毎日が愛しくなるにつれ。

 

 

 

………………。

 

 

 

外の世界が、億劫になってくるよ。

 

 

 

………………。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

――翌日――

 

 

リゼ「…………」

 

 

シャロ「…………」

 

 

リゼ「…………」

 

 

シャロ「あの、リゼ、先輩……?」

 

 

リゼ「ん……?」

 

 

シャロ「最近、また寝不足ですか?」

 

 

リゼ「いや、そんなことないぞ」

 

 

シャロ「でも、目の下にクマが……」

 

 

リゼ「……これか」

 

 

リゼ「実は昨日、嫌な夢を見てな……」

 

 

シャロ「悪夢ですか?」

 

 

リゼ「ああ、思い出したくも無い」

 

 

シャロ「もしかして、ここあのことで何か……」

 

 

リゼ「……」ピクッ

 

 

シャロ「あっ、ごめんなさい!思いだしたくないですよね……」

 

 

リゼ「………………」

 

 

シャロ「そ、そういえば、ここあは元気ですか?最近あんまり会えて無くて……」

 

 

リゼ「……ああ」

 

 

シャロ「また、会いに行ってもいいですか?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

シャロ「リゼ先輩……?」

 

 

リゼ「すまない、そろそろいくよ」スタスタ

 

 

シャロ「あっ、先輩……」

 

 

シャロ「……………」

 

 

 

 

 

……………………。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

――ラビットハウス――

 

 

リゼ「…………」

 

 

チノ「…………」

 

 

リゼ「…………」

 

 

チノ「……き、今日もお客さん、少ないですね」

 

 

リゼ「そうだな……」

 

 

チノ「…………」

 

 

チノ「リゼさん……あの……」

 

 

リゼ「……?」

 

 

チノ「……ここあさんは、元気ですか?」

 

 

リゼ「…………」

 

 

チノ「リゼさん……?」

 

 

リゼ「ああ、元気だぞ」

 

 

チノ「そうですか」

 

 

リゼ「早くここあに会いたい……」

 

 

チノ「…………」

 

 

リゼ「んっ……もうこんな時間か、帰ろう」

 

 

チノ「あ……ま、待ってください」

 

 

リゼ「……?」

 

 

チノ「えっと、少しお話しませんか?あ、そういえば昨日マヤさんが……」

 

 

リゼ「すまないチノ、また今度でいいか?ここあが待ってるんだ」

 

 

チノ「ぅ……で、ですが、その……」

 

 

リゼ「急いでるんだ、ごめん」

 

 

チノ「あっ…………」

 

 

ガチャッ バタン

 

 

チノ「……!」ピポッパッ

 

 

チノ(千夜さん……出てください……!)

 

 

チノ(でないと……リゼさんが帰って……)

 

 

 

 

…………っ。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

――甘兎庵――

 

 

千夜「………………」ナデナデ

 

 

ここあ「んっ……」Zzz

 

 

千夜「………………」

 

 

千夜(やっと寝てくれたわ)

 

 

千夜「……………………」

 

 

 

――スッ

 

 

 

千夜「……!」

 

 

 

千夜(背中のこれ、引っかき傷……?)

 

 

千夜(お腹のこのアザ……)

 

 

千夜(肩のこの傷、指の痕……?)

 

 

千夜(腕以外にもこんなにたくさん……)

 

 

千夜(……やっぱり)

 

 

 

千夜「ここあちゃん……?この傷、転んだんじゃないわよね?」

 

 

千夜(これ……間違いなく――)

 

 

 

 

リゼ「――千夜」

 

 

 

 

千夜「!?」ビクッ

 

 

リゼ「ここあ……やっぱりここにいたのか」

 

 

千夜「り、リゼちゃん……いらっしゃい」ニコッ

 

 

リゼ「寝てるのか?」

 

 

千夜「ええ、遊び疲れたみたい」

 

 

リゼ「そうか。……千夜、これからは連れ出すなら一言連絡してくれ。帰ったら部屋にいないから驚いた」

 

 

千夜「ごめんなさい……」

 

 

千夜「……」チラッ

 

 

千夜(チノちゃんから着信来てる……気付かなかった……)

 

 

リゼ「世話になってすまないな。すぐに連れて帰るよ」ヒョイ

 

 

千夜「あっ……」

 

 

リゼ「ありがとう、またな千夜」

 

 

千夜「リゼちゃん、待って」

 

 

リゼ「?」

 

 

 

千夜「……ここあちゃんの、腕や身体のアザ」

 

 

 

リゼ「!」

 

 

千夜「ここあちゃんに聞いたら転んだって言ってたけど……違うわよね?」

 

 

リゼ「……」

 

 

千夜「リゼちゃんの、しわざ……?」

 

 

リゼ「……」

 

 

千夜「ねぇ、リゼちゃん……?どうしちゃったの?」

 

 

リゼ「……」

 

 

千夜「どうしてここあちゃんにひどいことするの……?」

 

 

リゼ「……っ」

 

 

千夜「ここあちゃんのこと、あんなに可愛がってたのに……溺愛してたのに……」

 

 

リゼ「……っ!」ギリッ

 

 

千夜「なのにどうして……まさか、ここあちゃんのこと虐待して――!」

 

 

 

リゼ「うるさいっ!!!」

 

 

 

千夜「!?」ビクッ

 

 

リゼ「お前にわたしの気持ちの何がわかるんだっ!!」

 

 

 

千夜「……!」

 

 

ここあ「ふぉぇ……?」

 

 

千夜「リゼちゃん……」

 

 

リゼ「……すまない、千夜」

 

 

リゼ「ごめん……今日は帰るよ」

 

 

リゼ「…………」ガチャッ

 

 

千夜「リゼちゃん、待って……!」

 

 

 

リゼ「………………」

 

 

ここあ「リゼちゃん……」

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「………………」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

『千夜「どうしてここあちゃんにひどいことするの……?」』

 

 

 

 

二つ返事で返せる答えを持っていながらそれを口に出さないのは、わたしがまだ正常である証なのか、あるいは認知した上での現実逃避の表れなのか。

 

 

 

 

薄々気付いてはいたのだ。識見において明らかに欠けていることも。

 

 

 

 

……でも。

 

 

 

 

心の奥から絶え間なく滲み出るドス黒い感情は、わたしにとって紛れもなく現実で。

 

 

 

 

その行動原理を、行動を抑止する方法も持ち合わせていない。自制心も理性も、今となっては飾りだ。

 

 

 

 

わたしはお前を、虐待したいんじゃない。お前を、泣かせたいんじゃない。

 

 

 

 

わたしは……ただ。

 

 

 

 

『お前の特別でありたいだけなんだ』

 

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

――翌日 甘兎庵――

 

 

 

千夜「リゼちゃん……前より痩せた?」

 

 

リゼ「……そうかもな」

 

 

千夜「ちゃんとご飯食べてる?」

 

 

リゼ「……ああ」

 

 

千夜「待ってて、栗羊羹でも」

 

 

リゼ「いや、いい」

 

 

リゼ「最近、何を食べてもおいしくないんだ」

 

 

リゼ「甘いとか、辛いとかは分かるんだけど」

 

 

千夜「…………」

 

 

リゼ「……ごめん」

 

 

千夜「ううん、大丈夫よ」

 

 

リゼ「………………」

 

 

千夜「……リゼちゃん?」

 

 

千夜「……あのね、こんなこと言ったら嫌われちゃうかもしれないけど、でも……言わせて」

 

 

 

千夜「リゼちゃん……きっと病気よ?」

 

 

 

リゼ「……そうだろうな」

 

 

千夜「……!」

 

 

千夜「分かってたの……?」

 

 

リゼ「ここあに暴力を振るって果てや味覚までおかしくなってきてるんだ、気付かないほうがおかしい」

 

 

リゼ「昨日は千夜に八つ当たりまでして……」

 

 

千夜「………………」

 

 

 

 

リゼ「わたしは……狂ってるんだろうな」

 

 

 

 

千夜「……そうかもしれないわ」

 

 

千夜「でも、リゼちゃんよ」

 

 

リゼ「…………」

 

 

千夜「たとえどんなに狂っていても、リゼちゃんはリゼちゃんだから」

 

 

千夜「わたしの大切な友達……わたしだけじゃないわ、チノちゃんにとってもシャロちゃんにとっても」

 

 

リゼ「……千夜」

 

 

千夜「リゼちゃん……近いうちに一度、病院に行きましょう」

 

 

千夜「なにかあったらここあちゃんのことはわたしが面倒見るから……ね?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

リゼ「…………」チラッ

 

 

ここあ「ん……」Zzz

 

 

リゼ「……少し、考えさせてくれ」

 

 

千夜「ここあちゃんと離れ離れになるのがイヤ……?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

千夜「そう……わかったわ」

 

 

千夜「急に呼び出してごめんなさい。……ここあちゃんも付いてくるなら、わたしから訪ねて行けばよかったわね」

 

 

リゼ「すまない、今日に限って聞き分けが悪くてな……」

 

 

千夜「リゼちゃんのこと、好きなのね」

 

 

リゼ「こんなに酷いことしてるのにな……不思議な奴だよ」

 

 

リゼ「……ここあ」ナデナデ

 

 

ここあ「ふぉぇ……」Zzz

 

 

リゼ「遅くなってごめんな、帰ろう」ヒョイ

 

 

リゼ「邪魔したな、千夜」

 

 

千夜「……リゼちゃん」

 

 

リゼ「……?」

 

 

千夜「最後に、これだけは言わせて」

 

 

千夜「わたし、リゼちゃんのことも大切だけど、ここあちゃんのことも同じくらい大切なの」

 

 

千夜「二人のどっちにも、絶対不幸になってほしくない」

 

 

千夜「……だから、ね」

 

 

 

千夜「もし、リゼちゃんがこれからも今のままなら……ここあちゃんに、暴力を振るったりするのなら」

 

 

 

千夜「例えリゼちゃんに嫌われたとしても、ここあちゃんに恨まれたとしても、わたしはリゼちゃんとここあちゃんのこと、引き離すから」

 

 

千夜「リゼちゃんのこと、無理矢理にでも病院に連れて行くから」

 

 

 

リゼ「………………」

 

 

千夜「……ごめんなさい」

 

 

リゼ「……千夜?」

 

 

千夜「……?」

 

 

リゼ「……ありがとう」ニコッ

 

 

千夜「リゼちゃん……」

 

 

リゼ「優しいな、千夜は」

 

 

リゼ「お前だけじゃない、チノも、シャロも……」

 

 

リゼ「逃げられる場所が、あまりに多すぎるよ」

 

 

千夜「え……」

 

 

リゼ「……」ガチャッ バタン

 

 

千夜「………………」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

――リゼの部屋 IN ベッド―

 

 

 

リゼ「…………」

 

 

 

『千夜「なにかあったらここあちゃんのことはわたしが面倒見るから」』

 

 

 

リゼ「………………」

 

 

 

 

ここあと離れ離れになるのは、嫌だ。

 

 

 

 

それ自体は紛うこと無き本音で、どれほどの嘘を心に重ねようとも揺らぐことのない本心だ。

 

 

 

 

――でも。

 

 

 

 

それはあくまで、わたし自身の幸福という身勝手極まりないものにおいて焦点を当てただけの結論で。

 

 

 

 

そこにここあの幸福を加味するのであれば、全く正反対の結論に至る。

 

 

 

 

――わたしの側から、離れてほしい。

 

 

 

 

