古式の防人   作:白倉如水

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綻び

放課後になり、三々五々に生徒たちが帰路につき始めた時刻。

和人と幹比古は、術式の改良を共同でしようと、幹比古の家に行くことにしており、鋼と深雪は駅まで一緒に帰れるなら一緒に行こうということで四人で帰る約束をしていた。教室を出ると、隣のクラスから慧が出てくる姿が和人の目に入った。

 

「お疲れさん。慧は今、帰りか?」

 

「ええ。帰ろうとしていたところよ」

 

「一緒に帰るか?」

 

「そちらがよければ」

 

和人がそう声をかけ、慧が答えた。確認のために振り向くと三人が笑顔で頷いていたので、慧が加わった。互いに自己紹介を済ませ、五人で校門へ向かった。

 

「どうした?疲れたような顔して」

 

「辟易してるだけよ」

 

「何かあったの?」

 

深雪が、労るような穏やかな声で慧へ問いかけた。

 

「いえ、ただね。一科生同士じゃないと交流する意味がないとか、そんな下らないことを得意気に話す人が多いのよ」

 

ホントに馬鹿馬鹿しいと漏らす慧に、全員が苦笑いを浮かべる。

昼食の時に似たような集団に絡まれたという深雪と意気投合する慧。とりとめのない話をしながら校舎を出た和人たちだったが、校門のところで何やら一悶着起きていることに気がついた。

 

「何だろう?」

 

「一科と二科の生徒で口論をしているようだな」

 

(ん?この気配は結界か。微かだが間違いねぇ。誰かが張ったな。コイツが、もしも精神感応系だとすると・・・)

 

「止めないとまずいんじゃないかしら?」

駆け出そうとした慧を和人が制し、慧へ囁くように伝えた。

 

「恐らく何者かの結界が作用してる。俺は彼らのことを止めるから、幹比古と二人で、結界の起点の破壊を頼めるか。呪符なら此処に5枚ある。」

 

「・・・わかったわ」

一瞬の刮目のあと、冷静に和人の言葉を受け止める慧。呪符を受けとり、幹比古の隣に移動する。

 

人だかりに近づくと、言い争いをしている声がハッキリと聞こえて来た。

「私たちはただ帰ろうとしただけじゃないですか。どうして邪魔をするんですか!通してください!」

 

柴田美月が、一科生に向かって声を荒げていた。

 

(この人数なら呪符なしでもイケるが、念のために仕込んどくか)

右腕の手首に呪符を巻き、発動の安定度を高める和人。

 

「ウィードが僕たちブルームより先に帰っていいと思っているのか?」

 

「俺たちはまだ校内に用があるんだ。それが終わるまで待ってろ」

 

一科生の言い分はあまりにも自分勝手で、幼稚な嫌がらせだった。ここまで来ると失笑も起こらない。

 

「何アレ?同じ一科生として恥ずかしい」

 

「あぁ、あれ、1―Aのメンバーだわ。嘆かわしいわね」

 

「誰かを見下して何になるの?」

 

和人、慧、幹比古以外の口から一科生に対して嫌悪感を顕にした言葉か発せられている。

 

(この極端な直情的発露。やはり、悪意増幅系の精神感応か)

幹比古と慧は、現場に近付いたことで結界の気配を感じとり、動き始めていた。

 

「だったら待ってれば良いだけでしょ?あたしたちには関係無いじゃない」

 

エリカは既に、爆発寸前の雰囲気だった。ほかの生徒たちも険しい顔をしている。

 

「口答えするな!お前たちウィードは僕たちブルームに黙って従っていれば良いんだ!」

 

「同じ一年生じゃないですか!私たちと貴方たちにどれだけの差があると言うんですか!」

 

美月の言葉は、一科生を逆上させるには十分だった。一科生の先頭に立っていた男子生徒が、一笑にふした。

 

「ほほいのほ~い!そこまでにしときやしょうぜ~。お互いにさぁ~イライラは損だぜぇ~」

 

わざとらしく素っ頓狂な声色で割って入る和人。一瞬、動きを止めた男子生徒にイラついたような視線を投げかけられた。

その隙に、一科と二科の集団に挟まれたかのような位置に敢えて身を置く。

 

「・・・良いだろう。教えてやるよ。これが才能の差だ!」

 

男子生徒が制服の内側から取り出したのは、拳銃形態の特化型CAD。起動式の展開速度は一科生として申し分無い力量だった。

 

「危ない!」

 

取り巻きの女子生徒が悲鳴を上げるが、魔法は発動されなかった。エリカが警棒のような得物で彼のCADを叩き落としていた。何が起きたのか分からず固まる一科生。

 

「この距離なら、身体動かした方が早いのよね。魔法、発動しなきゃ意味ないのよ、一科生さん?」

 

それを見ていた鋼。

 

「さすが千葉家の人間だね」

 

「エリカのことを知っているの?」

 

深雪が訊ねた。

 

「同じ百家だから、ある程度は交流があるんだよ。さすがは千葉の人間というところだけど、今の言い方はちょっといただけないかな」

 

鋼が言うように、挑発的な彼女の言動は一科生の怒りを助長させるだけだった。

 

(我が意に従いて、彼の者らの術式を喰らいつくせ!)

