街かど宿屋のドラゴンさん   作:抹茶さめ

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20泊目

 

 

「本当にSランクダンジョンなんですかここ!?」

「はい、でも出てくる魔物は大体Aランクの魔物ですけど」

「......えー」

 

 キラキラと輝いていたサーシャの笑顔は直ぐに萎れてしまった。だが、Sランクダンジョンで魔物がAランクというのはさほど珍しい事ではないのだが、Sランクになっているのには理由があるはずだ。

 

 例えばダンジョンマスタークラスのボスが二体居るとか、Sランクの魔物がボスでダンジョンマスターになっているとか。

 

「Aランクと言われても安心できませんよ! 遠征でそこまで高ランクのダンジョンには行ったことが無いんですよ僕は!」

「まぁ、落ち着けケインズ。いい経験になるじゃないか」

「Aランクダンジョンすっ飛ばしてSランクダンジョンに潜るのはいい経験なのかは知りませんけど......」

「一体づつ確実に倒していけば大丈夫ですよ。さあ行きましょうか」

 

 スミカ殿が笑顔で言うのを見てケインズがガックリと肩を落としていた。俺達は立ち上がり、通路を進んでいくと入り口で見たような鉄の扉が現れた。

 

「ここが『大広間』に出る扉ですけど、ちらほら魔物が居るくらいなので纏まって行動しましょうか」

 

 そう言ってスミカ殿が扉をを開いて中を覗き見た瞬間に扉を閉じた。

 

「......ないわー、アレはダメでしょう人としてやっちゃいけないことが―――」

「? どうかしたのか?」

 

 何か言いながら顔を右手で目を覆うスミカ殿は壁にも左手を付いてボソボソと呟いていた。そんなスミカ殿にサーシャが近づく。

 

「......お師匠?」

「......」

 

 無言で扉を指差すスミカ殿にサーシャは首をかしげながら扉を開けるとダラリとしていた白い尻尾が真っ直ぐ上に立ち上がり毛が逆立って三倍の太さになていた。

 

 そして、サーシャもそっと扉を閉じてこっちに振り替えると顔が青ざめていた。

 

「......お家に帰りたい」

 

 そう言ってスミカ殿の横に膝を抱えるように座った。何が居るんだこの中に!?

 

「どうしたのだ二人とも?!」

「ちょっとちょっと止めてくださいよ! 怖いじゃないですか!」

 

 俺とケインズが言うと二人は同時に扉を指差した。中を見ろと?

 

「「......」」

 

 ケインズと顔を見合わせると同時に頷いた。俺は扉の取手に手をかけて押し開くとそこはかなり広い空間で天井には大量の照石が埋め込まれているのか外と同じくらい明るい、そしてその光をテラテラと反射し『大広間』埋め尽くす無数の黒い魔物が―――

 

「「う、うわあああああああああああ!!」」

 

 俺とケインズは叫びながら扉を閉めた。俺達の声のせいだろうか、扉の向こうでガサガサと物凄い音がしている。

 

「無理! アレだけは僕は駄目なんです! 絶対に行きませんからね!? 普段のアレでさえ無理なのに人間サイズのアレとか絶対に無理です!!」

「驚きはしたがただの大きなゴキブ―――」

「言わないで下さいよ!? あぁあああ、鳥肌がぁああ!」

 

 物凄く取り乱しているケインズのお陰か、スミカ殿とサーシャが驚いたような表情をしていた。

 

「......何事?」

「あー、ケインズは虫が苦手でなその中でもよく台所に出現する奴がとてつもなく嫌いなんだ」

「いや、アレが好きな人は相当の変人ですよ?」

「......お師匠の言うとおり、でも苦手だからって逃げるのはダメ」

「やめろー! 離せー! 僕は行かないぞ!! HA! NA! SE!」

 

 何処かの異国人のような口調のケインズを逃がさないようにサーシャが腕を掴んでいた。

 

 まぁ気持ちは分からないでもない、奴の名前は『ギブリン』と言ってゴキブリが成人男性程の大きさになったような魔物だ。

 