一見矛盾した二律背反の願望は、それでもなおコインの裏表のように繋がっていて。

 

 

 

 

どちらも嘘偽りのない、わたしの本心で。

 

 

 

 

リゼ「……………………」

 

 

 

 

結局、自我を通してここあの全てを無理矢理奪うことも、ここあのことを想って手に入れた全てを投げうつこともできない。

 

 

 

 

正常にも、狂気にもなれない。

 

 

 

 

そんな中途半端な自分に苛立って、またお前に理不尽な暴力を振るってしまう。

 

 

 

 

お前に嫌われることでしか、正常な結論に振り切る術を知らないから。

 

 

 

 

リゼ「………………」

 

 

 

 

矛盾行動の根底には、味覚を狂わすほどにまで悩んだ末に同一された行動原理が確かに存在している。

 

 

 

 

リゼ「わたしは――本当に狂っているのか……」

 

 

 

 

ここあ「りぜちゃん」ヒョイ

 

 

リゼ「ん……?」

 

 

 

ここあ「だいじょうぶ?つかれたの?」

 

 

リゼ「……ここあ」

 

 

ここあ「そうだ、わたしがなでなでしてあげるっ」

 

 

リゼ「……撫でてくれるのか?」

 

 

ここあ「りぜちゃん……――」スッ

 

 

リゼ「……!」

 

 

ここあ「なでなで、なでなで♪」

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

伸ばされた小さな手は、いつも暖かくて。

 

 

 

人肌やぬくもりなんて概念をいとも簡単に飛び越えて。

 

 

 

視界に映る景色も、目に見えない気持ちの黒色さえも塗り替えてくれる。

 

 

 

リゼ「……ここあ」

 

 

リゼ「抱きしめても、いいか?」

 

 

ここあ「うん!――えいっ♪」ポスッ

 

 

リゼ「…………」ギュッ

 

 

ここあ「りぜちゃん、げんきになった?」

 

 

リゼ「ああ……」

 

 

リゼ「ここあがいれば、すぐに元気になれるよ」

 

 

ここあ「えへへ」ニコッ

 

 

 

 

屈託のないお前の笑顔は。

 

 

 

またわたしを、逃げ道の無い袋小路へと追いやってくる。

 

 

 

お前のことより、自分の気持ちを優先しろと言わんばかりに、

 

 

 

優柔不断、偽善者、悪人、狂人。

 

 

 

自分を責める言葉は枚挙に暇が無いほど浮き出てくるが、悲しいかな、それも詮無いことの一言で折り合いが付いてしまうのだ。

 

 

 

リゼ「ここあ……」スリスリ

 

 

ここあ「りぜちゃんくすぐったいよぉ」キャッキャッ

 

 

 

 

例え狂っていても、正常でも。

 

 

 

お前に触れて感じられるぬくもりだけは、変わらないのだから。

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

シャロ「あっ、リゼ先輩……!」

 

 

リゼ「ん……シャロか」

 

 

シャロ「あの、今日は部活の助っ人じゃあ……?」

 

 

リゼ「気分が乗らないから断ったよ。どの道、今のわたしじゃ役に立てないだろうし」

 

 

シャロ「そうでしたか……」

 

 

リゼ「シャロも帰りか?」

 

 

シャロ「はい……あっ、良かったら久しぶりにどこか寄っていきません?そういえば最近ステーショナリーショップの横にスイーツのお店がオープンしたそうですよ」

 

 

リゼ「スイーツ、か」

 

 

シャロ「よろしければ、リゼ先輩もどうです?」

 

 

リゼ「……………………」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

シャロ「ここのタルト、クラスの間でも評判なんですよ」

 

 

リゼ「おいしそうだな……どれ」

 

 

リゼ「……」モグモグ

 

 

シャロ「わぁ、おいしいですね……!」

 

 

リゼ「……………………」

 

 

シャロ「リゼ先輩、どうですか?」

 

 

リゼ「…………」

 

 

リゼ「……」

 

 

リゼ「」

 

 

シャロ「先輩……?」

 

 

リゼ「シャロ、ごめん。もう帰るよ」

 

 

シャロ「えっ?」

 

 

リゼ「感想はまた明日教えるから、すまない」

 

 

シャロ「リゼ先輩!?」

 

 

リゼ「…………」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

リゼ「ただいま」ガチャッ

 

 

ここあ「あっ、りぜちゃん!おかえりなさい」タタタ

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

ここあ「ふぉぇ?りぜちゃん、そのふくろなに?」

 

 

リゼ「これか?これはお前へのお土産だ」

 

 

ここあ「おみやげ?」

 

 

リゼ「ああ。ほら、チーズタルトだ」

 

 

ここあ「わぁ、おかし!」ピョンピョン

 

 

リゼ「晩御飯前だけど特別に食べていいぞ」

 

 

ここあ「ほんと!えへへ、いただきます♪」

 

 

ここあ「………………」モグモグ

 

 

リゼ「どうだ?」

 

 

ここあ「ん……すっごくおいしいよ!」

 

 

リゼ「……!」

 

 

ここあ「はい、りぜちゃんも、あーん」

 

 

リゼ「大丈夫だぞ、わたしの分もある」スッ

 

 

リゼ「…………」

 

 

パクッ

 

 

リゼ「…………」モグモグ

 

 

リゼ「――!」

 

 

ここあ「どう?」

 

 

リゼ「ああ……おいしい」ニコッ

 

 

リゼ「ちゃんと、味がわかるよ」

 

 

ここあ「?」

 

 

リゼ「ふふっ……」ヒョイ

 

 

ここあ「りぜちゃん?」

 

 

リゼ「やっぱりお前がいないとダメみたいだ……」ギュッ

 

 

ここあ「がっこうでなにかあったの?よしよし」ナデナデ

 

 

リゼ「ここあ……」スリスリ

 

 

 

リゼ(わたしは、どうすればいいんだろう)

 

 

 

ここあ「…………?」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

――夕方 ラビットハウス――

 

 

チノ「……そうですか」

 

 

千夜「きっとリゼちゃんも、色々と辛いんでしょうね」

 

 

チノ「………………」

 

 

チノ「でも……このままだと、ここあさんも、リゼさんも……」

 

 

チノ「なんだか……遠くに行ってしまうような気がするんです」

 

 

千夜「……大丈夫、わたしが何とかするわ」

 

 

千夜「だから、チノちゃんは今まで通りリゼちゃんに接してあげて?」

 

 

チノ「………………」

 

 

千夜「みんなそれぞれができること、精一杯頑張りましょう」

 

 

チノ「……はい」

 

 

千夜「無理させてごめんなさい……必ず、また元通りになるから」ナデナデ

 

 

チノ「…………」グスッ

 

 

千夜「…………」ギュッ

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

千夜「……」ガチャッ バタン

 

 

シャロ「千夜、お疲れ様」

 

 

千夜「!シャロちゃん……」

 

 

シャロ「チノちゃん、どうだった?」

 

 

千夜「うん……やっぱり辛そうね……」

 

 

シャロ「そう……無理もないわ」

 

 

千夜「解決法も見つからないから余計に辛いのよね、きっと」

 

 

シャロ「……ここあの痣のこと、チノちゃんに教えなくていいの?」

 

 

千夜「……チノちゃん、きっとショックで泣いちゃうと思うから」

 

 

シャロ「…………」

 

 

千夜「シャロちゃんの方はどうだった?」

 

 

シャロ「一緒に寄り道はできたんだけど、タルトを一口食べたらなぜかリゼ先輩すぐに帰っちゃって……」

 

 

千夜「…………」

 

 

シャロ「確かに様子は変だけど……ちゃんとここあの分も買ってたし、千夜の言うようにわたしもリゼ先輩がここあを虐待しているようには見えないわ」

 

 

シャロ「最近は部活の助っ人まで断って真っ直ぐ家に帰ってるみたいだし……むしろ、前以上に溺愛してるように見える」

 

 

千夜「……あまりに、愛し過ぎるのかしら」

 

 

シャロ「えっ?」

 

 

千夜「知ってるシャロちゃん?愛情と憎悪って対極にあるような気がするけど、実際は紙一枚程度の隔たりだそうよ」

 

 

千夜「……手遅れになる前に、どうにかしないと……」

 

 

シャロ「千夜……?」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

『みんなそれぞれができること、精一杯頑張りましょう』

 

 

チノ「………………」

 

 

チノ(明日は午前まで……リゼさんは通常授業……)

 

 

チノ「…………」

 

 

ここあ(チノちゃん、また二人でおでかけしようね!)

 

 

チノ「……ここあさん」

 

 

チノ「……っ」グッ

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

――翌日――

 

 

トントン

 

 

ここあ「ふぉぇ……?だあれ?」

 

 

チノ「失礼します」ガチャッ

 

 

ここあ「ちのちゃんっ!」

 

 

チノ「ここあさん……」

 

 

ここあ「ちのちゃーん♪」ギュッ

 

 

チノ「久しぶりですね、元気でしたか?」

 

 

ここあ「うん!ちのちゃん……」スリスリ

 

 

チノ「……?ここあさん、腕、怪我したんですか?」

 

 

ここあ「――!うん……ころんだの」スッ

 

 

チノ「そうですか……気を付けないとダメですよ」

 

 

ここあ「えへへ……」ニコッ

 

 

チノ「ここあさん、今日はいい天気ですね」

 

 

チノ「良かったら、二人でどこか遊びに行きませんか?」

 

 

ここあ「……!おそと……?」

 

 

チノ「はい、この前ケーキを買いに行ったデパートまで散歩しませんか?ここあさんの好きなもの、なんでも買ってあげますよ」

 

 

ここあ「………………」

 

 

チノ「ここあさん……?」

 

 

ここあ「ちのちゃん……わたしといきたい?」

 

 

チノ「もちろんですよ、ここあさんといっしょに行きたいです」

 

 

ここあ「……そっか」

 

 

チノ「……ダメですか?」

 

 

ここあ「……ううん!わたしもちのちゃんといきたい!」

 

 

チノ「!」

 

 

ここあ「いっしょにおさんぽいこっ♪」

 

 

チノ「くすっ……はい、たくさん遊びましょうね」

 

 

ここあ「うん」ニコッ

 

 

ここあ「………………」

 

 

ここあ(りぜちゃん……ごめんね)

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

チノ「…………」

 

 

ここあ「♪~♪♪」

 

 

ここあ「こころぴょんぴょんまち♪かんがえるふりして――」

 

 

チノ「ここあさん」

 

 

ここあ「ん?」

 

 

チノ「……」キョロキョロ

 

 

ここあ「ちのちゃん?」

 

 

チノ「少し、内緒話ししてもいいですか?」

 

 

ここあ「ないしょばなし?わかった、しっーだね」

 

 

チノ「ありがとうございます」ナデナデ

 

 

チノ「……最近、リゼさんの様子が変だと思いませんか?」

 

 

ここあ「りぜちゃんが?」

 

 

チノ「ここあさんに対して、前以上に過保護になったといいますか……」

 

 

チノ「上手く表現できないんですが……その、見ていて異常なように感じて……」

 

 

ここあ「そんなことないよ?りぜちゃんはいつもやさしいもん」

 

 

チノ「もちろんそうですが……」

 

 

ここあ「…………」

 

 

チノ「なにか、変わったこととかありません?」

 

 

ここあ「だいじょうぶだよ」ニコッ

 

 

チノ「………………」

 

 

ここあ「りぜちゃん……ちのちゃんになにかしちゃった?」

 

