エルドは壁に頭を打ち付け寝込んでしまった。全てオレが悪い。空を飛んだと言われたら客観的に見てみたくなるもんだろ。人間の性って奴さ。だからエルドで試してみたんだが、想像以上の代物だ。空を飛ぶというオレの夢を形にした技術の結晶。いや、宝石と言ってもいい。それがギアドライブ。う~ん、アランの手に渡れば欲望の赴くままに悪用されるだろう。グラスマン先生も望んではいないはず。それだけはどんな手を使ってでも避けなくては……。
「そこの人、ちょっと聞きたいことがあるの――」
背後から見知らぬ女が話しかけてきた。村の人間じゃない。それどころかこの国の人間ではないのかもしれない。小綺麗な格好がオレを蔑んでいるような気がしたからだ。ん?……オレは本当にこの女を知らないのか?自分で自分を疑うのはおかしいが、胸の奥からむず痒さが込み上げてくる。
スラッとした長身。腰まである金髪。明らかに上品さを感じさせる振る舞い。この女が村に現れたら、村中の男たちが膝まづくかもしれない。それぐらい整った顔立ちをしている。
「警戒させてしまってごめんなさい。道を聞きたくて声を掛けたんだけど――あれ?君は以前、この近くで会ったことなかった?」
勝手に警戒したのはオレだ。意図せず美女に遭遇したら迂闊な手出しはしない。それがこの村の掟だ。排他的な村人の性格からきているようだが、ここは様子を見た方が懸命だ。
「もしかして耳が聞こえないの?それだったら他を当たるね」
耳が聞こえないわけじゃないが、相手に合わせた方が身の為だ。頷いてさっさと立ち去ろう。
「あれ?やっぱり聞こえてる?」
――うっ!?しまった!!
オレとしたことが耳を聞こえないフリをしたつもりが墓穴を掘るとは……。
「部外者の私を信用できないのは理解したよ。もし話せるのなら名前ぐらい教えてほしいな。ワタシはジュリア。ジュリア・ヴァーサ」
自ら名を名乗るとはまともな教育を受けている証だ。たぶん。
だが、申し訳なさそうな顔をされたらいい気分はしない。ここは恩を売った方が後々都合がいいな。
確か胸ポケットに髪とペンがあったはず。
「えっ!?ここに連絡先を書けって!?さすがにそれは……」
この女、自意識過剰の塊だな。オレが口説いているみたいじゃないか。
とりあえず、
『オレは声が出せないから必要なことは紙に書くようにしている。オレの名はサンガ・ミルド』
「これって筆談……ああ!ごめんなさい!いつも村の男の人に出くわすと連絡先を聞かれるからつい……」
自慢か?モテる自分を遠回しにアピールするとは末恐ろしい女だ。
「私はストルム王国から派遣されました。異国の文化や歴史を学ぶためにノスロに滞在したいのですが、案内して頂けませんか?――っと」
なになに……ほう、オレに村を案内しろと?中々肝の座った女だ。異国に足を踏み入れながら恐れを抱くこともなく、得体の知れない村民との接触を図るとは。人見知りだとは思わないが、オレだったら絶対に真似できない。他人の考えや気持ちを理解するには時間を必要とするし、声が出せなければ尚更だ。意志疎通には想像を絶するような努力と労力を必要とするんだ。オレ以外に理解できる人間なんてまずいない。
「会ったばかりで信用できない、って言いたそうな表情しないで……」
そんな顔してたのか。多少改善する必要があるな。まあいい。とりあえず……ああっ!?
「な、なにっ!?急に目を見開いたりして!?今度は隕石でも降ってきたの?」
そうだ!思い出したぞ!ジュリアとかいう女がオレを医者の元に運ぶ手助けをしてくれたんだ!
今の発言が根拠だ。『今度』ということは前例があるということ。それに『降ってくる』ということはオレが空から落ちてきたことを意味している。まさかこんな早く再会できるなんて人生は奥が深いなぁ。
「私を騙したの?イタズラにも程がある……まだこの国に訪れたばかりで心細かったから頼れる人を探してただけなのに……」
嘘つけ。嘘泣きまでしなくていいぞ。さっきまでオレが口説いてると勘違いしていたくせに。
それでも一応恩人だからな。丁重扱わないとオレの良心にも傷がつく。
『オレを助けてくれてありがとう。さっき思い出したんだ。今までの非礼は許してほしい。ごめんなさい』
「えっ?あ、そうだったんだね。ううん、全然私は気にしてないよ。あの後ずっと気になってたんだ。でも怪我はもう直ったみたいで安心した」
そうだったのか……。そう言われるとなおさら罪悪感に駆られるな。どうする?村長に頼んで保護をお願いするか。いや、ダメだ。外部の人間を招き入れたなんて知られたらとばっちりを受けるかもしれない。
「郷に入れば郷に従えって言葉もあるから素直に受け入れる」
ならローザに頭を下げて小屋で匿うか?アランは容姿で人を判断するタイプだからすぐ馴染める。だが、ローザはどうだろう?結構嫉妬深いところがあるし、なんせアランが他の女に視線が向かうだけで目を釣り上がらせるぐらいだからな。オレが手を焼きそうだ。
「へぇー、賑やかで楽しそう。私もサンガについて行ってもいい?」
さっきから心を呼んでいるが、まさかジュリアも村長のような力を!?
「ぷっ、サンガが全部書き起こしてるだから丸わかりだよ。ふふふ」
またやってしまった……オレはジュリアに踊らされている。悔しいが全てジュリアが仕組んでいたんだ。男心を揺さぶる術を身に付けている。
なんて計算高い小悪魔だ。油断も隙もない。
「サンガは疲れ知らずなんだね。一字一句書き漏らさないようにしてるのは私も嬉しい。とてもいいことだと思う。いいことだとは思うけど私の悪口まで書かないでよ……」
何馬鹿なこと言ってるんだ。誉めてるだろ。小悪魔は女性に対する褒め言葉じゃないのか?村長から教わったんだぞ。間違ったことを教えられたとしたら村長の面目丸潰れだ。後で村長に問い正してやる!
「ねぇ、私の面目は?」