村長の小屋の前で時間を潰す。訳は後で話すとして――ノスロ王国について少しだけ考えてみたい。正史として村民に認識されているのはここ二百年程度。古くは五百年まで歴史を遡る必要があると学者たちは言っているようだが、興味を示すものは一部の人間だけだ。正直関心がないわけではない。今が大事だとか、過去を知ることが役に立たないとか言うつもりもない。
やはり頭の良い学者や先生と呼ばれる人たちの話はオレの知的好奇心をくすぐる。無意識に聞き入ってしまうほどで、今や生活の一部になってしまった。どんな分野の知識でも、難解な思考を要求するものでもオレは選り好みは基本していない、と思っている。
頭が反応すれば足を運んで耳を傾ける。吸収した知識は生きる上で役に立つものかわからない。いや、ほとんどないかもしれない。それでも未熟者のオレには想像を膨らませることしかできないんだ。
『言葉を発せないからこそ、聞き上手であり続けよ。持ち得る全ての知恵を振り絞って相手の気持ちを推し量るのじゃ』
村長の言葉だ。最初こそ当たり前のことだと言いたくなった。でもこれが中々難しくて……おっと、オレは今どんなテーマについて考えていたんだっけ?
そうだった、ノスロ王国だ。
「――こんな夢もへったくれもねぇ廃れた村なんか、こっちから出ていってやるっ!!」
アランが村長の家から勢い良く出てきた。怒りを爆発させ木の樽を蹴り飛ばす……が、全く動かず。気まずい表情を誤魔化すように煌めく髪を掻き上げた。日頃から手入れを欠かすことがないだけに、日差しが反射してアランの周囲を照らしている。
そのエネルギーを別に向けてほしいんだが……。
アランはオレが外で待っていることを知っているはずなのに、目もくれず山に向かい始めた。機嫌が悪くなると小屋を遠ざけようとするんだ。アランの悪い癖。
山の勾配は初心者に厳しく、いくらか経験を積んでいないと登り切るのは困難だ。三時間ほど山道歩くと城壁に囲まれた都が現れる。君主が住まう我が王国の心臓部。城塞とも言える国家の中枢は、ならず者の侵入を阻むために建設された。
かつてノスロ王国では争いが絶えず、その多くは海に近い村や町が被害を受けていた。村人たちは海上から津波の如く押し寄せる侵略者の目を眩ませようと山へ逃げ延びた。その末裔たちが反抗の足掛かりとして都を作り上げという。
もちろん問題も生まれた。防備に力を入れるのは民を守るためには致し方ない。だが、食料などの物資を運ぶには山を登らなければならない。今もそうだが、空を飛ぶ技術がなければ輸送する手段は馬だけだ。馬だって用意するのは簡単じゃない。村民や海辺に住む人たちにも物資を届けなくてはいけない。馬どころか人手も不足している。だからこそ俺たちのような男手を必要とされているんだ。
アランは力仕事を毛嫌いしている。力仕事は大変だが、報酬がとにかくいいんだ。手当てだって国からつくし、万が一災害や事故で物資を台無しにしても責任を負わされこともない。
結局のところ人手不足を解消するために国が出した苦肉の策なんだけど……。
話を元に戻すけど、アランは村長に仕事をサボった件で説教されていたんだ。本人は受け入れられず飛び出していったわけだが……。
じゃあ、追いかけるとするか。
「それで追いかけてるつもりかよ」
普通のかけっこならオレに勝ち目はない。場所が場所だけに足場が劣悪な山奥。運送用に森を切り開いた道はある。蛇が通ったようにくねっていて、方向感覚を狂わせ、登山者の根気を試す街道になっているのだ。街灯もぽつぽつと点在しているが、明かりを持たなければ野宿も覚悟しなければならないほど暗い。うかうかしているとアランだけでなくオレですら遭難してしまう。
まだ昼間だ。だからといってのんびりと鬼ごっこをするつもりはない。
「おいっ!サンガァー!」
アランは山道に慣れていない。オレが迎いに来るのを見越して山の中腹をうろついているんだ。こんな子供騙しに付き合うオレの身にもなってほしい……。
「聞こえてんだろー!返事くらいしろよー!」
口調が荒くなってきたな。かなり動揺している。
このまま気配を消していれば、あの男は不安に駈られ徐々に足を止めていくはず。
「どうせ隠れて脅かしてやろうとか考えてだろ。俺にはお前の考えてることなんてお見通しなんだよ」
なら見通してもらうか。オレが身を潜めている場所を。
「ちぇっ、悪趣味なヤツだぜ……」
口数が減った。相当焦っているようだ。
「冗談じゃねぇぜ……まさか帰っちまったとかじゃねぇよな……?」
精神的に追い詰められているのが窺える。足が完全に止まった。道端であぐらをかいて座り込んでいる。
あの男が半べそをかくのを待つのも悪くはないが飽きてきたな。夕日がアランの心を挫くのも時間の問題だ。
「マジかよ……俺は見捨てられたのか?……くっそぉ……こんなことになるならじいちゃんと喧嘩なんてしなければ良かった……」
反省の弁を口にし始めたな。頃合いだ。わざと音を立てて、存在を知らせるとするか。
「――あっ!?サンガ!?そこにいるのはサンガだろ!?」
オレは腕を組ながらアランに背中を見せつける。
「おっせーじゃねーか!待ちくたびれたぞ!早く村まで連れてけよ!」
オレは力強く頷く。そして駆け出す。村の反対側に向かって……。