ドSの銀髪美少女が姉になった 作:睡眠欲求者
観客席に戻ると有栖の派閥の人間が心配そうに寄ってきた。どうやら、何があったのかはある程度知れ渡っているようだ。
「心配をかけてごめん。俺の代役で出てくれた人は誰かな?プライベートポイントは俺が払うよ」
「いえ、必要ないです」
「そうだぜ!流都は被害者だろ?」
「払うべきはあいつらだろ」
そう言って何人かが葛城君の陰になるような位置で立っている集団に目を向けにらみつける。
「その話は後にしよう。もうすぐ体育祭も終わるんだ。ここで騒ぎを起こすのはよくないからね」
そう言って周りを落ち着けてグラウンドに目を向けた。正確にはそこに立つ綾小路に。リレーは最終局面に映っていた。
各所から須藤のスピードに感嘆の声が聞こえてくる。後ろは混戦しているお陰で須藤はさらにリードを大きく広げた。そして平田にバトンが渡る。手堅い足の速さを持つ平田は、須藤が作ったリードをキープしたまま3番手にバトンパス。その後Dクラスは2年Aクラスに抜かれ、その後も後続が追い抜いていく。櫛田にまわる段階で、Dクラスは7位にまで落ちた。
ここで異変が発生する。バトンを受け取った生徒会長が、なぜかその場に留まって走り出さないのだ。
予想はできる。彼もまた綾小路に興味があるのだろう。だから待っているんだ。綾小路が櫛田からバトンを受け取るのを。
予測は正しく、ほぼ同時に二人が走り出した。驚異的な速さを見せる2人に、周囲からは歓声とどよめきが湧き上がる。尋常じゃない速度で、前を走っていた走者を置き去りにしていく。レースはさらに加速していった。
それを見ながら思う。俺があの日綾小路に脅威を感じたのは間違いじゃなかったんだ。
俺はあの二人のように走れるだろうか?答えはYESだ。それ以外はどうだ?無人島での暗躍。暴力事件の手腕。自らをあそこまで隠したうえで同じことができるか?
まだ、こんなものじゃないだろ?綾小路。お前はどっちだ?天才か?秀才か?それとも俺と同じ人工物か?綾小路というその名前がもし、偶然でなくあの男の血縁者である証明なのであればお前は————。
あふれる予感が止められない。
人工の天才は俺の標的になるだろうか?それとも俺の味方なのだろうか。その答えを今の俺は持ち合わせていない。
ただ、もしあれが人工物であるならば恐怖と敬意と期待と憎悪を俺は覚えるだろう。
ああ、お前のことをもっと知りたい。お前はいったい誰なんだ?
「速かったね。やっぱり」
「あんたはあいつが速いの知ってたの?」
「予想はしていたよ」
走り終えた綾小路に好奇の視線が向けられる。結果から言うと、綾小路は生徒会長に敗北した。だが、これは2人の驚異的な追い上げに慌てた走者がこけて綾小路の進路を塞いでしまうという不確定要素が絡んだ結果だ。どちらが速かったかはわからない。僅差だ。
「あんたたち姉弟って本当にそっくりだよね?」
神室さんが俺と有栖の二人に視線を交互に向けながらつぶやく。
「………どこが?」
俺が有栖と似ているところなんて銀髪ぐらいだ。
「気づいてないの?あんたたちが綾小路を見ている眼そっくりだったよ」
「………」
思わず有栖の方に視線を向ける。確かに熱心な視線を綾小路に送っていた。
レースの結果自体はそれほど重要ではない。着目すべきは、これで綾小路に注目が集まったということだ。ジョーカーのつもりで隠しておきたかったのだが、まあ仕方がないだろう。油断をすれば、こっちが喰われかねない手札なんて危ないだけだ。あくまでギブアンドテイクの関係の方がいい。そう少し考えを改めて、グラウンドの中央に集合する。
これで体育祭の全日程が終了した。得点が開示され、各クラスの順位が明らかになる。俺たちは他学年の順位には目もくれず、1年だけに注目した。
1位 1年Bクラス
2位 1年Aクラス
3位 1年Cクラス
4位 1年Dクラス
「2位か」
唯一の救いは、赤組白組の対決は赤組が制したということくらいだろう。おかげでAクラスは変動なし。Bクラスは1位になったため50ポイントだがマイナス100されるため、マイナス50ポイント。Cクラスは負けた分と3位になった分でマイナス150。Dクラスは4位のためマイナス100ポイント。1年はAクラスの除いたすべてのクラスが後退だ。ぎりぎり逃げ切れた形だ。
