ドSの銀髪美少女が姉になった 作:睡眠欲求者
体育祭が始まり、グラウンドが熱に包まれていく。入場行進や開会宣言を終え、早速競技が始まる。初めは100m走だ。全員参加の個人種目は、全て1年生から始まる。最初に1年男子で始まって3年女子、途中休憩を挟んで1年女子から3年男子、という風に切り替わっていく仕組みだ。競技に参加するため、1年男子がぞろぞろとグラウンドへ出ていく。1つの組が用意してからゴールするまで大体30秒ほど。1学年男女10組ずつの3学年なので、全員が走り終えるのには30分ほどかかる計算だ。
俺は、3組目だから結構早めだな。
奇遇なことに同じレーンには葛城君と神崎がいた。神崎の方はあまり知らないがBクラスでも割と中心的な位置にいるらしい。一之瀬から話は聞いている。よろしく頼むみたいなことを言われたが、一之瀬は何を吹き込んだのだろうか?
まあ、関係ない話だけど。
パン、の合図と同時にスタートする。この日にピークを持ってくるように調整はしていたため、体は軽い。10月の冷たい風を一身に浴び11秒01で走り終えた。もちろん結果は一位だ。ペース配分も完璧だ。
「流石だぜ!」
「よっしゃあ!」
「なんだ、あいつ!?」
「随分と速いやつがいるな」
Aクラスの方から歓声が上がっている。逆に他のクラスからはどよめきが広がっていた。
男子が走り終わってから2分と経たないうちに、1年女子へと交代する。すでに1組目はスタートしていた。
「濃密スケジュールだな」
「だな。それよりも絶好調じゃねえか!黄色い声援が飛んでだぜ?」
「そりゃいいね。美少女はいた?」
「お前意外とそういうのに興味があるんだな」
そんな会話をしていると、Dクラスのコテージが騒がしいことに気づく。それはまさに、赤髪の生徒が高円寺に殴りかかる瞬間だった。
「おいおい……」
しかし、その拳を高円寺は何事もなく受け止める。
「おお……」
早くもDクラスは仲間割れを始めた。やはり1年生の中では一番まとまりがないようである。
「さて、橋本君。女子のレースを見ようじゃないか。野郎の喧嘩を見ていてもつまらないよ」
「あ、そうっすね」
呆れたような視線を向けられたが、納得できない。お前は本当に男か?
気を取り直してレーンに視線を向ける。
「堀北と……伊吹、だったか」
伊吹澪。無人島試験の際、龍園君からDクラスに送られたスパイの役割を果たしていたと聞いている。
スタートの合図と同時に飛び出す女子。抜け出したのは伊吹と堀北。その中でも、若干ではあるが伊吹がスタートダッシュを制した。付かず離れずのいい戦いだ。半分を走ったところで、堀北がほんの少し前へ出た。
そしてラストスパート。この段階で、伊吹がジリジリとその差を詰めていく。並ぶか、並ばないか、という微妙なところで2人ともゴールした。
「接戦だったね」
「だな」
周囲の人間も感嘆の声を漏らす。二人ともかなり身体能力が高いらしい。綾小路が隠れ蓑に使うのも納得できなくはない。
「そうだ、橋本君。一つ頼まれてくれないかな?」
「?」
仕込みはしないとな。
続いての競技はハードル走。ハードル走は、10m間隔でハードルが置いてあり、10個ある。それは普通だが、この体育祭のハードル走には大きな違いがある。
普通、ハードルには触れても問題はないし、飛ばなくても問題がない。しかし今回、そのような行為にはゴールタイムに一定の秒数を追加するというペナルティが設けられている。ハードル一個倒すごとに0.5秒追加、接触で0.3秒追加だったはずだ。つまるところちゃんと飛ばないとタイムが嵩むということだ。
「よう、坂柳?だよな?。よろしくな」
「…ああ、よろしく。柴田君だよね?」