 ランクAの魔物でもあり集団で行動し、とても獰猛。目にした獲物には物量を持って襲いかかってくる。

 

 ちなみに、女性冒険者が『絶対に会いたくない魔物ランキング』年間一位を独占している魔物でもある。俺だって見たくはないが。

 

「まぁまぁ、落ち着いて下さいよ。一匹一匹を確実に仕留めて行けば大丈―――」

「無理無理!! 僕には出来ないです! 駆除し終わったら呼んでください!」

「いや、だから少数を相手に―――」

「見たくもない相手をどうやって倒せって言うんですか!」

 

 兜を脱いでまるで子供のように駄々をこねるケインズに俺は呆れて声を掛けようとした時ふとスミカ殿の顔が視界に入った。笑顔がひきつっていて頬がピクピクと動いていた。

 

 俺は何も言わず下がると丁度サーシャの隣に立っていた。

 

「......キレる手前」

「怒りは苦痛ではないのか?」

「......イライラして怒るのと、我を忘れて怒るのとじゃ後者の方がキツイって言ってた」

 

 似ている気がするが? なにか違うのだろうか?

 

「......お師匠はある程度怒りを制御出来るから普通に怒っても、えっと、物を壊されたとか悪口言われたとか。そう言うのは別物だって言ってた」

「ふむ、今は?」

「......本気じゃない方だけど怖い」

 

 笑顔がひきつっているスミカ殿の前で未だに駄々をこねているケインズ。

 

「お金を積まれても行きませんよ! 行くぐらいなら死んだほうがマ―――あが!」

 

 何かを言い終わる前にケインズの頭がスミカ殿の右手に捕まれた。

 

「いい加減にしろよガキが、ちょっとこっちに来い」

「あがあああああ!?」

 

 ズルズルとケインズを引きずりながらスミカ殿は来た道を戻って行き薄暗い先に消えていった。

 

「何処に連れて行ったのだ?」

「......し、知らない」

「腕とか足が無くなってたりしないだろうな?」

「......多分」

「多分か......」

 

 ケインズが引きずられて行ってから三十分位だろうか、ようやくスミカ殿が現れ、その表情は笑顔だった。その後ろにはうつ向いているケインズの姿もあった。

 

「......何してたのお師匠?」

「オハナシしてた」

「......あ、はい」

 

 ポンと俺の腕を叩いてきたサーシャ、どうしたのだ?

 

「......頑張って、気を確かに」

「何を頑張れというのだ?」

 

 二回ほど腕を叩かれた。俺が首をかしげているとスミカ殿が横を通り過ぎて行きサーシャと何か話をしていたが小声だったので聞こえなかった。取り合えずケインズの様子を確かめようと近寄ると俯きながら何かブツブツ喋っていた。

 

「おい、どうした?」

「―――だ、―――たちあ――――俺はや―――ひ」

「何だって?」

「......」

 

 黙っていては余計わからん、何を言っているかわからないが何か雰囲気というか気配が変わったというか、普段から正義感に溢れているケインズとは違った感じがした。俺は頭を掻きながらスミカ殿達の方に歩いて行くとケインズも付いてきた。

 

「さて、行きますか」

「......お師匠、私が前に行く」

「お、やる気だねサーシャ」

「......久しぶりに楽しむ!」

 

 背負っていた白いケースを両手に持ちながらフンスと鼻を鳴らすサーシャ。そういえばサーシャは冒険者なのだろうか? まったく聞いていなかったな。

 

「カルロスさん達も準備して下さいね、開けますよ!」

 

 そう言われ俺は兜の位置を少し直して腰に下げたロングソードを抜いた。スミカ殿が扉を開けると同時にサーシャが動いた。

 

「......行く!」

 

 ドンッと床を蹴るようにしてサーシャは大量のギブリンが渦巻く中に走って行きながらケースを開け中身を取り出しケースをギブリンに投擲した。するとケースがいきなり大爆発を起こしギブリン数十匹を巻き込んで土煙と緑色の体液が散らばった。

 

 どうやら爆薬を仕込んでいたらしい。

 

―――キシャァア!―――シシシシ!