 

和人は指を鳴らすと同時に、無言の胸中のみの詠唱で精霊に命じ、1―Aの陣営の任意の人間の魔法式を破壊する術を放った。

その瞬間、ごくわずかな煌めきをもって対象のCADが発光した。指定された人間の魔法式が発動不能になったのだが、逆上している一科生は気づいていない。術者である和人が解除しない限り、発動しようとする術式を喰らい続ける。

 

「は、発動しないっ!」

 

「ふ、ふざけるな!」

 

「なめるな、ウィードが!」

 

「ハイッ!ありがとうございました!さすがは1―Aの有志!真に迫る実演、どうもっす!」

 

間髪入れず、そう大声で、注目を集める和人。そして次の瞬間、鋭い殺気ととともに低い冷徹な声で先頭の一科生に告げる。

 

「そんなことはどうでも良い。それよりCADをしまえ。退学になりたいなら構わんぞ」

 

「なにっ・・・!」

 

自分たちの行為の愚かさに気づき、身をすくませる一科生。そこへ追い討ちを掛けるようにやってきた人物たちに、一科生の顔は蒼白となった。

 

「最後に、これだけは言っとくぞ。魔法師の優劣は才能だけじゃねぇんだ。魔法は使い方一つでいろんな可能性が生まれる。魔法師を目指しているなら、魔法を使う事の責任の重さと使い方を知るこったな。それをせん限り、どれだけ成績が良かろうがお前らはカスだ」

 

 

「聞きたいことがいろいろとあるんだが、そろそろいいか?」

 

 魔法による対人攻撃は未然に防がれたものの騒ぎが風紀委員の耳に入り、現場を見られたのは事実。

 生徒会長の七草真由美と風紀委員長の渡辺摩利の姿を見とめると、慧以外のその場にいたA組メンバーが愕然とした。

 

「皆さん。彼の言うとおり、魔法を行使するにも起動するにも細かな制限がありますが、この事は授業で習う事です。今回は、発動まで行かないところで終わったようですが、魔法の行使には責任が伴います。周囲への影響を考えずに安易に使用すれば取り返しのつかない事にもなります。よく覚えておいてください」

 

 真面目な表情で入学したての後輩を諭す。しかし確かな厳しさを持って真由美が説明している間に、摩利が和人のもとに歩み寄って来た。

 

「君、名前は?」

 

「1-B。宮代和人です」

 

「あの時いったい何をした?『発動した魔法で1―A側の面々を不発状態にした』だろ? 大したものだな」

 

「…魔法を使用した事には変わりありませんので、褒められる事ではありません」

「ふっ、まあな」

 

 

 面白そうに摩利は口角を引き上げた後、すぐに表情を引き締め、一年全員に向けて事務的な口調で告げた。

 

「本来なら詳しい話を聞くところではあるが、会長の言葉もあることから、今回だけは不問とする。会長が仰った事を努々忘れぬように。そして以後、軽挙妄動は慎むこと。わかったな。以上!」

 

 真由美と摩利は現場にいた一年全員の顔を見渡し、校舎へと戻っていった。真由美と摩利の後ろ姿を見送りながら、術を解除した和人。

 

「で、結果は?」

 

隣に控えていた慧へ結果を確認する。

 

「しっかり除去完了。呪符の感じから最近仕掛けられたものらしいわ。あそこまで巧妙に隠すなんてこの術者なかなかのものよ。学校側に連絡する?これ、剥がした呪符よ」

 

人目につかぬように、和人へ呪符を手渡す慧。

 

「おう、お疲れ。そうだな・・・一応、風紀委員長殿にでも伝えておくか。明日にでも、俺が行くよ」

 

「了解」

 

 

 

 

 一方その頃、生徒会室に戻って来た真由美と摩利は、先ほどの一件について話していた。

 

「あの魔法、いったいなんなんだ?真由美、ヤツのことどう思う?」

 

「宮代くんの事? まさかあれだけの人数の魔法が全て不発に終わるなんてね」

 

「あんな能力があって、なぜ下から数えた方が早いほどの、九十四位だなんて成績なんだ。いったい何がどうなってるんだ…」

 

頭を抱え、心底不思議そうに呟く摩利。

 

「確かに不思議かもね。でも、やっぱり才能溢れた人材がいるのがわかると嬉しくなるわね」

 