 

チノ「いいえ、わたしには特に……」

 

 

ここあ「そっか……ちのちゃん?」

 

 

ここあ「りぜちゃんのこと、きらいにならないであげてね?」

 

 

チノ「……ここあさん」

 

 

チノ「大丈夫ですよ、リゼさんのこと絶対嫌いになったりしません」ナデナデ

 

 

チノ「だからここあさんも、何かあったらすぐに教えてくださいね」

 

 

ここあ「うん!」

 

 

チノ(ここあさんは何も変わっていない……やっぱりわたしたちの気のせいでしょうか……)

 

 

ここあ「ちのちゃん?」

 

 

チノ「――そろそろ3時ですね、帰りましょうか」

 

 

チノ(リゼさんが帰ってくる前に送り届けてあげないと)

 

 

ここあ「ちのちゃん、『て』つなごう?」

 

 

チノ「いいですよ」クスッ

 

 

ここあ「えへへ♪」ニヘラ

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

――天々座家――

 

 

ここあ「ただいま~!」ガチャッ

 

 

チノ「…―――!」

 

 

 

リゼ「…………」

 

 

 

チノ「リゼさん……!?」

 

 

リゼ「……チノだったのか、ここあを連れ出したのは」

 

 

チノ「あ…………」カタカタ

 

 

ここあ「りぜちゃん……」

 

 

リゼ「胸騒ぎがしたから急いで帰ってきてみれば……」

 

 

チノ「はうぅ…………」ガクガク

 

 

リゼ「――チノ?」

 

 

チノ「!」ビクッ

 

 

リゼ「千夜にも言ったが……連れ出すのなら連絡してくれ」

 

 

チノ「ご、ごめんなさい……」

 

 

リゼ「……ここあが世話になったな」

 

 

リゼ「ありがとう……戻ってくれていいぞ」

 

 

チノ「あ、あの……」

 

 

リゼ「……?」

 

 

チノ「……リゼさん……最近、なにか疲れていませんか?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

チノ「もし何かありましたら、ここあさんのことやラビットハウスのことは引き受けますから……その……無理しないでくださいね?」

 

 

リゼ「……ああ、ありがとう」

 

 

チノ「では、また……」

 

 

ここあ「ちのちゃん」

 

 

チノ「?」

 

 

ここあ「きょうはありがとう」ニコッ

 

 

チノ「ここあさん……」

 

 

ここあ「……ごめんね」

 

 

チノ「え……」

 

 

リゼ「……」バタン

 

 

チノ「あ……」

 

 

 

リゼ「………………」

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

 

リゼ「……また、約束を破ったな」

 

 

ここあ「……ごめんなさい」

 

 

リゼ「……こい」グイッ

 

 

ここあ「あっ……」

 

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

どうしてみんな、わたしからここあを奪う……?

 

 

 

 

どうしてみんな、邪魔をするんだ……。

 

 

 

 

わたしが不安に駆られるのが、そんなに楽しいか……?

 

 

 

 

ここあにとってふさわしい人間でいられないわたしを、嘲笑いたいのか。

 

 

 

 

ここあとわたしを、引き裂きたいのか。

 

 

 

 

……わたしのシアワセを、うばいたいのか。

 

 

 

 

…………………………。

 

 

 

 

……違うよな。

 

 

 

 

分かっていながら、また繰り返す。

 

 

 

 

意と反する矛盾した行動を、ただ永遠に。

 

 

 

 

――リゼの部屋――

 

 

パシン!

 

 

ここあ「きゃっ!」

 

 

ここあ「うぅ……」グスッ

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

リゼ「なんで……どうして…………」ハイライトオフ

 

 

リゼ「ここあ……どうしてわたしのものになってくれないんだ……」

 

 

ここあ「りぜちゃん……」ブルブル

 

 

リゼ「やっぱり消えないアザでも作らなきゃダメみたいだな」ググッ

 

 

ここあ「あぁっ゛!りぜちゃんやめて……いたい」ポロポロ

 

 

りぜ「ここあ……」ガリッ…ガリッ…

 

 

ここあ「いたいよぉ……!ごめんなさい、ごめんなさい……」ポロポロ

 

 

リゼ「わたしは愛してるんだ……この世で一番お前のことを……」

 

 

リゼ「なのに……なのにお前は……」

 

 

リゼ「……っ!」グググ

 

 

ここあ「りぜちゃん……ぅぇぁっ……!」

 

 

リゼ「ここあ……ここあ……!」

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

―――――――――――――――――

 

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」ナデナデ

 

 

リゼ「グスッ……グスッ……」ポロポロ

 

 

ここあ「…………」ナデナデ

 

 

リゼ「ぅぐ……ひっく……」

 

 

ここあ「りぜちゃん、なかないで……?」

 

 

リゼ「ぇぅ……ぅっく……」ポロポロ

 

 

ここあ「よしよし……」

 

 

リゼ「ここあ……ごめん……」

 

 

リゼ「痛かったよな……ごめんな、ごめんな……」ポロポロ

 

 

ここあ「だいじょうぶ……だいじょうぶだよ」ナデナデ

 

 

リゼ「ここあぁ……うぅっうぇええぇ……」ポロポロ

 

 

ここあ「わたしがりぜちゃんのことひとりぼっちにしたから……」

 

 

リゼ「ひっく……ぇぅ……」ポロポロ

 

 

ここあ「ごめんね、もうはなれたりしないよ」

 

 

リゼ「ここあ……っ!」ギュッ

 

 

ここあ「…………」ナデナデ

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

――深夜 IN ベッド――

 

 

 

リゼ「……………………」

 

 

ここあ「りぜちゃん、ねるまえにえほんよんで?」

 

 

リゼ「ああ、いいぞ」

 

 

ここあ「やったぁ!えっとね、このまえかったこれがいい」

 

 

リゼ「………………」

 

 

リゼ「……ここあ?」

 

 

ここあ「ん?」

 

 

リゼ「絵本を読む前に大事な話がある……いいか?」

 

 

ここあ「だいじなおはなし?」

 

 

リゼ「ああ、ここに座ってくれ」

 

 

ここあ「りぜちゃんのおひざじゃだめ?」

 

 

リゼ「……ダメだ」

 

 

ここあ「」シュン

 

 

――ポスッ

 

 

ここあ「りぜちゃん、どうしたの?」

 

 

リゼ「……ここあ」

 

 

リゼ「…………っ」

 

 

ここあ「……?」

 

 

リゼ「…………」ウツムキ

 

 

ここあ「りぜちゃん?」

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

 

 

リゼ「――明日から、ラビットハウスに戻ってくれ」

 

 

 

 

ここあ「……え」

 

 

リゼ「チノのところに戻ってくれ……千夜のところでもいい、シャロのところでもいい……わたしから離れてくれ」

 

 

ここあ「…………」

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「……どうして」

 

 

リゼ「………………」

 

 

ここあ「わたしのこと、きらいになっちゃった……?」

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「やくそくやぶったから……?」

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「グスッ……ごめんなさいりぜちゃん、もうしないから……」ウルウル

 

 

ここあ「だからきらいになっちゃやだ……」ジワッ

 

 

リゼ「違うんだ、ここあ」

 

 

リゼ「お前のことは好きだぞ……わたしもできれば、ずっといっしょにいたい」

 

 

リゼ「でも、もう無理なんだ……」グスッ

 

 

ここあ「……!」

 

 

リゼ「さっきみたいに、お前のことを叩いたり怒鳴ったりしてしまう……お前のことが、大切でたまらないのに……なのに……」

 

 

ここあ「………………」

 

 

リゼ「ごめんな、ここあ……千夜やみんなの言う通りなんだ」

 

 

 

 

リゼ「わたしは、狂ってるんだよ」

 

 

 

 

リゼ「これ以上お前といっしょにいたら、なにをしてしまうか分からない……」

 

 

リゼ「もうお前といっしょにいられない……これ以上お前のそばにいたら……」

 

 

ここあ「いやっ!」

 

 

リゼ「!」

 

 

ここあ「いや……いやだよ……!」フルフル

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

ここあ「……っ」ギュッ

 

 

ここあ「だいじょうぶ……わたし、へいきだから」

 

 

ここあ「だからどこにもいっちゃダメ……」グッ

 

 

ここあ「りぜちゃんとはなればなれになるの、いやだよ……」グスッ

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

リゼ「ありがとう……嬉しいぞ」

 

 

リゼ「でも、分かってくれ。わたしなんかといっしょにいたら、お前まで……」

 

 

ここあ「っ……!」フルフル

 

 

リゼ「……ここあ」

 

 

ここあ「ちがうよ……」

 

 

ここあ「りぜちゃんは、まえよりさみしがりやになっただけだもん……」グスッ

 

 

ここあ「あたたかいよ……やさしいよ」

 

 

ここあ「わたしのすきなりぜちゃんだよ……」ジワッ

 

 

ここあ「……くるってなんかないもん」ポロポロ

 

 

リゼ「……!」

 

 

ここあ「みんなりぜちゃんにひどいこといっちゃだめ……」ポロポロ

 

 

ここあ「りぜちゃんをなかせたら……だめ……」ポロポロ

 

 

ここあ「りぜちゃん……っ!」ギュッ

 

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

――狂うって……なんなんだ。

 

 

 

 

大多数の常識や、社会の枠組みから逸脱したら?

 

 

 

 

人知では図りえない感情を持ってしまったら?

 

 

 

 

もし偏狭な枠から一歩外に踏み込んだ人間が、狂気だとするのなら。

 

 

 

 

いま見ているのは、以前のわたしが見ていたのとは似ても似つかない世界なのか。

 

 

 

 

……でも。

 

 

 

 

それももはや、どうでもいいことだ。

 

 

 

 

目の前にいる小さなこの子は、わたしのとって何ら変わりの無い天使なのだから。

 

 

 

 

この子は、いまのわたしでも良いと言ってくれたのだ。

 

 

 

 

今のわたしを、好きだと言ってくれたのだ。

 

 

 

 

なら、もう……。

 

 

 

 

この子と離れるくらいなら……この子の気持ちを否定してあまつさえ、自分の気持ちを否定することでしか元に戻れないのなら。

 

 

 

 

正常な世界なんて、もう要らない。

 

 

 

 

わたしには、ここあだけがいればいい。

 

 

 

 

お前となら、今のままでも十分幸せでいられるのだから。

 

 

 

 

リゼ「……………………」

 

 

リゼ「……ここあ?」

 

 

ここあ「?」

 

 

リゼ「んっ……」

 

 

―チュッ

 

 

ここあ「!」

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

 

リゼ「ありがとう……」ナデナデ

 

 

リゼ「お前がそういうなら、きっとそれが正しい……いや、真実なんだ」

 

 

リゼ「ここあ……」ギュッ

 

 

ここあ「りぜちゃん……あったかい……」

 

 

リゼ「ごめんな……わたしはもう、絶対にお前を諦めたりしない」

 

 

リゼ「誰に何を言われようと、お前の側にいる……」

 

 

リゼ「お前の気持ちを、言葉を否定しようとするものは、わたしが全部失くしてやる……」

 

 

リゼ「例えどれだけ自分を嫌いになったとしても、お前がわたしのことを好きだと言ってくれるなら……お前が、わたしを必要としてくれるなら……」スッ

 

 

ここあ「……りぜちゃん」

 

 

 

 

リゼ「――たとえ誰をころしても……お前をころしてしまったとしても。ここあが望んでくれるなら、永遠に、ずっと、一緒にいたい」

 

 

 

 

ここあ「…………」

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「……うそじゃない?ほんと……?」

 

 

リゼ「ああ」

 

 

ここあ「……っ」ギュッ

 

 

ここあ「よかった……」

 

 

ここあ「一緒にいてもいいんだね……」

 

 

 

ここあ「いくらりぜちゃんにたたかれても……わたし、どこにもいかなくていいんだね」

 

 

 

リゼ「ああ……」

 

 

ここあ「りぜちゃん、すき……だいすき」スリスリ

 

 

ここあ「なにをされてもずっと、りぜちゃんのことがいちばんすきだよ……」

 

 

リゼ「ふふっ……ここあ……」

 

 

リゼ「わたしもだ……すきだ、だいすきだ……」

 

 

リゼ「あははっ……あったかいな……お前は」

 

 

リゼ「もう、何も要らない……」

 

 

リゼ「お前のぬくもりさえあればいい……」ギュッ

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

 

リゼ「もうわたしは、大丈夫だからな」ニコッ

 

 

………………。

…………。

……。

 

 

 

III.

