わたしのかんがえたさいきょうのせっちゃん   作:ワイマール拳法

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「嘘」

 満月が厭に煌々としている夜であった。

 ネギ・スプリングフィールドは、噂の桜通りの吸血鬼と対峙していた。ネギは、瞠目していた。桜通りの吸血鬼が、生徒のエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルだったからである。さらに彼女が、気絶している宮崎のどかを「盾」にしていたからであった。のどかの喉元には、さながらナイフのような爪があった。

 

「エヴァンジェリンさん!」ネギは、狼狽した。「どうしてこんなことを!」

 

 桜通りで倒れていたという佐々木まき絵には「魔法」の痕跡があった。どうやら近頃は桜通りの吸血鬼という噂もあるらしい。ネギは、寮の前にある桜並木を用心していた。ネギは、対峙しているエヴァが桜通りの吸血鬼であると確信していた。本当に吸血鬼かどうかは分からないが、魔法使いであることは確実である。

 ネギにとって魔法使いとは誰かの為にあるべきものである。どうして魔法使いが「悪いこと」をするのか、ネギには分からなかった。

 

――などと思っているんだろうなあ、ぼうやは。

 

 青二才なネギを、エヴァは両断した。

 

「まだ碌に自己紹介もしていなかったな、先生」エヴァは、悠然と嗤った。血に濡れた牙が、月光に耀いた。「私はエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、正真正銘の吸血鬼(ヴァンパイア)さ」

「ホンモノの、吸血鬼……?」

 

 エヴァの言葉に、ネギが目瞬(まばたき)をした。エヴァが吸血鬼であると、ネギにはいまだ信じられなかった。エヴァにはほとんど魔力がなかったからである。逡巡しているネギを、エヴァがけらけらと嗤っていた。ネギは、馬鹿にされたような心地であった。ネギは、ぷりぷりとした。

 

「み、宮崎さんを離してください!」

 

 ネギの言葉にも、エヴァは柳に風とばかりに飄々としていた。

 エヴァは、もはやのどかに用がなかった。のどかの魔力()も、既に頂戴していた。エヴァは、ネギと相対することが目的であった。エヴァがのどかを「盾」にしたのは、ネギを本気にさせたかっただけである。

 

「サウザンドマスターの息子にしては」エヴァは、傲岸としていた。「随分と甘ちゃんのようだな、ネギ先生」

「ど、どうして知っているんですか!」

 

 エヴァの言葉に、ネギが動揺した。馬鹿正直なネギに、エヴァは嗤った。嬉々としていた。

 

「よく知っているよ」エヴァの言葉は、淡々としていた。エヴァは、自嘲した。「あやつが私を麻帆良に封じたのさ」

「父さんが……?」

「だから」エヴァの瞳に貫かれ、ネギは恐怖した。冷酷としていた。離してしまわないように、ネギは杖をぎうと握った。両の掌には、汗が滲んでいた。「解呪には血縁たるお前の血が必要なんだよ」

「なら、宮崎さんは無関係です!」虚勢でもいいと、ネギは叫んだ。ネギの瞳は、決然としていた。「宮崎さんから離れろ!」

「ほう」

 

 恐れながらも、ネギは臆していなかった。エヴァにとって意外であった。感心したように、エヴァは牙を剥きながら嗤った。獲物を狙う獣のように、獰猛であった。

 

「それでいい、ぼうや。私は悪い魔法使い、お前は正義の魔法使い。悪のエゴに正義が付き合う必要などない」

 

 詠うようなエヴァの言葉は、独善的であった。挑発的であった。立派な魔法使い(マギステル・マギ)を揶揄しているようなエヴァにも、ネギは先刻のように感情を露にしなかった。激情は、魔力としてネギの全身から闘志のように溢れていた。エヴァが、欣悦と嗤った。

 

「フン」ふと、エヴァの眉宇が歪んだ。エヴァが、不承々々とばかりにのどかを離した。「邪魔が入ったようだ」

 