 

 仲間が死んだのに気づいたのか、それとも仲間の体液で活性化したのかギブリン共はサーシャを標的にして数十匹が殺到した。だがサーシャはそれを一閃で切り捨てる、右手には銀色に輝く柄の無い剣? いや、あれは何だ? 見たことが無いぞ。

 

 一見はロングソードだが柄が無く持ち手と刀身が一緒になっている、刀身も普通のロングソードより太く分厚く、片刃の峰の部分は角張っており刃先より短い、そして特徴的なのは持ち手に引き金、その先には回転する機構だろうか? それが取り付けられたなんとも奇妙な剣だった。

 

「......気持ち悪い」

 

 そんなサーシャの声が聞こえたと思うと腰に付けたポーチから金色の物を取り出し剣の機構部分に差し込んで左手で回転させた。

 

 キュリリリリ、カチン! と言う音が聞こえサーシャ剣を突き出した。

 

「......『フレイムバレッド』装填、『バーストフレイム』」

 

 幾重にも重ねられた魔方陣が剣先に出現しサーシャは引き金を引くとゴバッ!と一瞬聴力が消え空気が振動し目を覆いたくなるほどの閃光が発生した。

 

「......ッ!?」

 

 光を遮るようにしていた手を退かすとそこには一直線に伸びる赤い筋、高熱で熱せられた石の床が煙を上げており、その付近にいたギブリンは跡形も無く吹き飛ぶか半身を失い傷口は炭化していた。

 

「い、今のは......!?」

「放射魔法の『バーストフレイム』です、詠唱とマナ消費が厄介ですがかなりの高威力ですよ」

 

 腕を組んでニヤニヤしているスミカ殿がそう言った。詠唱に数十分かかり、マナ消費の激しいあの『バーストフレイム』を無詠唱で一秒にも満たない速度で撃ち出すだと!?

 

「少し裏技を使ってますけどね」

 

 それは何だと聞こうとした時サーシャが回転していた機構の下に付いた摘まみを親指で少しスライドさせると回転していた円柱状の物が横に出てきた。遠目でしっかりとは見えないが六つの穴が空いているようだ、今はその一つに『バーストフレイム』を撃つ前に差し込んでいた金色の物が填まっていた。

 

 サーシャはそれを抜き取り横に放り捨てるとキンッ!と言う音が鳴った。そんな事も気にせずサーシャはポーチからさっきと同じように金色の物を填めていく。六つ全部に填めるとカシャンッと円柱状の物を元合った位置に戻した。あの機構、あの円柱状の物、どこかで見たことが......あ!

 

「思い出したぞ、確か召還された勇者が鍛冶工房に作らしたという『リボルバー』なる武器を愛用していたと本で見たぞ、円柱状の物は『シリンダー』、金色の物は『弾丸』だったか? 火薬を使って鉛を打ち出す武器だと記憶しているが、違うか?」

 

 俺は隣にいたスミカ殿に問うと一瞬目を丸くしたスミカ殿がニッコリと微笑んだ。

 

「大当たりです。サーシャの持っている武器はその『リボルバー』と『剣』を一体化させた物です。少し私がアレンジしましたけど」

「スミカ殿は武器も作れるのか!?」

「あー......はい」

「す、凄いな!」

 

 あははーっと笑っているスミカ殿の後ろでケインズが震えていた。まさか虫嫌いが頂点に達したのか?

 

「おい、大丈夫かケインズ? キツいようなら俺のうし―――」

 

 後ろに隠れていろと言う前にガバッと顔を上げたケインズだが―――

 

「ヒャアアアアアア! 我慢できねぇ!! 姉さん俺も行きますぜぇ! 汚物は消毒だァアアアアアアア!!」

 

 いきなり剣を抜いて血走った目でケインズは走り出してギブリンを切り捨て始めた。

 

「......え?」

 

 何が起こったのだ?

 

 

 

 

 

 


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