 

―――――――――――――――

 

 

 

――天々座家 リゼの部屋――

 

 

リゼ「…………」キュッ

 

 

ここあ「りぜちゃん、たいそうふくもった?」

 

 

リゼ「ああ、玄関に置いてある」

 

 

ここあ「じゅんびかんりょうだね」

 

 

リゼ「…………」ナデナデ

 

 

ここあ「ん……そろそろしゅっぱつ?」

 

 

リゼ「……そうだな」チラッ

 

 

リゼ「………………」

 

 

リゼ「まだ少し早いな……」

 

 

リゼ「ここあ……抱きしめてもいいか?」

 

 

ここあ「えへへ、いいよ」ニコッ

 

 

――ギュッ

 

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「りぜちゃん……あったかい?」

 

 

リゼ「ああ……」

 

 

ここあ「よかった……いっぱいあっためてあげるね」

 

 

リゼ「わたしの身体、冷えてるか?」

 

 

ここあ「そんなことないよ、りぜちゃんもぽかぽか♪」

 

 

リゼ「そうか……こんなの巻いてても意味無いんだがな」

 

 

ここあ「かして!」

 

 

リゼ「んっ……?」シュル

 

 

ここあ「まふらーもいっしょにあたためてあげる」ギュッ

 

 

リゼ「ここあ……ふふっ、優しいな、お前は」スリスリ

 

 

ここあ「どう、あったかい?」

 

 

リゼ「ああ、ここあのぬくもりだけはちゃんと分かるぞ」

 

 

ここあ「りぜちゃん……ひとりでだいじょうぶ?」

 

 

リゼ「心配するな、すぐに帰ってくるから」

 

 

ここあ「んっ、いってらっしゃい!」

 

 

リゼ「」ニコッ

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

 

大丈夫。

 

 

 

 

お前がいてくれるなら。

 

 

 

 

リゼ「……………………」

 

 

 

 

この色彩を持たない景色も。

 

 

 

 

極寒すらも感じられないほど歪んだ体感も。

 

 

 

 

生きるために味のしない物を口に運ぶ義務も。

 

 

 

 

もはや苦痛でしかない、お前といる以外の時間も。

 

 

 

 

ここあの笑顔を見るだけで、全て耐えられる。

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

 

リゼ「………………」

 

 

リゼ(やっと終わった……)

 

 

リゼ(次はラビットハウスか……)

 

 

リゼ(………………)

 

 

 

リゼ(……遅いな)イライラ

 

 

 

シャロ「先輩、お待たせしました」ハァハァ

 

 

リゼ「シャロ……」

 

 

シャロ「すいません、ホームルームが長引いて――」

 

 

リゼ「帰るぞ」

 

 

シャロ「へっ?あ、は、はい……」

 

 

リゼ「…………」チッ

 

 

シャロ(リゼ先輩……いま、舌打ちしたわよね)

 

 

シャロ「…………」ビクビク

 

 

リゼ「…………」スタスタ

 

 

シャロ「せ、先輩……?」

 

 

リゼ「……なんだ?」

 

 

シャロ「えと……そ、その……」

 

 

リゼ「早く言え」

 

 

シャロ「あぅ……いえ、なんでも……」

 

 

リゼ「……そうか」

 

 

リゼ「…………」スタスタ

 

 

シャロ「あっ、リゼ先輩……!」

 

 

 

 

リゼ「着いた……またな、シャロ」

 

 

シャロ「は、はい……いつも自宅まで、すいません」ペコリ

 

 

リゼ「ああ」

 

 

シャロ「…………」チラッ

 

 

リゼ「……?」

 

 

シャロ「…………」

 

 

ガチャッ バタン

 

 

リゼ「……」フゥ

 

 

リゼ(4時には間に合うか……)

 

 

千夜「あらリゼちゃん、おかえりなさい」

 

 

リゼ「!」

 

 

千夜「いま帰り?」

 

 

リゼ「千夜か……ただいま」

 

 

千夜「良かったら少し寄っていかない?試作メニューで良ければサービスするわ」

 

 

リゼ「いや……いい」

 

 

千夜「この間のここあちゃんの件、ゆっくり話したいの」

 

 

リゼ「………………」

 

 

千夜「リゼちゃん……お願い」

 

 

リゼ「……悪いけど、今日は急いでるんだ」

 

 

千夜「待ってリゼちゃん、せめて10分だけでもいいから――」

 

 

リゼ「……」ダンッ!

 

 

千夜「……!」ビクッ

 

 

リゼ「…………」

 

 

千夜「リゼちゃん……?」

 

 

リゼ「聞こえないのか……急いでるんだ」

 

 

千夜「……ごめんなさい」

 

 

リゼ「……すまない」

 

 

千夜「ううん……またね」

 

 

リゼ「ああ……」スタスタ

 

 

千夜「………………」

 

 

千夜「……っ」キュッ

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

チノ「………………」ビクビク

 

 

リゼ「…………」

 

 

リゼ「……チノ」

 

 

チノ「っ!は、はい……?」

 

 

リゼ「服の袖、汚れてるぞ」

 

 

チノ「あっ……」

 

 

リゼ「拭いてやるからじっとしてろ」

 

 

チノ「ありがとうございます、リゼさん……」

 

 

リゼ「………………」フキフキ

 

 

チノ(リゼさん、優しいままだ……)

 

 

チノ(でも、じゃあこの違和感は……)

 

 

リゼ「よし……」

 

 

チノ「っ……あの……」

 

 

リゼ「んっ……?」

 

 

チノ「――あっ……リゼさん、左手になにか――」スッ

 

 

 

――ピトッ

 

 

 

リゼ「――――!」

 

 

 

チノ「糸クズがくっ付いて――」

 

 

リゼ「うわぁあっ!!」ドンッ

 

 

チノ「っ!?」ドタッ

 

 

チノ「うぅ……リゼ…さん?」

 

 

リゼ「はぁ……はぁ……!」ブルブル

 

 

チノ「……!」

 

 

リゼ「チノ……ごめん、大丈夫か?」

 

 

チノ「は、はい……リゼさんこそ……」

 

 

リゼ「っ……すまない」

 

 

チノ「どうかされたんですか……?」

 

 

リゼ「なんでもない……気にしないでくれ」

 

 

リゼ「本当にごめん……」

 

 

チノ「………………」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

 

触れられた瞬間に感じたおぞましい感覚は、もはや嫌悪感などという概念を遥かに超えていた。

 

 

 

 

人間が生理的に受け付けないであろう音、光景、匂いの全てを触覚という刺激に集束されたような、あたかもそんな気さえした。

 

 

 

 

その意味合いにおける原因は、当然チノではない。

 

 

 

 

リゼ「…………」

 

 

 

 

味覚の次に触覚までもが後に続くように、正常を踏み越えてしまっただけだ。

 

 

 

 

それがなぜあんな感覚だったかまでは、知る由も無いが。

 

 

 

 

リゼ「…………!」タタタ

 

 

 

 

だがこの一抹の不安と恐怖は、そんなことについてではない。

 

 

 

 

そう、わたしにとって『人』と触れ合う触覚の有無など、今や『そんなこと』なのだ。

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

リゼ「ここあ……!」

 

 

ここあ「りぜちゃん、おかえりなさい!」

 

 

リゼ「……っ!」ギュッ

 

 

ここあ「わわっ……りぜちゃん?」

 

 

リゼ「ここあ……手を」

 

 

リゼ「――わたしの手を、握ってくれないか?」

 

 

ここあ「りぜちゃんとあくしゅ?うん、いいよ♪」

 

 

 

――ギュッ

 

 

 

リゼ「……!」

 

 

 

ここあ「おそとさむかったんだね、りぜちゃんの『て』つめたくなってる」ニギニギ

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「りぜちゃんもにぎりかえして?あくしゅしよう♪」

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「ふぉぇ?りぜちゃん?」

 

 

リゼ「良かった……お前の手、あったかい……」

 

 

リゼ「ここあ……ここあ……」ギュッ

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

 

リゼ「ふふっ……ここあ……」

 

 

ここあ「りぜちゃん、またおそとでさみしくなっちゃった?」

 

 

リゼ「ああ、でももう平気だ」

 

 

リゼ「ここに帰ってきて……こうしてお前と抱き合っていれば……」

 

 

リゼ「この嫌な現実を、全て忘れられる」

 

 

リゼ「ここあ……ずっと一緒だ……」スリスリ

 

 

ここあ「うん……」ギュッ

 

 

 

 

大丈夫……。

 

ここあが、いれば……。

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

リゼ「今日は麻婆豆腐、か」

 

 

ここあ「おいしそう……!」キラキラ

 

 

リゼ「ここあ、食べられるか?」

 

 

ここあ「うん、めいどさんがあまくちにしてくれたの」

 

 

ここあ「……りぜちゃんは?」

 

 

リゼ「んっ……食べるよ」

 

 

リゼ「いただきます……」パクッ

 

 

リゼ「…………」モグモグ

 

 

ここあ「どう……?」

 

 

リゼ「……辛いな」

 

 

ここあ「やっぱり、おいしくない……?」

 

 

リゼ「ああ、そうだな」

 

 

ここあ「そっか……」シュン

 

 

リゼ「でも大丈夫だ、ここあと一緒に食べるだけでまだおいしいと思える」

 

 

リゼ「だから気にしないでいいぞ」

 

 

ここあ「うん……」

 

 

リゼ「嫌な思いさせてごめんな」

 

 

ここあ「ううん、へいきだよ」

 

 

リゼ「たくさん食べろよ」ニコッ

 

 

ここあ「…………」

 

 

ここあ「りぜちゃん……」

 

 

リゼ「……」モグモグ

 

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

 

味なんか、いらない。

 

……ここあが、いれば。

 

 

 

 

――深夜 IN ベッド――

 

 

リゼ「ふふっ……」スリスリ

 

 

ここあ「りぜちゃん、またあまえんぼう?」

 

 

リゼ「ここあ……」ギュッ

 

 

リゼ「お前は天使だ……」

 

 

リゼ「わたしには、お前しかいない……」

 

 

リゼ「わたしが生きていることを実感できるのは……もうお前のそばだけだ」

 

 

リゼ「しあわせだ……こうしてお前と抱き合っている間がいちばん………」

 

 

ここあ「うん……わたしもだよ……」ギュッ

 

 

リゼ「暖かいな……ずっとこのままでいたい……」

 

 

