その冷気は店の奥から来ているようだ。するとさっき店主を呼びに行ったはずの白毛の猫族の少女が走ってきて俺の後ろに隠れた。確かサーシャと言ったか。
「お、おいどうしたんだ?」
「......怒ってる、危険」
「怒ってる?......店主がですか? 一体何に? もしかして我々のせいですか?」
ケインズの問いにサーシャが首を横に振った。
「......違う、そこのえろおやじ。お店キズ付けた」
ピッと指を差されたオーガ族の男が顔面蒼白になりガタガタと震え始め、視線はさっき自分で拳を叩きつけたカベを見ていた。そして、オーガ族の男以外のその場にいる全員が男から一歩離れた。
「あーあ......しーらねー。私は無関係でーす」
「ちょっと待てや! いや、待って下さい! お願いしますカーラさん!」
「うっさいー! こっち来るなー! 私まで巻き添え食らうー! 離れろジングー!」
ジングと呼ばれたオーガ族の男はダークエルフの女性、カーラの腰に縋り付いて涙目になっていた。そして遂に冷気の正体が現れた。
「ジングさん? 昨日の今日でお店キズ付けるってどういうことですか? ん~? ほら怒らないから言って下さいよ」
サーシャと同じ服装だが背中には黒い羽、頭には二本の黒い角が生えていた。角と言ってもオーガ族とはまた違った角の形だ。髪は腰まであり黒でも茶色でも無い色をしていて瞳は蒼く目の下、頬の上ぐらいだろうか、そこに黒い三日月型の模様があった。
美人、美女。一言で表すならそれしか無いだろう。だがそんな美しい店主は笑いながらジングを問いただしていた。
「これには訳がありましてぇ! だからその笑ってるのに目が笑ってない顔やめてもらってもいいですか!? ちょ、マジすみませんでした!」
90度以上に腰を折って頭を下げるジングを横目にカーラが店主に歩み寄った。
「ま、まーまースミカちゃんー、ジングも悪気があった訳じゃ無くてねー? そこの人族の二人がスミカちゃんの悪口を言ってるんじゃないかってーこの馬鹿が勘違いしただけなのよー」
「ふーん?」
頭を下げているジングから目を離し此方を見てきた店主に身体が震え着ている甲冑がカタカタと音を立て始めた。
「ジングさんは明日まで出入り禁止、修理代は後で請求しますからそのつもりで」
「は、はいいいい!」
そう言いながら店主はヘコんでヒビの入ったカベに右手を当ててスッと一撫ですると驚くことにヘコみとヒビは一瞬で無くなり綺麗なカベに戻っていた。
「す、すごい......」
俺の無意識の呟きに気づいたのか店主が俺達二人に歩み寄ってきて姿勢を正し一礼した。
「ようこそ、竜風亭へ。私は店主兼料理長をしていますスミカと言います。サーシャ」
店主スミカは頭を上げて手招きすると俺の後ろに居たサーシャが歩み出て店主スミカの隣に並んで小さく礼をした。
「......サーシャ、受付、掃除担当」
「うん、よく言えました」
店主スミカがサーシャの頭をなでると気持ちいいのか猫耳がぴくぴく動いていた。
「あ、コホン! 私はエスルーアン聖王国騎士団、騎士団長のカルロス・ジーランドという」
「お、同じくエスルーアン聖王国騎士団、副団長のケインズ・ガンドライといいます」
俺とケインズがそういうとカーラとジングが少しだけ驚いた表情をしていた。
「おいおい、エスルーアンって言えばここから東に行った所だろ? 俺も二回くらいしか行ったことねぇーが馬を使っても五日はかかる道のりのはずだ」
「遠い所からよくきたねー、やっぱり五日くらいかかったのー?」
「いえ、馬を走らせて三日です」
「「三日!?」」
ケインズの返しに二人は更に驚いていた店主スミカも少しだけ目を丸くしていた。いや、確かに驚かない方がおかしいのだ。エスルーアン聖王国は険しい山脈を越えた所にある国で山脈を大きく迂回する道は整備されており馬車を使えば最短で五日、かかっても十日はかかる。
だが近道もあり、エスルーアンの地元民しか知らない道があるのだがろくに整備されておらず危険な魔物も出るため余りオススメは出来ない道なのだがそれを使わなければならないほど俺達は急いでいた。
「余程の事情があるようですね」
「はい、我々はエスルーアン聖王から貴女、店主スミカ様に書簡を届けるよう言われて来ました。これがその書簡です」
俺は無くさないように甲冑の腕にくくりつけてあった円筒を外し店主スミカに手渡した。すると手渡した円筒が淡く光りカチンッと音が鳴った。
「......覗き見防止の魔法ですね、目的の人物の手に触れないと開かないようになっていたようですね」
そう言いながら店主スミカが円筒の蓋を取り、中の羊皮紙を取りだし、隣にいるサーシャに円筒を手渡した。
「......」
数分だろうか、俺にはとてつもなく長く感じたが店主スミカが羊皮紙から視線を外し右手を顎に当てた。
「サーシャ、装備A―3を準備。出発は明日です」
「......了解」
「カルロスさん、ケインズさん、立ち話もあれですから応接室に行きましょう」
「分かりました」
「サーシャ、案内を」
「......ん、こっち」
サーシャに付いていくように俺達は店の奥に向かった。