学年別最優秀賞には柴田が選ばれた。午後の競技の全欠席はかなり響いてしまった。電光掲示板に映る文字が今回の失敗の象徴であり、柴田の才能の証でもある。
「残念だったわね………個人技はほぼ1位と2位だったのに」
「今回のミスは俺のミスだからね。気にはしないよ」
ちょっと心配げに声をかけてくる神室さんはやはりAクラスの中ではまとも枠だ。一之瀬と神室さんが今のところ俺のオアシスだ。
「ポイントを獲得する方法はまだ残っているし」
そう、正直ここからがメインイベントだ。総合1位を逃した以上それなりのうまみがないとカバーしきれない。
体育祭が終わり解散した後カラオケボックスに集合した事件の当事者と目撃者たち。重ぐるしい雰囲気が部屋を覆っている。俺からの事情説明と俺を襲てきた笹村たちからの事情説明。目撃者の証言を聞き、葛城君と中立派の3人が状況を整理しているところだった。
「葛城君。君は今回のことどう思っているのかな?」
この場にいるのは俺と橋本、神室さん、坂柳派のメンバー数人。葛城君、弥彦、俺を襲ってきた5人組。最後に中立派の3人が観客としている。俺と葛城君、神室さん以外は不用意に口を開こうとしない。弥彦のことは葛城君が黙らせ、ヤジを飛ばそうとする坂柳派の人間は俺が制した。
「判断をする前にもう少し詳しい事情が知りたい」
「さっき俺からも彼らからも話したよね?」
「彼らの主張と坂柳の主張は食い違いすぎている」
「目撃者の話を信じないのかな?」
「中立派の人間がいるにしても抱き込まれて笹村たちを嵌めたという可能性を排除できない」
「なるほど。じゃあ証拠を出そうか」
神室さんの方に視線を向ける。神室さんはめんどくさそうにしながら携帯端末を操作して例の動画を流す。
『大体気に入らねんだよ!あの女の弟だかなんか知らねえが、デカい顔しやがってよ!』
『散々俺らのことバカにしやがって!』
『次はあの女だ!ひーひー言わせてやるよ!』
『さ、流石にやり過ぎだって!』
『あん?大丈夫だろ?Cクラスにやられたことになるんだからよ!』
『出来ねえよ。お前が俺たちの言うことを聞かずにしゃべったら裏切っているこの動画を流してやる!』
「なッ!?」
「そ、それは」
主犯格2人が絶句している。笹村なんて青ざめすぎて幽霊のようである。
「それは?」
あくまで冷静に状況を把握しようとする葛城君と中立派の3人。
「これは私が撮った動画。こいつがあまりにもフラフラだったから坂柳が様子を見てきてほしいってお願いしてきて、後を追ったのはさっき話したでしょ?そしたら、殴られたり蹴られたりしてたから橋本達に電話して、言い逃れができないように動画を撮ってたの」
神室さんの補足説明が入る。動画は途中からでブレてはいるものの、声は割と鮮明に拾っているため信頼に値するだろう。そう判断したのか葛城君はため息を吐く。
「彼らが坂柳に暴行を加えたのは確定と見ていいだろう。聞くに堪えない暴言からも彼らの事情説明とは食い違った恨みのような感情があることはわかる。少なくともCクラスに罪を擦り付け、坂柳を脅迫しようとしていたことの証拠ではあるだろう」
「そ、それは————」
「お前たちがは先ほど坂柳に先に襲われたから反撃した、そう言っていたな。坂柳が心配になり声を掛けようと後を追って声を掛けたら暴言を吐かれて言い合いになった。その結果、坂柳に手を出されたと」
苦しい言い訳だった。正直、あの状況に引っ張り出されてしまった時点で彼らは詰んでいる。全部、俺の手の平の中だったからだ。Cクラスへのスケープゴーストできる環境作りも人気のない場所への誘導も、神室さんの配置も彼らの悪感情を煽ったことさえも。
ある程度自分たちの非を認めて真実を曲げようとした結果だろうが、彼らの証言は証拠がない前提のものだった。
当日中にこのような場を設けたのは言い訳を作らせないようにするためだ。それと同時に証拠を捏造したと判断させないために自由な時間を間に入れずこの場をセッティングした。動画の信用性は極めて高いものだ。
