ソードアート・オンライン《Another black swordsman》   作:松本 雅明

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Prologue

 無限の蒼穹に浮かぶ巨大な石と鉄の城。

 内部にはいくつかの都市と多くの小規模な街や村、森と草原、湖までが存在する。上下のフロアを繋ぐ階段は各層にひとつのみ、その全てが怪物のうろつく危険な迷宮区画に存在するため発見も踏破(とうは)も困難だが、一度誰かが突破して上層の都市に辿り着けばそこと下層の各都市の《転移門》が連結されるため誰もが自由に移動できるようになる。

 そのようにしてこの巨城は、二年の長きにわたってゆっくり攻略されてきた。現在の最前線は第七十四層。

 城の名は《アインクラッド》。約六千もの人間を呑み込んで浮かびつづける剣と戦闘の世界。またの名を――――

 

 

《ソードアート・オンライン》。

 

*

 

 鈍い輝きを放つ剣閃が俺の肩を浅く抉り通り過ぎる。

 視界左上に固定表示されている細いラインが、わずかにその幅を縮める。それと同時に胸の奥で何かが消えるような感覚が襲い掛かる。

 固定表示されている細いライン――HP(ヒットポイント)バーと呼ばれる青いそれは、自分の生命の残量を具現化したものだ。どこかのテレビゲームなどで主人公や使用キャラクターによく表示されている物と同じようなものである。

 まだ最大値の九割以上は残ってはいるが、その考えはとてもと言っていい程適切な言葉ではない。俺は今一割がた死の淵に近づいている。

 

「…………」

 再び身体に向かってきた獲物を剣でパリィで軌道を逸らし、後方に下がり距離を取る。俺の目の前にはぬめっとした深緑色の光を放つ鱗状の皮膚を持った半人半獣の怪物がいる。そのほかにもトカゲの頭と尻尾を盛っている。

 

 あのトカゲ男を動かすAIプログラムは、俺の戦い方を観察し、学習して、対応してくる。しかし学習データは、いまの一個体が消滅した途端にリセットされ、次にこのエリアに湧出(ポップ)する同種の個体にフィードバックされない。それはそれで有難いのだが。

 

「……グルァ」

 目の前のトカゲ男――レベル82モンスター《リザードマンナイト》はは俺をなかなか仕留められない所為か唸り声を上げた。戦いを始めてかなりの時間が経過している。その間、お互いにクリーンヒットもないのだからリザードマンが唸り声を上げるのも分からなくもない。

 咆哮を上げたリザードマンは地面を蹴り、俺へと向かってくる。手に持っている両手剣が鋭い円弧を描いて俺へと振り下ろされる。両手用大剣の上段ダッシュ技のソードスキル《アバランシュ》。持っている剣で受け止めれば衝撃は完全に吸収できないずに体勢を崩し、相手にチャンスを与えることになる。防ぐならば楯が必要だろう。

 

 しかし、俺はその攻撃を先読みしていた。

 

 そうなるように、わざと間合いを広く取り続け、敵のAI学習を誘導させたのだ。両手剣から数センチの距離を駆け抜けて、リザードマンに接近する。

 

「……だあっ」

 

 掛け声と共に、右手の剣を真横に切り払う。水色のライトエフェクトを纏った刃が鱗の薄い腹を抉る。苦しむように叫び声をあげるリザードマン、俺の剣はその隙に左から右へと跳ね戻り、再びリザードマンを切り裂く。勢いを殺さずに回転し、再度一閃。三撃目は最も深くリザードマンを捉えた。

 

「ウグルァァァ!!」

 

 リザードマンは、技を空振った後の硬直が解けるや否や、怒りか死への恐怖から生まれた悲鳴なのかもしれない。両手剣を高く振り上げ、今のも俺へと振り落とそうとしている。しかし、三撃目を終えた俺の剣はまだ止まる事はなかった。バネに弾かれるように左上へと跳ね戻る。剣はリザードマンの心臓を捉えた。水色の光の四本の剣閃によって俺の周囲には正方形が描かれている。水平四連撃ソードスキル、《ホリゾンタル・スクエア》。

 

 鮮やかなライトエフェクトが、迷宮の壁を強く照らし、薄れた。同時に、リザードマンの頭上にあるHPバーもまた一気に消え去り微細なポリゴンに爆散した。これはこの世界で《死》を意味する。

 視界中央に紫色のフォントで浮かび上がる加算経験値とドロップアイテムリストを一瞥すると、俺は手に持つ剣を背中の鞘に納めた。

 

「……帰ろう」

 

長時間の単独戦闘で疲労した身体を動かし出口へと向かう。これで今日の《攻略》は終わりだ。これ以上迷宮に潜っていたら明るいうちに街に戻れない。ねぐらに戻っても、すぐに戦いが訪れる。しかし、何もかもが上手く行くわけではない。もしかしたら、明日死んでしまうのかもしれない。だがそれに怯えていては誰かがこの世界ゲームをクリアするまで街の宿に篭りっぱなしの生活だ。いや本当の利口なやつならそうするだろう。

 

 それに引き換え、俺は毎日最前線に単独(ソロ)で潜り続け、死の危険と隣り合わせになりながらもステータスを上げていく俺はVRMMO(仮想大規模オンラインゲーム)の深海深くまで潜り満足感を得る中毒者なのか、己の剣で世界を解放しようなどと考える大馬鹿野郎か。そんな事を思いながら迷宮区の出口を目指して歩き始めながら、ふとあの日の事を思い出す。

 

 二年前、このゲームがデスゲームへと変わっていったあの瞬間の出来事を。


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