 ネギの意識が、石畳に倒れるのどかに向いた。一瞬の隙であった。既にエヴァの姿はなかった。転移魔法であった。触媒である魔法薬の破片だけが残されていた。

 

「宮崎さん!」

 

 のどかは眠っているだけであった。怪我や、噛まれたような傷跡はなかった。安堵したネギは、脱力した。泥のように疲れ、ネギの足腰は仔鹿のようにぷるぷるとしていた。

 

「あれ、ネギ?」

 

 能天気な神楽坂明日菜に、ネギは日常が戻ってきたように思った。

 

「本屋ちゃん、いったいどーしたのよ?」

 

 ネギは、油断していた。

 のどかは、既にエヴァに噛まれていた。「まほら新聞」の一件は、桜通りの吸血鬼という噂になるようにエヴァがわざと傷跡を残していただけであった。佐々木まき絵には、魔力の痕跡があった。エヴァが、魔法で傷跡を治癒していたのである。

 エヴァがのどかにも「処理」した可能性を、ネギは失念していた。

 

  ○

 

 麻帆良学園本校女子中等部三年A組は、実に自由奔放なクラスである。

 疲れているらしい子供先生ネギ・スプリングフィールドを拉致して、学生寮にある大浴場の一角を勝手に占領してしまうほどである。いつもはストッパー役である生真面目な雪広あやかも、恋は盲目さながらネギに夢中であった。噂の桜通りの吸血鬼に襲われ、昨日までぶっ倒れていたはずの佐々木まき絵も、クラスメイトと一緒になってネギで戯れていた。

 

「やめっ」三年A組一同の恐るべきバイタリティに、ネギは玩ばれていた。「やめめめ」

 

 桜咲刹那は、ネギを励ますつもりのクラスメイトに腕を引かれるがまま入浴していた。騒然としたクラスメイトの輪から離れた刹那は、ネギの為にあやかが用意したらしい高級甘酒を勝手に失敬していた。実に臆面もない刹那だが、あやかの友人である那波千鶴も村上夏美と甘酒を堪能していた。

 

「いいのかなあ」

 

 夏美の言葉に、刹那から返事はない。千鶴も微笑むばかりである。夏美は萎縮しながら、甘酒をちびちびとした。夏美の心配は杞憂であった。あやかは、ネギで戯れようとするクラスメイトの荒波に呑まれ、昏倒していたからである。

 三年A組らしい、実に馬鹿々々しい日常であった。

 刹那にとって、それに価値などなかった。

 

――このちゃん。

 

 刹那や長谷川千雨のように、近衛木乃香はクラスメイトから離れていた。木乃香は図書館探検部の仲間である綾瀬夕映と、破廉恥な早乙女ハルナに呆れていた。お湯に浸からないよう、木乃香は黒髪をアップにしていた。濡れたうなじが、きらきらとして瑞々しい。華奢な肢体は、童女の面影がありながらも艶かしい。

 

――本当に、綺麗になったよ。

 

 刹那は微笑んだ。恍惚としていた。

 

  ○

 

「おや、珍しいでござるな」

 

 大浴場に現れた(まれびと)の姿に、クラスメイトの用意したおかしを失敬していた長瀬楓が呟いた。制服姿のエヴァと絡繰茶々丸である。明日菜も一緒であった。二人の隣でやや憮然としていた明日菜だったが、子供先生ネギをおもちゃにする阿呆なクラスメイトにぷりぷりとした。

 

「あんた達、ガキ相手になにしてんのよ!」

「げぇっ」

「オカン!」

「誰がオカンじゃ!」

「こ、これには事情が」

「問答無用!」

「うひゃあ!」

 