リゼ「もう明日なんて来なくていい……永遠に……」

 

 

 

――スッ

 

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

 

リゼ「ここあの首は、細いな……」

 

 

リゼ「少し力を込めたら……簡単に締まりそうだ……」

 

 

ここあ「…………」

 

 

リゼ「しんでもお前と一緒にいられるなら……それも悪くないんだけどな……」

 

 

ここあ「りぜちゃんとふたりで、しぬの……?」

 

 

リゼ「ああ……でもわたしなんかのためにここあが犠牲になることは無い」

 

 

リゼ「うそだ……冗談だよ」

 

 

ここあ「……っ」ギュッ

 

 

リゼ「ごめん、怖かったな……」ナデナデ

 

 

ここあ「りぜちゃん、いなくなっちゃいやだよ……?」

 

 

リゼ「ああ、どこにもいかないぞ」

 

 

 

 

リゼ「お前がこの世に生きている限り――――どこにも」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

――翌日――

 

 

 

『配慮』という行為について、人は少し見識を深めるべきではないだろうか。

 

 

 

ドア一枚で隔たれた現実に戻されることが今のわたしにとってどれほどの苦痛か、千夜ははっきり分かっているだろう。

 

 

 

ましてや人としての責務や尊厳を放棄することが出来る休日の、それも早朝ときている。

 

このイライラ指数、常識のある人間ならば察するにあまりある。

 

 

 

人一倍気遣いが出来る千夜のことだ、恐らく当初は平日の帰り道にそのチャンスを窺っていたに違いない。それならば昨日『偶然』会ったことにも合点がいく。

 

 

 

しかし、昨日の不躾極まりないわたしの態度からそれは無理だと判断したのだろう。

 

平日の学校帰りは今となってはもはや地獄から天国への帰路なのだ、寄り道なんてする余裕は無い。

 

 

 

つまるところ、一見配慮が欠けているかに見えるこの狼藉は、千夜なりに精一杯わたしの気持ちを配慮した上での結論だったのだろう。

 

 

 

なぜなら千夜には、『見限る』や『見捨てる』などといった諦観は選択肢すら存在しないから。

 

 

 

千夜は――――あまりに優しいのだ。

 

 

 

それが薄々察せる故にか、その優しさを億劫としか感じることができない今のわたしの感情を、よりいっそう逆撫でするには十分過ぎるほどの材料だった。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

――甘兎庵――

 

 

 

千夜「リゼちゃん……さいきん寝不足?」

 

 

リゼ「……ああ」

 

 

千夜「ちゃんと寝ないとダメよ、また少し痩せたみたいだし……」

 

 

リゼ「…………」

 

 

千夜「そうだわ、昨日言ってた新作メニューでも――」

 

 

リゼ「千夜、前置きはいいから早く言ってくれ」

 

 

千夜「…………」

 

 

千夜「……りぜちゃん?」

 

 

 

千夜「ここあちゃん、げんき?」

 

 

 

リゼ「……元気だ、昨日もたくさん遊んだ」

 

 

千夜「そう……」

 

 

千夜「今でもう2週間近く会ってないわ……近いうちにまた会いに行ってもいい?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

千夜「ダメ……?ならまた連れてきてもらっても……」

 

 

リゼ「………………」

 

 

千夜「……りぜちゃん」

 

 

リゼ「………………」

 

 

千夜「ねぇリゼちゃん?この前言ったこと覚えてる?」

 

 

千夜「もしリゼちゃんがこのままなら、わたしは嫌われても二人のこと引き離すって」

 

 

千夜「……いまのリゼちゃん、前よりずっとひどくなってるわ」

 

 

リゼ「…………」

 

 

千夜「ごめんなさい……もう、これ以上は見過ごせない」

 

 

千夜「ここあちゃんのことが心配で、胸が張り裂けそうなの……」ブルブル

 

 

リゼ「…………」

 

 

千夜「お願いリゼちゃん、ここあちゃんのことはわたしたちに任せて一度病院に行って?」

 

 

千夜「みんなで付いていくから……」

 

 

リゼ「…………」

 

 

千夜「どうにもならないかもしれないけど、でもこのままじゃあ――」

 

 

リゼ「……千夜、さっきからお前は何を言ってるんだ」

 

 

千夜「えっ……?」

 

 

リゼ「どうして怪我でも病気でもないわたしが病院なんかに行かなきゃならない?」

 

 

千夜「……!」

 

 

リゼ「ここあを任せろだと?別にお前たちに任せなくても平気だ」

 

 

リゼ「わたしはここあを、ここあはわたしを必要としてくれてる……お前たちが出る幕じゃない」

 

 

リゼ「用件はおしまいか?もう帰るぞ」

 

 

千夜「リゼちゃん……待って!」

 

 

リゼ「……?」

 

 

千夜「どうしちゃったのリゼちゃん!ねぇ!」

 

 

リゼ「うるさい、大声出すな」

 

 

千夜「この前言ってたわよね、自分が狂ってきてるって……!」

 

 

リゼ「……あれは、わたしの勘違いだったんだ」

 

 

リゼ「本当に狂っているのは――――千夜、お前たちのほうだ」

 

 

千夜「……!?」

 

 

リゼ「わたしは狂ってなんかいない……ここあがそう言ってくれた」

 

 

リゼ「ここあは本当のことしか言わない……わたしが原因じゃないのなら、お前たちがおかしいだけだ」

 

 

千夜「リゼちゃん……」

 

 

リゼ「帰るぞ、ここあを待たせてるんだ」

 

 

千夜「リゼちゃん待って!……やっぱり狂ってる、優しいリゼちゃんがこんなこと言うわけないわ!」

 

 

リゼ「……」ピクッ

 

 

千夜「わたしの知っているリゼちゃんは現実から目を逸らして殻に籠もったりしない!そんな卑怯者じゃない!」

 

 

千夜「りぜちゃん……お願い、戻ってきて……」グスッ

 

 

リゼ「…………」ツカツカ

 

 

千夜「……?」

 

 

――グイッ!

 

 

千夜「!」

 

 

リゼ「千夜……お前、今なんて言った?」

 

 

千夜「リゼちゃん……?」ガクガク

 

 

リゼ「わたしのことを狂ってるって……ここあの言うことが嘘だとでも言いたいのか!?」

 

 

千夜「きゃっ!」

 

 

リゼ「ここあの言葉を否定するんだな……!」ググッ

 

 

千夜「リゼちゃんやめて……苦しい……!」

 

 

リゼ「そうか、お前はわたしから何もかも奪うつもりか……ちょうどいい、二度とこんな真似ができないようにしてやる!」

 

 

千夜「うぅっ……ぁ……!」

 

 

 

ガチャッ

 

 

シャロ「千夜?リゼ先輩来てるの――――っ!?」

 

 

シャロ「千夜っ!!?」

 

 

千夜「シャロ、ちゃん……!」

 

 

シャロ「っ!」ドンッ

 

 

リゼ「!」

 

 

千夜「はぁ……はぁ……!」

 

 

シャロ「千夜、大丈夫!?しっかりして!」

 

 

千夜「だい、じょうぶ……平気よ」

 

 

リゼ「シャロ……」

 

 

シャロ「リゼ先輩、なにやってるんですか!!」

 

 

シャロ「一体何があったんです!?どうして千夜にこんなこと――!」

 

 

リゼ「どけっ」ドンッ

 

 

シャロ「きゃっ……!」

 

 

千夜「シャロちゃん……!」

 

 

リゼ「…………」

 

 

シャロ「リゼ、先輩……?」ブルブル

 

 

千夜「……っ」ガクガク

 

 

リゼ「……もうわたしには金輪際かかわるな」

 

 

リゼ「迷惑なんだ、わたしはここあさえいれば幸せなんだ」

 

 

リゼ「お前たちは必要ない」

 

 

千夜シャロ「……!」

 

 

リゼ「…………」

 

 

ガチャッ バタン

 

 

千夜シャロ「………………」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

リゼ「……………………」

 

 

 

 

これで、邪魔が減った。ここあとの時間が守られた。

 

 

 

 

リゼ「あれ……わたしの家……どっちだったけ」

 

 

 

 

喜べばいいじゃないか、何も悔やむことは無い。

 

 

 

 

リゼ「もう夜か……おかしいな、さっきまでは朝だったのに……」

 

 

リゼ「早く帰らないと……」

 

 

 

 

ここあを抱きしめれば、全て忘れられるのだから。

 

 

 

 

リゼ「歩いていれば、そのうち着くだろう……」

 

 

 

 

平気だ……なんでもないさ。

 

ここあが、いれば。

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……

 

 

 

あれから何時間、色彩はおろか白さえ存在しない廃れた世界を放浪しただろうか。

 

 

時はいついかなる時でも無情なのだ。

 

 

幸福な時間はまるで針が狂ったかのように、刹那の如き早さで過ぎて行くのに。

 

 

その癖、不幸な時間はまるでこの世が停止したかのように刻一刻と現実を刻み付けてくる。

 

 

わたしが経験しているこれは、一体どっちなんだろう。

 

 

 

リゼ「……!」

 

 

 

永遠に終わりそうに無い無機質世界の徘徊の最後は、意外なまでにあっけなかった。

 

 

物事の結末というのは得てしてそういうものだ。頭の中で組み立てた木細工や机上の空論を準えて美しく終わるほうが珍しい。

 

 

この突拍子な結末に安堵して笑うあたり、わたしにとっては『不幸な時間』だったのだろう。

 

 

 

考えることを放棄しなければ、先ほどの暴挙が矛盾であったことを冷徹に突きつけてくる。

 

千夜とシャロを捨てて幸福を手に入れたはずが、切り離せない不幸までをも懐に入れてしまったのだから。

 

 

 

 

『ここあの側に戻れば、全てを放棄できる』

 

 

決死の覚悟や長考の末の選択などとは程遠い――ただ、助かりたいという気持ちだけで目前のドアを引く。

 

 

 

チノ「いらっしゃいませ――……!?」

 

 

チノ「リゼさん……!」

 

 

リゼ「……チノ」

 

 

リゼ「……ここあはどこだ?どこにいったんだ?」

 

 

チノ「ここあさん……?」

 

 

リゼ「はやくあいつに会わないと……頭がおかしくなる……」

 

 

チノ「あぅぅ……り、リゼさん、落ち着いてください」

 

 

チノ「ここはラビットハウスです、ここあさんはリゼさんのおうちですよ」

 

 

リゼ「ラビットハウス……?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

チノ「リゼさん……?」

 

 

リゼ「……ふふっ、あはは……くくっ……!」

 

 

チノ「……!」

 

 

リゼ「どうしてとっくに切り捨てたはずのここが……いまになって……」

 

 

リゼ「わたしはここあがいればいいんじゃなかったのか……」

 

 

チノ「リゼさん……しっかりしてください!」

 

 

リゼ「チノ……すまない、家に帰るつもりがどうやら間違えたらしい」

 

 

チノ「…………」

 

 

リゼ「もう続けられそうに無いな、ここも」

 

 

チノ「……!」

 

 

チノ「ラビットハウス、辞めてしまうんですか……?」

 

 

リゼ「ああ……どっちみちいつかはお前も邪魔になる……ちょうど良かった」

 

 

チノ「………………」

 

 

リゼ「いままでありがとう……じゃあな」

 

 

チノ「……待ってください!」

 

 

リゼ「……」

 

 

チノ「…………っ」

 

 

リゼ「なんだ……?お前もわたしとここあを引き離すつもりか?」

 

