「人は死ぬ為に生きているのだ。否応なく運命によって定められている。そんな風に考えた方がよっぽど有意義な人生を送れるような気がしないか?」
エルドニア・グラスマン――芝生男じゃない。三年ぐらい前にノスロ王国と同じ島国のストルム王国から移住してきた『大空の探求者』を騙る中年の男だ。オレからすれば研究者の方がしっくりくる。
ガタイががっしりしているからか、あまり怒らせたくないという気持ちがどうしても先走ってしまう。それほどの畏怖を感じるんだ。
リックと異母兄弟のエルドランいう息子がいる。
リックはストルム王国に留学しているしっかりものの好青年だ。ほとんど面識がないから、噂程度でしか聞いたことないけど。
エルドラン……自分の名前の一部を付けるぐらいだから、代々受け継がれてきたのだろう。名前が似すぎてオレもよくこんがらがる。
奥さんがいたんだが、最近起こした自身の実験で亡くなってからいつもこんな調子だ。
それ以来、『死』という言葉を深く考え込むようになった。薄気味悪い印象が常につき纏っている。
排他的な村の人でさえ媚びへつらうほど煙たがっているんだが、その光景はまるで触らぬ神に祟りなしと言ったところか。
「サンガは死ぬ夢を見たことはあるか?」
切り立つ崖から飛び降りて空を飛ぶ夢なら……まあ、ある意味死ぬ夢だな。
「気に触ったら申し訳ない。少し悩んでいたんだ」
いつものことだろ、白々しい!
「空はいいね。日によってその表情を変える。青空は心を清めていき地上の人間に活力を授ける。対する曇天は禍々しい雰囲気と圧迫感で負の感情を呼び起こす。大気とは生き物だ。我々と同じ、『天気』という名の理性を持っているんだ」
悔しいが、この研究者はオレを惹きつける術を心得ている。空の話を聞くのは好きだ。だからこのエルドニア・グラスマンという男は憎めないんだ。
「いい目をしてる。空が好きだって、そんな顔をしてるよ」
そんな話を聞かされたら食いつきたくもなる。というかもっと聞かせろ!
「空を飛んでみたいか?」
長年の夢だ。叶えてくれるならどんなことでも引き受ける!
「なら息子のエルドの遊び相手になってくれ。最近、研究に没頭していて息子の存在を頭の片隅から消し去ってしまっていたんだ」
エルド……ああ、またか。それよりも虐待にならないのか?息子より研究が大事とは……家族の概念を知らないオレにとって口出しする権利はない。
「未来ある雛鳥、その小さな翼で
耳が痛くなるほど聞かせられているが、何故か胸の鼓動が高鳴るのを実感するんだ。
『死』と掛け離れているからか?
「――ああっ!?サンガさん、お体はもう大丈夫なのですか?」
噂をすれば舎弟のお出ましだ。ん?エルドの姿を見た途端にグラスマン先生が部屋に引きこもってしまった。オレのせいで気まずくなった?親子なのに?
「ビックリしましたよ!いきなりサンガさんが空をピュー、と飛んだんですから!」
空を飛んだ?地から足が離れた感覚は残ってるのは覚えているが無意識だったからな。空を飛んだという実感ははない。
「あの首輪の力……なんでしょうか?」
首輪?……ギアドライブとかいう機械だろうな、恐らく。そういえば、グラスマン先生が調整を行っているものをどうしてエルドが持っていたんだ?それにアランではなく何故オレに渡したんだ?きな臭いことだらけだ。グラスマン先生はまだオレに話していないことがあるようだし。
「父が仰っていました。もし困ったことがあったら、サンガさんを頼れって。きっと誰よりも力になってくれるって」
過信だ。そんな胸を張れるような生き方をしているつもりはない。
「え?……おっおいうんい、いいんおおえ?おあえあいあえああい?……」
うつ向いてしまった。伝わらなかったか?それとも余計なことを口走ったか?
「僕も父上の役に立ちたいです。でも僕は父上みたいに頭は良くないし、サンガさんみたいに力持ちでもないからどうしたらいいのか……」
エルドもまだまだ遊び盛りの年頃。真面目過ぎるのは玉にキズ。
そうだ、首輪……じゃない、このギアドライブをエルドに使わせてみよう。
「何ですか?それを首につければいいんですか?」
別に首じゃなくてもいいんだけど。
「こんな感じでいいのかな?……う、うわぁ!?」
おおっ!?本当に浮いた!
「サ、サンガさん助けてください!どうしたら――」
落ち着け。いくら妖精のようにフラフラと宙に浮いたとしても体を掴めば制御できるはず。まさに犬と飼い主の理屈だ。
「サンガさん、ダメです!足元見てください!」
あん?オレの足がどうした――これはっ!?
「うわぁぁぁ!?」
エルドの足を掴んでいるのにも関わらずオレごと持ち上げるだと!?マズイ!このままではどこに飛ばされるか予測できない!
「壁が目の前にぃぃぃ――」
『もっと自分に自信を持て。壊せない壁はない』と言ったが、その壁じゃ……ない。