 クラスメイトに盾にされたまき絵やハルナ、鳴滝風香史伽姉妹は、激昂した明日菜を前にして蒼白である。律儀にスリッパと靴下を脱いでシャツの袖を捲った明日菜がじゃぶじゃぶと湯船に入っていき、贄にされたクラスメイトを馬鹿力でぺいぺいと(ぶんな)げていった。小柄なまき絵や風香史伽姉妹はまだしも、ハルナまでもが悲鳴を上げながら、綺麗な水柱とともに湯船に散っていった。気絶したあやかやネギまでもが、次々と明日菜に擲げられた。明日菜は、もはや暴走していた。「アスナが壊れた!」

 

「して、エヴァンジェリン殿は何用でござったか」

 

 実に阿呆な三年A組の面々にも、楓はいつものように飄然としていた。毒気を()かれたように、エヴァは溜息をした。

 

「仕事だ。鼠が入ってきたようなのでな」

「鼠、でござるか。エヴァンジェリン殿も大変でござるなあ」

 

 やや険のあるエヴァの言葉にも、楓は実にふわふわとして笑顔である。エヴァの眉間には、もはや皺があった。

 

「マスター」制服を濡らした茶々丸の足元には、簀巻きにされたなにかがもごもごと芋虫のように暴れていた。「これはオコジョのようです。鼠ではありません」

「茶々丸殿。鼠には、不届き者という意味もあるでござるよ」

「なるほど、勉強になります」

「ボケどもが……」

 

 誰も彼も実に呑気である。エヴァは頭痛がした。いまだ茶々丸の足元で踠いている簀巻きオコジョを、エヴァは鬱陶しいとばかりに足蹴にした。「ぐえ」踏まれたオコジョはまるで中年男性のように呻き、体長ほどある尻尾がさながら攣ったかのように硬直した。

 オコジョを足裏でむぎゅむぎゅ弄ぶと、エヴァは微笑んだ。嗜虐的であった。

 

「私はこれで失礼するよ。こいつに色々と話もあるのでな」

「はあ」

 

 オコジョに話があるとは、一体どういう意味なのか。楓は怪訝とした。ボロ雑巾のようであったオコジョが、彼女の言葉にまた暴れた。躾をするかのように、エヴァがオコジョの尻尾をぎうと掴んだ。

 

「ひん!」

 

 オコジョは、乙女のような悲鳴を上げた。けらけらと上機嫌なエヴァに、楓は呆然とした。オコジョは、もはやエヴァにとって格好のおもちゃであった。「許されよ」楓は呻いた。楓の言葉に、オコジョが愕然とした。

 おこじょ妖精アルベール・カモミールの命運は尽きた。

 茶々丸が楓に深々と御辞儀をして、二人と一匹は大浴場を去っていった。大浴場の扉が、まるでオコジョの断頭台のようである。「えんがちょ」楓は、飄々と呟いた。

 刹那が、ただ嗤っていた。

 

――歪、でござるなあ。

 

 楓は、妖や化生の類を知っている。楓は確信していた。刹那は、ヒトのカタチをした化生である。

 それは、正鵠であった。

 

  ○

 

 翌日の放課後である。

 ネギは、なぜか欠席したエヴァの自宅(ログハウス)を訪れていた。ネギの脳裡には、夜の桜通りと満月のように炯々としたエヴァの瞳が蘇っていた。ネギは、エヴァの真意を知りたかったのである。

 

「やあ、ネギ先生」

「あれ、龍宮さん?」

 

 ネギを応対したのは、制服姿の龍宮真名であった。ネギは、目瞬(まばたき)をした。当惑しているネギに、真名は微笑んでいた。

 

「ど、どうして龍宮さんが?」

「エヴァの看病だよ」

「看病って、でもエヴァンジェリンさんは吸」

 

 ネギは両掌で口を塞いだ。迂闊なネギにも、真名は愉快とばかりに呵々としていた。

 

「知っているよ」ネギを安心させるように、真名が破顔した。「彼女が吸血鬼だということ。魔法があるということ。ネギ先生が魔法使いということも」

 

