ローザはオレの背中から飛び降り、勢い良く小屋の扉を開けた。オレに農作業の疲れを感じさせないようにしているんだ。健気なところは本当に愛くるしいなぁ。
「まだ帰ってきてないんだ」
アランの姿は確認できず。予想はしていた。ビーフシチューに誘われてひょっこりアスパラ姿を現すと思ったけど杞憂だったな。
一日ぐらい顔を合わせなくても向こうからやってくる。心配性のローザはアランを探してこいと鼻をあらげているようだが、闇夜に潜む森の獣にでもひと噛みされた方が奴の為だとオレは言いたい。
飯ができるまで風呂を沸かすとするか――
「サンちゃん、アランを探してきてくれなかったらご飯抜き!」
チッ……晩飯を盾に取られてはおちおち風呂も沸かしてられん!
「帰ってきたらお風呂も沸かしておくね!」
疲れを癒す間もなく外に放り出され、生温い海風を受け森の中を散策する。至るところから鳥の鳴き声や得体の知れない動物たちの呻き声がする。本来なら一人で暗闇の森の中を歩くことはしきたりで禁じられている。森に棲む獰猛な生き物たちに襲われる例は度々村に伝わっていた。
オレも危険を感じたことはたくさんある。いくら鍛えているからといっても無傷ですむなんて思ってはいない。
じゃあなんで森の中を歩くかって?それはアランが真っ暗な森の中にいるから。
仕事をサボっているのはあの男なりに理由があったみたいだ。恐らくアランの居場所は特定できる。
この鬱蒼と生い茂った密林の先にある建物。そこにいるんだ。
不気味な建物が現れ、窓からこぼれる光に向かって近づく。室内を恐る恐る覗きこむ。
……いたいた。アランは怪しさ際立つ『大空の探求者』を騙る男と談笑している。
声が窓の隙間から漏れているようだ。アランは目を輝かせながら、歪みがあるリング状の物体を手のひらに乗せている。
「――これがグラスマン先生が言っていたギアなんだな?」
「ああ……正式にはギアドライブと呼ばれていて、それは試作品の一部。私がストルム王国に住んでいた頃に父から譲り受けたんだ。しっかり調整すれば海を越えることができるとされる代物だよ」
ギアドライブ?海を越える?一体、あの男たちは何を話しているんだ?
「ローザやサンガが見たら驚くに違いないぜ!ああ、一刻も早く俺の為に完成させてくれよな、先生!」
「調整が終わったらいち早く君に伝えよう。でもサンガやローザにも教えてあげなさい。いつまでも喧嘩していては村長も心を痛めているはずだから」
「まあでもサンガにこればっかりは使いこなせねーな!なんつったって、筋肉が重すぎて海に沈んじまうっつーの!だぁーはっはっは!」
アスパラ野郎……言わせておけばいい気になりやがって……。
「筋肉というよりもバランスが重要なんだ。逆に体が軽すぎてしまえば空気抵抗に堪えきれず、身が摩擦で擦りきれてしまうんだよ」
物凄く興味深い会話をしているような気がする。個人的にもうちょっと盗み聞きしていたいけど、ローザが痺れを切らしてしまう。
おっと、やっと『グラスマン先生』と呼ばれる人と目が合った。これがお迎いの合図だとわかるのはオレとこの人――『グラスマン先生』だけだ。
「すまないね、わざわざ遠くから来てもらって。すぐ呼んでくるから待っててほしい」
『先生』の呼びかけにアランがやって来た。
「迎いに来てくれてサンキューな。それじゃ帰るとするかな」
相変わらず調子のいい奴だ。一人では森の中を抜けれないからオレが来るのを待っていたと素直に言えばいいのに。
「サンガ、明日用があってね――」
またか……。
「すまない。最近色々と忙しくて息子の相手をしてやれないんだ」
しまった、顔に出てしまった。ここで機嫌を損ねると引きこもられてしまうかもしれない。たださえ外出したがらないのに隠居生活を送られたらオレが暇になってしまう。話し相手がいなくなるのはオレの人生の支えを失うようなものだ。
「だぁーはっはっは!サンガはいつも大変だなぁ!子守りまでやらされるなんて」
コイツの挑発に乗ったら気が狂いそうだな……気持ちを落ち着かせよう。
「じゃあな、先生」
「道中、気をつけて帰るんだよ」
先生に会釈してオレはアランを森の中に引きずりこんだ。今にも折れそうな片腕を握り引き回す。アランは最初こそ強がりでオレを嘲笑うが、徐々に苦痛が入り交じった弱々しい口調へと変わった。
ふつふつと沸き上がっていた怒りが伝わったようだ。生意気な態度はうってかわって許しを請うようなへっぴり腰になった。
アランは泥まみれになっていると思うが、前しか見ていないからどんな表情しているのかオレは全く興味がない。それぐらいオレはイライラしているんだ。
森を抜け小屋に到着した。アランは声を出さず吐息すら押し殺しているようだ。どうやら死んだフリをしてローザの同情を買うことでオレの晩飯を奪い取るつもりらしい。
扉を開けるとローザがぐったりしたアランに気づいた。
「ど、どうしたのその傷!?森の中で喧嘩でもしたの!?」
うん、その方が都合がいいな。
「んなわけねーだろ!サンガの脳筋野郎に無理やり引きずられたんだよっ!」
息を吹き返した。なんだ、死んでなかったのか。
「部屋が汚れちゃうから早くお風呂に入ってきて」
「はぁ……着替え、用意しておいてくれよな」
アランは泥まみれになった服を外に置いてあるカゴに投げ入れた。ドラム缶の中のお湯が湯気を立てる。アランが勢い良く飛び込んだ。
オレは手を荒い、ローザが作ってくれたビーフシチューにありつく。黙々と食べる。ローザがオレの顔を覗きこんだが、問いかけはなかった。
ビーフシチューが苛立ちを癒してくれる。自然と温かい気持ちなった。ローザはきっといいお嫁さんになる。そんな気がする。アランはもっとローザを大事にすべきだ。こんな大切に想ってくれる女性がいるんだから。
さあ、明日からまた仕事だ……そういえばアイツはいつまで風呂に入ってるんだ?
あまりちんたらしてると着替え隠しちまうぞ?