「そうした才能に目を向けず、驕っている者が多いのが、うちの学校の欠点だがな」

 

 摩利はため息を一つ吐くと、窓の外を見た。

 

「…真由美。ヤツを生徒会かウチに入れられないか?」

 

「そうね。生徒会に欲しいころではあるけど、風紀委員の窮状もわかるから、どう依頼をかけようかしら」

 

「今から楽しみだな。ヤツがどのような働きをしてくれるか」

 

「まだ決まった訳じゃないけどね」

 

真由美は口ではそういいながらも、摩利同様に彼を囲い込む算段を、腹の中で組み上げはじめているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 あの騒動のあと、深雪たちにエリカと美月を加えた一団で、駅までの道のりを他愛のない話をしながら歩き、それぞれの家路へとついた和人たち。

 

 

和人は、部屋に到着すると、早々に制服から部屋着として使っている作務衣へと着替え、リビングのソファーに、身を横たえながら慧から手渡された呪符を眺め、先ほどの一件をけしかけたであろう正体不明の術者についての可能性を考えていた。

 

(魔法科高校に、ほとんど誰にも気づかれることなく精神干渉系統の呪符を仕掛ける程の能力、悪意を増幅させるという陰湿な性質の・・・誰なんだ?

だが、判らんことが多すぎる。正体を特定するにも決め手が無さすぎるな。とはいえ、秘匿しておくわけにもいかねぇか。明日の放課後にでも、この事を生徒会長と風紀委員長には伝えておくか)

 

 

そう思って置き時計に目をやると、針は18時を指そうとしていた。そろそろ夕食にしようかと3Hに献立の指示をしようとしたら、腹が鳴った。思わず失笑を漏らし、ダイニングエリアに行こうとしたとき、壁掛け式のヴィジフォンが着信を告げた。

 

「こりゃ、この時間には珍しい」

 

 画面に映し出されたフォーマルスーツの壮年の紳士の姿をみて和人は素直にそう述べた。だが、砕けた口調とは裏腹に無意識に背筋がのびた。この時間であれば、まだ執務室に居り、表裏ともどもの仕事に指示を出している筈の人間がそこにいた。宮代家の現当主、和人の父親である義人(よしひと)その人であった。

宮代家は表向きは、和菓子屋を営み、裏の仕事として蔭守を担っている。

 

『よう、和人。ちゃんと飯喰ってるのか?』

「開口一番の科白がそれかよ、ちゃんと喰ってるよ・・・それで、親父、用件は?」

『なに。入学祝いに言葉でも、と思ってな。入学おめでとう』

「ありがとう」

 

 少々照れくさいが素直に礼を述べる和人。

 

『友人はもうできたのか?』

「ああ、上手くやっていけそうかなっていう何人かとは知り合えたよ。ちょっと驚いたけど総代の子とも知り合うことになった」

『そうか、それは何よりだな。友人は大切にな』

「もちろんだよ」

 

『さて、ここからは別件だ。ある人物の蔭守を命じることになった。対象は第一高生。』

 そう言うと義人は先ほどの和やかな雰囲気を一変、眼光も鋭く、口調も厳粛だ。和人は身を正した。

 

『対象は”司波 深雪”及び"司波 達也" の両名だ。総代殿とその兄だ。』

「司波さんたちを?」

『ガードというより”カモフラージュ”の意味合いが強いがな』

「司波さんたちの何を隠せと・・・」

 

『今回の依頼主に関係があるのだが、司波兄妹は、一般家庭の出ではない』

「その依頼主とは?」

『四葉だ。当家と四葉の協定はお前も既に知っていることなので、改めていう必要もないだろうが、彼らを目立たせる訳にはいかんということだ』

「・・・そういうことですか。」

 

 和人は、深雪が総代たり得た理由をハッキリと認識した。アンタッチャブルと呼ばれ、畏れられている四葉の者ならば、さもありなんである。

四葉家当主自らの要請があった場合、 他の四葉家係累にも極秘で対象を警護するという約定を交わしている。

 

『対象に女性を含むということもあり、慧と共に任にあたるように』

「かしこまりました」

 

『最後に、これはまだ不確定要素が強いんだが、反魔法団体が動き出しているという情報もある。充分に気を付けるようにしてくれ。ではな』

「了解しました」

和人の返事を最後まで待たずにヴィジフォンの画面がブラックアウトする。

 最近まで沈静化していたといわれる反魔法運動再び起こるやも知れぬというなら、魔法科高校に入った以上は他人事ではない。

 

 もしかして、あの呪符の件も、なにか関連があるのかも知れないと思いつつも、面倒な事が起こらなければいいがと、和人はそう願いながらブラックアウトした画面を見つめていた。

 

 

 

次回へ続く

 

 

 

 

 

 


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