Bクラスの柴田。身体能力はかなり高いと記憶している。平田と同じサッカー部に属する男子で走力だけなら平田以上にサッカーが上手く、学年内トップクラスの身体能力を持つらしい。
わかりやすくていい。つまり、柴田よりも速く走ればいいわけだ。
合図と同時に飛び出した。最初に抜きんでたのは俺だった。だが、その後一瞬で柴田に追い抜かれる。その時点でリミッターを少し外した。体温が上がる。体中を巡る血液が熱い。
同時に高揚感を感じる。体の制御が離れるギリギリを感じながら疾駆する。それぞれのハードルまでどの程度の歩幅で何歩進めばスムーズに跳ぶことができるのか。検証してある。減速の必要はない。ただ走るだけだ。跳んで走って、飛んで走ってを……繰り返していき、ゴールにたどり着いた。正直途中から柴田を気にしていなかった。
体感は13秒くらいだろうか。
「ふう……」
「速いな、坂柳。もしかして陸上やってた?」
2位にもかかわらずさわやかな笑みを浮かべて話しかけてくる柴田に好感と嫉妬を感じつつ会話に応じる。
「部活とか入ったことなくてね。いや~、運が良かったよ」
「それであの動きかよー。すげえな!」
認められることよりも才能あるものが負けているのを見ることに悦楽を感じる。俺もきっと性格は悪いのだろう。そんなことを考えながらも次の競技へと意識を向けた。
男子団体競技の棒倒し。
「お前ら絶対勝つぞ。高円寺のクソがいない分気合入れろよ!」
先ほどの赤髪ヤンキー………須藤が前に出て、A、Dクラスの男子に喝を入れる。暑苦しいし精神論だし、好きではないタイプだ。
棒倒しでは、速さと同じかそれ以上にパワーが要求される。体格でみると、俺らにとって1番の脅威はCクラスにいるアルベルトくらいだ。今回は、二本先取した方の勝ちとなる。Aクラスは防衛。Dクラスは攻撃を担当している。
「ま、心配いらねえぜ。俺が1人でも相手ぶっ倒すからよ」
「倒すのは人じゃなくて棒で頼むぞ……?」
「保証できねーな。高円寺の件でイラついてるからよ」
綾小路は一応心配で声を掛けたらしい。
襲い掛かる勢いで敵意むき出しだがいなされそうで不安だ。そして試合開始のホイッスルが鳴り響く。鳴る前から前のめり状態だった須藤はすぐに飛び出していった。
殴るけるなどのあからさまな暴力行為は禁止されている。だが、取っ組み合い程度は狂されるだろう。やったことないから知らないけど。
「止めろー!須藤を止めるんだ!」
防御側のBクラスの男子が叫ぶと、一斉に須藤に人が集まる。
「くっそ、何人来るんだよ!?」
初めこそ、言葉通り相手を吹っ飛ばしながらとにかく前進を続けていた須藤だが、3、4人に阻まれ止められる。
「おいやベえぞ!」
気が付くとアルベルトがすぐそばまで迫ってきていた。快進撃は須藤の比ではない。だが、
「止まれ、アルベルト」
取っ組み合いはセーフ。暴力は禁止。だが、ばれなければ問題ない。身長がデカい生徒の後ろに潜み、どさくさに紛れて俺は素早く右足を一歩踏み出す。顎を狙った掌底。派手な動きでなければ事故として誤魔化せる。
「ッ!?」
アルベルトはわずかに体勢を崩す。こちらも制約があるため威力は出せないが、綺麗に入った掌底は確かにアルベルトの頭を揺さぶる。
それでもアルベルトは歩を進める。他のCクラスも迫っているので最後に膝裏にローキックを入れて離脱する。今のは少し危うかったかもしれないが効果はあったらしくアルベルトはバランスを崩し、Aクラスに押し返される。砂埃をうまく使えば反則紛いでもバレることは少ない。
向こうの方で歓声が上がる。ぎりぎりこちら側が一本取ったらしい。安どのため息を漏らしながらも次は攻守を変えて二本目に臨む。
