「.....なぁケインズ、俺は夢を見ているのか?」
「奇遇ですね、私もそう思いますよ」
「.....こんなやり取りを今朝もしたよな?」
「奇遇ですね、私もそう思いますよ」
「「......」」
俺とケインズは酒場の端にある席に座っていた。服装は甲冑ではなく普段着として持ってきた安物の服で、今は入浴を終えて酒場に来ていた。
酒場の中はそれなりに広くカウンター席にテーブル席と結構人が入れそうだった、だが夜の八時を回るとだんだん人が増えていき今では座る席がないほどの人がごった返していた。
「......暗い」
そう声がして向かい合って座っていた俺達は顔を向けると半目で白い髪に猫耳の少女が立っていた。
「サーシャ殿か......少し驚いていただけだ」
「......驚く? 何が?」
コテリと首を傾げた少女に俺達は溜め息を吐いた。
「サーシャ殿、もう一度聞くが本当にここは一泊アインス銀貨一枚なのか?」
「......何度聞かれてもアインス銀貨一枚」
「あ、ありえない......」
ケインズが頭を抱えて下を向いた。
「ありえない、部屋はエスルーアン聖王国の高級宿並みに綺麗でベッドも藁を下に敷いてその上にシーツを被せた物ではなく最近発明されたばかりの綿とバネを使用した物だし、各部屋にトイレがあるし、風呂はお湯をかけるだけかと思ったのに肩まで着かれる大浴場だし......これがアインス銀貨一枚?」
ブツブツと呟くケインズにサーシャが眉をよした。
「......高い?」
「逆だ逆! 安すぎる! 確かに街中の宿と比べると高いがここはそれ以上の設備と、もてなしがあるではないか!」
「......そんな事言われても」
そう、とてつもなく安いのだ。部屋に備え付けられた料金表を見て驚愕した。アインス銀貨一枚? いやアインス金貨一枚の間違いだろうと思い部屋を飛び出していつの間にか受付に座っていたサーシャに詰め寄ったのは数時間前だ。
「スミカ殿はいったい何を考えているのだ、これでは元がとれんぞ」
「......知らない、かあ......お師匠に直接聞いて」
「師匠?」
ケインズが問うとコクリと頷いた。SSランク級冒険者の弟子か、実に羨ましいな。
じっとサーシャを足先から頭のてっぺんまで流し見ると確かに所々筋肉が付いているがじっくり見なければわからないほどの物だが、一つだけ見つけた、手首だ。厚紙とトレイを持っている右手首が少し太い。剣士、特に片手剣の「ショートソード」か両手剣の「ロングソード」を扱っている者によく見る手首の形だ。
俺が見ているとサーシャがそっと一歩引いた。
「......そっちの趣味?」
「ち、違うわ!」
「団長......あんな綺麗な奥さんと可愛い娘さんが居るのに」
「ケインズ、表出ろ。稽古付けてやる」
ケインズの言葉に少しイラッとして胸ぐらを掴んで立たせようとした瞬間、俺とケインズの目の前を銀色のナイフが通り過ぎて壁に突き刺さった。
「「!?」」
バッと投擲されたであろう方向を見るとそこにはサーシャと同じ制服を着て笑顔で空いた皿を運んでいる魔族の少女が居た。笑顔だが何故か冷や汗のような物を浮かび上がらせており、後ろを指すように皿を持っていない左手の親指で指した。
魔族の少女、そのさらに奥にある厨房の皿の返却場所から頬杖を付いて目が笑ってない笑顔のスミカ殿が見えた。あの場所から魔族の少女をかすめてここに投擲したのか!?
「ッツ!?」
「ヒィ!」
俺達はそれを見て静かに席に座り直すとサーシャが呆れたようにテーブルの中央に厚紙を置いた。
「......酒場での暴力は禁止、店員への手出し禁止、多分前者だと思って投げたと思う。これ、メニュー」
「す、すまない、少し熱くなった」
「私もです。すみません」
俺達は軽くスミカ殿に頭を下げるとさっきとは違う笑顔で手を振って奥に戻っていった。それを確認してホッと胸を撫で下ろしてからメニューを見るとどれもこれもあまり見ない料理の名前ばかり書かれていた。
「ふむ、これは......」
「随分と魔物の肉を使っている料理が多いのですね......」
ベノムウルフにグリッズベア、ゴブリンにカラミティスネーク......どれもこれもC~Bランクの魔物だ。
「一応食えると聞いた事がある魔物だなこの辺は」
「私はよくわかりませんね......」
メニューを指で突きながら言う俺にケインズは目を細めて眺めていた。
「......おすすめでいい?」
痺れを切らしたのかサーシャにそう言われ俺とケインズは頷いた。