 

チノ「……リゼさん」

 

 

 

チノ「――いってらっしゃい」

 

 

 

リゼ「………!」

 

 

チノ「また、帰ってきてくださいね」

 

 

リゼ「……チノ、お前」

 

 

チノ「いまのリゼさんは、狂ってなんていませんよ」

 

 

リゼ「――!」

 

 

チノ「昨日とは違います……元の優しいリゼさんです」

 

 

リゼ「………………」

 

 

チノ「リゼさん?」

 

 

チノ「手……握ってみませんか?」

 

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

目前に差し出された小さな手は、以前わたしに禍々しいほどの不快感を与えた。

 

 

 

ここあ以外の存在に温かみを感じることを放棄してしまった感覚とも、かれこれ2週間の付き合いだ。

 

 

 

この手に触れることで得られるのは、耐え難い絶望のみで決して幸福でないことは火を見るより明らかだった。

 

 

 

昨日までのわたしであれば、どうしていただろうか。

 

 

 

何の躊躇いも無く、その手を拒んだだろう。

 

 

 

無視すればよいのだ。さもなくば、振り払えばよいのだ。

 

 

 

――本能は――心は――躊躇なく、その手を握ることを選ばせた。

 

 

 

リゼ「――――!」

 

 

チノ「……温かいですか?」

 

 

リゼ「………っ」ギュッ

 

 

チノ「……いつでも、帰って来てください」

 

 

チノ「ここあさんのこと、よろしくお願いします」

 

 

リゼ「……お前も、千夜も、シャロも」

 

 

リゼ「どうして……わたしのことなんか……」

 

 

チノ「……それは――」

 

 

リゼ「……っ!」

 

 

チノ「あっ……」

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

 

 

こんなお話しを、知っていますか。

 

 

とある小さな町で、戦争が起きました。

 

 

心優しいある青年は、命より大切な家族を守るために。

 

 

人として大切な、相手を思いやる心を放棄したそうです。

 

 

戦争は、終わりました。

 

 

甲斐あって、青年は無事家族を守りきることが出来ました。

 

 

……しかし。

 

 

心を失った青年には、もう『大切』な家族などいなかったのです。

 

 

青年は、大切なものを守るためにそれと等しきものを犠牲にしたことに。

 

 

全てを失うその時まで、気付けませんでした。

 

 

気付いた時には、既に遅かったのです。

 

 

 

 

人の描いた物語に、不躾にも『たられば』の仮定を埋め込むのであれば。

 

 

もし、全てを失う前に気づいていれば。

 

 

青年は、幸福にはならずとも。

 

 

まだ、後悔とはちがう涙を流せたのではないでしょうか。

 

 

 

 

………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

 

リゼ「……ここあ――ただいま」

 

 

ここあ「りぜちゃん!おそかったね、しんぱいしたよ」

 

 

リゼ「ごめん……色々あってな」

 

 

ここあ「……?」

 

 

リゼ「……お風呂、入ろうか」

 

 

ここあ「うん」ニコッ

 

 

リゼ「……」ヒョイ

 

 

ここあ「きょうもいちにち、おつかれさま」ギュッ

 

 

リゼ「ここあ……ありがとう。やさしいな、お前は」スリスリ

 

 

ここあ「んっ……♪」

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

ここあ「えいっ、えいっ!」ピコピコ

 

 

リゼ「………………」

 

 

ここあ「あっ……りぜちゃん、またけいたいなってるよ?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

ここあ「りぜちゃん?」クイクイッ

 

 

リゼ「んっ……?」

 

 

ここあ「はい」スッ

 

 

リゼ「メールか……」

 

 

ここあ「だれから?」ヒョコ

 

 

リゼ「誰でもいい。……もう、関係ないしな」コトッ

 

 

ここあ「ふぉぇ?」

 

 

リゼ「10時か……ここあ、歯磨きしてそろそろ寝るか」

 

 

ここあ「うん!いっしょにねるっ♪」

 

 

リゼ「…………」ニコッ

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――IN ベッド――

 

 

『ずっと関わるわ、リゼちゃんに嫌いって言われない限り。リゼちゃんのこと大切だから、大好きだから』

 

 

『どんなことになっても、リゼ先輩のこと必ず元に戻しますから』

 

 

『リゼさん、しばらくゆっくり休んでください。いつでも帰ってきてくださいね』

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「ちやちゃんから?」ヒョコ

 

 

リゼ「……ちがうよ」スッ

 

 

ここあ「おへんじしなくていいの?」

 

 

リゼ「ああ、ここあとの時間を割きたくない」

 

 

ここあ「りぜちゃん、きょうだれかとあった?」

 

 

リゼ「………………」

 

 

ここあ「なんだかずっとへんだよ?」

 

 

リゼ「…………」

 

 

ここあ「また、いやなこといわれちゃった?」

 

 

リゼ「……」

 

 

 

――ギュッ

 

 

 

ここあ「りぜちゃん……?」

 

 

リゼ「……っ」ギュッ

 

 

ここあ「よしよし……どうしたの?」ナデナデ

 

 

リゼ「……今日、みんなとお別れしてきたよ」

 

 

ここあ「……!」

 

 

リゼ「ラビットハウスも辞めてきた、これでもっとお前と一緒にいられる」

 

 

リゼ「まだしつこく関わってくるようなら、学校だって――外に出る事だって辞めたっていい」

 

 

リゼ「これでもう、わたしとここあを邪魔する奴は誰もいない……ずっと、ずっと一緒にいられる」

 

 

ここあ「……りぜちゃん」

 

 

リゼ「ここあ……喜んでくれるか?」ジワッ

 

 

ここあ「!」

 

 

リゼ「わたしはお前のために、全てを犠牲にしたんだ……」ポロポロ

 

 

リゼ「親友も、居場所も、思い出も……なにもかもを」

 

 

リゼ「お前と二人だけになるために……」ポロポロ

 

 

ここあ「………………」

 

 

リゼ「だから……ここあも忘れて欲しい」

 

 

リゼ「チノのことも、千夜のことも、シャロのことも……わたし以外の全てを」

 

 

リゼ「わたしだけを、永遠に見てくれ……」

 

 

ここあ「…………」

 

 

リゼ「おかしいな……こんなに幸せなのにな」ポロポロ

 

 

リゼ「涙が……止まらない……」ポロポロ

 

 

ここあ「……」

 

 

リゼ「ここあ……?」

 

 

ここあ「……りぜちゃん」

 

 

 

IV.

 

―――――――――――――――

 

 

ここあ「――うん、わかった」

 

 

リゼ「……!」

 

 

ここあ「ずっとずっと……りぜちゃんだけをみてるよ」

 

 

ここあ「りぜちゃんいがい、もうなにもいらない」

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

ここあ「ちのちゃんのこともちやちゃんのこともしゃろちゃんのことも……」

 

 

ここあ「――ぜんぶ、わすれるね」

 

 

リゼ「……!」

 

 

ここあ「りぜちゃん……えへへ、りぜちゃん……」スリスリ

 

 

ここあ「わたしだけのものだよ……えいえんに、ずっと」

 

 

ここあ「もう、そばからはなれちゃだめ……」ギュッ

 

 

リゼ「……ここあ」

 

 

リゼ「ああ……ずっと一緒だ。今度こそ、ずっと」

 

 

リゼ「もう、涙なんて流さない……後悔も無い」

 

 

 

リゼ「――結局、お前といられる以上の幸福なんて、この世にはなかったんだ」

 

 

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――

 

 

………………。

 

 

Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――

 

 

………………。

 

 

Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr――

 

 

 

ここあ「んっ……」

 

 

リゼ「……」ガシャッ!

 

 

 

……………………。

 

 

 

パープル迷彩のハードケースに包まれたスマートフォンは、銃弾の前に呆気なくその機能を停止した。

 

 

 

これでもう、外の世界とわたしたちの世界を繋ぐものは存在しない。

 

 

 

この切り分けられた世界の中では、もう何も。

 

 

 

ここあ「ふぉぇ……なんのおと?」ポワポワ

 

 

リゼ「なんでもないぞ……ほら、目を瞑れ」

 

 

リゼ「たくさん寝たら、ご飯にしような」

 

 

ここあ「うん……」

 

 

リゼ「ふふっ……」クスッ

 

 

 

 

ここあが――天使が、そばにいる。

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

――1週間後――

 

 

千夜「………………」

 

 

――ガラッ

 

 

千夜「いらっしゃいま――……おかえりなさい、シャロちゃん。アルバイトお疲れ様」

 

 

シャロ「ただいま」

 

 

千夜「……今日も、また?」

 

 

シャロ「……」コクリ

 

 

千夜「そう……」

 

 

シャロ「先輩、学校にもいなかったわ」

 

 

千夜「………………」

 

 

 

Prrrrrrrrrrrrrrrrr――

 

 

 

千夜「あら……?」

 

 

千夜「チノちゃんからの報告メールね」ピッ

 

 

シャロ「」チラッ

 

 

 

『リゼさん、今日も来ませんでした』

 

 

 

シャロ「………………」

 

 

千夜「かわいそうに……」

 

 

シャロ「学校にすら来てないんだもの、ラビットハウスになんて来るわけ……」

 

 

千夜「ええ……そうね」

 

 

千夜「でも、こうして報告メールだけでも頼んで少しでも希望を持たせてあげないと……」

 

 

千夜「――二人の帰りを待っているチノちゃんが、あまりにかわいそうでしょ」

 

 

シャロ「……千夜」

 

 

千夜「ありがとうシャロちゃん、家に帰ってゆっくり休んで」

 

 

千夜「わたしも7時だしそろそろいくわ」

 

 

シャロ「……わたしたちのやってることだって、チノちゃんと変わりないわよ」

 

 

千夜「くすっ……そうね」

 

 

シャロ「…………」グスッ

 

 

千夜「……行ってくるわ」ニコッ

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――

 

 

 

――ラビットハウス――

 

 

チノ「………………」

 

 

ここあ『ちのちゃん!あっちのおきゃくさん、ほっとみるくとかふぇおれだよ』

 

 

チノ「………………」

 

 

リゼ『チノ、大丈夫か?体調が悪いなら無理するなよ』

 

 

チノ「……………」グスッ

 

 

ここあ『おわったね~!ちのちゃんりぜちゃん、おつかれさま!』

 

 

チノ「…………」ジワッ

 

 

リゼ『ちゃんとお手伝いできたな、偉いぞここあ』

 

 

ここあ『んっ……♪』

 

 

チノ「っく………ぇぅ………」ポロポロ

 

 

――ガチャッ

 

 

チノ「!」

 

 

リゼ『ただいま!』

 

 

ここあ『ちのちゃん!』

 

 

チノ「ここあさん!りぜさん……!」

 

 

お客「……?」

 

 

チノ「あ……」

 

 

チノ「………………」

 

 

チノ「…………」

 

 

チノ「……っ」グシグシ

 

 

チノ(待つって、約束でしたよね……)

 

 

チノ(たとえ一人でも、二人が帰ってくるまで、ずっと守りますから)

 

 

チノ(ここあさんとリゼさんとの、大切なこの場所を……)

 

 

チノ「……」グッ

 

 

チノ「……いらっしゃいませ、ラビットハウスにようこそ」ニコ

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

千夜「…………」

 

 

使用人「あっ……」

 

 

千夜「こんにちは」ニコッ

 

 

使用人「どうも……」ペコリ

 

 

千夜「今日も寒いなかお疲れさまです」

 