 真名の言葉に、ネギは呆然とした。青天の霹靂に、ネギの思考回路はもはやショートしていた。懊悩するネギの姿は、愛らしかった。ネギの言葉を待っているかのように、真名は微笑んでいた。

 

「龍宮さんも、魔法使いですか?」

「ああ」

 

 ネギの言葉に、真名は首肯した。厳密には、魔族とのハーフである。嘘であった。純粋なネギを前にしても、真名は実に臆面もなかった。

 

「上がってくれ。話があるんだろう」

「はい」

 

 頷いたネギの瞳には、覚悟があった。子供ながら、ここが虎穴であると分かっているようである。真名の口許が、嬉々としていた。

 

「看病って、エヴァンジェリンさんは病気なんですか?」

 

 真名に案内され、ネギはリビングにあるテーブルの前にちょこんと座っていた。部屋は綺麗に整頓されている。テーブルの中央には、意匠のようにゴシック・ロリータ調の人形が置かれていた。二人は、呑気に和菓子と緑茶を味わっていた。

 

「ああ」ネギの言葉に、真名が頷いた。「エヴァは、吸血鬼としてのチカラのほとんどを封印されている。満月の前後は別だが、エヴァの身体は十歳の少女かそれ以下に弱い。季節の変わり目は、いつも体調を崩している」

「いつも?」

 

 ネギは、慣れない和菓子に奮闘していた。もちもちした生地相手に苦戦しているネギの姿は、微笑ましいものがあった。

 

「何回も看病しているからね。私はエヴァを友人だと思っている。エヴァはどう思っているか分からんが」

「友人、ですか」真名の言葉に、ネギは表情を曇らせた。「龍宮さんはエヴァンジェリンさんに協力しているんですか?」

「友人だが、味方じゃない。頼まれたら、友人として協力するかもしれないが」

「エヴァンジェリンさんが悪いことをしていると、龍宮さんは知っていたんですね」

「ああ」

 

 ネギの言葉は、断定的であった。事実でもあった。真名に反論はなかった。それでも、ネギは真名を(といただ)さなかった。

 

「エヴァはサウザンドマスターに封じられた。十五年前の話だ。本来なら三年で解かれるはずだった」真名は、ネギを一瞥した。「だが、約束は守られなかった」

「え?」

 

 六年前にナギと会ったネギは、彼が生きていると信じている。だが、六年前にナギが生きていたなら、約束は守られていてしかるべきである。辻褄が合わなかった。ナギが、エヴァに嘘を()いたことになる。父を信じているネギは、動揺した。

 

「先生もサウザンドマスターの息子なら知っているはずだ。十年前。彼が死んだという噂。それでも、エヴァは何年も彼を待っていた。だから、彼の息子である先生に、エヴァは躍起になっている。それを邪魔するような真似は、私にはできない」

「そんな、だって、父さんは――」

「龍宮」

 

 階段の上から、エヴァが二人を睥睨していた。エヴァの口調は、さながらブリザードのように冷徹としていた。ネギは、言葉にならない悲鳴を上げた。

 

「意外におしゃべりとは、知らなかったよ」

 

 どうせネギに話すつもりであったが、エヴァはどうにも癪であった。憤然としているエヴァにも、真名は飄々と微笑んでいた。

 エヴァの隣には、桜咲刹那の姿もあった。どうやら看病をしていたらしい。なら真名はなにをしていたのか、ネギには疑問であった。真名は、呑気に和菓子をもごもごしていた。

 

「エヴァンジェリンさん、寝てなきゃダメですよ」

「うるさい。お前は母親か」

 

 苦言を呈した刹那が、エヴァに一蹴されていた。

 

「具合はどうだ?」

「貴様の所為で最悪だよ」

「息災でなによりだ」

「ボケどもが……」呑気な真名に、エヴァは辟易したように嘆息した。まるで昨晩のようである。エヴァは、また頭痛がした。「で……、何の用だ、ぼうや」

 