「この動画の様子を見る限りあの証言を信じることは困難だ。お前たちはどう考える?」
葛城君が中立派の3人にも話しかける。
「笹村たちには悪いが俺も同意見だ」
「私も同じかな~。流石にこの動画を見て笹村君たちに初めから悪意がなかったと判断するのは厳しいな~」
「右に同じですね」
中立派の3人————————瀬戸山、菊田、榎戸は全員が似たような意見のようだ。
「ただ~、ちょーっと坂柳君に都合がよすぎる感じがするんだよね~。どこがーとは言えないんだけど一連の流れがさ、きれいすぎない?」
菊田 彩夢。想像以上にいい勘をしている。彼女は俺が仕組んだものであると確信しているような表情をしていた。その上で、俺を見定めるような視線を向けてくる。
「おいおい、それは言いがかりだろ?」
橋本が口をはさむ。それに追随するように坂柳派のメンバーも声を上げるが、意外な人物の咳払いで言い合いが一瞬収まる。神経質そうな顔をした眼鏡の男、榎戸だった。俺と葛城君は視線で騒ぎ出しそうだった人たちに待ったをかける。
葛城君が榎戸に続きを促すと榎戸も声を上げた。
「確かに神室さんの対応が冷静すぎる気もしますが明確な証拠がない以上、これ以上の話し合いは無意味でしょう。笹村君たちも我々に嘘をついていたことは事実ですから、信頼性がないのは向こうだって同じです。確実な証拠のある事象にのみスポットを当てた方が賢明でしょう。双方意見がないのであれば、妥協案を探すべきでは?」
「………そうだな。はっきりとした結論は出せないが、動画を見る限り笹村たちが嘘を吐いていたことは明白だ。それで構わないか?坂柳、笹村」
「俺としては構わないよ。このような愚かなことを今後一切しないでくれると誓ってくれるのならね」
結論を今日出せないのは俺の望むところではなかった。葛城君であれば、俺が勝手な行動をしたこととそのことを伝えたタイミング、様々なことを総合して真実にたどり着いてしまう可能性がある。というか、俺が何かしら企んでいたのはわかっているだろう。ただ、どこまでが俺の計画でどこまでが彼らの悪意によるものなのかは今の葛城君にはわからないはず。
いま、それが起こらないのは時間の制限と疲労が原因だ。リーダーとして、俺の空いた穴を代役として埋めたのだ。ただでさえつかれているところに、追加の種目。間髪入れずにクラスで問題が起こりそれの処理。いつもよりも思考力が落ちるのは自然ことだ。例えここで葛城君がこれらのことに気が付いてもやりようはいくらでもあったが、気が付いてくれないことが一番だ。このまま押し通すべきだ。
「俺は暴力事件を表沙汰にすることを望んでいるわけじゃないんだよ。それはみんなも同じだと思う。だから、俺からの要求は四つだ。彼らが同じような暴力行為をしないように誓約書を書いてもらうこと。それと俺が出れなった分の代役のプライベートポイントの支払いを葛城君にすること。三つ目は、慰謝料として俺が毎月Cクラスに払っている分を肩代わりしてもらうこと。最後に現在持っている彼ら5人の全ポイントの譲渡。以上だ」
「ま、待ってくれ!いくらなんでも最後のやつは!」
「やりすぎだと?俺はあのまま体育祭に出ていれば確実に最優秀賞に選ばれていた自信がある。それは個人競技の結果を見てくれればわかると思う。全生徒の中で最も高い得点を獲得した最優秀生徒には、10万プライベートポイントが与えられる。学年別の場合ででも1万プライベートポイントが払われる。補填するためには必要な要求だと思うけど?」
「それはあまりにも無茶苦茶だ。坂柳。後者ならとにかく最優秀賞をお前が取れる保証はなかった。第三者から見ても許容しかねる要求だ」
葛城君が案の定口をはさんだ。それはそうだ。仮に学年別の場合は1万ポイント。あまりにも暴利だ。
「おいおい、流都が最優秀賞を取れないと断言する材料の方が少ないんじゃないか?200m走を除いて全部1位だったんだぜ?」
「しかし、龍園に殴られたことが響いているのは明白だった。午後に支障をきたしていなかったと判断する材料もない」
橋本は俺の意図が分かった上でなのか援護射撃をしてくる。それを葛城君が封殺する。