二本目もやはりCクラスが攻めてくる。開始のホイッスルと同時に、Cクラスが突貫してきた。Aクラスはすれ違うような形でBクラスに突貫する。
AクラスにもBクラスにも特別ガタイのいい男はいないため、両者せめぎ合ったままだ。しばらくして向こう側から怒鳴り声が聞こえてきた。
「ぐっ、がっ!誰だ今腹殴りやがったのは!?」
須藤の苦悶の声が聞こえてくる。どさくさに紛れて須藤に直接攻撃を加えている輩がいるようだ。俺と同じことをしているらしい。さっきも言った通り、暴力行為は違反だ。つまり、バレないと絶対の自信を持ってやっている。そして事実、やり方はうまい。人が入り乱れて砂塵が巻き起こっている中、その接触が偶然なのかそうでないのかを見極めるのは非常に難しい。さっき経験したからわかる。そう何度もやれるものではない。
誰がやっているかなど見なくてもわかる。先ほどから須藤に攻撃を仕掛けているのは、Cクラスのトップに君臨する男、龍園だ。その素足が、須藤の背中を踏みつける。
「がっ!」
まずいな。このままだと負けそうだ。瞬時に判断して先ほど同様リミッターを外す。さっきよりも深く。
普通の人でも、筋肉をフルに使うことができれば150kg くらいのものでも片手で持ち上げることが可能である。しかし、現実の俺たちはウェイトリフティングの選手でもない限りそんな重いモノは持ち上げられないし、一般人は10Kgのコメを持つだけで精一杯。原因は、俺たちが自身の能力をフルに使っていないからである。なぜ使えないのかというと、それは安全のために脳が制御しているためだ。これは記憶力や頭の回転にも影響しているらしい。
あの施設の人間は体を弄りまわし後天的な優れた人間の体を作成することに注力していたが、限界を感じ脳のリミッターを弄ることにした。その結果、俺は脳のリミッターをある程度制御できる。
つまるところどういうことかと言えば——
「鬼頭君。指を組んでバレーのレシーブみたいにしてくれない?跳ぶから」
鬼頭は一瞬面食らったように驚愕を露にしたが、一瞬で納得し準備してくれる。大地を踏みしめポップ、ステップ、ジャンプ!!!!!
「はあ?」
「何ィィィィ!!!???」
風を切り裂く感覚と浮遊感に自然と口角が上がる。体格に恵まれたやつ。体の使い方が上手いやつ。指揮を執るのが上手いやつ。全員まとめて凡才の俺がねじ伏せる!
俺は棒の一番頂上に組み付き勢いのまま倒しにかかった。一番モーメントがかかるこの位置取りでこの勢い。
様々なことが重なり棒が倒れる。それはこちら側の棒が倒れるのとほぼ同時だった。
「あー、イラつくぜ!全勝するつもりだったのによ!」
須藤の叫びは1年の赤組陣営に浸透する。結局、僅差で白組の得点になった。その後も一本も取られ、白が勝った。Aクラスの数人からは文句の声が飛び交う。
「あれだけ大口叩いてこれかよ!」
「せっかく流都さんが棒を倒してくれたのによ!」
「最悪だぜ!これだから不良品はよぉ」
「ああん!?なんだとコラァ!!!!!!」
「やめろお前たち」
「須藤君も落ち着いて!」
慌てて葛城平田両名が抑えにかかる。
「すまない、我々がもう少し早く棒を倒していれば」
「ううん、僕らもしっかりと守れなかったから。また次頑張ろう」
こんな時でも、平田と葛城は落ち着きを持ってクラスのまとめ役という大役を全うしている。果たして、平田の言う「次」という名のチャンスがいつまであるのか。そもそも、今の時点でチャンスなるものは存在するのか。まあ、それは体育祭の全日程が終了して初めて、結果論として言えることだ。
「鬼頭君。ありがとう。助かったよ」
「ああ、問題ない」
最低限のお礼だけして一度自分たちの陣営まで戻った。