 ネギは、エヴァと対峙した。

 ネギの脳裡には、エヴァの言葉が蘇っていた。「悪のエゴに正義が付き合う必要などない」つまり、ネギのエゴにエヴァが付き合う道理もないということである。それでもネギは、エゴを貫かなければと決断していた。

 

「これ以上、エヴァンジェリンさんに悪いことはさせません」

 

 杖を手にし、ネギは決然と断言した。覚悟しているのか、ネギの頬には一筋の汗が流れていた。

 

「ああ」エヴァが、艶然と微笑んだ。「構わんよ」

 

 ゴッ。

 あっさり了承され、ネギはマヌケにもすっ転んだ。額からの、綺麗なダイビングヘッドであった。

 

「だが、お前の血が欲しいのは変わらん。定期的に血をくれるならば、もうしないと約束しよう。封印の解呪も、すぐにしようとは思っていない」

「ほ、本当ですか!」

 

 ネギの言葉に、エヴァが鷹揚と頷いた。興奮したようなネギの、ぶつけた額は赤々としていた。ネギの瞳は、無垢として耀いていた。

 

「疑うなら契約書(ギアス)も用意するが」

「大丈夫ですよ!」予想外の展開に、ネギは有頂天であった。「生徒を信じないなんて、先生失格ですから!」

「コイツ、お人好しすぎないか?」

 

 あまりに無邪気なネギに、エヴァが嘆いた。もはや本当にナギの息子なのか、エヴァには疑わしかった。愉快とばかりに嗤っている刹那が、小癪であった。

 

「桜通りの吸血鬼が噂になった以上、計画に無理があったということだ。観念するさ」

 

 嘘であった。噂にさせたのは、エヴァ自身である。実に白々しかった。エヴァは、嗤った。

 ナギの息子であるということにどれほどの価値があるか、ネギは理解していなかった。吸血鬼の真祖を御したという「箔」を対価に、エヴァはナギの息子という強力な「パトロン」を掌中にしたのである。桜通りの吸血鬼というマッチポンプで得られたものとしては、破格であった。宮崎のどかという手駒も、エヴァには残っていた。

 

「血を貰う代わりだ。困ったことがあれば協力するよ、ぼうや」

「ネギ先生は魔法の秘匿が甘いですからね」

「うぐ!」

 

 辛辣な刹那の言葉に、ネギは呻いた。図星であった。ホレ薬や図書館島、いつも困ったことになっているという自覚はあったらしい。

 煩悶としているネギを安心させるように、刹那は微笑んだ。

 

「いつでも頼ってください、ネギ先生」

 

 刹那の双眸は、ヘドロのように澱んでいた。

 

  ○

 

 桜咲刹那は、近衛木乃香の護衛という関西呪術協会に近しい存在である。関東魔法協会の一大拠点である麻帆良からすれば、部外者である。それでも、刹那は魔法生徒という立場にあった。

 理由は、人材不足である。

 世界樹を有する麻帆良が霊脈として優れている以上、常に魑魅魍魎の類や敵対組織に狙われている。それを撃退するのが、当然ながら魔法使いである。しかし、魔法の射手(サギタ・マギカ)などの魔法による砲撃を基本とする魔法使いには、盾や剣となる魔法使いの従者(ミニステル・マギ)が必要不可欠である。つまりは、前衛が不足していた。前衛たる実力者を重宝しなければならないのが、麻帆良の現状であった。

 退魔を祖とする京都神鳴流の剣士、桜咲刹那と葛葉刀子。

 超長距離狙撃と特殊近接格闘術ガン=カタの名手、龍宮真名。

 接敵戦に優れた高等魔法操影術の若き魔法使い、高音・D・グッドマン。

 無音拳と究極技法咸卦法による麻帆良随一の武闘派、タカミチ・T・高畑。

 自動拳銃(オートマチック)による近中距離射撃や近接格闘術のエキスパート、ガンドルフィーニ。

 正規の魔法使いではない刹那が、高音や佐倉愛衣のようにガンドルフィーニに師事することはない。だが、魔法使いのセオリーに囚われないガンドルフィーニを、刹那は慕っていた。