 

使用人「いえ、それはこちらのセリフで……」

 

 

千夜「どうですか、様子は」

 

 

使用人「…………」フルフル

 

 

千夜「そうですか……」

 

 

使用人「……申し訳ありません」

 

 

千夜「これ、ここあちゃんとリゼちゃんに。使用人さんの分も入ってますので」スッ

 

 

使用人「……いつも、ほんとに」

 

 

千夜「気にしないでください、わたしが勝手にやっているだけですから」

 

 

千夜「気持ちは、みんな同じなんです」

 

 

使用人「…………」

 

 

使用人「すいません……できれば黙っておきたかったのですが……」

 

 

使用人「このお菓子は……お嬢たちは――」

 

 

千夜「分かっています」

 

 

使用人「……!」

 

 

千夜「でも……こうでもしていないと、耐えられないんです……」ジワッ

 

 

千夜「無駄だと分かっていても、諦められないんです……」ポロポロ

 

 

使用人「………………」

 

 

千夜「……ごめんなさい」グシグシ

 

 

使用人「いえ……お嬢は、あなたみたいにとても良い友人を持っていたんですね」

 

 

使用人「なのに……」

 

 

千夜「……ここあちゃん、りぜちゃん……」

 

 

使用人「待っててください、いつかは必ず」

 

 

使用人「その時までどうか……お嬢たちのこと、見捨てないで頂けると」

 

 

千夜「もちろんです、二人ともわたしの大切な親友ですから」

 

 

使用人「ありがとうございます……」

 

 

千夜「……明日も、持ってきていいですか?」

 

 

使用人「ええ、お待ちしています」

 

 

千夜「……」ニコッ

 

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

――深夜 天々座家――

 

 

 

使用人「………………」スタスタ

 

 

使用人「…………」

 

 

使用人「……お嬢?」トントン

 

 

使用人「………………」

 

 

使用人「……」ガチャッ

 

 

 

キイィ……

 

 

 

リゼ「ここあ……」スリスリ

 

 

ここあ「あははっ……りぜちゃん、ふふっ……」

 

 

リゼ「かわいい、かわいいな……」

 

 

ここあ「りぜちゃんすき……もっとぎゅってして」

 

 

リゼ「ああ、壊れるくらい抱きしめてやるぞ……」ギュッ

 

 

リゼ「しあわせだ……こんなにお前がそばにいる……こんなに、お前のぬくもりを感じられる」

 

 

リゼ「お前を、独り占めできる……」

 

 

リゼ「やっとわたしだけのものになった……もう、誰にも渡さない……」

 

 

リゼ「ここあ……わたしの、わたしだけのここあ、ははっ、あはは……!」

 

 

ここあ「りぜちゃん……わたし、しあわせだよ」

 

 

ここあ「どこにもいかないで……」

 

 

リゼ「ここあ……」

 

 

 

使用人「………………」

 

 

使用人「……」

 

 

――ガチャッ バタン

 

 

 

 

……………………。

 

…………。

 

……。

 

 

 

V.

 

ここあ「……りぜちゃん」

 

 

 

ここあ「――おやすみなさい」ナデナデ

 

 

リゼ「……!」

 

 

ここあ「め、つむって?」

 

 

リゼ「……ここあ」

 

 

ここあ「ねっ…?」

 

 

リゼ「…………」スッ

 

 

ここあ「りぜちゃん……いまはなにもかもわすれて、ねむろう」

 

 

ここあ「そうすれば、またわらえるようになるから……」

 

 

リゼ「…………」グスッ

 

 

ここあ「よしよし……たくさんなやんで、つかれたね……」ナデナデ

 

 

ここあ「わたしのために……ありがとう、りぜちゃん」

 

 

リゼ「…………」ポロポロ

 

 

ここあ「わたしが、こもりうたをうたってあげる」ニコッ

 

 

ここあ「……こころぴょんぴょんまち、かんがえるふりして……――♪」

 

 

 

 

 

リゼ「………………」Zzz

 

 

ここあ「…………」クスッ

 

 

ここあ「わいるどぎーす?りぜちゃんのこと、おねがい」

 

 

 

ここあ「りぜちゃん、さみしがりやさんだから……ちゃんとそばにいてあげてね」

 

 

ここあ「……」スッ

 

 

 

 

ここあ「たしか、ここをおして……」ピッ

 

 

ここあ「……………………」prrrrrr

 

 

ここあ「……ちのちゃん?」

 

 

ここあ「うん、わたしだよ」

 

 

ここあ「……だいじょうぶ」

 

 

ここあ「あのね……ちのちゃんにおねがいがあるの」

 

 

ここあ「――――――」

 

 

ここあ「うん……ありがとう、まってるね」ピッ

 

 

ここあ「…………」

 

 

ここあ「……りぜちゃん」ギュッ

 

 

ここあ「ごめんね……ほんとは、ずっといっしょにいたかったよ」

 

 

ここあ「わたしもりぜちゃんのこと、ひとりじめしたかった……」

 

 

ここあ「……ん」チュッ

 

 

リゼ「……ここあ」Zzz

 

 

ここあ「……」ニコッ

 

 

ここあ「ちのちゃんのところに―――らびっとはうすに、もどるね」

 

 

ここあ「さようなら……」

 

 

ここあ「りぜちゃん……すき」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

 

……………………。

 

 

 

愛しているはずが、壊して。

 

 

 

……………………。

 

 

 

そばにいたいはずが、離れて。

 

 

 

……………………。

 

 

 

抱きしめるはずが、傷つけて。

 

 

 

……………………。

 

 

 

不純な生き物である人間に、「純粋な人間」などという矛盾が存在しないように。

 

 

 

矛盾しない愛憎なんて、都合の良いものはこの世に無い。

 

 

 

……今のわたしには、それがやっと分かるよ。

 

 

 

なぁ――ここあ。

 

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

 

――2週間後 AM7:00――

 

 

千夜「…………」スタスタ

 

 

千夜「………………」

 

 

――トントン

 

 

千夜「リゼちゃん」

 

 

リゼ「……千夜か」

 

 

千夜「おはよう、昨日は良く眠れた?

 

 

リゼ「………………」

 

 

千夜「そう……無理も無いわ」

 

 

千夜「今日はいい天気よ。昨日よりずっと温かい」

 

 

リゼ「……そうか」

 

 

千夜「……そこからだと、分からないわよね」

 

 

リゼ「ん……小さいけど窓くらいはあるぞ。いい天気なのは分かるよ」

 

 

千夜「…………」

 

 

リゼ「毎日、すまないな」

 

 

千夜「ううん、リゼちゃんのためだもの」

 

 

リゼ「……千夜」

 

 

千夜「言ったでしょ、どんなに風になってもリゼちゃんはリゼちゃん。わたしは、リゼちゃんのこと大切だって」

 

 

リゼ「…………」

 

 

千夜「早く帰ってきてね……ずっと待ってるから」

 

 

リゼ「……ああ」

 

 

千夜「リゼちゃん……――はい」スッ

 

 

リゼ「!」

 

 

千夜「ハンカチ……涙、ちゃんと拭いて」

 

 

千夜「リゼちゃんがその部屋から出られたら、返しに来てね」

 

 

リゼ「…………」

 

 

千夜「それじゃあ、また明日来るわ」

 

 

リゼ「……千夜」

 

 

千夜「?」

 

 

リゼ「ありがとう……ごめん……」

 

 

千夜「……」クスッ

 

 

千夜「リゼちゃん……頑張って」

 

 

 

 

――――――――――――――――――

 

 

 

――PM4:00――

 

 

シャロ「…………」

 

 

――トントン

 

 

シャロ「リゼ先輩……起きてますか?」

 

 

リゼ「ん……シャロか」

 

 

シャロ「こんにちは……いま、少しお時間いいですか?」

 

 

リゼ「ああ、やることも無くて暇してたところだ」

 

 

シャロ「……これ、学校のプリントです」スッ

 

 

リゼ「ありがとう、いつもすまないな」

 

 

シャロ「あとこれ、クッキーですけどよければ……」

 

 

リゼ「シャロが焼いたのか?」

 

 

シャロ「はい……えっと、いちおう、その」

 

 

リゼ「……ココア味、か」クスッ

 

 

シャロ「っ……すいません、嫌な思いをさせたんじゃあ……」

 

 

リゼ「そんなことない、嬉しいよ。……食べてみてもいいか?」

 

 

シャロ「は、はい、美味しくないかもしれませんけど……」

 

 

リゼ「…………」モグモグ

 

 

シャロ「…………」

 

 

リゼ「おいしい、ちゃんとココアの味がする」

 

 

シャロ「」ホッ

 

 

リゼ「ありがとうシャロ、おかげで元気が出たよ」

 

 

シャロ「いえ……」

 

 

リゼ「…………………」

 

 

シャロ「……っ」

 

 

シャロ「……リゼ先輩、その」

 

 

リゼ「?」

 

 

シャロ「……ここあのこと、悪く思わないであげてくださいね?」

 

 

シャロ「ここあは、リゼ先輩やわたしたちのことを思って……」

 

 

リゼ「分かってるよ」

 

 

リゼ「ここあのこと、これっぽっちも恨んでいないさ」

 

 

 

リゼ「……むしろ」

 

 

 

リゼ「ここを出られたら、一番に感謝の気持ちを伝えて……そして、ちゃんと謝りたい」

 

 

リゼ「――お前のお願いを……最後まで聞いてあげられなくてごめんって」

 

 

シャロ「お願い……?」

 

 

リゼ「いや、なんでもない……忘れてくれ」

 

 

リゼ「……今日は、いい天気らしいな」

 

 

リゼ「ラビットハウス……賑わってるといいけど」

 

 

シャロ「リゼ先輩…………」

 

 

リゼ「早く、元に戻りたいな……」

 

 

シャロ「大丈夫です、すぐに戻れますよ」

 

 

シャロ「ラビットハウスも……ここあも、わたしたちも、みんなリゼ先輩のこと待ってますから」

 

 

シャロ「早く直して……また、みんなでどこか行きましょうね」

 

 

リゼ「…………ああ」

 

 

リゼ「千夜……さっそく役に立ったよ、これ」フキフキ

 

 

シャロ「先輩……?」

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

チノ「リゼさん、こんばんは」

 

 

リゼ「チノ……今日も来てくれたのか」

 

 

チノ「リゼさんにお話したいこと、たくさんありますから」

 

 

リゼ「くすっ、いつもの報告か?」

 

 

チノ「はい、それと……」

 

 

チノ「……いえ、なんでもないです」

 

 

リゼ「……?」

 

 

チノ「今日はお客さんが多くて大変でした、ここあさんと二人でどうにか乗り切れましたが」

 

 

リゼ「……そうか」

 

 

チノ「お店のためにも、ここあさんのためにも、お願いします、リゼさん」

 

 

リゼ「ああ……」

 

 

リゼ「――必ず、ラビットハウスに戻るよ」

 

 

チノ「……約束ですよ」

 

 

リゼ「……チノ?」

 

 

リゼ「遅くなったけど、言わせてくれ」

 

 

 

リゼ「……ごめん、それと、ありがとう」

 

 

 

チノ「!」

 

 

リゼ「あの時、チノのところに……ラビットハウスにたどり着いたのは、きっと偶然なんかじゃなかったんだ」

 

 

リゼ「わたしはお前に……助けを求めていたんだと思う」

 

 

リゼ「千夜とシャロを自分で突き放しておきながら、離れられるのが怖くて……残ったお前にすがったんだろうな」

 