「確かに~無茶すぎる要求だと思うな~。三つ目までとにかくさ~」
確かに、三つ目もかなりきわどい要求ではある。だが、四つ目のインパクトに引っ張られて印象が薄くなっている。先でよく使われる手口だが、それを分かった上でこの女は今の発言をしたのだろう。何せ、他人に見えないように俺にウインクを向けてくるくらいだ。
「じゃあ、三つ目まででいいよ。それで手を打とう。誓約書にサインしてくれれば、今後一切この話を持ち出さないと誓うよ。神室さんの動画も葛城君に預ける。それでいいよね?」
「………笹村たちが納得するのであればそれで手打ちにするべきだと俺も思う。どうだ」
「………わかった。約束は守れよ?」
「もちろん」
笹村たちは諦めて条件をのんだ。それを見届けて、俺はやっと肩の荷が下り疲労感を感じ始めた。
橋本達にお礼を言って別れた後、帰路についている俺を三つの人影が阻んだ。それは中立派の3人だった。
「疲れてるとは思うがちょっと付き合ってくれないか?」
瀬戸山がそう言って俺を止めた。鬼頭君ほどではないがガタイがいい彼は、俺よりも身長が高い。俺が170cmに対して175cmはあるだろう。ガタイがいいからさらに大きく見えなくもない。
「時間は取らせません。我々としても少し確認したいことがあるだけです」
神経質そうな眼鏡の生徒、榎戸が俺の正面に移動するように現れた。
「手短にお願いしたいね」
「単刀直入に聞きます。今回の件、すべて坂柳君が仕組んだことで間違いありませんか?」
「何を言っているのかわからないな?」
「判断材料は結構あるんだよ~?神室ちゃんの冷静な対応、橋本君の判断の速さ、現れるタイミング、ここ最近急激に聞くようになった坂柳君が葛城派をバカにしている、ひどい暴言を吐いているという噂、独断でBクラスの偽の情報を渡す作戦、葛城君への連絡のタイミング、そして何よりBクラスに偽の情報を渡したわりにはBクラスは打撃を受けていないこと~。もちろん~、偽の情報であると見破った可能性はあるけど~。総合すると見えてくるものがあるよね~」
間延びした気の抜ける話し方ではあるものの、菊田彩夢の言葉には確信じみたものがあった。とぼける意味はないようだ。
あの場で聞いた情報も多いだろうにここまで整理して短時間でたどり着いたのは賞賛に値する。
「あの場で言わなかったのは何のためかな?」
「ん~、一番は君についた方が面白そうだったからかな~。有栖ちゃんは賢いし可愛いけど~面白くないんだよね~」
「これはあくまで菊田の意見です。僕と瀬戸山は中立派をやめて坂柳流都個人に着いた方がこの先生き残れると判断しました」
「姉さんの方が安心だと思うけど?それに俺は個人で派閥を作ったつもりはない」
「………そうですね。今は、でしょう?」
「…へえ」
「坂柳有栖とあなたの決定的な違いは決定的な弱点がないということです。確かに、坂柳有栖は、あなたよりも頭脳、知識、学力、掌握力、そして策略に優れた優秀な人物です。ですが、周りに裏切られた場合身体的な問題を抱えている以上不安要素が残ります。その点、あなたは技も運動神経も優れている。そう判断しました。形としては、坂柳派につきますが個人的には坂柳流都個人に台頭してほしいと思っています」
「君たちが俺に協力してくれるのはありがたいけど、俺は俺のやりたいようにやるし方針を変えるつもりはないよ?」
「構いません。僕と瀬戸山はこれからそのあたりをじっくりと見定めていきますから」
「なるほど」
まだお試し期間ってことか。たぶん1年生の内は有栖と敵対するのはあり得ないと思うが、それは言わない方がいいか。
「私は~もう流都君に味方するって決めてるから~安心していいよ~?」
「あははは、それはありがたいね」
正直、俺はお前が一番怖いよ。この中でお前は異質だ。感覚としては有栖と綾小路を足して二で割った感じがする。
どうして有栖同様、美少女には毒があるのか………。光の加減で空色に見える銀色の髪を靡かせた目の前の少女はそこが知れない笑みで微笑む。
「ここから約2年、楽しませてね?」
駒を得ると同時にとんでもない悪魔を引き入れてしまった気がする。そんな後悔はもう少し後にするのだった。