 高音と刹那、相反する二人から慕われているガンドルフィーニの心労は途方もなかった。

 

「終わったか」

 

 嘆息しながら、ガンドルフィーニは額の汗を拭った。

 麻帆良メンテナンス大停電も無事に終わっていた。侵入者の警戒に奔走していた面々が世界樹前広場に集まっていた。

 報告によれば、警備システムに小規模なハッキングがあったらしい。システムの一部が不安定になったが、幸いにも支障はなかった。手口から超鈴音の可能性が高かったが、証拠はなかった。あの超鈴音が、証拠を残すはずもない。証拠がないということは、逆説的に超鈴音の仕業である。ガンドルフィーニは、なかば確信していた。

 

――まったく、イヤになるな。

 

 ふと、ガンドルフィーニは辟易とした。生徒を疑っているという事実に、である。ガンドルフィーニの眉間には、皺が刻まれていた。

 

「先生、お疲れさまです」

 

 世界樹前広場の薄闇から現れたのは、桜咲刹那であった。刹那は、まるで友人にするかのように微笑んでいる。ガンドルフィーニは胃痛がした。

 

「あ、ああ」ガンドルフィーニの笑顔は、疲れていた。「お疲れさま」

 

 ガンドルフィーニは、刹那が苦手である。高音と犬猿の仲というのもあるが、一番は刹那の(うろ)のような瞳であった。

 ガンドルフィーニは、「悠久の風」の一員として紛争地帯にタカミチと同行している。刹那の瞳は、紛争地帯の少年少女にとても似ていた。刹那の双眸は、いつも茫漠としていた。いつまでも空洞であった。かつて同門であった刀子によれば過去になにかあったらしいが、彼女にも詳細は分からなかった。

 実力者ながらまだ若い高音にとって、刹那という存在はただただ不気味であった。外道であった。ガンドルフィーニは、外道として生きることが刹那なりの慟哭だと思っている。ガンドルフィーニは大人としての無力をいつも痛感していた。

 

「どうされました?」

 

 憔悴としているガンドルフィーニを、刹那が心配していた。本心からだとガンドルフィーニには分かっているだけに、実に厄介であった。

 

「お疲れなら、少し休んでいきましょう」

「それは吸血鬼の真祖の塒でか?」

 

 エヴァと友人関係らしい刹那が、ログハウスをよく訪れているというのもガンドルフィーニは知っていた。刹那の言葉は、冗談ではないらしい。まるで悪夢のようである。ガンドルフィーニは呻いた。

 

「えっと……?」

 

 ガンドルフィーニの言葉に、刹那が目瞬(まばたき)をした。なにか問題でもあるのかと、刹那は怪訝としていた。ガンドルフィーニに休んでほしいと、純粋に慮っているだけである。ガンドルフィーニは目眩がした。

 やはり、刹那はネジが外れていた。

 

「桜咲さん」

 

 淡朦朧(うすぼんやり)とした世界樹前広場に、高音が幽鬼のように佇んでいた。高音の口調は、剣呑としていた。愛衣は、やはり左顧右眄としている。才能はあるが荒事の経験がない愛衣は、刹那がいかに外道であるかまだ分かっていなかった。

 

「生憎ですけど、またの機会にお願いしますわ」

「残念です」

 

 心にもない高音の言葉も、刹那は飄々としていた。嗤っているばかりで、刹那がなにを思っているのかは判然としなかった。

 

「では、またの機会に。皆さん、お疲れさまです」

「お、お疲れさまでした」

 

 兢々とした愛衣の言葉に頭を下げたかと思うと、もう刹那の姿は世界樹前広場になかった。

 

  ○

 

「桜咲です。首尾はどうですか」

『ぼちぼちや。期待せんと待っとき』

 

 天ヶ崎千草との通話(TEL)を手短に終わらせ、刹那は嗤った。

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