「大した怪我じゃなくて良かった。サンガじゃなかったら立つこともままならなかったはずよ」
医者はヘラヘラしながらオレの背中をはたいた。服の間から包帯が見えているはずだが、わざとやってるとしたら確信犯だろう。村人からは魔性の女医と呼ばれている。診察室の独特の匂いと相まって頭がぼんやりする。
確かに大した怪我ではないのかもしれない。痛みもだいぶ和らいだ。それにしても患者の扱いが雑すぎる。もし背中の骨が折れてたらどうしてくれるんだ?
「そんなに痛がるのはサンガらしくないぞ~?いつもようにシャキッとしてなきゃ、シャキッとね?」
めんどくさいオバ……じゃない年増。同じだな。
「そういえば、あなたを助けるのを手伝ってくれた女の子って彼女さ~ん?そんなわけないわよね。だってサンガは私にか興味ないしね~」
これは虚言癖オバサンが出てくる夢なんだ。そうだ、オレは悪夢を見ている。なら夢から醒めることを祈りながら、また目を瞑るとするか――
「ちょっと!現実から逃げようなんて男らしくないわよね!屈強な男ならもっとビシッとしてなきゃ」
この村に医者はオバサンしかいないんだ。困ったとき頼るのは当然だろ。
自分がモテてしょうがないみたいな言い方をするな!さっきから鳥肌と悪寒が収まらないんだ!
「わかったわ、今日はもう帰って頂戴。私だってあなたばっかに構ってるわけにはいかないのよ。そんな悲しい顔したってお別れのキスなんてするわけないじゃない!?」
ああ、うるさい不愉快だ。一体誰に向かって話しかけているんだ?この診察室にはオレ以外の人間でもいるのか?
顔を歪めているつもりだったのにオバサンから見たら悲しい顔にしか見えなかったらしい。
付き合ってられない、さっさと立ち去ってしまおう。
「あら付き合い悪いわね。外でローザが待ちかねてるわ。顔を見せて安心させてあげなさい」
急に塩らしくなるな。横顔を見せつけられて、ちょっとだけドキッとしてしまった。ちょっとだけだ。
外に出る。景色は夕焼け。だいぶ時間が経っていたようだ。荷物はどうなった?それよりも……。
「あっ!サンちゃん、怪我はもう大丈夫?仕事中に木から落ちて頭を打ったって聞いて、走ってここまで来たんだよ!」
心配をかけたのは心から謝ろう。でも驚いた。走っても三十分かかる距離を躊躇いもせずに来たのか……ん?待てよ、ということは助けてくれたのはローザじゃない?
というか仕事中に木から落ちるってただの間抜けじゃないか?
「なんか心配して損した。すごい元気そうだし」
そうか?
「そうだよ。だってなんか首につけてるし。それってお医者様から貰った?」
これか?そんなわけないだろ。あんなオレの倍の年を重ねた女豹なんかから贈り物なんてされたら夜も眠れん!
「違うんだね……」
なぜガッカリしてるんだ?
「だってサンちゃんって好きな人とかいたことないから」
好きな人?異性の話か。生活のことで手一杯で周りに興味を持つのさえ忘れていた。オレにも人を好きになるなんて感情があるんだろうか。いや、普通ならある……よな?
「アタシとアランはサンちゃんのこと大好きだよ!サンちゃんもアタシたちのこと大好きでしょ?」
ああ、当然だ。嫌いなら三人で暮らすことなんてなかっただろう。村長夫婦は尊敬してるし、グラスマン先生も不思議と惹き付けられるものを持っている。エルドも弟みたいで新しい家族ができた気分だ。素直にリックが羨ましい。
取って付けたように言うけどオレはオバサンの幸せを願っている。
「ウフフ、なんかちょっと恥ずかしいね」
さて、機嫌を損ねる前に姫様をおぶって帰路につくか。晩飯を作ってもらわなければ明日の仕事に支障が出る。胡麻をするのもオレの役目だ。無論、拒否権はない。
そういえばオレを助けてくれた人にまだお礼をしてないな。影や形はうっすらと覚えているが、明日になってしまえば忘れてしまう。けどきっとまた会えるような気がする。だってこの村は噂があっという間に広がるから、手助けしてくれた人の手掛かりも自然と見聞きすることになる。
……言い換えれば、村の人たちからこっぴどく叱られるんだけどな。理由なんて誰だってわかるだろ。荷物を台無しにされて黙っている大人がいるもんか。ああ、嫌だなぁ。やっぱり後二日ぐらい寝てれば良かった……。