 

リゼ「まだ引き返せる可能性がほしくて……心の中で、必死に手を伸ばしていたんだ」

 

 

リゼ「お前の手があんなに暖かったのも、きっと……」

 

 

チノ「………………」

 

 

リゼ「なぁチノ?」

 

 

リゼ「――もう一度、握らせてもらってもいいか?」

 

 

チノ「はい……もちろんです」

 

 

――スッ

 

 

リゼ「……」ギュッ

 

 

チノ「……どうですか?」

 

 

リゼ「あったかいな……あの時と同じだ」

 

 

リゼ「例え手だけでも、チノのぬくもりが伝わってくるよ」

 

 

リゼ「ふふっ……ありがとう、チノ」

 

 

チノ「……」ギュッ

 

 

チノ「リゼさん……指切りしましょう」

 

 

リゼ「えっ?」

 

 

チノ「指きりです、小指、絡めてください」

 

 

リゼ「……」スッ

 

 

チノ「指きりげんまん……優しいリゼさんが、これからもずっと一緒にいてくださいますように」

 

 

リゼ「!」

 

 

チノ「約束しましたよ、嘘ついたら針千本です」クスッ

 

 

リゼ「……チノ」

 

 

チノ「そろそろ帰りますね……――あ、最後にわたしも、遅くなりましたけど……」

 

 

 

チノ「リゼさん……おかえりなさい」

 

 

 

リゼ「……!」

 

 

 

チノ「今度は、ラビットハウスで待ってます」

 

 

チノ「また明日……おやすみなさい、リゼさん」

 

 

リゼ「…………」

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

 

…………………………。

 

 

 

あの日。

 

 

深い忘却から目覚めると、そこは見慣れた部屋とは似ても似つかない白い空間だった。

 

 

まるで様式美を頑なまでに意識したような殺風景の中、まず最初に感じたのは病院特有の消毒液の匂いだ。

 

 

泥酔していたわけでもなく就寝を決めた場所が記憶と違えば、常人であれば戸惑い、現実、もしくは記憶を疑うのが妥当だろう。

 

 

だが、わたしの場合現実を現実として受け入れるのにそれほどの時間は要さなかった

 

 

 

――抱きしめていたはずの、ここあがいなくなっていた。

 

 

 

ただそれだけの事実が、目の前の現実を理解するための判断材料としては十分だったのだ。

 

 

医師や使用人たちは大方わたしが発狂するとでも踏んでいたのだろうか、訝しげにこちらを見つめる視線だけが印象に残っている。

 

 

その後、神経科の医師からやはりというべきか黒の診断書を出されたが、幸いにもなんとか入院だけは免れることができた。

 

 

できることなら自宅療養を望んでいたわたしの気持ちを察してくれたのか、聞くところによるとどうやらここあと仲良しの使用人が担当医師に口を利いてくれたらしい。

 

 

不幸中の幸い……といえば、聞こえは良いが。

 

だが、わたしに与えられたのは自宅療養とは名ばかりの、ある意味では入院よりずっと辛い責務だった。

 

 

精神的病とは軽重問わず、『時間が自然と心を癒す』以外に明確な治療法などこの世には無いのは周知の事実だ。

 

しかし、どうやらわたしの場合はそんな生易しいものではないらしい。

 

 

 

リゼ「……もう、そろそろ夜か」

 

 

リゼ「………………」

 

 

 

現実世界とは切り分けられた、最低限の生活用品以外は何も無い虚無空間。

 

 

これが、正常と呼ばれる線引きを越えてしまったわたしに課せられた、罰だ。

 

 

ここは間違いなくわたしの生まれた場所で、わたしの自宅で。

 

 

今も変わらず心休まる場所であり、そして、ここあと生活を共にしてきた現実の地続きだ。

 

 

……でも。

 

 

 

リゼ「…………」

 

 

 

わたしのために造られたこの部屋はまるで、この一貫の出来事が全て空想であったと言わんばかりに正当なる純白を押し付けてくる。

 

 

当然だ、正気に戻すというのがこの精神的病の解決法だとするなら、狂気にまみれていた記憶は全て取り除かなければならない。

 

 

一度狂気の境に踏み込んだ、あるいは踏み越えてしまった人間は、もう二度と表の現実で心の底から笑うことは許されないからだ。

 

 

しかし、そんな思惑を受け入れこの責務を全うするわけには断じていかない。

 

 

ここあ、チノ、千夜、シャロ……わたしの大切な人たちがくれた『優しさ』や『思いやり』を、そう易々と投げ捨てられるはずが無い。

 

 

例え不見識に思われようとも、この記憶を消し去るわけにはいかないのだ。

 

 

人間というのは、必ずしも良い記憶だけがその人を立派に成長させるとは限らないのだから……。

 

 

 

リゼ「……今日は、パスタか」

 

 

 

味覚、聴覚、視覚、感覚の確たる刺激。

 

生きていることを、何の疑いもなく生きていると思える。

 

現実を、現実と認識できる。

 

そんなごく当たり前な事実に、いまは心から感謝できる。

 

 

 

――

 

――――

 

――――――

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

その夜。

 

突然訪れた来訪者の気配を、わたしはなぜか自然と察することが出来た。

 

 

虫の知らせなどという言葉で片付けられるものではなく、これは――――そう、適切な言葉で言い表すとするなら、たぶん『繋がり』だ。

 

 

 

リゼ「……ここあか?」

 

 

 

声をかける前に突然名前を呼ばれたせいか、ビクリと身体をすくませる気配が伝わる。

 

 

 

ここあ「……りぜちゃん」

 

 

 

白い壁に隔たれた向こう側の世界から、聞き慣れたのになにか懐かしい、ここあの声が届く。

 

 

たった2週間ぶり程度にも関わらず幾星霜の時を経て再会したような、そんな錯覚さえ思わせる。

 

 

 

リゼ「会いに来てくれたのか」

 

 

 

たわいもない会話の切り出しのあと、どれほどの沈黙が続いただろうか。

 

それは5分だったのかもしれないし、実際は5秒だったのかもしれない。

 

だがわたしの言葉が知らぬうちにここあを傷つけてしまったのかと、不安に駆られる暇さえあった。

 

 

 

ここあ「りぜちゃん……ごめんなさい」

 

 

 

静寂を壊して返ってきたのは――わたしに向けられた、謝罪の言葉。

 

 

それには、どんな意味合いが込められていたのだろう。

 

齢6歳にも満たないであろう彼女の中で、どんな思量を通じて吐き出された気持ちだったのだろう。

 

 

わたしは、所詮わたしの知ることしか知らない。

 

考えることはできても、ここあの気持ちになることは到底できない。

 

だからこそ――自分なりの精一杯の気持ちを、声に乗せて返す。

 

 

 

リゼ「ここあ、ありがとう。……わたしのほうこそ、ごめん」

 

 

 

わたしがここあに伝えたい、全てだった。

 

 

 

わたしは、誰よりお前を愛して、お前に愛されたかった。

 

でもそれと同じくらい、お前との関係が、みんなとの関係が変わってしまうことを心のどこかで恐れていたのだろう。

 

 

だからお前と肉体で愛しあうこともできず、そのくせ人一倍強い特別な繋がりが欲しくて……あろうことかお前に、暴力を振るってしまった。

 

 

狂っているという一言で片づけるのであれば、それまでかもしれない。

 

 

だが、少なくともわたしはお前を愛していたということに関しては、他の誰にも劣らない確かな自負があるのだ。

 

この気持ちだけは、誰にも負けてはいない。

 

 

――もし。

 

 

肉体関係以上に、恋愛倫理における概念で強固な繋がりがあったとしたら。

 

 

抱きしめる以上に、お前を汚す以上に、愛することができていたとしたら。

 

 

わたしは、お前を傷つけずに済んだのかもしれない。

 

 

しかし悲しいかな、人知に収まる範疇では。

 

人の英知で栄えた科学文明の力を持ってしても今なお、そんな繋がりはこの世の歴史にすら見つかっていない。

 

 

これが……『ごめん』だ。

 

 

 

リゼ「お前は……本気でわたしなんかのことを、愛してくれていたんだな」

 

 

ここあ「……!」

 

 

 

正常という枠を外れていた、あの時。

 

ここあは、わたしを受け入れてくれた。

 

 

逃げ出せたのに。

 

否定することだってできたのに。

 

 

ここあはそのどちらをも拒み、受け入れることを選んでくれたのだ。

 

 

悲しませないために、常識や現実を否定してもなお。

 

わたしが狂っていないと、庇い、信じてくれた。

 

 

 

お前は、わたしなんかよりずっと強かった。

 

わたしのために全てを投げうつ覚悟も、できていたに違いない。

 

 

 

もしあの時……わたしが涙なんて流さなかったら。

 

きっとお前はわたしと共に、最後まで堕ちることを躊躇なく選んだことだろう。

 

 

ここあは、わたしが全てを投げうつ覚悟がないことを、察してくれたのだ。

 

だから、側から離れた。わたしのために。

 

 

ここあの『ごめん』は、きっと。

 

 

あまりに優しい故に、わたしが狂気に染まることを止められなかった。

 

あまりに愛する故に、全てを受け入れて一緒にいてくれた。

 

あまりに慈しむ故に、最後はわたしの側を離れた。

 

 

その意味合いを全部込めた上での、謝罪だったのではないだろうか。

 

 

結局、踏み越えてしまったのも、その先に踏みとどまり続けることが出来なかったのも、全てはわたしの意気地なしがたたったせいだ。

 

わたしはあまりに身勝手で、それでいて臆病すぎた。

 

なにもかもが、中途半端だったのだ。

 

 

……………………。

 

 

――しかし。

 

 

リゼ「ここあ……手、かしてくれないか?」

 

 

ここあ「て……?」

 

 

リゼ「ああ」

 

 

 

先ほどの気持ちが嘘偽りで無いことくらい、こんなわたしでも伝える資格があってもいい。

 

 

 

 

わたしの生きる現実と――ここあの生きる現実を繋ぐ、小さな隙間。

 

そこから差し出された小さな手は、今まで何度もわたしがすがってきたものに間違いなかった。

 

 

暖かくて――尊い、ここあの手。

 

冷えきった両手を――迷うことなく、重ねた。

 

 

 

リゼ「ここあ……愛してるぞ」

 

 

 

むせび泣くような嗚咽が、すぐに響いた。

 

その涙の真意は、その後ここあの紡いだ言葉が答えだろう。

 

 

 

ここあ「りぜちゃん……また、むかえにきてくれる?」

 

 

リゼ「ああ」

 

 

ここあ「またりぜちゃんと、いっしょにいていい?」

 

 

リゼ「いっしょにいてくれ。お前は……わたしの大切な家族なんだから」

 

 

ここあ「――!……りぜちゃん」ポロポロ

 

 

リゼ「……」ニコッ

 

 

ここあ「はやく……グスッ、はやくかえってきてね」ポロポロ

 

 

ここあ「約束だよ」ポロポロ

 

 

リゼ「ああ……」

 

 

 

幸福は、いつだって。

 

動いている時間の中にしか存在しえない。

 

だから……いつかは、必ず。

 

その日は、訪れるから。

 

 

 

リゼ「いつもみたいに、おりこうにして待ってるんだぞ」

 

 

リゼ「なっ……ここあ」ニコッ

 

 

 

……………………。

 

…………。

 

……。

−−−−−−−−−−−−−−

next.

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